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まさか、こんなことになるなんて 1
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お師匠様が王宮に軟禁――?
「そ、それってどうして」
驚きで眠気も一気に吹き飛びました。勢い余って、私はローランさんに詰め寄ります。
ローランさんは沈痛な面持ちで、私に語り聞かせるようにゆっくりと話します。
「……イディアス様と相当思い切りやり合ったようです。その結果王宮の一部が損壊しまして……王宮にて捕らえられました」
「イ、イディアス様のほうは?」
「お咎めなしです。実際、王宮を破壊したのは先生のほうだそうで……王宮の言い分ですから、どこまで本当か分かりませんが」
私にだって分かります。王宮はイディアス様の味方。
お師匠様とイディアス様が争って何かが起こったら、お師匠様のほうが絶対的に不利です。
ああ――
「……お師匠様は、イディアス様から本を奪うために争ったんですよね?」
だとしたら私のせいだ。私を助けようとしたりしたから、お師匠様は。
ローランさんは眉間にしわを寄せて難しい顔で、
「……そのはずです。ですが、それだけで済まなかったのかもしれません」
「え?」
「我らが師匠は、イディアスごときの挑発に乗るような方ではありません。本当に王宮を損壊させるような術を使ったなら……それほど激昂したなら……何か理由があったはず」
た、たしかに。
あのお師匠様が、冷静に術を使えないほど怒るようなことなんて、そうそうあるはずがない。
それじゃあ、いったいなぜ――?
「お師匠様、お師匠様は牢から出られないんですか!?」
私はローランさんの胸元を掴み、ゆさゆさ揺さぶってしまいました。だってこんなの、あんまりじゃないですか!
「落ち着いて! 軟禁状態ですから。まだ犯罪者として、正式に牢に入ってるわけじゃありません。王宮の一室に押し込められているだけです」
「そ、そうなんですか?」
「ただ、位の高い者が罪を犯した際に刑を決める前準備として軟禁する場合が多いので……このままではまずい」
「!」
私は目尻に涙がたまってきたのを感じました。聞けば聞くほど、お師匠様の身が心配で心配でたまらなくて。
「お、お師匠様に会えないんですか……? 会いたいよう」
ふええ、と私が泣き出しそうになると、サッと横合いから使用人のイオリスさんがハンカチを差し出します。無口なこの方は、いつもとても用意がいいのです。
私は涙を拭き拭き、ローランさんが何か言うのを待ちました。
ローランさんは申し訳なさそうに、私を見つめました。
「……僕が面会を申し込めば会えるかもしれません。ですが僕は、貴女を護らなければ」
「え?」
「貴女はこのお屋敷から出てはいけません。王宮は貴女が先生に面会に来ようとするのを狙っているはずです」
「………!」
私は混乱しました。王宮が私を狙っている? だからお師匠様に会いにいけない……?
そうだった。王族の人たちは、私を薬にしたいのでした。そんなときにのこのこ王宮に行ったりしたら、彼らの思うつぼです。
ああ、でも。
私のせいでこうなったのに。
会って謝りたいのに。何度でも何度でもお詫びしたいのに。
(そんなこと、お師匠様は望まないかもしれないけど……)
もしも謝ったところであの人は、どうせあの白けたような目で私を見て、「誰がお前のためになど軟禁されてやるか」とか言うんです。
それで、「お前の顔など見たくもない。さっさと帰れ」と私を王宮に長居させないようにして――
「お師匠様ぁ……」
私はハンカチを口元にあてながら、ぐすぐすと泣きました。
ローランさんが慌てた様子で、「大丈夫ですよ、本格的に牢に入る可能性は低いですからね」と慰めてくれます。
「そうなんですかぁ……?」
「先生にかかれば壊れた王宮の修復など朝飯前です。実際、王宮はすでに直っているんです」
