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第三章其の一 不思議な学校について
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不思議な学校について
霧の中になにやらうっすらと、建物のような影が見えてきた。
アーテ王女がさらに歩みを続けると、さらに建物は、はっきりと、その姿をアーテ王女に見せた。
これが、学校の建物なのだろうか。
そうらしかった。
教会の建物が、そのまま学校として使用されていると、靴屋のおじいさんは言っていた。
これが、その建物である。
屋根が、一部高いところが出ていて、その上に掲げるように教会の十字架が立っている。
どうしよう。
アーテ王女は思った。
アーテ王女がこのときおもったのは、やはり、在籍してもいない学校に、入ってもいいものかということだった。
入学届けも、転入届も、ない。何より学費だって、アーテ王女は払っていなかった。
『奇跡を行う国』では、小学校のシステムはどうなっているのだろうか。
アーテ王女の頭に浮かんだのは、靴屋のおじいさんの顔である。
もしもアーテ王女が靴屋のおじいさんに、そのような質問をしたら、どういう答えが返ってくるだろう。
(「入学費? 入学届け? 転入届け? 何を子供がこみいったことを言っておるんだ。そんなこと、あんたが考えることではない。心配することはない。そういう込みいったことは、すべて大人がしてくれるわ・・・・・・何を、子供がこみいったことを言っているのか、まったく、子供の癖に、ぶつぶつ、ぶつぶつ・・・・・・」)
かがみの中の靴屋は、デッカー次官のような人だが、とにかく問題はないのだろう。
アーテ王女は思った。
何よりここは『奇跡を行う国』。不思議なかがみの中の世界なのである。
きっと、何とかなるだろう。
アーテ王女は思った。
いったい何が、『奇跡を行う国』なのか、わからなかったが、たぶん、何かにつけて、この場所は、『奇跡を行う国』なのだろう(その、奇跡ゆえに、なんらの問題もないのである。いわずと知れよう。アーテ王女はこの後、『奇跡を行う国』に、そのために立ち向かうことになる。奇跡。その意味を知ったことが、アーテ王女を、『奇跡を行う国』への戦いへと、向かわせるのである。しかし、このときアーテ王女はそれを知らなかったし、また、予測もしていなかった。『何も映さざるかがみ』が光る、などということは、このときアーテ王女は予測もしていなかった。『何も映さざるかがみ』が光る。これについてはこの場での知識として入れておいてほしいのは、かがみ云々というよりも、その『何も映さざるかがみ』が何かということよりも、また、『奇跡を行う国』がどういう世界なのかというよりも、不思議な世界にたいして立ち向かう、その過程において、アーテ王女の持っている、この後受け取ることになる、不思議なかがみ、『何も映さざるかがみ』が、まばゆい光を発するということである。その光が、アーテ王女を『奇跡を行う国』からもとの、長橋国の不思議なかがみの前へと戻す助けになる、ということである)。
依然として、霧が深い。
アーテ王女は、その中を、少し服をびちょびちょにしながら進んだ(ここで、アーテ王女の服装について、遅ればせながら、説明しておこう。アーテ王女がこのとき着ていたのは、Tシャツと、その上に、ペンギンの裾のついたコートに、丈の短いスカートに、靴下、それにアーテ王女のトレードマークのつばの広い帽子だった。この、ペンギン裾のついたコート(以下、ペンギンコートという)は、ロイズおばさんがアーテ王女のために作ってくれた物で、アーテ王女も気に入って、この服を常用していたし、同じもので色違いのものを数着作ってもらって、いつも、着ていた(このときアーテ王女が着ていたペンギンコートは、くすんだ青色の服だったが、茶色もあったし、赤もあった)。また、靴は、アーテ王女も嫌いではなかったが、このときアーテ王女は履いてはいなかった。あの、長橋国を出る前に、アーテ王女はそれを履かずに来てしまったのである。アーテ王女は、また、日ごろより、靴を履かずに城の中、長橋国の国土を歩くことがよくあった。これについてはデッカー次官が幾度もアーテ王女に注意したが、アーテ王女はそれをあまり大きな問題とは感じてはいなかった。何より、長橋国の城も、国土も、しっかりと釘が丹念に押し付けられていて、危険はなかったので、長靴下のままで、その国土、お城を出歩いても、それほど問題はなかったのである。ここで注意しておいてほしいのは、もちろんこれは、これより後の話になるが、アーテ王女が靴を履かずにいることが、アーテ王女を見知らぬ運命へと連れて行く、道具になったということである)。
アーテ王女が教会、今は学校の入り口の扉のノブに手を当てると、ひんやりと、冷たい感触が、その手を通して伝わった。
まるでそのドアは、今まで誰一人として触れたことがないもののように思われたが、果たして中には誰かいるのだろうか。
いるとしたら生徒である。
それに先生。
学校とは、生徒がいて、先生がいて、そうして運営される機関であると、アーテ王女は知っていた。
果たして?
