好きになっちゃ駄目なのに

瑞原チヒロ

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勝負の夜会で右往左往 3

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「いやすまなかったな、挨拶が遅れて。所用があってな」
「お気になさらず、公爵」
 アーレン様がうまく対応してくださいます。私はいつものように拝礼をしました。
「ふむ。大分顔が変わったのだな。うむ、魔力というものは実に不思議だ」
 アルバート様は相変わらず愛想がよくて、私はほっとしてしまいます。この方が国王陛下だったなら、私もいちいち心配しなくていいのに。
 あ、でもこちらは奥様が問題を抱えているのだっけ。
 その奥様は、ご一緒ではないようでした。このパーティでは、パートナーは常に一緒にいます。グロリア様のように一人きりのほうが珍しいのです。特に結婚している人は必ず二人でいて、アルバート様も今夜は奥様がご参加なさるとグロリア様がたしかに言っていたはずですが……。
「公。気になることを耳にしたのですが」
 アーレン様が何気なく、世間話のようなていで口を開きました。
「最近イディアスとよくお話になっているそうですね? イディアスが何か致しましたか」
「おお、そのことか」
 アルバート様はごく自然な笑顔で、「何のことはない。異世界人で薬を作るなどやめろと言いに行っただけのことだ。まだ諦めていないと言うんでな。しかし……やつは王家のためだの一点張りだ。これのどこが王家のためになるというのか。本当に、兄たちの考えはけしからん」
 さすがアルバート様、よく分かってらっしゃる!
 私は感激しました。やっぱりこの人が国王陛下だったら良かったのに! 生まれ順というのは残酷なものです。
「……そうですか」
 アーレン様は何かを考えこむかのように目を伏せました。
「どうかしたか、アーレン?」
「いいえ」
 不思議そうなアルバート様に軽く頭を下げて、アーレン様は「お時間を取らせて申し訳ございませんでした」と詫びました。
 アルバート様は明るく笑いました。
「なに、私も話したかったのさ。お主たちが元気そうで良かった」
 そして私たちの前を颯爽と去っていきます。もう、最後まで本当にいい人!
 私は彼の姿が人混みにまぎれてしまってから、ついアーレン様に言いました。
「どうしてアルバート様のほうがお兄さんじゃなかったんでしょうね」
「………」
「アーレン様?」
「ん? 何だって?」
「だからどうしてアルバート様のほうが――」
「しっ」
 グロリア様が唇に指を当てました。
 それと時を同じくして、太陽の間の入り口方面から、波のように静けさが広がってきます。
 アーレン様とグロリア様が、揃って大広間の入り口を見ました。
「ディアグレッセス帝国皇女ジュレーヌ様、並びにアルファンドジェラルド王太子リオン殿下のおなりでございます!」
 太陽の間がざわつき、ついでしんと静まり返りました。
 誰もが、その二人に注目していました。リオン王子のエスコートで、一人の少女が大広間に入ってくる――

 豪奢な金の縫い取りの入った純白のドレスに、高く結い上げた銀髪。朝露のように輝く髪飾りをひとつつけたきり、それ以上の飾りを髪にはつけていません。
 背筋に棒でも入っているかのようにぴんと凜々しく立ち、胸を張った堂々たる威風の女の子。

 彼女が入ってきた途端、大広間の空気が変わったのが分かりました。緊張。ただその一言で表すにはあまりに重い雰囲気。
 顔立ちはここからでは見えません。けれどそれでも分かるほどに凜然りんぜんとした少女です。

 ジュレーヌ皇女殿下を子どもとして見ないほうがいい――
 私はあらかじめグロリア様にそう習っていました。
 でも、わざわざあらかじめ言われるまでもなかったかもしれない。私がごくりと唾を飲み込んでしまうほど、そのお姫様はあまりにも毅然きぜんとしていて。
 傍らにいるはるかに年上のリオン王子がかすんでしまいそうなほどなんです。

 彼らの進む道を、人々はおのずと空けました。
 リオン王子が皇女をエスコートする先は、アルファンドジェラルド国王の前……

 皆が固唾を呑んで見守る中、国王陛下と皇女殿下が対峙します。
 私にも見える距離でした。姫様がとても美しい少女だということが一目で分かります。
 皇女様はとても美しい所作で礼をし、「このたびはお招き頂き、感謝する」と言いました。
「よくぞ来てくださった、ジュレーヌ皇女。我が国は皇女のご来訪を心から歓迎しておりますぞ」
 国王陛下がにこやかにそう応えました。あんなに愛想があるなんて、私の知ってる陛下じゃない!
 そんなことはともかく、今のやりとりだけで力関係ははっきりしました。アルファンドジェラルドはあくまでディアグレッセス帝国に下手したてに出るつもりのようです。
 まあ、地図で見たあまりの国土の大きさの違いを見れば仕方がないのかな。
 思考がアルファンドジェラルドに寄ってしまっている私としては、国王様がもう少し強気でもいいんじゃないのかなあとか思ってしまうのですが。
「ところで国王陛下!」
 ジュレーヌ皇女は大広間にも響き渡りそうなほど凜とした声を楽しげに放ちました。
「貴国は異世界人の召喚に成功したと聞いている。私もぜひその異世界人に挨拶願いたいのだが?」
 うっひいいいい!? しょっぱなからそれですか!?
 多分王妃様とか王女様とか、他の貴族様とか、ジュレーヌ姫にご挨拶したい人は山ほどいると思うんですがあああ!
 けれど国王陛下を前にしたジュレーヌ姫は泰然として、まるで悪びれる様子はありません。
 国王陛下は賢明にも表情を崩しませんでした。
「姫君、それよりも前に我らの国自慢の者たちが姫とぜひご挨拶したがっております。どうかそちらを先に」
「ふむ。私は無意味なやりとりは嫌いなのでな、特に貴国の、我が弟にしつこく結婚を迫っている姫君とは口も利きたくないのだが」
「………!」
 私は思わずルルシーラ王女に視線を転じます。
 王女は扇子で顔の下半分を隠しながらも、鬼のような目つきになっているのが分かりました。
 これは……駄目です。もし万が一若返りの薬が成功して(あくまでもしもの話ですよ!)ルルシーラ様が子どもに戻ったところで、帝国の赤ん坊皇子との結婚は成りそうにありません。
 ……若返りの薬意味ないじゃないですか。
 うん、良かった。これで遠慮なく私の命を主張をできます。
 グロリア様が扇子の陰でくすくすと笑い、アーレン様が皮肉げに唇の端をつり上げました。
「ディアグレッセスの考えを明確にしたな。この国など眼中にないと」
 それはちょっと……ひどくないですか、皇女様。いくらこの国が超弱小国だからって。
 国王陛下が手を拳に握っているのが見えました。陛下はそれで、湧き上がる感情を握りつぶしたようです。
「アーレン! トキネをこれへ!」
「……呼ばれたぞ。行くか」
「ひえええええっ!?」
 この衆人環視の状態でですかあっ。私緊張で爆発しそうなんですけど!
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