「そうなんですか!? お師匠様万能!」
途端に涙が引っ込みました。我ながら現金です。
ですがローラン様は言いにくそうに、
「だからこそ……まだ軟禁されていることには意味があると思います。僕は、貴女を呼び寄せるためだと思う。どうか先生が解放されるまで、大人しく屋敷の中にいてください。屋敷には結界が張ってあります。下手な人間は入れません」
「は……はいっ」
私は肝に銘じて強くうなずきました。
分かってる。こういうときこそちゃんと言うことを聞かなくちゃ。結界の外に出られないってことは、中庭以外のお庭にも出られないってことだけど、これが我慢のしどころというやつなんだ。
ローランさんがほっと安堵の顔になりました。私の決意をくみ取ってくれたようです。
大丈夫ですローランさん。私ちゃんと約束守ります。
でも……
(でも、会いたいです。会いたいですよう、お師匠様……)
朝になれば「本を取ってきてやったぞ」と素っ気ない顔で、「これでお前の間抜け面をもう見なくて済むな」とか何とか言って、術を使う準備を始める……
そうなると信じて疑わなかった昨夜。
それがなぜか、とても寂しかった昨夜。
でも――そうはならなかった。
そして襲ってきたのは、昨夜とは全く違う種類の寂しさ――
ローランさんに「朝食を用意して待っていますから、着替えてくださいね」と言われ、私はようやく夜着のままだった自分に気づき、頬を熱くしました。
皆さんに挨拶をしてからドアを閉め、部屋に一人になって。
そのままドアにもたれると、顔が自然とうつむきました。
「……お師匠様、怒ってください。『朝から不景気な顔を見せるな!』って……」
う、と胸の奥から再びこみあげてきた冷たい何か。
それは目から頬へと、つうと伝っていきます。私の心を、流し落とすように。
――ダメダメ。私は自分に言い聞かせました。
こんなことで落ち込んでちゃ、お師匠様に怒られるだけだ。
『お前は私の弟子だろうが』
そうです、弟子です。氷のような魔導師の弟子です。
だからこんなことでめげたりしないんです!
「――うんっ」
私は顔を上げました。
ローランさんの話しぶりでは、お師匠様はいつか帰ってきてくれるはずです。
そのときに胸を張って「ここまで覚えましたよ!」と言えるように、薬草と魔法のことについて勉強しておかないと。
お腹がぐーと鳴りました。そうだった、朝ご飯。
私は急いで着替えを出しに、クローゼットへと走りました――
「そ、それってどうして」
驚きで眠気も一気に吹き飛びました。勢い余って、私はローランさんに詰め寄ります。
ローランさんは沈痛な面持ちで、私に語り聞かせるようにゆっくりと話します。
「……イディアス様と相当思い切りやり合ったようです。その結果王宮の一部が損壊しまして……王宮にて捕らえられました」
「イ、イディアス様のほうは?」
「お咎めなしです。実際、王宮を破壊したのは先生のほうだそうで……王宮の言い分ですから、どこまで本当か分かりませんが」
私にだって分かります。王宮はイディアス様の味方。
お師匠様とイディアス様が争って何かが起こったら、お師匠様のほうが絶対的に不利です。
ああ――
「……お師匠様は、イディアス様から本を奪うために争ったんですよね?」
だとしたら私のせいだ。私を助けようとしたりしたから、お師匠様は。
ローランさんは眉間にしわを寄せて難しい顔で、
「……そのはずです。ですが、それだけで済まなかったのかもしれません」
「え?」
「我らが師匠は、イディアスごときの挑発に乗るような方ではありません。本当に王宮を損壊させるような術を使ったなら……それほど激昂したなら……何か理由があったはず」
た、たしかに。
あのお師匠様が、冷静に術を使えないほど怒るようなことなんて、そうそうあるはずがない。
それじゃあ、いったいなぜ――?
「お師匠様、お師匠様は牢から出られないんですか!?」
私はローランさんの胸元を掴み、ゆさゆさ揺さぶってしまいました。だってこんなの、あんまりじゃないですか!