ノックをすることはできなかった。
何か、まるで中に魔物でも住んでいるかのように、この教会は、アーテ王女には思われたからである。
ノブを回し、少しずつ、扉を開けようと、アーテ王女は思った。
そうして覗き込む。
中の様子を少しでも知ってから、行動しようと、このときアーテ王女は思っていた。
ノブを回すと、それにともなって、小さなうめき声が、ノブの内部から上がり、・・・・・・しばらくまわすと、ノブは、その機能を停止した。後は、開くだけである。
アーテ王女は、少しずつ、扉を開けていった。
すると、中の様子がわかる。
アーテ王女は少しずつ開く扉のなかに、首を突っ込んで、中の様子を探った。
すると。
中には後ろ向きの一団が数列。その先頭に、何かしらの話をする先生だろうか、の、影がうかがえた。
何か。
ぼんやりとしたような、光景である。
ぼんやりとしているのは、アーテ王女がはじめて学校というものを目にしたために感じた変化なのだろうか。それとも、それ以上のものがあるのだろうか。・・・・・・
しばらくみていると、突然。
部屋の中に奇声が上がった。
びくりとする、アーテ王女。
アーテ王女がびくりとしたのは、それが、アーテ王女本人に対して向けられたらしい、奇声だったからである。
「ちょっとあなた、そう、あなた。あなたです。今入ってきた、いえ、入ってこようとしている、覗き込んでいるといったほうが、正確でしょうか。とにかく女の子。いったいあなた、何を考えているの?」
は、はい。
アーテ王女はびくりとして、扉を中ほどまで開けると、棒立ちになって、おそらく先生らしき女の人の言葉を聴いた。
それにともなって、学校の、教室中の児童の顔が、アーテ王女に向かって向き直った。
「何をいきなり入ってきたのです。ドアの上にある、『信号』は、確認しなかったのですか?」
信号?
「何も知らない様子・・・・・・。あなたはいったい何年生なのですか。ドアを開けるときには、ドアの上についている信号を確認しなければならないなどと、そんなこと、幼稚園生でも知っていることですよ。ドアの信号は、いったい何色でした?」
信号?
アーテ王女は扉から少し下がって、ドアの上についているという、『信号』に、目を向けた。なるほど。
ドアの上を見ると、それにともなって信号がついているのがわかった。
それが、今は赤である。いったい何を意味しているのだろう。そういえば、アーテ王女はかつて呼んだ本の中に、青なら進め、黄色なら注意、赤なら止まれと、いう表示を持った信号機というものが、道路の脇にたって、その役割を果たしていると、聞いたことがあった。これは、その一環なのだろうか。ドアに、その表示が準用された。
「御覧なさい」
先生らしき女の人がいった。
「今、扉の信号は何色になっています」
赤である。
では、はいってはいけないと、そういうことなのだろうか。
「どうです、赤でしょう。あなた、本当に運がいいひと。こちら側も見て御覧なさい、どういう表示になっているのか、確認して見なさい」
運のいい人?
