30 / 43
勝負の夜会で右往左往 2
しおりを挟む
二度目に訪れた王宮は、人であふれていました。
向かう先は先日の玉座の間ではなく、『太陽の間』と呼ばれるパーティ用の大広間です。
私たち三人が広間に入った瞬間、入り口に立っていた衛兵さんが、
「アーレン・フォレスター殿、並びにグロリア・フォレスター嬢が参られました」
と大きな声で広間へ告げました。
広場がざわつきました。アーレン様は平気な顔で私の手を取ったまま前に進みます。
「この社交界ではね、結婚していないとみんな『嬢』なのよ」
グロリア様が扇子の陰で笑いながらそう言います。そんな彼女も、前に進み出るときは胸を張って堂々と。
「うわあ……」
私は思わず声を上げました。
大広間は金色で塗りつぶされていました。壁も天井もすべて金。天井からぶらさがるシャンデリアの灯りが美しく、広間の床にほのかな陰影を落としています。
多分本物の火の他に魔力の火も使っているのだと思いますが……それにしても、明るいところとほの暗いところの入り交じった感じが絶妙です。
入り口や壁際には兵士たちが並び、まるで壁の絵画のようにぴくりとも動きません。
そんな彼らに監視されていることなど誰も気にする様子もなく、人々は談笑していました。
「あまり間抜け面をさらすな。……こっちへ来い。陛下に挨拶するぞ」
国王陛下!
前回のことがありますから、あまり会いたい相手ではありません。
でもこの夜会のことを聞いてから、覚悟はしていました。私はアーレン様について国王陛下の元へと向かいました。
「陛下。アーレン・フォレスター参りました」
まず真っ先にアーレン様のご挨拶。そして次に私の挨拶――となる前に。
陛下は私を見るなり喜色を浮かべて、じろじろと私を見ました。私はその視線にたじろいで、挨拶するタイミングを逃しました。
「ふむ。顔は大分我が国の人間となったな?」
……実はそうなんです。以前アーレン様がおっしゃった通り、私の顔立ちは日本人のものからアルファンドジェラルド人のものへと、少しずつ変化していっているんです。
鏡を見るたび、その変化が気味が悪くて仕方ありません。でも……アーレン様のお隣にいても違和感がない顔になるのなら大歓迎です! とか言いつつそこまで美人には、残念ながらなれそうにありませんが!
陛下の隣には王妃様とルルシーラ王女様がいて、こちらも扇子の陰で異様に上機嫌な笑みを浮かべていました。
やっぱり帝国の姫様が来ることが嬉しいのでしょうか……。
そう思って油断していた私の腕を、ふいに陛下が掴んで持ち上げ、
「皆の者! この娘が異世界召喚でやってきた異世界人だ……! 見よ、この技術があれば、我が国は安泰だ!」
周囲の人間がざわつき、私は一瞬でびっしょりと汗をかきました。ひええええ、皆の注目が集まってるううう!
あちこちで、「本当だったのか」「本物なの?」「イディアス様がなさったんですって」とひそひそ声が飛び交います。
王妃様がにっこりと、ルルシーラ姫がふふんと、それぞれに笑い、
「お前によって作られる薬でこの国も帝国と結びつきを強くできる。このパーティが終わったら覚悟おし」
王女様が脅しをかけてきました。王女様なのにこんなんでいいんでしょうか、本当に。
私は心から心配になりました。例え異世界人とは言え、人の命を軽んじる王家に未来はあるんでしょうか?
帝国は、こんな王族と手を結ぶことを許すような国なんでしょうか?
