好きになっちゃ駄目なのに

瑞原チヒロ

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勝負の夜会で右往左往 1

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 日が変わり――
 快晴の日中を通り過ぎて、夕方。
 私はグロリア様とともに、パーティドレスの着付を行っていました。
 パーティは夜からです。本当はもっと早くから用意するものだそうですが、「トキネは軽い服装にしておきましょう」と言ったグロリア様は、ご自分の用意だけ昼間の内からさっさと行うと、私の用意に明け暮れました。
 こういう日はよそからプロの着付の方と髪結いの方を雇います。普通は家付のプロがいるそうですが、グロリア様の気まぐれでこの家にはいないんだそうです。
 私はきついコルセットに半泣きになりながら、パーティドレスを着せていただきました。ひ、ひどいグロリア様。軽い服装って言ったのに全然軽くない……っ。
 どうやらグロリア様は私の着替えを見て楽しみたかっただけみたいです。
 きつい上に意味不明なほど膨らみのあるスカートのドレスを着たあと、髪の毛を高く結い上げます。
「トキネは髪が長いから、結い甲斐があるわね」
 と、ご自身も自分で髪を結う趣味のおありのグロリア様が笑います。今回はプロに任せるようですが。
 でも、強く髪を引っ張られて痛い!
 最後にお化粧。これはグロリア様が嬉々としてやってくださいました。でも髪の毛がまだ痛くて私はお化粧に集中どころじゃありません。
「できたわ」
 グロリア様の合図で泣きべそをかきながら鏡を見ると、そこには生まれ変わったような私がいました。
 おお……! 自分で言うのも何ですが、馬子にも衣装って本当ですね!
「かわいいわよ、トキネ」
 グロリア様が扇子をひとつ私に手渡しながら、にっこりと微笑んでくださいました。
 これなら、ひょっとしたらアーレン様も……
 期待に胸を高鳴らせながら、二人で衣装部屋を出ます。

 外ではアーレン様が、ローランさんとレンジュ君とイオリスさんに何かを指示しながら待っていました。
 わあ、アーレン様正装です! か、かっこいい……!
 自分の衣装を褒めてもらう前に、うっかりこちらが見とれてしまいました。
「アーレン! 見てちょうだい、トキネがこんなにかわいくなったわよ……!」
 あっ、グロリア様! そ、そういう言い方をすると多分――
 案の定アーレン様はちらと私を一瞥しただけで、一言。
「大した変化じゃないだろう。間抜け面がそのままだ」
 あああやっぱりいいい! 素直じゃない毒舌来たー!
 でもいいんです。アーレン様がこういう言い方をしたときは、心裏腹だって私知ってます。
 ふふんと私も余裕の笑みを見せて、
「アーレン様ってば、私に見とれるの我慢してるんですよねっ」
「………」
 アーレン様が黙り込みます。すう、と冷たい呼吸の音。
「……あんまり阿呆なことを言うようなら、その口に口封じの薬草を詰め込むぞ……?」
「いりませんいりませんいりませんっ!」
 あれ苦いんです! ほんと苦いんです! もう調子に乗ったりしませんごめんなさい!
 私はしおしおと枯れた菜っ葉のようにしおれました。
 アーレン様が私に歩み寄ったのを感じました。そして、
「その髪飾りは似合わんな」
 私はむっとしました。グロリア様がせっかく選んでくださった飾りなのに!
 アーレン様は私の頭に手を伸ばし、あっさりその髪飾りを抜き去ってしまうと、
「こっちにしろ。子どもっぽいお前にはこっちのほうがマシだ」
 と、どこからか取り出した淡いピンク色の花の髪飾りを、すっと私の髪に挿して――
 私はぱっとそこへ手をやりました。ドキドキと胸が弾みました。これは、これはアーレン様からのプレゼントですね!?
 こんな素敵なことがあったときには、やることはただひとつ!
「鏡見てきます!」
「おい、トキネ――」
 アーレン様が呼ぶ声がしましたが、私は止まりませんでした。衣装部屋に飛び込み、鏡台の前に座って、髪に挿されたピンクの花の髪飾りに酔いしれます。似合うかどうかは私には分かりませんが、アーレン様がくださった、ただそのことが本当に嬉しくて。
 いつの間に用意してくれたんでしょうか? 私のことを思いながら選んでくれたんでしょうか。そんな風に思うと、心に羽根が生えたようにふわふわしてきます。ああ、好きな人からのプレゼントってこんなに胸があったかくなるんだ。
 私は衣装部屋を出ながらアーレン様にどうお礼をしようかずっと考えていました。私にできることはお茶を淹れることだけれど、いつもそればっかりじゃ芸がない。
 アーレン様の好きなものって何だろう? そう言えばそれを知りません。こ、恋人なのにこれはゆゆしき事態です!
「アーレン様、ありがとうございました」
 私はまずスカートを持ち上げ頭を下げる、この国式の礼をしました。
「別に礼を言われるようなものじゃない」
「いえ、必ずお返しします! それでですね、アーレン様って何がお好きなんですか? 考えてみたら私それを知らなくて」
 直球で本人に聞くことにしてみました。
 そうしたら、グロリア様が扇子の陰でくすくす笑っているのをよそに、アーレン様は私の手袋をつけた手を取って、その指先に口づけしました。
「……俺が欲しいものはお前だ。礼を返したいなら、パーティ後を覚悟しておくんだな」
「………!」
 いやああっ、殺し文句来たーーー!
 そんな、そんなこと言われちゃったら私、このパーティの重大さなんて頭から吹っ飛んでパーティ後のことばかり考えちゃう! アーレン様の馬鹿、馬鹿っ!
 グロリア様が肩を震わせて笑っています。ローランさんは苦笑し、レンジュ君はかわいらしい顔を赤くして、イオリスさんは無表情。み、みんなに見られてるのに……っ。
 私は顔から火を噴きそうな思いで顔を伏せました。本当に……アーレン様の馬鹿っ!


