好きになっちゃ駄目なのに

瑞原チヒロ

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そんなわけでありまして 2

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「……何だこれは。お前が淹れたのか?」
 そう言ったときのお師匠様の、あの何か困ったような顔と、何か言葉がこぼれそうでこぼれないむずむずした感じと、結局無言で綺麗に飲みきってくれたあのときのことを、私は忘れません。
 それから何度も色んな種類のお茶を出してみました。ときにはっきりと「まずい」と言われたときもありました。ですが私はめげません、というかまずいと言ってくれるのはありがたいことです。お師匠様の好みが知りたいんですから!
 そんなわけで、私はものの五日でお師匠様の『最高』を見つけ出しました。
「……人間何かしら長所はあるものだな」
 と、そう言わしめた自慢のブレンドです!
 体を休めるのにちょうどいい種類の茶葉。今日も、ティーセット一式を用意してお師匠様の研究部屋へ戻ります。
 戻った私の顔を見たお師匠様は、机に肘をついて盛大なため息をついていらっしゃいました。
「本当にお前は……行動だけは素早いな」
「思ったらすぐ行動がモットーです」
「“もっとー”とは?」
「あ、ええと、何だっけ……あ、そうだ! 『信条』です!」
 言葉が通じると言っても、まだ微妙なズレがあるみたい。お師匠様の話では、やがて互いの使う言葉全部が互いに意味の通るものに変わっていくそうですが。
「……なるほど。どうりで雰囲気からして危なっかしい女なわけだ……」
 お師匠様が何か言っていますが、無視。
 私はにっこりと笑顔で、お茶をお出ししました。うん、蒸らしもぴったり! いける!
 お師匠様は「ふん」と鼻を鳴らして、机に置かれたお茶に見向きもしません。
「すぐに飲んだほうがおいしいですよ?」
「好きなときに飲むのが茶だ。違うか」
「……それもそうですね!」
 言われてみればそう。私は深く納得して、「ではお好きなときに飲んでくださいね! 疲れが取れますよ!」と満面の笑顔で言いました。
 何と言うか、自信があることを行うときは自然と笑顔になるものです。
 逆にお師匠様に学んでいる最中だと、私はすぐ泣いてしまいます。主にお師匠様に怒られて。
 二十にもなってすぐ泣くのは問題だなあと思うのだけれど、多分異世界なんかにいるストレスが私を弱くしているんだと自分に言い聞かせています。だって、日本にいたときはこんなに泣いていた覚えないですもん。
 ドジで間抜けなので、怒られることは多かったんですが……この差はやっぱり、異世界という異常事態と、慣れない人たち、これに尽きます。
 うん、私のせいじゃない! 責任転嫁終了!
 も、もちろん泣かない努力はしてますからね。勘違いしないでくださいね?

 私はティーセットを近くの空いている机の上に置き、椅子に座りました。
「で、さっきのお話ですが」
「お前懲りないな」
「懲りないのも長所だと思ってください。お師匠様は、異世界召喚しろと言われなかったんですか?」
 身を乗り出して聞きます。だってすごく気になる。
 お師匠様は肩をすくめて、「私は言われていない」と言いました。
「何でですか!? お師匠様だって、あのイディなんたらさんに負けない魔力持ってますよね!?」
 私は憤然と主張しました。お師匠様にお声がかからないのはおかしいと。
「イディアスだ。名前ぐらい覚えてやれ」
「私気に入らない人の名前は覚えられないんです」
「清々しいほど都合のいい頭だな……お前の言っていることは順番が逆だ。そもそも異世界召喚を言い出したのは、国の図書庫から書物を掘り出してきたイディアス本人だった」
「え……」
「おそらく若返りの薬の話を持ち出したのもイディアスだな。同じ書物に載っていたはずだから」
「お、お師匠様、その本に詳しいんですね?」
 私が戸惑いながら問うと、お師匠様は、く、と肩で笑って、
「そもそも何年も前に私のほうが先にあの本を図書庫で見つけていた。要らぬ技術だと、誰も触れぬよう術をかけてしまいこんだのさ。それが年月が経って術が弱まったのかイディアスに解かれたらしい。私の術もしけたもんだ。……なんだその顔は」
「だだだだって、お師匠様が、超のつく自信家のお師匠様が自虐するなんて!」
「お望みなら今すぐその口閉じさせる術を使ってもいいぞ?」
「はわわわ。ごめんなさいっ! 痛いところを突いたんですね!」
「……お前ときどき本気で殺意が湧くな……」
 いやーお師匠様恐いー! 顔がきれいすぎて笑っているのに氷の微笑――!

 それにしても意外でした。そういういきさつだったのですね。
「お師匠様エライです。そういう技術、やっぱりあっちゃいけないと思います」
 私がぐっと両手を拳に握って力説すると、お師匠様は苦笑して、
「……戦が多かった昔はな。異世界から異世界人を召喚するのが頼みの綱だったらしい。異世界人は必ず魔力が高い――というか、魔力の高い人間しか召喚に応じられない。その魔力で、異世界人は戦の勝利にいつも貢献してくれた」
 おかげで弱小国がそれなりにまでは育ったわけだ、と両手を軽く広げるお師匠様。皮肉げです。
「本来なら私たちこの国の人間は、異世界人に頭が上がらない。なのに……もうすっかり忘れているな」
 椅子の背もたれに深くもたれ、彼はようやく私のお茶に手をつけました。
 すでに湯気があまり立たなくなっているお茶。それでもまだ味はいいはず! 私は固唾を呑んで見守りながら、
「そう思うならお師匠様も私に頭が上がらなくなるべきじゃないですか!?」
 とつい言ってしまったものだから――
「……この茶を貴様に頭からかけたい。今すぐに」
「ぎゃー! お茶がもったいないのでやめてくださーい!」
 私はすぐさま床に座りジャパニーズ式お詫び……つまり土下座をして許してもらったのでありました。
 だって渾身のお茶が! もったいないから!
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