「落ち着いて! 軟禁状態ですから。まだ犯罪者として、正式に牢に入ってるわけじゃありません。王宮の一室に押し込められているだけです」
「そ、そうなんですか?」
「ただ、位の高い者が罪を犯した際に刑を決める前準備として軟禁する場合が多いので……このままではまずい」
「!」
私は目尻に涙がたまってきたのを感じました。聞けば聞くほど、お師匠様の身が心配で心配でたまらなくて。
「お、お師匠様に会えないんですか……? 会いたいよう」
ふええ、と私が泣き出しそうになると、サッと横合いから使用人のイオリスさんがハンカチを差し出します。無口なこの方は、いつもとても用意がいいのです。
私は涙を拭き拭き、ローランさんが何か言うのを待ちました。
ローランさんは申し訳なさそうに、私を見つめました。
「……僕が面会を申し込めば会えるかもしれません。ですが僕は、貴女を護らなければ」
「え?」
「貴女はこのお屋敷から出てはいけません。王宮は貴女が先生に面会に来ようとするのを狙っているはずです」
「………!」
私は混乱しました。王宮が私を狙っている? だからお師匠様に会いにいけない……?
そうだった。王族の人たちは、私を薬にしたいのでした。そんなときにのこのこ王宮に行ったりしたら、彼らの思うつぼです。
ああ、でも。
私のせいでこうなったのに。
会って謝りたいのに。何度でも何度でもお詫びしたいのに。
(そんなこと、お師匠様は望まないかもしれないけど……)
もしも謝ったところであの人は、どうせあの白けたような目で私を見て、「誰がお前のためになど軟禁されてやるか」とか言うんです。
それで、「お前の顔など見たくもない。さっさと帰れ」と私を王宮に長居させないようにして――
「お師匠様ぁ……」
私はハンカチを口元にあてながら、ぐすぐすと泣きました。
ローランさんが慌てた様子で、「大丈夫ですよ、本格的に牢に入る可能性は低いですからね」と慰めてくれます。
「そうなんですかぁ……?」
「先生にかかれば壊れた王宮の修復など朝飯前です。実際、王宮はすでに直っているんです」
「そうなんですか!? お師匠様万能!」
途端に涙が引っ込みました。我ながら現金です。
ですがローラン様は言いにくそうに、
「だからこそ……まだ軟禁されていることには意味があると思います。僕は、貴女を呼び寄せるためだと思う。どうか先生が解放されるまで、大人しく屋敷の中にいてください。屋敷には結界が張ってあります。下手な人間は入れません」
「は……はいっ」
私は肝に銘じて強くうなずきました。
分かってる。こういうときこそちゃんと言うことを聞かなくちゃ。結界の外に出られないってことは、中庭以外のお庭にも出られないってことだけど、これが我慢のしどころというやつなんだ。
ローランさんがほっと安堵の顔になりました。私の決意をくみ取ってくれたようです。
大丈夫ですローランさん。私ちゃんと約束守ります。
でも……
(でも、会いたいです。会いたいですよう、お師匠様……)
朝になれば「本を取ってきてやったぞ」と素っ気ない顔で、「これでお前の間抜け面をもう見なくて済むな」とか何とか言って、術を使う準備を始める……
そうなると信じて疑わなかった昨夜。
それがなぜか、とても寂しかった昨夜。
でも――そうはならなかった。
そして襲ってきたのは、昨夜とは全く違う種類の寂しさ――
ローランさんに「朝食を用意して待っていますから、着替えてくださいね」と言われ、私はようやく夜着のままだった自分に気づき、頬を熱くしました。
皆さんに挨拶をしてからドアを閉め、部屋に一人になって。
そのままドアにもたれると、顔が自然とうつむきました。
「……お師匠様、怒ってください。『朝から不景気な顔を見せるな!』って……」
う、と胸の奥から再びこみあげてきた冷たい何か。
それは目から頬へと、つうと伝っていきます。私の心を、流し落とすように。
――ダメダメ。私は自分に言い聞かせました。
こんなことで落ち込んでちゃ、お師匠様に怒られるだけだ。
『お前は私の弟子だろうが』
そうです、弟子です。氷のような魔導師の弟子です。
だからこんなことでめげたりしないんです!
「――うんっ」
私は顔を上げました。
ローランさんの話しぶりでは、お師匠様はいつか帰ってきてくれるはずです。
そのときに胸を張って「ここまで覚えましたよ!」と言えるように、薬草と魔法のことについて勉強しておかないと。
お腹がぐーと鳴りました。そうだった、朝ご飯。
私は急いで着替えを出しに、クローゼットへと走りました――
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