 やがて夜の帳が落ち始めたころ――
 四頭立ての豪華な馬車が、フォレスター家の前に到着しました。
「行くぞトキネ、グロリア。……お前たち、留守を頼む」
「お任せください、先生」
 ローランさんが家に残る組を代表してしっかりと胸に手を当てます。
 アーレン様はまずグロリア様をエスコートして馬車に乗せました。それから私の番です。
「足を踏み外すなよ」
 た、たしかにこのスカートは歩きにくすぎて、足場が高い馬車に乗るには向いていません。
 何とか苦労しながら乗るのに成功すると、グロリア様は私に向かいの席をすすめました。
 そして最後にアーレン様が。当たり前のように私の隣に座る――
 御者の方が戸を閉めて、御者台にのぼります。
「よろしいですか?」
「頼む」
 そして動き出す、豪華な馬車の旅。

 ……豪華な、馬車の、旅?

 そう言えば。最初に王宮に行ったときも馬車に(そのときは二頭立て)乗りました。
 あのときは緊張で頭が真っ白でしたから、今でも記憶がほぼないくらいです。
 だからもうほとんど、初めての経験と言っていいと思うんですが――

 馬車、超お尻痛い!

「着いたぞ」
 ようやくおろしてもらえることになったとき、私はアーレン様の差し出す手を握り、逃げるようにして飛び降りました。
「危ないだろうが、もっと落ち着いて降りろ」
 アーレン様に叱られましたが、でもでもアーレン様!
「お、お尻が痛いんです……っ!」
 馬車ってあんなに石で跳ねるものなんですね! あんなにガタガタ揺れるものなんですね!!
 なんで前に乗ったときこれに気づかなかったんだろう! 心の準備ができていませんでした! 私の馬鹿!
 私に次いで降りていらっしゃったグロリア様が扇子で口元を隠すことさえ忘れて大笑いをし、
「もう、トキネったら。かわいいんだから!」
 か、かわいいですか! お尻が痛いと言ってるだけの女子がかわいいですか!
 まあ上流階級の人たちはこれに慣れているのでしょうから私の反応が新鮮なのかもしれません。
 私は心に決めました。必要がないときには馬車に乗りたいなんて、決して言わないと――
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