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第二章
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さあて、どうしよう。
冒険する?
『奇跡を行う国』。
馬鹿な。
アーテ王女は思った。
ここはもともとありえない世界。
その場所にいて、何を期待できるものといったら、家へ帰り着く可能性を探すぐらい。
どうやって冒険したらいいというのか。
しばらく考えて、しかし、どうにも誰もいない港に飽きて。
アーテ王女は、とりあえず歩くことにした。
歩いてどこなりへとたどり着く。
できれば人のいるところへ。
そうしてまた、注意深く、周囲を観察する。
何をするにも、とにかくまずは歩いて、そうして見聞を広げ、情報を入手すること、それが、今のアーテ王女にとって一番重要なことのように思われた。
とにかくまずは、自分は何も知らない。どのようにこの世界に来たのかもはっきりしないのである。『奇跡を行う国』?
少なくともわかっているのは、かがみの中にはいって、そうしてこの世界にやってきたということだった。しかし、それだけでは、何の説明にもならない。
まずは、自分がいったいどうやってこの場所に来たのかを説明付けること、どこから船に乗ったのかを明らかにする必要がある、そのように思われたし、また、この世界のことを、よく知ることが、重要であるように思われた。
かがみの港?
そのように、あの三人組はいった。
アーテ王女がそこからやってきたと。
果たして本当に、自分はそこからやってきたのだろうか。
しかし、アーテ王女自身には、そこから船に乗り込んだ記憶はなかった。
アーテ王女はつたない意識をいっぱいにして、記憶を思い出させた。
そう。
ただ、あの、そう、たてかがみの後に現れた、水鏡の前に立っていて、そうしてまばゆい光に包まれて、そうして気がついたら、自身はあの、船のベッドの上にいたのである。
まったくわからない。
いったい自分がどこからこの世界に着たのか?
このときアーテ王女に課せられた課題は、とにかく今、自分がどこにいるのかをはっきりさせることだった。それは直接、自分がどこから来たのかを、明らかにすることにつながる。
かがみの港とはどういう場所か。また、いったいこの世界とは。
『奇跡を行う国』?
それが、今のアーテ王女の最大の探求課題だった(このあと、アーテ王女はその秘密を知って、そうして自身の住まい、長橋国に帰りつくことになる。問題は、結局一番近くにあるものである、灯台元暗し、という、その一例が、これであった。かがみの港。その秘密を知ることがアーテ王女をこの、不思議な世界から連れ出す手助けになるのである)。
歩こう。
そうして人に会い、そうして知る。
そうしなければ、この不思議な世界攻略は、いつまで経ってもなりはしない。
そう。
攻略。
これは、アーテ王女に課せられた、一種のゲームだった。
誰も頼る人がいない場所にいて、『奇跡を行う国』? その秘密を知って、そうして家へ帰りつくまでのゲーム。そう考えることに、アーテ王女はした。そうしたほうが、何をやるにも楽しいし、何より気分をなごますことができる。見知らぬ土地でたった一人であるということへの不安。ゲームであるとおもったほうが、その不安から、一時的にでも、逃げ出すことができた(アーテ王女は自身自立心の強い少女だったが、家に帰りつく道筋がはっきりしていない不安を抱えてはいた。もしかしたら、二度とここから出られないのではないか、そのように不安に駆られていたのである。何より、もしも出られないとなると、食事を取ることができないで、自身飢え死にしてしまうではないか。そのため、その不安を少しでも和らげるために、自身気楽に物事を考えることとしたのである。もちろん、楽観視していた面はあった。自分は今、ここにいる。それが、アーテ王女が思った楽観視の起因である。すなわち、自分はそこに入ることができたのである。入り口がある。だから、出口だって、どこかに絶対あるはず、そのように、アーテ王女は思っていたのである。大体あのウサギといい、かかしといい、みな、不思議な世界の住人たちである。それならば、御伽噺であるような、夢落ち結末もあるのではないか、そのように、アーテ王女は思っていた。自分は夢でも見ているのだ、そのように、アーテ王女は考えることにしていた)。
さて。
そのゲームである。
アーテ王女は歩みを進めた。
進んだ方向は、さっき海に飛び込んだ一団が、進んだ方向である。
そっちに町でもあるのだろうか。
かかしたちは、そっちに汽車に乗るといって、いった。
ならば、何か人の住んでいる空間があるはずだった。
歩みを進めると、なにやら霧の中に、前のほうに、家々らしき映像が見えてきた。
どうやら港に隣接した、町のような場所にたどり着くことができたらしい。
港町?
いったい何が、アーテ王女を待ち受けているのだろうか。
この場所で。
しばらく霧の中で、アーテ王女は立ちすくんだ。
何か、異様な光景が、アーテ王女の目の前に広がっている。
アーテ王女は息を呑んだ。
まるで地獄の壁が、アーテ王女の前に聳え立っているように思われた。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらくすると、霧が風に流れ、その光景を、アーテ王女に見せた。
町である。
しかし、どことなくおかしい、雰囲気をたたえていた。
第一人がいない、がらりとした町。
それは、まだ、朝が早いからか?
しかし、店らしいものは、アーテ王女が見る限り開いているのである。
それなのに、この場所には誰一人といして、いない様子であった。
第一あの、船から降りて、こっちに向かってきた一団はどこにいったのだろうか。
相当な数がいたように思えたが、それが。
まるで、誰もいないのである。
アーテ王女は不思議な感覚にとらわれていた。
人だけを殺してしまう爆弾か何かによって、みんな吹き飛ばされてしまったのだろうか?
あるいは?
どうしようかまよった挙句。
立ち止まってもしかたがないと思い。
アーテ王女は一軒のお店に近づくことにした。
そこの店員さんにでも聞けば、この、異様な雰囲気の正体がわかるかもしれない。
しかし、それは、一番近くにあったお店にアーテ王女が近づいたときだった。
突然。
まるで風でも切ったように、
罵詈、
罵詈罵詈罵詈。
シャッターが下ろされたのである。
アーテ王女が近づいたとたんの出来事だった。
どうしたのだろうか。
お店は、アーテ王女が客ではないと、わかって、何か買わないものには、接客拒否をしたのだろうか。それとも、まるで閉店直前に、アーテ王女はお店に近づいてしまったのだろうか。
しかし、もしも結果が前者によるものだったら、お店に、アーテ王女がちかづく前に、それがわかるわけがなく、シャッターを閉める理由にはならないのではないだろうか。後者なら、話はわかるが、しかし今は朝の。それもまだ、太陽も昇っていない、早朝である。そんなにはやく、閉じてしまうお店など、果たして現実には存在しているのだろうか?
ではいったいどうして?
もう一軒のお店に、アーテ王女は近づいてみることにした。しかし。
結果はおなじだった。
お店に近づくと、まるでそれは、風でも切ったように、いきなりばたりと、シャッターが閉められたのである。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女が黙ってその様子を見ていると、どこからともなくアーテ王女を呼ぶ声がした。
「なあ、なあ、なあ」
「?」
「なあ、なあ、なあ、お嬢さんよ」
その、声のする方向へ顔を向けると、霧の深い町の中で、一軒のお店を開く、おじいさんらしき人にでくわした。
「なあ、なあ、なあ、お嬢さんよ」
アーテ王女はおじいさんに、おじいさんの店に近づいた。
「お前さん、いったい何をそんなに不思議そうにしているんだい?」
何をって?
アーテ王女はおもった。
「店のシャッターがしまったことさ」
おじいさんのお店は、なにやら靴を修理するお店らしかった。
「いったいどうしてそんな当たり前のことに、あんたは不思議そうな顔をむけているんだい?」
このおじいさんは、シャッターを、ずばりと閉めないのだろうか。
アーテ王女はおもった。
どうして?
しかし、アーテ王女には、その理由はわからなかった。
仕方がないので質問をしてみることにした。
「・・・・・・ですけど、奇妙じゃありません? つまり、お客が近づいた途端にしまるみせなんて」
アーテ王女はおじいさんの靴の修理店にさらに近づいた。
「お客だって? なんだ、あんたはお客だったのか。お店の売り物を盗みに来た、強盗犯だと思ったよ。だってそうだろう、遠めからじゃ、あんたがお店の売り物を盗みに来た強盗犯か、それとも普通に買い物に来た、お客かの区別がつかない。それだから、あんたの接近したお店は、急いでシャッターを閉めたと、そういうわけさ。何、不思議に思うことはない。用心にこしたことはないと、そういうことさ。あんたがもしもお客じゃなくて、強盗犯だったら、お店としては困るだろう、だから、お店としてはシャッターをばたりと閉めたのさ。お前さんがびっくりしたところを見ると、どうやらお前さんは強盗犯じゃないらしい。いったいお前さんはなんなんだい?」
だけど、それだとお店に来たお客すべてが、強盗犯に思われてしまって、お店に売っているいるものが、何一つ売れないのではないかと、アーテ王女はおもった。
しかし、アーテ王女のそうした疑問をよそに、靴屋の話は展開するようだった。
「あんた、いったいなんなんだい? そうだ。もしもお前さんが強盗犯ではないとすると、何か、べつのものであるひつようがある。いや、もしもほかのものではないのだとすると、わしはあんたを強盗犯と扱わざるを得なくなる。そうすると、警吏をここに呼ばなくてはならないことになるが、いったいあんたはなんなんだい? 何をしている人なんですか?」
アーテ王女は答えにつまった。
その展開と質問に、である。
急に自分がいったい何かと問われたし、また、何より今までそんな質問を、アーテ王女に投げかけた人間はいなかった。第一アーテ王女は自分が誰であるのかなど、考えたことがなかったからである。
答える。
どうやら答えを出さなくてはならない展開らしかった。
しかし、どう答えよう。
「さあ、答えを、いうんだ」
靴屋のおじいさんは答えを迫った。
しかし、どう答えたらいいのだろうか。
アーテ王女はしばらくだまったままだった。
しかし、これに答えないと、「あんたを強盗犯として、扱わざるを得なくなる」と、靴屋が迫った。
「さあ、あんたはいったい誰なんだ」
王女と、そのように答えるべきなのだろうか。
しかし、その答えには、アーテ王女は黙ったままだった。
あまりにも、非現実的すぎる。
それは、長橋国にいる間だけ、通用する話であり・・・・・・。王女。
答えるには、もっと、一般的な、誰もが受け止めて、納得してくれる答えが、今は必要であるように思われた。
しかし、アーテ王女が黙っていると、問題は自然と解決されたらしかった。
「あんた、もしかしたら、子供なのか?」
と、靴屋はいった。
子供。
確かにアーテ王女は子供である、今年で十歳を迎えたばかりの、小さな小さな女の子であった。
しかし、子供というのは、何かをしているものなのだろうか。
しかし、話はそれで納得されたらしかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「そうか、そうか」
靴屋は納得した。
「あんた子供だったのか。それで、どうりで大人にしては、小さすぎるとおもった」
よかった。
アーテ王女は思った。これで、強盗犯として扱われることはなくなる。
これで、強盗犯とみなされなくて、官憲とやらの世話にかからなくて済むようになる。
アーテ王女は子供だったのである。
しかし、それで、すべてが片付いたかというと、そうではないようだった。
「しかし、子供であるとすると、ちょっと困ったことになる」
「?」
「だってそうだろう、子供というものは、昼間から外をぶらぶらするものではない。学校に通うものだ。あんた、学校へは通はないのかね、いや、通うはずだ」
学校。
そういわれてみればそうだった。アーテ王女は今まで学校などというところにいったことはなかったけれど、デッカー次官が一度、アーテ王女を学校に通わせるべく、下宿つきの学校案内を、郵送で請求していることがあった(しかしこのときそれに反対したのは王様だった。王様は、アーテ王女を自分の手元で育てたいと思っていた節があった。また、アーテ王女自身も、それほど学校に通って勉強しなければならない気は、感じてはいなかった。学校に通う、このときのアーテ王女にとって学校とは、勉強を自分でできない人間が行くべき場所であって、アーテ王女のように、自身で本を読んで勉強することができる人間〈これを「時計をもっている」と表現する〉は、通わなくてもよい、場所だったのである)。
学校。
「学校?」
しかし、聞いてもいないのに、靴屋のおじいさんの話は展開するようだった。
「学校は向こうにあるよ。そのかどを曲がってまっすぐいったさきにいっぽんの木が立っている。広場の真ん中にな。その、一本の木が立っているのをぐるりと回って一本の木のちょうど正面にあるのが学校だ。建物自体は教会だけど、普段、それとして使用しないときは、学校として使っているんだよ」
なんということだろう。
アーテ王女はおもった。
それでは広場のまん前にあるのが教会、学校の建物ではないか。
それならそうと、左に曲がったところにあるのが教会と、そのようにいえばいいのではないか。
アーテ王女がなおも思っていると、
「そういう見方もあるか、しかし、わしとしてはお前さんに道を教えたかったんだよ。その道に沿って歩いていって、すぐ左にあるのが学校の建物なんていったら、もともこもないだろう。道を教えた感がない。それに広場もきれいだし、あんたにみてもらいたかったからね。そういったのさ。そう、広場に立っている木は、この町の『しんぼる』なのさ」
しかし、と、アーテ王女はおもった。
もちろん広場の一本の木が、町のシンボルであるか、ないかについてではない。
確かに学校には通うべき年齢ではある。
しかし、在籍もしていない学校に、いきなり飛び入りで入ってもいいものなのだろうか。
聞いてみると、
「なにをいっているのか」老人は語調を強めた。
「?」
それは、普通の質問のように思えるが、おじいさんは、アーテ王女を叱責するほどの威力を見せた。
「在籍じゃと? 在籍・・・・・・。何を子供が難しい言葉を使っておるのか・・・・・・。在籍。どうして学校に行く前に子供である必要があると思う。在籍。学校に行くには、子供である必要があるのじゃ。在籍。そんな簡単なこともわからなくて、在籍、そう、在籍などという難しい言葉を使う理由がないは・・・・・・。在籍。学校に行くのがよい。学校にいって、何か別のことを学んで、在籍などという、つまらん難しい表現を使わんようにしてくることじゃ・・・・・・」
そういうと、靴屋のおじいさんは何を思ったか(たぶん、アーテ王女を強盗と、認識したのだろう)お店の前に出てくると、そのシャッターをピシャリと閉めた。そうしてそれ以上、何も話すことはないといわんばかりに、自身は勝手口からお店の中に入っていった。
どうしよう。
アーテ王女は思った。
再びアーテ王女は、一人町の中に取り残された。考えた。
学校に行けと、靴屋のおじいさんは言った。
確かに子供は学校に行くものだが(アーテ王女もその点については納得していた。しかし)、アーテ王女はその学校に在籍していなかった。
在籍?
おじいさんの言葉が思い出された。
在籍などと、いう言葉は使うな?
しかし、学校に籍がないのに、学校に通ってもいいものなのだろうか。
在籍?
していなくても、学校に通ってはいいというのが、おじいさんの主張であるようにおもわれた。
どうしよう。
いってみようか?
アーテ王女はおもった。
アーテ王女はこのとき、それに対して大きな魅力を感じていた。
何か楽しそう。
学校に通う。
もちろん、アーテ王女は学校というものを、本の中で知っただけであったが、その内容は熟知しているつもりであった。
学校。
みんなが集まって、みんなで学ぶ場所。
友達。
一緒に遊ぶ、友達ができる場所。
一緒に遊んだことなど、アーテ王女にとっては、チェッカー少尉としかなかった。それが、同じ年代の子供と、遊ぶことができる。
アーテ王女はこのとき、学校というものに、大きな魅力を感じていた。
みんなで学ぶ学び舎・・・・・・。
学校。
アーテ王女は靴屋のおじいさんがいった方向へと、歩いていった。
まだ、朝の霧が残る町並み。
学校に向かうとおりに出ると、そのまままっすぐ、左のほうに歩いていった。
冒険する?
『奇跡を行う国』。
馬鹿な。
アーテ王女は思った。
ここはもともとありえない世界。
その場所にいて、何を期待できるものといったら、家へ帰り着く可能性を探すぐらい。
どうやって冒険したらいいというのか。
しばらく考えて、しかし、どうにも誰もいない港に飽きて。
アーテ王女は、とりあえず歩くことにした。
歩いてどこなりへとたどり着く。
できれば人のいるところへ。
そうしてまた、注意深く、周囲を観察する。
何をするにも、とにかくまずは歩いて、そうして見聞を広げ、情報を入手すること、それが、今のアーテ王女にとって一番重要なことのように思われた。
とにかくまずは、自分は何も知らない。どのようにこの世界に来たのかもはっきりしないのである。『奇跡を行う国』?
少なくともわかっているのは、かがみの中にはいって、そうしてこの世界にやってきたということだった。しかし、それだけでは、何の説明にもならない。
まずは、自分がいったいどうやってこの場所に来たのかを説明付けること、どこから船に乗ったのかを明らかにする必要がある、そのように思われたし、また、この世界のことを、よく知ることが、重要であるように思われた。
かがみの港?
そのように、あの三人組はいった。
アーテ王女がそこからやってきたと。
果たして本当に、自分はそこからやってきたのだろうか。
しかし、アーテ王女自身には、そこから船に乗り込んだ記憶はなかった。
アーテ王女はつたない意識をいっぱいにして、記憶を思い出させた。
そう。
ただ、あの、そう、たてかがみの後に現れた、水鏡の前に立っていて、そうしてまばゆい光に包まれて、そうして気がついたら、自身はあの、船のベッドの上にいたのである。
まったくわからない。
いったい自分がどこからこの世界に着たのか?
このときアーテ王女に課せられた課題は、とにかく今、自分がどこにいるのかをはっきりさせることだった。それは直接、自分がどこから来たのかを、明らかにすることにつながる。
かがみの港とはどういう場所か。また、いったいこの世界とは。
『奇跡を行う国』?
それが、今のアーテ王女の最大の探求課題だった(このあと、アーテ王女はその秘密を知って、そうして自身の住まい、長橋国に帰りつくことになる。問題は、結局一番近くにあるものである、灯台元暗し、という、その一例が、これであった。かがみの港。その秘密を知ることがアーテ王女をこの、不思議な世界から連れ出す手助けになるのである)。
歩こう。
そうして人に会い、そうして知る。
そうしなければ、この不思議な世界攻略は、いつまで経ってもなりはしない。
そう。
攻略。
これは、アーテ王女に課せられた、一種のゲームだった。
誰も頼る人がいない場所にいて、『奇跡を行う国』? その秘密を知って、そうして家へ帰りつくまでのゲーム。そう考えることに、アーテ王女はした。そうしたほうが、何をやるにも楽しいし、何より気分をなごますことができる。見知らぬ土地でたった一人であるということへの不安。ゲームであるとおもったほうが、その不安から、一時的にでも、逃げ出すことができた(アーテ王女は自身自立心の強い少女だったが、家に帰りつく道筋がはっきりしていない不安を抱えてはいた。もしかしたら、二度とここから出られないのではないか、そのように不安に駆られていたのである。何より、もしも出られないとなると、食事を取ることができないで、自身飢え死にしてしまうではないか。そのため、その不安を少しでも和らげるために、自身気楽に物事を考えることとしたのである。もちろん、楽観視していた面はあった。自分は今、ここにいる。それが、アーテ王女が思った楽観視の起因である。すなわち、自分はそこに入ることができたのである。入り口がある。だから、出口だって、どこかに絶対あるはず、そのように、アーテ王女は思っていたのである。大体あのウサギといい、かかしといい、みな、不思議な世界の住人たちである。それならば、御伽噺であるような、夢落ち結末もあるのではないか、そのように、アーテ王女は思っていた。自分は夢でも見ているのだ、そのように、アーテ王女は考えることにしていた)。
さて。
そのゲームである。
アーテ王女は歩みを進めた。
進んだ方向は、さっき海に飛び込んだ一団が、進んだ方向である。
そっちに町でもあるのだろうか。
かかしたちは、そっちに汽車に乗るといって、いった。
ならば、何か人の住んでいる空間があるはずだった。
歩みを進めると、なにやら霧の中に、前のほうに、家々らしき映像が見えてきた。
どうやら港に隣接した、町のような場所にたどり着くことができたらしい。
港町?
いったい何が、アーテ王女を待ち受けているのだろうか。
この場所で。
しばらく霧の中で、アーテ王女は立ちすくんだ。
何か、異様な光景が、アーテ王女の目の前に広がっている。
アーテ王女は息を呑んだ。
まるで地獄の壁が、アーテ王女の前に聳え立っているように思われた。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらくすると、霧が風に流れ、その光景を、アーテ王女に見せた。
町である。
しかし、どことなくおかしい、雰囲気をたたえていた。
第一人がいない、がらりとした町。
それは、まだ、朝が早いからか?
しかし、店らしいものは、アーテ王女が見る限り開いているのである。
それなのに、この場所には誰一人といして、いない様子であった。
第一あの、船から降りて、こっちに向かってきた一団はどこにいったのだろうか。
相当な数がいたように思えたが、それが。
まるで、誰もいないのである。
アーテ王女は不思議な感覚にとらわれていた。
人だけを殺してしまう爆弾か何かによって、みんな吹き飛ばされてしまったのだろうか?
あるいは?
どうしようかまよった挙句。
立ち止まってもしかたがないと思い。
アーテ王女は一軒のお店に近づくことにした。
そこの店員さんにでも聞けば、この、異様な雰囲気の正体がわかるかもしれない。
しかし、それは、一番近くにあったお店にアーテ王女が近づいたときだった。
突然。
まるで風でも切ったように、
罵詈、
罵詈罵詈罵詈。
シャッターが下ろされたのである。
アーテ王女が近づいたとたんの出来事だった。
どうしたのだろうか。
お店は、アーテ王女が客ではないと、わかって、何か買わないものには、接客拒否をしたのだろうか。それとも、まるで閉店直前に、アーテ王女はお店に近づいてしまったのだろうか。
しかし、もしも結果が前者によるものだったら、お店に、アーテ王女がちかづく前に、それがわかるわけがなく、シャッターを閉める理由にはならないのではないだろうか。後者なら、話はわかるが、しかし今は朝の。それもまだ、太陽も昇っていない、早朝である。そんなにはやく、閉じてしまうお店など、果たして現実には存在しているのだろうか?
ではいったいどうして?
もう一軒のお店に、アーテ王女は近づいてみることにした。しかし。
結果はおなじだった。
お店に近づくと、まるでそれは、風でも切ったように、いきなりばたりと、シャッターが閉められたのである。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女が黙ってその様子を見ていると、どこからともなくアーテ王女を呼ぶ声がした。
「なあ、なあ、なあ」
「?」
「なあ、なあ、なあ、お嬢さんよ」
その、声のする方向へ顔を向けると、霧の深い町の中で、一軒のお店を開く、おじいさんらしき人にでくわした。
「なあ、なあ、なあ、お嬢さんよ」
アーテ王女はおじいさんに、おじいさんの店に近づいた。
「お前さん、いったい何をそんなに不思議そうにしているんだい?」
何をって?
アーテ王女はおもった。
「店のシャッターがしまったことさ」
おじいさんのお店は、なにやら靴を修理するお店らしかった。
「いったいどうしてそんな当たり前のことに、あんたは不思議そうな顔をむけているんだい?」
このおじいさんは、シャッターを、ずばりと閉めないのだろうか。
アーテ王女はおもった。
どうして?
しかし、アーテ王女には、その理由はわからなかった。
仕方がないので質問をしてみることにした。
「・・・・・・ですけど、奇妙じゃありません? つまり、お客が近づいた途端にしまるみせなんて」
アーテ王女はおじいさんの靴の修理店にさらに近づいた。
「お客だって? なんだ、あんたはお客だったのか。お店の売り物を盗みに来た、強盗犯だと思ったよ。だってそうだろう、遠めからじゃ、あんたがお店の売り物を盗みに来た強盗犯か、それとも普通に買い物に来た、お客かの区別がつかない。それだから、あんたの接近したお店は、急いでシャッターを閉めたと、そういうわけさ。何、不思議に思うことはない。用心にこしたことはないと、そういうことさ。あんたがもしもお客じゃなくて、強盗犯だったら、お店としては困るだろう、だから、お店としてはシャッターをばたりと閉めたのさ。お前さんがびっくりしたところを見ると、どうやらお前さんは強盗犯じゃないらしい。いったいお前さんはなんなんだい?」
だけど、それだとお店に来たお客すべてが、強盗犯に思われてしまって、お店に売っているいるものが、何一つ売れないのではないかと、アーテ王女はおもった。
しかし、アーテ王女のそうした疑問をよそに、靴屋の話は展開するようだった。
「あんた、いったいなんなんだい? そうだ。もしもお前さんが強盗犯ではないとすると、何か、べつのものであるひつようがある。いや、もしもほかのものではないのだとすると、わしはあんたを強盗犯と扱わざるを得なくなる。そうすると、警吏をここに呼ばなくてはならないことになるが、いったいあんたはなんなんだい? 何をしている人なんですか?」
アーテ王女は答えにつまった。
その展開と質問に、である。
急に自分がいったい何かと問われたし、また、何より今までそんな質問を、アーテ王女に投げかけた人間はいなかった。第一アーテ王女は自分が誰であるのかなど、考えたことがなかったからである。
答える。
どうやら答えを出さなくてはならない展開らしかった。
しかし、どう答えよう。
「さあ、答えを、いうんだ」
靴屋のおじいさんは答えを迫った。
しかし、どう答えたらいいのだろうか。
アーテ王女はしばらくだまったままだった。
しかし、これに答えないと、「あんたを強盗犯として、扱わざるを得なくなる」と、靴屋が迫った。
「さあ、あんたはいったい誰なんだ」
王女と、そのように答えるべきなのだろうか。
しかし、その答えには、アーテ王女は黙ったままだった。
あまりにも、非現実的すぎる。
それは、長橋国にいる間だけ、通用する話であり・・・・・・。王女。
答えるには、もっと、一般的な、誰もが受け止めて、納得してくれる答えが、今は必要であるように思われた。
しかし、アーテ王女が黙っていると、問題は自然と解決されたらしかった。
「あんた、もしかしたら、子供なのか?」
と、靴屋はいった。
子供。
確かにアーテ王女は子供である、今年で十歳を迎えたばかりの、小さな小さな女の子であった。
しかし、子供というのは、何かをしているものなのだろうか。
しかし、話はそれで納得されたらしかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「そうか、そうか」
靴屋は納得した。
「あんた子供だったのか。それで、どうりで大人にしては、小さすぎるとおもった」
よかった。
アーテ王女は思った。これで、強盗犯として扱われることはなくなる。
これで、強盗犯とみなされなくて、官憲とやらの世話にかからなくて済むようになる。
アーテ王女は子供だったのである。
しかし、それで、すべてが片付いたかというと、そうではないようだった。
「しかし、子供であるとすると、ちょっと困ったことになる」
「?」
「だってそうだろう、子供というものは、昼間から外をぶらぶらするものではない。学校に通うものだ。あんた、学校へは通はないのかね、いや、通うはずだ」
学校。
そういわれてみればそうだった。アーテ王女は今まで学校などというところにいったことはなかったけれど、デッカー次官が一度、アーテ王女を学校に通わせるべく、下宿つきの学校案内を、郵送で請求していることがあった(しかしこのときそれに反対したのは王様だった。王様は、アーテ王女を自分の手元で育てたいと思っていた節があった。また、アーテ王女自身も、それほど学校に通って勉強しなければならない気は、感じてはいなかった。学校に通う、このときのアーテ王女にとって学校とは、勉強を自分でできない人間が行くべき場所であって、アーテ王女のように、自身で本を読んで勉強することができる人間〈これを「時計をもっている」と表現する〉は、通わなくてもよい、場所だったのである)。
学校。
「学校?」
しかし、聞いてもいないのに、靴屋のおじいさんの話は展開するようだった。
「学校は向こうにあるよ。そのかどを曲がってまっすぐいったさきにいっぽんの木が立っている。広場の真ん中にな。その、一本の木が立っているのをぐるりと回って一本の木のちょうど正面にあるのが学校だ。建物自体は教会だけど、普段、それとして使用しないときは、学校として使っているんだよ」
なんということだろう。
アーテ王女はおもった。
それでは広場のまん前にあるのが教会、学校の建物ではないか。
それならそうと、左に曲がったところにあるのが教会と、そのようにいえばいいのではないか。
アーテ王女がなおも思っていると、
「そういう見方もあるか、しかし、わしとしてはお前さんに道を教えたかったんだよ。その道に沿って歩いていって、すぐ左にあるのが学校の建物なんていったら、もともこもないだろう。道を教えた感がない。それに広場もきれいだし、あんたにみてもらいたかったからね。そういったのさ。そう、広場に立っている木は、この町の『しんぼる』なのさ」
しかし、と、アーテ王女はおもった。
もちろん広場の一本の木が、町のシンボルであるか、ないかについてではない。
確かに学校には通うべき年齢ではある。
しかし、在籍もしていない学校に、いきなり飛び入りで入ってもいいものなのだろうか。
聞いてみると、
「なにをいっているのか」老人は語調を強めた。
「?」
それは、普通の質問のように思えるが、おじいさんは、アーテ王女を叱責するほどの威力を見せた。
「在籍じゃと? 在籍・・・・・・。何を子供が難しい言葉を使っておるのか・・・・・・。在籍。どうして学校に行く前に子供である必要があると思う。在籍。学校に行くには、子供である必要があるのじゃ。在籍。そんな簡単なこともわからなくて、在籍、そう、在籍などという難しい言葉を使う理由がないは・・・・・・。在籍。学校に行くのがよい。学校にいって、何か別のことを学んで、在籍などという、つまらん難しい表現を使わんようにしてくることじゃ・・・・・・」
そういうと、靴屋のおじいさんは何を思ったか(たぶん、アーテ王女を強盗と、認識したのだろう)お店の前に出てくると、そのシャッターをピシャリと閉めた。そうしてそれ以上、何も話すことはないといわんばかりに、自身は勝手口からお店の中に入っていった。
どうしよう。
アーテ王女は思った。
再びアーテ王女は、一人町の中に取り残された。考えた。
学校に行けと、靴屋のおじいさんは言った。
確かに子供は学校に行くものだが(アーテ王女もその点については納得していた。しかし)、アーテ王女はその学校に在籍していなかった。
在籍?
おじいさんの言葉が思い出された。
在籍などと、いう言葉は使うな?
しかし、学校に籍がないのに、学校に通ってもいいものなのだろうか。
在籍?
していなくても、学校に通ってはいいというのが、おじいさんの主張であるようにおもわれた。
どうしよう。
いってみようか?
アーテ王女はおもった。
アーテ王女はこのとき、それに対して大きな魅力を感じていた。
何か楽しそう。
学校に通う。
もちろん、アーテ王女は学校というものを、本の中で知っただけであったが、その内容は熟知しているつもりであった。
学校。
みんなが集まって、みんなで学ぶ場所。
友達。
一緒に遊ぶ、友達ができる場所。
一緒に遊んだことなど、アーテ王女にとっては、チェッカー少尉としかなかった。それが、同じ年代の子供と、遊ぶことができる。
アーテ王女はこのとき、学校というものに、大きな魅力を感じていた。
みんなで学ぶ学び舎・・・・・・。
学校。
アーテ王女は靴屋のおじいさんがいった方向へと、歩いていった。
まだ、朝の霧が残る町並み。
学校に向かうとおりに出ると、そのまままっすぐ、左のほうに歩いていった。
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