それにルルシーラ様の脅しの内容も気になります。まさかこのパーティの終わりに、私を捕らえるつもりなんでしょうか。私は思わず退きそうになりましたが、陛下が手を放してくれません。
でも――
「陛下」
アーレン様が、私の腕を掴んで陛下の手を離させました。
そして王族三人に深く頭を下げ、
「私のパートナーのトキネです。以後よろしくお願い致します」
「………!」
陛下の目が見開かれました。
私は誇らしい思いで、スカートを持ち上げ片足を引いて、頭を下げました。
周囲では、聞こえていたらしい人たち――この場にいるとなると、やっぱり貴族様たちなんでしょう――が、先ほどとは違うざわつきを広げていきます。
アーレン様が公の場でそれを認めてくれた。私は喜びでいっぱいでした。
アーレン様を信用していなかったわけではありませんが、やっぱり実際に実行してくれると格別の嬉しさです。
その後、グロリア様が優雅に陛下に挨拶をしていましたが、陛下はアーレン様の紹介が衝撃的すぎたのか、グロリア様への対応が非常にうろんでした。
グロリア様はそれを気にするでもなく、むしろ後ろを向いたときくすくすと悪戯な笑みを浮かべていたほどです。
陛下の横を見れば、王妃様は明らかに上辺だけの愛想を私たちに向けていました。それでも取り繕うだけマシというか。
王女様に至っては、正直すぎて。
燃えるような怒りの目で私たちを見てから、ぷいと横を向いたきり何も言いません。
……こんな幼稚な性格では、若返りの薬で若くなったところで、帝国の皇子の相手になど選ばれないと思うなあ。そんなことをつい思ってしまいます。
若くなれば精神年齢と外見年齢が合致するかもしれませんけど。
とにかく、一番会いたくなかった人たちと一通り挨拶を終えたことで、私は解放感に浸りました。ああ! これでもうあの人たちとは話さなくていい!
――そう思った私は、社交界を甘く見ていたのです……!
次から次へと貴族の方々がアーレン様へご挨拶に来ます。アーレン様のパートナーとして、私もそれから逃げられませんでした。
というか、そもそも彼らの目的は私だったのでしょう。どの人もどの人もじろじろ私を見るのです。アーレン様も『主役はお前だ』と言っていましたから、これは予想できたことですが、いざその段になってみると、思った以上で焦ります。
それでも私はすべての人たちに、にこにこ笑顔で対応しました。
名前などさっぱり覚えられませんし、話の内容など聞いたそばからどこかへ飛んでゆきますが、それでも笑顔。ひたすら笑顔。
任せてください! だてに空気読む日本に生まれていませんよ! それにスマイルゼロ円がウリの例のバイトもしていたことがあります!
作り笑顔は疲れます。でもそれだけの意味があるんです。私はそう信じています。
何より、アーレン様を困らせるわけにはいかない――
どの人も、例え私が目当てだとしても、それ以上にやっぱりアーレン様に礼を尽くしているのが分かりました。
アーレン様がこんなにもたくさんの人の挨拶を受ける立場の人であること。それを知って、私は心から誇らしく思っていたのですから。
そのパートナーとして、みっともないまねはできません!
