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辺境の地
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「リーズ! 久しぶりだね。僕のこと覚えているかな?」
父の用意した馬車に揺られ着いたのは、幼い頃に何回か来たことのある屋敷だ。
御者が馬車とともに伯爵領へ帰るのを見送りながら、もうあそこへは帰れないのかもしれないと考えてしまう。
私はそれだけのことをしてしまったのかもしれない……。
悲観的な考えが頭を過り、慌てて打ち消す。
こんなところでぐずぐずしている暇はない。
気持ちを入れ換えるように、子爵邸の門を叩いた私を出迎えてくれたのは、父の弟イスカール叔父さまだった。
「叔父様! お久しぶりです。出迎えていただきありがとうございます。」
「当り前じゃないか。かわいい姪っ子に会えるんだ。一刻も早く会いたいに決まっているだろう。」
父に似た顔立ちなのに、雰囲気は真逆だ。
穏やかな表情で微笑みかけられて、どうしたらいいかわからなくなる。
この人はすべてを失った私にこんな風に笑ってくれる。
そう思うと、空っぽになっていたこころになにか温かいものが触れた気がした。
疲れただろう、と私を気遣ってくれる叔父様に手をひかれ、客間まで連れられる。
家具や内装は貴族の家にしては質素だが、その分温かみを感じられる家でもある。
叔父様は一人掛けソファーにそのまま腰を下ろすと、私にも椅子をすすめてくれた。
「リーズ。大変だったね。……、僕も詳しくは事情をしらないんだ。だけど今君が傷ついているのは僕にもわかる。ここは王都とは比べ物にならないほど田舎だけど、君を傷つける人なんて一人もいない。ここでリーズの心を休ませてほしい。僕はそう思っているよ。」
「っ。」
叔父様の優しいことばに、心が震える。
私のことをなにも聞かずに、……だけれど誠実な言葉。
両親と話しているときは涙なんてでなかったのに……。
泣きそうな気分になり、叔父様に精一杯の笑顔をみせる。
「叔父様、ありがとうございます。叔父様の心に報いれるようがんばります。」
そう言った私に、叔父様は私の手をとり優しく両手で包んだ。
「リーズ、大丈夫。頑張らなくたっていいんだよ。ここで君は新しい自分をみつけるんだ。」
「あたらしい自分?」
「そう。たとえば、ほら。」
叔父様は私を正面から見据えて言った。
「本当は泣きたいのに、泣くのを我慢してしまう可愛いリーズとかね。君は頑張り屋さんなんだよ。少し肩のちからをぬいてみて。新しい自分に出会えるよ。」
新しい自分を探すこと……。
それが私のここでのやるべきこと。
「リーズ、また難しく考えているね。君はここで普通の日常を過ごせばいいんだよ。自ずと探し物はみつかる。……さぁ、部屋を案内しよう! ここにはいま僕と使用人しか住んでいないから部屋が余ってしかたないよ。」
楽しそうな叔父様に手を引かれ、部屋まで案内される。
この屋敷は2階まであり、使用人はほとんどが住み込みで1階のあまり部屋を使っているという。
私には2階の一番奥の部屋が用意されていた。
白を基調とした、女性が好みそうな部屋だ。
1階の客間よりも値が張ると思われる家具や装飾品が並んでいる。
ここは……。
「この部屋はミリアが使っていた部屋でね。あの頃のままなんだ。君が使ってくれたらうれしいよ。」
「ミリア様が……。」
ミリア様は叔父様の結婚相手。
どこか大国の貴族令嬢だったそうで、よその国の血が入ることを嫌った親族とは、結婚時大層揉めたと聞いたことがある。
もともとこの国は島国なせいか、他国との交流に拒否感が強い。
昔からそりが合わなかった父と叔父様は、その件で完全に疎遠状態になったとも。
叔父様はどこか懐かしそうに私を見た。
「ここの家具はミリアが嫁いでくるときに持ってきたもので、家にはもったいない品が揃ってる。ミリアもリーズに使ってもらえたら嬉しいと思う。僕には、手を付けることができなかったから……。」
ミリア様は幼少の頃から身体が弱く、叔父様と婚姻されたときにはすでに心臓がかなり弱っていたらしい。
もう6年前に亡くなられている。父と叔父様が疎遠状態だったので、彼女に会った記憶は数回しかない。
最後に会ったのは、8年前、私がまだ8つの頃だったと思う。
銀の髪に翠の瞳の美しいひとだった。
「はい、叔父様。大切に使わせていただきます。」
「うん。ありがとう。」
そう、なにかに耐えるように言った叔父様はドア近くに控えていたメイドを呼んだ。
「リーズ、彼女を君の世話係に任ずることにした。クロエだ。仲良くしてやってくれ。」
「リーズお嬢様、クロエと申します。これからお嬢様の身の回りのお世話をさせていただきます。」
黒髪を後ろで束ね、簡素な洋服に身を包んだメイドが歩み寄ってくる。
私より少し年上にみえる。
「えぇ、クロエ。よろしくね、仲良くしましょう。」
初対面のメイドに少し緊張しながらも声をかければ、はいっ! と思いのほか大きな返事が返ってきていびっくりしてしまう。
