呪われし姫は月夜に愛を知る

瑞原チヒロ

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第一章 呪いのはじまり

1:少年の愛 3

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「平気よ。あの湖は私たちの遊び部屋みたいなところだもの。知っているでしょう?――これからは外出も難しくなることはわかっているわ。だから、行きたいの」

「姫――」

 エルミラの説得を真摯に受けとめてくれた兵士たちは、結局しぶしぶ彼女を解放してくれた。

 どちらにせよ、深い森には常に巡回兵がいる。それにその湖の場所を知らない兵士はいない。巡回兵にすぐさま報せが飛ぶだろうことはわかっていたが、そんなことはかまわなかった。

 要は、ほんの少しでもいいから息抜きをしたかったのだ。
 窮屈な日々を抜け出し、友達とふたりでいられる時間を手にしたかったのだ。

 明るい太陽の下、愛する湖の水の気配を浴びにいきたかったのだ。



 兵士を困らせてまで見に行った景色は、期待を裏切ることのない美しさだった。

 今は朝でこそないが、空は快晴だ。春の日差しはふわふわとした光となって湖を輝かせる。

 反射する光が目にまぶしい。ここに来るのは数ヶ月ぶりだった。

「ああ、ほんとうにきれい……っ!」

 声をあげたエルミラは、いつものように湖面をのぞきこむため、湖のほとりに膝をつこうとしてはっと動きを止めた。

 慌ててドレスの裾を払う。汚れがついてないだろうか。
 焦るエルミラの後ろで、フィルグラートがぷっとふき出した。

「ははっ、あのエルミラがドレスが汚れるのを気にするなんてな」

「うるさいわよ、フィン!」

 エルミラはくるっと振り向き、両手を腰にあてた。

「わ、私だって、明日には一人前なんですからね。ドレスを汚したらお洗濯するみんなが困るってことくらい、ちゃんと考えられるようになったんだから……!」

「その小間使いたちから『手足をどろんこにして帰ってくるエルミラ様の王女様らしくないところが好き』って言われていたのに、もったいないな」

「もう! 人の決心に水を差さないで!」

 ぷりぷりと腕を組んでそっぽを向く。
 ことさら強い声が、川の流れのように自然に彼女の口から流れ出る。

「私は変わるのよ。いつも遊び回っていた私と同じと思わないでほしいわ」

 その言葉を口にした瞬間――

 つきんと胸の奥が痛んだ。

 手指の先が急に冷えた気がして、体が震える。
 反射的に、エルミラはフィルグラートの様子をうかがった。今の自分の一瞬を、彼に気づかれてはいないだろうか? 不審に思われなかっただろうか?

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