途中、怒濤のような貴族様たちの挨拶が途切れたとき、グロリア様が「お疲れ様」と私をねぎらってくれました。
「トキネ、えらかったわね。笑顔が崩れなくて感心したわ」
「グロリア様こそ」
参考にしたくてグロリア様のこともちらちら見ていたのですが、さすが社交界のプロ。優しい微笑みと楽しげな笑み、そしてちょっとだけ距離を置いた表情の使い分けは、私にはできません。そもそもどのお貴族様がどんな人かまったく知らないので、最初から不可能ではありますが。
「私は、こういうパーティに出るのが趣味みたいなものだもの」
グロリア様はそう言って妖しく笑いました。
……王太子リオン様にお会いできるのは、こういうパーティだけなのかもしれない。私は神妙な面持ちでその言葉を聞きました。
ところでそのリオン様はどこにいるのでしょう? さっきからお姿を見ません。
私がきょろきょろ探していると、全く別の人と目がばっちりと合いました。
国王陛下の弟君、ロンバルディア公アルバート様。こちらへ向かって歩いてくるところです。
向かう先は先日の玉座の間ではなく、『太陽の間』と呼ばれるパーティ用の大広間です。
私たち三人が広間に入った瞬間、入り口に立っていた衛兵さんが、
「アーレン・フォレスター殿、並びにグロリア・フォレスター嬢が参られました」
と大きな声で広間へ告げました。
広場がざわつきました。アーレン様は平気な顔で私の手を取ったまま前に進みます。
「この社交界ではね、結婚していないとみんな『嬢』なのよ」
グロリア様が扇子の陰で笑いながらそう言います。そんな彼女も、前に進み出るときは胸を張って堂々と。
「うわあ……」
私は思わず声を上げました。
大広間は金色で塗りつぶされていました。壁も天井もすべて金。天井からぶらさがるシャンデリアの灯りが美しく、広間の床にほのかな陰影を落としています。
多分本物の火の他に魔力の火も使っているのだと思いますが……それにしても、明るいところとほの暗いところの入り交じった感じが絶妙です。
入り口や壁際には兵士たちが並び、まるで壁の絵画のようにぴくりとも動きません。
そんな彼らに監視されていることなど誰も気にする様子もなく、人々は談笑していました。
「あまり間抜け面をさらすな。……こっちへ来い。陛下に挨拶するぞ」
国王陛下!
前回のことがありますから、あまり会いたい相手ではありません。
でもこの夜会のことを聞いてから、覚悟はしていました。私はアーレン様について国王陛下の元へと向かいました。
「陛下。アーレン・フォレスター参りました」
まず真っ先にアーレン様のご挨拶。そして次に私の挨拶――となる前に。
陛下は私を見るなり喜色を浮かべて、じろじろと私を見ました。私はその視線にたじろいで、挨拶するタイミングを逃しました。
「ふむ。顔は大分我が国の人間となったな?」
……実はそうなんです。以前アーレン様がおっしゃった通り、私の顔立ちは日本人のものからアルファンドジェラルド人のものへと、少しずつ変化していっているんです。
鏡を見るたび、その変化が気味が悪くて仕方ありません。でも……アーレン様のお隣にいても違和感がない顔になるのなら大歓迎です! とか言いつつそこまで美人には、残念ながらなれそうにありませんが!
陛下の隣には王妃様とルルシーラ王女様がいて、こちらも扇子の陰で異様に上機嫌な笑みを浮かべていました。
やっぱり帝国の姫様が来ることが嬉しいのでしょうか……。
そう思って油断していた私の腕を、ふいに陛下が掴んで持ち上げ、
「皆の者! この娘が異世界召喚でやってきた異世界人だ……! 見よ、この技術があれば、我が国は安泰だ!」
周囲の人間がざわつき、私は一瞬でびっしょりと汗をかきました。ひええええ、皆の注目が集まってるううう!
あちこちで、「本当だったのか」「本物なの?」「イディアス様がなさったんですって」とひそひそ声が飛び交います。
王妃様がにっこりと、ルルシーラ姫がふふんと、それぞれに笑い、
「お前によって作られる薬でこの国も帝国と結びつきを強くできる。このパーティが終わったら覚悟おし」
王女様が脅しをかけてきました。王女様なのにこんなんでいいんでしょうか、本当に。
私は心から心配になりました。例え異世界人とは言え、人の命を軽んじる王家に未来はあるんでしょうか?
帝国は、こんな王族と手を結ぶことを許すような国なんでしょうか?