クロエをみると顔を真っ赤にしているものだから、可愛くておかしくて、少し笑ってしまった。
父の用意した馬車に揺られ着いたのは、幼い頃に何回か来たことのある屋敷だ。
御者が馬車とともに伯爵領へ帰るのを見送りながら、もうあそこへは帰れないのかもしれないと考えてしまう。
私はそれだけのことをしてしまったのかもしれない……。
悲観的な考えが頭を過り、慌てて打ち消す。
こんなところでぐずぐずしている暇はない。
気持ちを入れ換えるように、子爵邸の門を叩いた私を出迎えてくれたのは、父の弟イスカール叔父さまだった。
「叔父様! お久しぶりです。出迎えていただきありがとうございます。」
「当り前じゃないか。かわいい姪っ子に会えるんだ。一刻も早く会いたいに決まっているだろう。」
父に似た顔立ちなのに、雰囲気は真逆だ。
穏やかな表情で微笑みかけられて、どうしたらいいかわからなくなる。
この人はすべてを失った私にこんな風に笑ってくれる。
そう思うと、空っぽになっていたこころになにか温かいものが触れた気がした。
疲れただろう、と私を気遣ってくれる叔父様に手をひかれ、客間まで連れられる。
家具や内装は貴族の家にしては質素だが、その分温かみを感じられる家でもある。
叔父様は一人掛けソファーにそのまま腰を下ろすと、私にも椅子をすすめてくれた。
「リーズ。大変だったね。……、僕も詳しくは事情をしらないんだ。だけど今君が傷ついているのは僕にもわかる。ここは王都とは比べ物にならないほど田舎だけど、君を傷つける人なんて一人もいない。ここでリーズの心を休ませてほしい。僕はそう思っているよ。」
「っ。」
叔父様の優しいことばに、心が震える。
私のことをなにも聞かずに、……だけれど誠実な言葉。
両親と話しているときは涙なんてでなかったのに……。
泣きそうな気分になり、叔父様に精一杯の笑顔をみせる。
「叔父様、ありがとうございます。叔父様の心に報いれるようがんばります。」
そう言った私に、叔父様は私の手をとり優しく両手で包んだ。
「リーズ、大丈夫。頑張らなくたっていいんだよ。ここで君は新しい自分をみつけるんだ。」
「あたらしい自分?」
「そう。たとえば、ほら。」
叔父様は私を正面から見据えて言った。
「本当は泣きたいのに、泣くのを我慢してしまう可愛いリーズとかね。君は頑張り屋さんなんだよ。少し肩のちからをぬいてみて。新しい自分に出会えるよ。」
新しい自分を探すこと……。
それが私のここでのやるべきこと。
「リーズ、また難しく考えているね。君はここで普通の日常を過ごせばいいんだよ。自ずと探し物はみつかる。……さぁ、部屋を案内しよう! ここにはいま僕と使用人しか住んでいないから部屋が余ってしかたないよ。」
楽しそうな叔父様に手を引かれ、部屋まで案内される。
この屋敷は2階まであり、使用人はほとんどが住み込みで1階のあまり部屋を使っているという。
私には2階の一番奥の部屋が用意されていた。
白を基調とした、女性が好みそうな部屋だ。
1階の客間よりも値が張ると思われる家具や装飾品が並んでいる。
ここは……。
「この部屋はミリアが使っていた部屋でね。あの頃のままなんだ。君が使ってくれたらうれしいよ。」
「ミリア様が……。」
ミリア様は叔父様の結婚相手。
どこか大国の貴族令嬢だったそうで、よその国の血が入ることを嫌った親族とは、結婚時大層揉めたと聞いたことがある。
もともとこの国は島国なせいか、他国との交流に拒否感が強い。
昔からそりが合わなかった父と叔父様は、その件で完全に疎遠状態になったとも。
叔父様はどこか懐かしそうに私を見た。
「ここの家具はミリアが嫁いでくるときに持ってきたもので、家にはもったいない品が揃ってる。ミリアもリーズに使ってもらえたら嬉しいと思う。僕には、手を付けることができなかったから……。」
ミリア様は幼少の頃から身体が弱く、叔父様と婚姻されたときにはすでに心臓がかなり弱っていたらしい。
もう6年前に亡くなられている。父と叔父様が疎遠状態だったので、彼女に会った記憶は数回しかない。
最後に会ったのは、8年前、私がまだ8つの頃だったと思う。
銀の髪に翠の瞳の美しいひとだった。
「はい、叔父様。大切に使わせていただきます。」
「うん。ありがとう。」
そう、なにかに耐えるように言った叔父様はドア近くに控えていたメイドを呼んだ。
「リーズ、彼女を君の世話係に任ずることにした。クロエだ。仲良くしてやってくれ。」
「リーズお嬢様、クロエと申します。これからお嬢様の身の回りのお世話をさせていただきます。」
黒髪を後ろで束ね、簡素な洋服に身を包んだメイドが歩み寄ってくる。
私より少し年上にみえる。
「えぇ、クロエ。よろしくね、仲良くしましょう。」
初対面のメイドに少し緊張しながらも声をかければ、はいっ! と思いのほか大きな返事が返ってきていびっくりしてしまう。
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