しかし、そういわれて、アーテ王女は少し学校の中にはいると、内側の扉の上にも、同じような信号がついていることがわかった。
それが、今は青である。
「どうです」
先生らしき女の人はいった。
「もしもあなたがその、『信号』を無視して入ってきて、そう、外側の『信号』が赤なのに、内側の『信号』が青なのに、入ってきて、外にいるあなたと、うちにいる人とが、突然ぶつかってしまったら、大事故になったでしょう。あなたはいったい何を考えているのですか? 最低限のマナーですよ、外の信号と、内側の信号のサインを確認する作業など、社会的交通・・・・・・」
アーテ王女は言葉をなくした。そうだったのか、と、思った。
世界は広い、アーテ王女は知らなかったが、家のドアにまで、信号機が付いている世界があったとは、いや、しかし、と、アーテ王女は躊躇をもった。これは不思議な世界のことである。アーテ王女はあくまで批判的に、その『信号』を受け取ることとした。これは、アーテ王女を惑わすためのわなである。付いていたであろうか、ほかの家に、そのような『信号』は。少なくとも、いままでみた家には、そうしたものは、ついてはいなかったような気が、アーテ王女にはしていた。特に、あの、アーテ王女に自分は子供であると思い出させたおじいさんの家の勝手口には、そんなものが付いている様子はなかった。
果たして?
「いいですか」アーテ王女が疑問に思っていると、先生らしき女の人は、答えをまとめるようだった。「これからは、その、『信号』には十分注意するよう、心がけてください。中にいる人は、あなたが『信号』を守るということを見越して、ドアの行き来を行っているのです、そのことを忘れないでください・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女が黙っていると、上のほうで何やらかちっと信号音がした。
『信号』が、切り替わったのである。
今まで赤だった、外の『信号』が、青に、今まで青だった中の『信号』が赤に、変わったのである。
論理的に考えると、これでアーテ王女は学校の中にはいることができると、そのように思われたが、果たしてどうだろう。アーテ王女は何か、足りないような気分に陥っていた。しかし、
「さあ、どうぞ」
先生らしき女の人はいった。
「ごらんのように、『信号』が赤から青へと変わりました。あなたの入っていい回が回ってきたと、そういうことです。どうぞ、お入りなさい」
しかし。・・・・・・
アーテ王女はそれにも疑心暗鬼だった。
入る。
それはいい。
しかし、それは建物の話であって、学校の話ではない。
何度もアーテ王女が思うとおり、転入届けとか、入学届けとか、入学金とか、事前に済ましておかなくていいのだろうかと、言うことだった。しかし。
「何をしているのです。早く入らないと、また、『信号』が青から赤に変わってしまいますよ、何をボーっとしているのです。早く建物の中にはいりなさい」
「・・・・・・・・・・・・」
入ることにした。
そうして聞いてみることにした。
自分は確かに、世間的には学校に通わなくてはならない年齢だけど、この学校には在籍していません。どうすればいいのでしょうか。
アーテ王女は前に進み出た。
すると、それにともなって、児童たちの顔が、アーテ王女にむかって移動した。
アーテ王女は、一番前まで来ると、そのことについて質問した。
「ははあん」
先生らしき女の人は、アーテ王女の言葉を聞くと、なにやら、不振顔をした。何かをかんぐったような顔である。なんだろう。
「あなた、そんなことを言って、学校を休もうなんて考えてはいけませんよ。学校は、たとえあんたが入学届けを持っていなくても、転入届けを持っていなくても、入学金を払っていなくても、待ってはくれません。そんな理由をもってしても、あなたが学校を、休んでいい理由にはなりません」
思ったとおりの回答が、アーテ王女に与えられた、やはり、ここは『奇跡を行う国』。不思議な世界。普段アーテ王女が思っている考えなど、通用することのない世界。しかし、アーテ王女は同時に思った。果たしてそれならば、いったいどういう律が、この世界では通用しているのだろうか・・・・・・(このときアーテ王女が思った疑問は、とてもいい疑問であるといっていい。アーテ王女はこのとき、その疑問を思ったがゆえに、やがて、『奇跡を行う国』に対決していくことになるのである。言い換えると、この疑問を解くことが、アーテ王女の『奇跡を行う国』への戦いとして、検出されることになるのである。信号機しかり、『奇跡を行う国』の学校しかり)。
「さあ」
先生らしき女の人はいった。
「席に座りなさい、それがあなたの籍です」
「・・・・・・・・・・・・」
先生らしき女の人は、どうやらアーテ王女を授業に加える予定らしかった。その、先生らしき女の人が指した方向に、席がひとつ開いている・・・・・・。
アーテ王女はそっちをみた。
そうして、おいて、また顔を戻すと、席に着く前に、ひとつ、質問をすることにした。
果たしてあなたは先生なんですか?
「馬鹿なことをいってはいけません」
先生らしき女の人は、目を三角にした。
「教授はこのあといらっしゃいます。教授ほどの方があなたがた、馬鹿生徒のたしなみを、するものですか」
馬鹿生徒?
「わたしはただの助手、先生になる前の人間です。先生になるには、豊富な経験と、豊富な教養がなくてはなれません。『奇跡を行う国』を馬鹿にしないように・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は席に着くことにした。
そうして授業を受けることにした。
これは、何もわからない世界に来て、最もいい機会ではないか。何かを教えてくれる、それを聞いて、この世界のことを少し知ろう、いや、もう少し知っている、馬鹿にしないこと? 『奇跡を行う国』を。そうならば、その、『奇跡を行う国』について、質問なり、してみようではないか、教授なら、きっと豊富な知識を持っていて、それに答えてくれるのではないだろうか。また、地理の授業でもあったら、この世界のことが、よりよく知れるのではないだろうか。何より、アーテ王女は生まれてはじめての学校に、大きな魅力を持って臨んだ。みんなの学び舎。友達。
アーテ王女が、指された席を目指すと、そこには女の子が一人、座っていた。
その隣の席、廊下の奥の席が、開いている。
ごめんなさい、座らせて。
アーテ王女が向かうと、それにともなって、女の子が立ち上がった。
しかし、どうしたことだろう。
アーテ王女が疑問に思ったのは、その少女が、なにやら不健康な顔をしていることだった。覇気がない。顔の色が鉛色で、どことなく、うつむき加減で、目の周りに、おどろおどろしい、クマが、できていた。
どうしただろう。
アーテ王女は思ったが、今は座ることが、第一条件だった。
席を空けてくれたのだから、座ろう。
アーテ王女が接近すると、女の子はそれにともなって廊下にたちあがった。
アーテ王女が席に着くと、女の子は廊下から自分の席に戻った。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は、不思議なおもいだった。これが学校。・・・・・・
もっと、アーテ王女は楽しい、子供たちの活気で満ちたものを、想像していた。活気。楽しい授業。楽しいお弁当の時間、楽しい体育の時間。それが、どうだろう。アーテ王女は周りをきょろきょろした。
すると、見る者、見る者、みんな、どうしてか、覇気がない。
まるで、精気を吸い取られて、ふらふら歩いているゾンビのようだった。
どうしたのだろう。
アーテ王女は思った。
しかし、その疑問は解けることがなかった(今は、それをアーテ王女が知るには早すぎた。アーテ王女はこのあと、覇気がない子供たち、奇妙なしきたりについて、深く見聞を広げ、そうしてそのなぞを解いていくことになる、しかしこの場所で読者諸君に知っておいてほしいのはひとつのことだけである。この場所において、アーテ王女が学校にかよっている子供たちの様子に不思議な疑問を持ったということ、その点だけを押さえておいてもらえれば、十分である)。
しばらく、時間が流れた。
しーんとした教室。
教室を、いったりきたりする、教授になれない助手の足音。
助手という名の女の人は、教室の机と机の間をいったい来たりして、何かを確認しているようだった。アーテ王女のところにも、助手という名の女の人は来て、何かを確認しているようだった。しかし、それがいったいどういう意味があるのか、アーテ王女にはわからなかったし、また、知ってもどうでもいいことのように思われた(結論を言うと、このとき助手は、アーテ王女ら、児童らの、カンニング対策を行っていた。その理由は後ほどわかることになる)。
しばらく時間が流れた。
そうしているうちに、急に助手という名の女の人が、教壇のほうへ、歩みを速めた。
そうしてみていると、突然、
「これより授業が始まります。皆さん用意はいいですか?」
助手という名の女の人は、そういうと、自身教壇の引き出しから、何かを取り出したようだった。
教科書だろうか。
そのようだった。
「では、授業を始めます」
しかし。
アーテ王女はぽかんとした。
そうはいっても、まだ、教授と名の付く人はやってきてはいないではないか。
しかし、助手の授業は始まるらしかった。
アーテ王女はこのとき、そのことについて指摘して、質問しようとしたほどである。
霧の中になにやらうっすらと、建物のような影が見えてきた。
アーテ王女がさらに歩みを続けると、さらに建物は、はっきりと、その姿をアーテ王女に見せた。
これが、学校の建物なのだろうか。
そうらしかった。
教会の建物が、そのまま学校として使用されていると、靴屋のおじいさんは言っていた。
これが、その建物である。
屋根が、一部高いところが出ていて、その上に掲げるように教会の十字架が立っている。
どうしよう。
アーテ王女は思った。
アーテ王女がこのときおもったのは、やはり、在籍してもいない学校に、入ってもいいものかということだった。
入学届けも、転入届も、ない。何より学費だって、アーテ王女は払っていなかった。
『奇跡を行う国』では、小学校のシステムはどうなっているのだろうか。
アーテ王女の頭に浮かんだのは、靴屋のおじいさんの顔である。
もしもアーテ王女が靴屋のおじいさんに、そのような質問をしたら、どういう答えが返ってくるだろう。
(「入学費? 入学届け? 転入届け? 何を子供がこみいったことを言っておるんだ。そんなこと、あんたが考えることではない。心配することはない。そういう込みいったことは、すべて大人がしてくれるわ・・・・・・何を、子供がこみいったことを言っているのか、まったく、子供の癖に、ぶつぶつ、ぶつぶつ・・・・・・」)
かがみの中の靴屋は、デッカー次官のような人だが、とにかく問題はないのだろう。
アーテ王女は思った。
何よりここは『奇跡を行う国』。不思議なかがみの中の世界なのである。
きっと、何とかなるだろう。
アーテ王女は思った。
いったい何が、『奇跡を行う国』なのか、わからなかったが、たぶん、何かにつけて、この場所は、『奇跡を行う国』なのだろう(その、奇跡ゆえに、なんらの問題もないのである。いわずと知れよう。アーテ王女はこの後、『奇跡を行う国』に、そのために立ち向かうことになる。奇跡。その意味を知ったことが、アーテ王女を、『奇跡を行う国』への戦いへと、向かわせるのである。しかし、このときアーテ王女はそれを知らなかったし、また、予測もしていなかった。『何も映さざるかがみ』が光る、などということは、このときアーテ王女は予測もしていなかった。『何も映さざるかがみ』が光る。これについてはこの場での知識として入れておいてほしいのは、かがみ云々というよりも、その『何も映さざるかがみ』が何かということよりも、また、『奇跡を行う国』がどういう世界なのかというよりも、不思議な世界にたいして立ち向かう、その過程において、アーテ王女の持っている、この後受け取ることになる、不思議なかがみ、『何も映さざるかがみ』が、まばゆい光を発するということである。その光が、アーテ王女を『奇跡を行う国』からもとの、長橋国の不思議なかがみの前へと戻す助けになる、ということである)。
依然として、霧が深い。
アーテ王女は、その中を、少し服をびちょびちょにしながら進んだ(ここで、アーテ王女の服装について、遅ればせながら、説明しておこう。アーテ王女がこのとき着ていたのは、Tシャツと、その上に、ペンギンの裾のついたコートに、丈の短いスカートに、靴下、それにアーテ王女のトレードマークのつばの広い帽子だった。この、ペンギン裾のついたコート(以下、ペンギンコートという)は、ロイズおばさんがアーテ王女のために作ってくれた物で、アーテ王女も気に入って、この服を常用していたし、同じもので色違いのものを数着作ってもらって、いつも、着ていた(このときアーテ王女が着ていたペンギンコートは、くすんだ青色の服だったが、茶色もあったし、赤もあった)。また、靴は、アーテ王女も嫌いではなかったが、このときアーテ王女は履いてはいなかった。あの、長橋国を出る前に、アーテ王女はそれを履かずに来てしまったのである。アーテ王女は、また、日ごろより、靴を履かずに城の中、長橋国の国土を歩くことがよくあった。これについてはデッカー次官が幾度もアーテ王女に注意したが、アーテ王女はそれをあまり大きな問題とは感じてはいなかった。何より、長橋国の城も、国土も、しっかりと釘が丹念に押し付けられていて、危険はなかったので、長靴下のままで、その国土、お城を出歩いても、それほど問題はなかったのである。ここで注意しておいてほしいのは、もちろんこれは、これより後の話になるが、アーテ王女が靴を履かずにいることが、アーテ王女を見知らぬ運命へと連れて行く、道具になったということである)。
アーテ王女が教会、今は学校の入り口の扉のノブに手を当てると、ひんやりと、冷たい感触が、その手を通して伝わった。
まるでそのドアは、今まで誰一人として触れたことがないもののように思われたが、果たして中には誰かいるのだろうか。
いるとしたら生徒である。
それに先生。
学校とは、生徒がいて、先生がいて、そうして運営される機関であると、アーテ王女は知っていた。
果たして?
ノックをすることはできなかった。
何か、まるで中に魔物でも住んでいるかのように、この教会は、アーテ王女には思われたからである。
ノブを回し、少しずつ、扉を開けようと、アーテ王女は思った。
そうして覗き込む。
中の様子を少しでも知ってから、行動しようと、このときアーテ王女は思っていた。
ノブを回すと、それにともなって、小さなうめき声が、ノブの内部から上がり、・・・・・・しばらくまわすと、ノブは、その機能を停止した。後は、開くだけである。
アーテ王女は、少しずつ、扉を開けていった。
すると、中の様子がわかる。
アーテ王女は少しずつ開く扉のなかに、首を突っ込んで、中の様子を探った。
すると。
中には後ろ向きの一団が数列。その先頭に、何かしらの話をする先生だろうか、の、影がうかがえた。
何か。
ぼんやりとしたような、光景である。
ぼんやりとしているのは、アーテ王女がはじめて学校というものを目にしたために感じた変化なのだろうか。それとも、それ以上のものがあるのだろうか。・・・・・・
しばらくみていると、突然。
部屋の中に奇声が上がった。
びくりとする、アーテ王女。
アーテ王女がびくりとしたのは、それが、アーテ王女本人に対して向けられたらしい、奇声だったからである。
「ちょっとあなた、そう、あなた。あなたです。今入ってきた、いえ、入ってこようとしている、覗き込んでいるといったほうが、正確でしょうか。とにかく女の子。いったいあなた、何を考えているの?」
は、はい。
アーテ王女はびくりとして、扉を中ほどまで開けると、棒立ちになって、おそらく先生らしき女の人の言葉を聴いた。
それにともなって、学校の、教室中の児童の顔が、アーテ王女に向かって向き直った。
「何をいきなり入ってきたのです。ドアの上にある、『信号』は、確認しなかったのですか?」
信号?
「何も知らない様子・・・・・・。あなたはいったい何年生なのですか。ドアを開けるときには、ドアの上についている信号を確認しなければならないなどと、そんなこと、幼稚園生でも知っていることですよ。ドアの信号は、いったい何色でした?」
信号?
アーテ王女は扉から少し下がって、ドアの上についているという、『信号』に、目を向けた。なるほど。
ドアの上を見ると、それにともなって信号がついているのがわかった。
それが、今は赤である。いったい何を意味しているのだろう。そういえば、アーテ王女はかつて呼んだ本の中に、青なら進め、黄色なら注意、赤なら止まれと、いう表示を持った信号機というものが、道路の脇にたって、その役割を果たしていると、聞いたことがあった。これは、その一環なのだろうか。ドアに、その表示が準用された。
「御覧なさい」
先生らしき女の人がいった。
「今、扉の信号は何色になっています」
赤である。
では、はいってはいけないと、そういうことなのだろうか。
「どうです、赤でしょう。あなた、本当に運がいいひと。こちら側も見て御覧なさい、どういう表示になっているのか、確認して見なさい」
運のいい人?
しかし、そういわれて、アーテ王女は少し学校の中にはいると、内側の扉の上にも、同じような信号がついていることがわかった。
それが、今は青である。
「どうです」
先生らしき女の人はいった。
「もしもあなたがその、『信号』を無視して入ってきて、そう、外側の『信号』が赤なのに、内側の『信号』が青なのに、入ってきて、外にいるあなたと、うちにいる人とが、突然ぶつかってしまったら、大事故になったでしょう。あなたはいったい何を考えているのですか? 最低限のマナーですよ、外の信号と、内側の信号のサインを確認する作業など、社会的交通・・・・・・」
アーテ王女は言葉をなくした。そうだったのか、と、思った。
世界は広い、アーテ王女は知らなかったが、家のドアにまで、信号機が付いている世界があったとは、いや、しかし、と、アーテ王女は躊躇をもった。これは不思議な世界のことである。アーテ王女はあくまで批判的に、その『信号』を受け取ることとした。これは、アーテ王女を惑わすためのわなである。付いていたであろうか、ほかの家に、そのような『信号』は。少なくとも、いままでみた家には、そうしたものは、ついてはいなかったような気が、アーテ王女にはしていた。特に、あの、アーテ王女に自分は子供であると思い出させたおじいさんの家の勝手口には、そんなものが付いている様子はなかった。
果たして?
「いいですか」アーテ王女が疑問に思っていると、先生らしき女の人は、答えをまとめるようだった。「これからは、その、『信号』には十分注意するよう、心がけてください。中にいる人は、あなたが『信号』を守るということを見越して、ドアの行き来を行っているのです、そのことを忘れないでください・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女が黙っていると、上のほうで何やらかちっと信号音がした。
『信号』が、切り替わったのである。
今まで赤だった、外の『信号』が、青に、今まで青だった中の『信号』が赤に、変わったのである。
論理的に考えると、これでアーテ王女は学校の中にはいることができると、そのように思われたが、果たしてどうだろう。アーテ王女は何か、足りないような気分に陥っていた。しかし、
「さあ、どうぞ」
先生らしき女の人はいった。
「ごらんのように、『信号』が赤から青へと変わりました。あなたの入っていい回が回ってきたと、そういうことです。どうぞ、お入りなさい」
しかし。・・・・・・
アーテ王女はそれにも疑心暗鬼だった。
入る。
それはいい。
しかし、それは建物の話であって、学校の話ではない。
何度もアーテ王女が思うとおり、転入届けとか、入学届けとか、入学金とか、事前に済ましておかなくていいのだろうかと、言うことだった。しかし。
「何をしているのです。早く入らないと、また、『信号』が青から赤に変わってしまいますよ、何をボーっとしているのです。早く建物の中にはいりなさい」
「・・・・・・・・・・・・」
入ることにした。
そうして聞いてみることにした。
自分は確かに、世間的には学校に通わなくてはならない年齢だけど、この学校には在籍していません。どうすればいいのでしょうか。
アーテ王女は前に進み出た。
すると、それにともなって、児童たちの顔が、アーテ王女にむかって移動した。
アーテ王女は、一番前まで来ると、そのことについて質問した。
「ははあん」
先生らしき女の人は、アーテ王女の言葉を聞くと、なにやら、不振顔をした。何かをかんぐったような顔である。なんだろう。
「あなた、そんなことを言って、学校を休もうなんて考えてはいけませんよ。学校は、たとえあんたが入学届けを持っていなくても、転入届けを持っていなくても、入学金を払っていなくても、待ってはくれません。そんな理由をもってしても、あなたが学校を、休んでいい理由にはなりません」
思ったとおりの回答が、アーテ王女に与えられた、やはり、ここは『奇跡を行う国』。不思議な世界。普段アーテ王女が思っている考えなど、通用することのない世界。しかし、アーテ王女は同時に思った。果たしてそれならば、いったいどういう律が、この世界では通用しているのだろうか・・・・・・(このときアーテ王女が思った疑問は、とてもいい疑問であるといっていい。アーテ王女はこのとき、その疑問を思ったがゆえに、やがて、『奇跡を行う国』に対決していくことになるのである。言い換えると、この疑問を解くことが、アーテ王女の『奇跡を行う国』への戦いとして、検出されることになるのである。信号機しかり、『奇跡を行う国』の学校しかり)。
「さあ」
先生らしき女の人はいった。
「席に座りなさい、それがあなたの籍です」
「・・・・・・・・・・・・」
先生らしき女の人は、どうやらアーテ王女を授業に加える予定らしかった。その、先生らしき女の人が指した方向に、席がひとつ開いている・・・・・・。
アーテ王女はそっちをみた。
そうして、おいて、また顔を戻すと、席に着く前に、ひとつ、質問をすることにした。
果たしてあなたは先生なんですか?
「馬鹿なことをいってはいけません」
先生らしき女の人は、目を三角にした。
「教授はこのあといらっしゃいます。教授ほどの方があなたがた、馬鹿生徒のたしなみを、するものですか」
馬鹿生徒?
「わたしはただの助手、先生になる前の人間です。先生になるには、豊富な経験と、豊富な教養がなくてはなれません。『奇跡を行う国』を馬鹿にしないように・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は席に着くことにした。
そうして授業を受けることにした。
これは、何もわからない世界に来て、最もいい機会ではないか。何かを教えてくれる、それを聞いて、この世界のことを少し知ろう、いや、もう少し知っている、馬鹿にしないこと? 『奇跡を行う国』を。そうならば、その、『奇跡を行う国』について、質問なり、してみようではないか、教授なら、きっと豊富な知識を持っていて、それに答えてくれるのではないだろうか。また、地理の授業でもあったら、この世界のことが、よりよく知れるのではないだろうか。何より、アーテ王女は生まれてはじめての学校に、大きな魅力を持って臨んだ。みんなの学び舎。友達。
アーテ王女が、指された席を目指すと、そこには女の子が一人、座っていた。
その隣の席、廊下の奥の席が、開いている。
ごめんなさい、座らせて。
アーテ王女が向かうと、それにともなって、女の子が立ち上がった。
しかし、どうしたことだろう。
アーテ王女が疑問に思ったのは、その少女が、なにやら不健康な顔をしていることだった。覇気がない。顔の色が鉛色で、どことなく、うつむき加減で、目の周りに、おどろおどろしい、クマが、できていた。
どうしただろう。
アーテ王女は思ったが、今は座ることが、第一条件だった。
席を空けてくれたのだから、座ろう。
アーテ王女が接近すると、女の子はそれにともなって廊下にたちあがった。
アーテ王女が席に着くと、女の子は廊下から自分の席に戻った。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は、不思議なおもいだった。これが学校。・・・・・・
もっと、アーテ王女は楽しい、子供たちの活気で満ちたものを、想像していた。活気。楽しい授業。楽しいお弁当の時間、楽しい体育の時間。それが、どうだろう。アーテ王女は周りをきょろきょろした。
すると、見る者、見る者、みんな、どうしてか、覇気がない。
まるで、精気を吸い取られて、ふらふら歩いているゾンビのようだった。
どうしたのだろう。
アーテ王女は思った。
しかし、その疑問は解けることがなかった(今は、それをアーテ王女が知るには早すぎた。アーテ王女はこのあと、覇気がない子供たち、奇妙なしきたりについて、深く見聞を広げ、そうしてそのなぞを解いていくことになる、しかしこの場所で読者諸君に知っておいてほしいのはひとつのことだけである。この場所において、アーテ王女が学校にかよっている子供たちの様子に不思議な疑問を持ったということ、その点だけを押さえておいてもらえれば、十分である)。
しばらく、時間が流れた。
しーんとした教室。
教室を、いったりきたりする、教授になれない助手の足音。
助手という名の女の人は、教室の机と机の間をいったい来たりして、何かを確認しているようだった。アーテ王女のところにも、助手という名の女の人は来て、何かを確認しているようだった。しかし、それがいったいどういう意味があるのか、アーテ王女にはわからなかったし、また、知ってもどうでもいいことのように思われた(結論を言うと、このとき助手は、アーテ王女ら、児童らの、カンニング対策を行っていた。その理由は後ほどわかることになる)。
しばらく時間が流れた。
そうしているうちに、急に助手という名の女の人が、教壇のほうへ、歩みを速めた。
そうしてみていると、突然、
「これより授業が始まります。皆さん用意はいいですか?」
助手という名の女の人は、そういうと、自身教壇の引き出しから、何かを取り出したようだった。
教科書だろうか。
そのようだった。
「では、授業を始めます」
しかし。
アーテ王女はぽかんとした。
そうはいっても、まだ、教授と名の付く人はやってきてはいないではないか。
しかし、助手の授業は始まるらしかった。
アーテ王女はこのとき、そのことについて指摘して、質問しようとしたほどである。
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