それにルルシーラ様の脅しの内容も気になります。まさかこのパーティの終わりに、私を捕らえるつもりなんでしょうか。私は思わず退きそうになりましたが、陛下が手を放してくれません。
でも――
「陛下」
アーレン様が、私の腕を掴んで陛下の手を離させました。
そして王族三人に深く頭を下げ、
「私のパートナーのトキネです。以後よろしくお願い致します」
「………!」
陛下の目が見開かれました。
私は誇らしい思いで、スカートを持ち上げ片足を引いて、頭を下げました。
周囲では、聞こえていたらしい人たち――この場にいるとなると、やっぱり貴族様たちなんでしょう――が、先ほどとは違うざわつきを広げていきます。
アーレン様が公の場でそれを認めてくれた。私は喜びでいっぱいでした。
アーレン様を信用していなかったわけではありませんが、やっぱり実際に実行してくれると格別の嬉しさです。
その後、グロリア様が優雅に陛下に挨拶をしていましたが、陛下はアーレン様の紹介が衝撃的すぎたのか、グロリア様への対応が非常にうろんでした。
グロリア様はそれを気にするでもなく、むしろ後ろを向いたときくすくすと悪戯な笑みを浮かべていたほどです。
陛下の横を見れば、王妃様は明らかに上辺だけの愛想を私たちに向けていました。それでも取り繕うだけマシというか。
王女様に至っては、正直すぎて。
燃えるような怒りの目で私たちを見てから、ぷいと横を向いたきり何も言いません。
……こんな幼稚な性格では、若返りの薬で若くなったところで、帝国の皇子の相手になど選ばれないと思うなあ。そんなことをつい思ってしまいます。
若くなれば精神年齢と外見年齢が合致するかもしれませんけど。
とにかく、一番会いたくなかった人たちと一通り挨拶を終えたことで、私は解放感に浸りました。ああ! これでもうあの人たちとは話さなくていい!
――そう思った私は、社交界を甘く見ていたのです……!
次から次へと貴族の方々がアーレン様へご挨拶に来ます。アーレン様のパートナーとして、私もそれから逃げられませんでした。
というか、そもそも彼らの目的は私だったのでしょう。どの人もどの人もじろじろ私を見るのです。アーレン様も『主役はお前だ』と言っていましたから、これは予想できたことですが、いざその段になってみると、思った以上で焦ります。
それでも私はすべての人たちに、にこにこ笑顔で対応しました。
名前などさっぱり覚えられませんし、話の内容など聞いたそばからどこかへ飛んでゆきますが、それでも笑顔。ひたすら笑顔。
任せてください! だてに空気読む日本に生まれていませんよ! それにスマイルゼロ円がウリの例のバイトもしていたことがあります!
作り笑顔は疲れます。でもそれだけの意味があるんです。私はそう信じています。
何より、アーレン様を困らせるわけにはいかない――
どの人も、例え私が目当てだとしても、それ以上にやっぱりアーレン様に礼を尽くしているのが分かりました。
アーレン様がこんなにもたくさんの人の挨拶を受ける立場の人であること。それを知って、私は心から誇らしく思っていたのですから。
そのパートナーとして、みっともないまねはできません!
途中、怒濤のような貴族様たちの挨拶が途切れたとき、グロリア様が「お疲れ様」と私をねぎらってくれました。
「トキネ、えらかったわね。笑顔が崩れなくて感心したわ」
「グロリア様こそ」
参考にしたくてグロリア様のこともちらちら見ていたのですが、さすが社交界のプロ。優しい微笑みと楽しげな笑み、そしてちょっとだけ距離を置いた表情の使い分けは、私にはできません。そもそもどのお貴族様がどんな人かまったく知らないので、最初から不可能ではありますが。
「私は、こういうパーティに出るのが趣味みたいなものだもの」
グロリア様はそう言って妖しく笑いました。
……王太子リオン様にお会いできるのは、こういうパーティだけなのかもしれない。私は神妙な面持ちでその言葉を聞きました。
ところでそのリオン様はどこにいるのでしょう? さっきからお姿を見ません。
私がきょろきょろ探していると、全く別の人と目がばっちりと合いました。
国王陛下の弟君、ロンバルディア公アルバート様。こちらへ向かって歩いてくるところです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
352
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる