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第六章 禁忌の技術
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「な……んという狼藉を!」
シャールは叫んだ。
「エディレイド兄上はティエラの次期国王だ! このようなことをしてただですむと思うのか……!」
レイサルは鼻で笑った。
「次期国王が聞いて呆れる」
エディレイドの胴体の上から足を下ろし、「私につかみかかってきたと思ったら、怒り狂って我が妹を傷つけた。ティエラ人とは恐ろしいものだな」
「―――?」
シャールは焦ってレイネンドランドの王女を見る。
王女は本来王が座るための玉座に座っていた。うつむいて、胸を押さえている。
その傍には王妃が寄り添っていて、心配そうに孫娘の緑の髪をなでている。
シャールは悟った。エディレイドはまた激情のままに紡石を生成し――心が定まっていないときの紡石だ。狙いもめちゃくちゃになったのだろう。
国一番の生成者であるエディレイドでなければ、こんなことは起こらなかったのだろうが。
エディレイドがぐっと腕の力で体を起こそうとしている。シャールは駆け寄った。
「兄上――」
「触るな!」
妹を振り切り、自力で体を起こした王子は、レイサルにすがるような目を向ける。
「本当のこと……なのか? レイネンドランドは、最初からティエラを奪うつもりでいたのか? その第一歩として、結婚条約を飲んだのか?」
レイサルはあっさりと、
「その通りだ」
と言った。
エディレイドは両手に顔をうずめた。
「兄上……」
シャールはその肩に触れる。かすかに揺れていた。
やがて弾けるように、エディレイドは笑い出した。
「は……はは! 結局僕は、一人で空回っていただけなのか。一人で、一人きりで……!」
「どこまでも愚かなやつだ」
レイサルはいっそ哀れな目つきでエディレイドを見つめる。
シャールは、エディレイドをかばうようにレイサルの前に立ちはだかった。
「兄上を侮辱することは許さん」
「――その兄にどれほど邪魔者扱いされていたか、貴女は知るまい? 留学時代から、そいつは妹を追い落とすことばかり口にしていた」
「………」
シャールは、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
優しいと思っていた兄。弱みも見せた。受け入れてくれると思っていた。けれど現実は違った。
どこまでも自分を排するようにしか見ていなかったというエディレイド――
「それでも」
シャールは夕陽の瞳でまっすぐと、レイサルをにらみつけた。
「兄上は私の兄上だ。危機が迫っていれば護る。それが、我らティエラ王族の絆だ」
「エディレイドは貴女を妹とは思っていないはずだが」
「そんなことは関係ない。私が思っていればそれでいい」
胸の奥がきりきりと痛む。本当は、とても寂しい。
背後にいるエディレイドが、レイサルの言葉を否定してくれない。とても寂しい。
それでもそんな心に負けてはいられない。ゆずれないものがあるから。
シャールはひとつ深呼吸をし、
「――私を愛せるなどと、よくも言ったものだな」
レイサルは薄く笑った。
「ああ、愛せるさ。誰よりも傲慢で凛々しい姫。貴女を手に入れられることが愉快で仕方がない」
笑い声はだんだんと高くなり、やがて哄笑となる。
「このようなことになって、条約が今まで通りに進むと思っているのか?」
笑いがやむ。レイサルは唇の端を吊り上げた。
「できるさ」
自信に満ちた声。なぜそこまで自信を持てるのか、シャールには推しはかることさえできず困惑する。
「させるか……」
背後で、ようやくエディレイドがうなるような声を上げた。
「この条約を主立って進めていたのは僕だ……僕が反対すれば止まる。させるか……!」
「無駄だな」
レイサルは一蹴する。「シャールコーラル姫には大した発言権はない。問題なのはエディだけ、となればやることはひとつだろう?」
不気味な笑みがこぼれていた。
シャールは声を上げた。
「兄上に手を出すことは許さん……!」
「おや? 私はまだ何も言っていないが」
おちょくっているのだ。この王子は、どこまでも自分たちを。
なぜそうも余裕でいられる?
紡石という力を持つティエラ人に、こうも強く出られる外国人を、シャールは今まで見たことがなかった。
エディレイドは国一番の生成者――しかし激しやすいために、不安定だ。とりわけ今は。
では?
まさか、とシャールは戦慄する。
まさか、自分には紡石が生成できないことを知っているのか?
そう言えばエディレイドが留学時代に自分の話をしていたと言っていた――
レイサルの手が伸びてくる。
「美しい姫。どんな顔をしていても貴女は美しい。……私に反抗するその瞳、ぞくぞくするくらい魅力的だ」
頬に触れられて、肌に一気に鳥肌が立った。シャールはレイサルの手を払った。
ははははっとレイサルが笑った。
「ティエラという国でも息苦しい思いをしていたという姫。この国で存分にかわいがってやろうじゃないか、貴女はさぞかし輝くだろう――」
「何を――考えている」
うなるように、シャールは言った。
「何を、考えている!」
レイサルは不敵に笑うだけ。
歯噛みするシャールに応えたのは、別の声だった。
「紡石の〝練成〟――レイネンドランドは、人工的に紡石(ピエトラ)を生み出すつもりなんです、シャール様」
シャールは振り向いた。
アンゼリスカが、剣を手に立っていた。
シャールは叫んだ。
「エディレイド兄上はティエラの次期国王だ! このようなことをしてただですむと思うのか……!」
レイサルは鼻で笑った。
「次期国王が聞いて呆れる」
エディレイドの胴体の上から足を下ろし、「私につかみかかってきたと思ったら、怒り狂って我が妹を傷つけた。ティエラ人とは恐ろしいものだな」
「―――?」
シャールは焦ってレイネンドランドの王女を見る。
王女は本来王が座るための玉座に座っていた。うつむいて、胸を押さえている。
その傍には王妃が寄り添っていて、心配そうに孫娘の緑の髪をなでている。
シャールは悟った。エディレイドはまた激情のままに紡石を生成し――心が定まっていないときの紡石だ。狙いもめちゃくちゃになったのだろう。
国一番の生成者であるエディレイドでなければ、こんなことは起こらなかったのだろうが。
エディレイドがぐっと腕の力で体を起こそうとしている。シャールは駆け寄った。
「兄上――」
「触るな!」
妹を振り切り、自力で体を起こした王子は、レイサルにすがるような目を向ける。
「本当のこと……なのか? レイネンドランドは、最初からティエラを奪うつもりでいたのか? その第一歩として、結婚条約を飲んだのか?」
レイサルはあっさりと、
「その通りだ」
と言った。
エディレイドは両手に顔をうずめた。
「兄上……」
シャールはその肩に触れる。かすかに揺れていた。
やがて弾けるように、エディレイドは笑い出した。
「は……はは! 結局僕は、一人で空回っていただけなのか。一人で、一人きりで……!」
「どこまでも愚かなやつだ」
レイサルはいっそ哀れな目つきでエディレイドを見つめる。
シャールは、エディレイドをかばうようにレイサルの前に立ちはだかった。
「兄上を侮辱することは許さん」
「――その兄にどれほど邪魔者扱いされていたか、貴女は知るまい? 留学時代から、そいつは妹を追い落とすことばかり口にしていた」
「………」
シャールは、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
優しいと思っていた兄。弱みも見せた。受け入れてくれると思っていた。けれど現実は違った。
どこまでも自分を排するようにしか見ていなかったというエディレイド――
「それでも」
シャールは夕陽の瞳でまっすぐと、レイサルをにらみつけた。
「兄上は私の兄上だ。危機が迫っていれば護る。それが、我らティエラ王族の絆だ」
「エディレイドは貴女を妹とは思っていないはずだが」
「そんなことは関係ない。私が思っていればそれでいい」
胸の奥がきりきりと痛む。本当は、とても寂しい。
背後にいるエディレイドが、レイサルの言葉を否定してくれない。とても寂しい。
それでもそんな心に負けてはいられない。ゆずれないものがあるから。
シャールはひとつ深呼吸をし、
「――私を愛せるなどと、よくも言ったものだな」
レイサルは薄く笑った。
「ああ、愛せるさ。誰よりも傲慢で凛々しい姫。貴女を手に入れられることが愉快で仕方がない」
笑い声はだんだんと高くなり、やがて哄笑となる。
「このようなことになって、条約が今まで通りに進むと思っているのか?」
笑いがやむ。レイサルは唇の端を吊り上げた。
「できるさ」
自信に満ちた声。なぜそこまで自信を持てるのか、シャールには推しはかることさえできず困惑する。
「させるか……」
背後で、ようやくエディレイドがうなるような声を上げた。
「この条約を主立って進めていたのは僕だ……僕が反対すれば止まる。させるか……!」
「無駄だな」
レイサルは一蹴する。「シャールコーラル姫には大した発言権はない。問題なのはエディだけ、となればやることはひとつだろう?」
不気味な笑みがこぼれていた。
シャールは声を上げた。
「兄上に手を出すことは許さん……!」
「おや? 私はまだ何も言っていないが」
おちょくっているのだ。この王子は、どこまでも自分たちを。
なぜそうも余裕でいられる?
紡石という力を持つティエラ人に、こうも強く出られる外国人を、シャールは今まで見たことがなかった。
エディレイドは国一番の生成者――しかし激しやすいために、不安定だ。とりわけ今は。
では?
まさか、とシャールは戦慄する。
まさか、自分には紡石が生成できないことを知っているのか?
そう言えばエディレイドが留学時代に自分の話をしていたと言っていた――
レイサルの手が伸びてくる。
「美しい姫。どんな顔をしていても貴女は美しい。……私に反抗するその瞳、ぞくぞくするくらい魅力的だ」
頬に触れられて、肌に一気に鳥肌が立った。シャールはレイサルの手を払った。
ははははっとレイサルが笑った。
「ティエラという国でも息苦しい思いをしていたという姫。この国で存分にかわいがってやろうじゃないか、貴女はさぞかし輝くだろう――」
「何を――考えている」
うなるように、シャールは言った。
「何を、考えている!」
レイサルは不敵に笑うだけ。
歯噛みするシャールに応えたのは、別の声だった。
「紡石の〝練成〟――レイネンドランドは、人工的に紡石(ピエトラ)を生み出すつもりなんです、シャール様」
シャールは振り向いた。
アンゼリスカが、剣を手に立っていた。
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