溺愛外科医ととろける寝室事情

ヒロロ(秋桜ヒロロ)

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1巻

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   プロローグ


「処女かー。俺は無理だな」

 その声が聞こえたのは、雨宮あまみやなつきがトイレから出た直後だった。
 場所は、会社近くの居酒屋チェーン店。時刻は二十二時を回っていた。
 ハンカチで手を拭きながら、なつきは声のしたほうを見る。視線の先にあるのは座敷席で、五、六人の男性が酒を片手になにやら盛り上がっていた。

(なんだか聞き覚えのある声……)

 覗くつもりは毛頭なく、友人の待つみずからの席に帰る際、たまたま目に入ってしまっただけ。

(え? あれって、築山つきやま課長!?)

 そこにいたのはなつきの会社の上司である、築山だった。
 築山将志まさし、四十歳。
 身長は高く、ジムに通ってきたえていると聞く身体は服の上からでもわかるぐらいに引き締まっている。いつも高級な腕時計と、仕立てのいいスーツをまとっている彼は、その彫りの深い顔も相まって大人の色気を常にかもし出していた。
 出世頭で、来年定年退職する部長の後釜は、彼になるのではないかと噂されている。
 そんな築山は当然のごとくモテる。毎年バレンタインデーには紙袋いっぱいのチョコレートをもらって帰るし、社内では艶聞えんぶんが絶えない。
 そのせいなのか、最近離婚したらしく、築山に本気で想いを寄せる女性社員も多いのだ。
 実はなつきも、その中の一人だった。
 仕事のこと以外ではあまり話したことはないが、二年前から片想い中である。
 想い人を思わぬところで見つけてしまい、なつきの胸は高鳴った。

(こんなところで飲んでるんだ! 会えるなんて今日はついてるかも! ……でも、だったらさっきの言葉は築山課長が……)

 築山は後輩と飲んでいるようだった。見れば、なつきの同期の男性社員もいる。
 どうやら、彼らも花金はなきんを楽しんでいるようだった。

「じゃあ、課長はどんな女性がいいんです? そう言うってことはやっぱり、経験豊富な人がいいんですか?」

 輪の中の一人が声を上げる。彼の頬はお酒により赤く染まっており、頭は緩く左右に揺れていた。他の男たちも皆似たようなものである。もちろん築山の顔も赤い。
 なつきは柱の陰に身をひそめ、想い人の声に耳を傾けた。

「何事も経験値は高いほうがいいだろう? 仕事も、恋愛もな!」
「でも、なんか経験豊富な人って過去の男の影がちらついて嫌じゃないですか? 遊んでる感じもしますしー」
「ばーか。そんな風に思うのは、お前らの経験が足りないせいだよ。大体、処女の地味女なんてつまらない奴ばかりだぞ! うちの会社にも何人かいるが、ああいう女は嫉妬しっと深いし、束縛してくる奴も多いからな!」

 築山の言葉に部下たちはへぇー、と感心したように頷いている。

「それに、ベッドの上で奔放ほんぽうに振る舞う女ほど、いい女はいねぇだろ?」
「そういうことを言ってばかりいるから、奥さんに逃げられるんですよー」
「余計なお世話だ!」

 どっと笑いが起きる。
 皆、お酒を飲んで相当羽目を外しているようだった。
 築山も、会社での雰囲気とはずいぶん違った印象を受ける。
 会社での築山はいつもクールで何事にも動じず、笑う時も優しく微笑むような人だ。こんな風に大声を上げるところも、馬鹿笑いするところも見たことがない。

「とにかく! 俺は処女や地味女は絶対に相手しない! 付き合うなら、それなりにいい女じゃないと、時間も金も、もったいねぇからな!」
「うわー! その台詞せりふ、言ってみてぇ!!」
「さすが築山課長、ぱねぇっす!」
(ど、どうしよう)

 築山の台詞せりふに、なつきはボディブローを食らったような気分になった。青い顔で、頬を引きらせている。
 そうして、身をひそませた柱の陰からふらりと出ると、見つからないように気配を消しながら、とぼとぼと歩き出す。


 ――なつきがショックを受けているのには理由があった。
 なにを隠そう、雨宮なつきは二十六歳で処女なのである。
 ついでに言うと、自他共に認める地味女でもある。
 性格は大人しく、フリーになった築山にアピールするどころか声をかけることも、できた試しがない。
 上司に怒られれば、なにも反論できず、あわあわと頭を下げるばかりだし、嫌な同僚にはマウントを取られてばかりだ。
 服装も全体的にシンプルで、色もグレーやブラウンなど無難ぶなんな物が多い。
 ずかしいから露出も最小限で、膝丈よりも上のスカートは穿いたことがないし、化粧も薄く、髪の毛も目立たない程度にしか染めていない。
 つまりまとめると、雨宮なつきは築山の求める『派手で、経験が多く、ベッドの上で奔放ほんぽうな女性』とは真逆の人間なのである。
 なつきは血の気が引いた顔で、友人の待つ席に戻った。
 正面には、彼女の顔色を見て眉根を寄せる友人が座っている。

「どうかしたの? 飲み過ぎて吐いちゃった?」

 なつきは無言のまま緩く首を横に振る。
 そんな時、友人が呼んだであろう店員が二人のところにやってきた。

「なにかご注文ですか?」
「えっと……」
「すみません。日本酒冷やでお願いします」

 友人の声をさえぎって、なつきが声を上げた。
 その様子に、友人は目を丸くする。

「ごめん、トモちゃん。やけ酒、付き合って!」

 なつきのうるんだ瞳に、トモと呼ばれた友人は「仕方ないわねぇ」と笑うのだった。



   第一章


 冬にもかかわらず、肩を丸出しにしたオフショルダーのニットに、かがめば下着が見えてしまいそうな短さのスカート。タイツは薄く、肌の色がぼんやりとけて見えている。唯一防寒性がありそうなのは、その上から履いているニーハイのブーツだけ。
 普段、下ろしているだけの髪の毛は緩く巻いてあり、化粧はいつもより数段濃かった。唇なんて、まるで血を吸った後の吸血鬼のように、真っ赤なルージュがひかれている。
 築山の好みを知り、やけ酒をあおってから一週間後。なつきは自身の格好に居心地の悪さを感じながら、道の端を歩いていた。
 大きな瞳には、羞恥しゅうちによる涙が溜まっている。

「そんなにずかしがらなくても大丈夫だって! 私が見立てたその服、すごく似合ってるわよ! 化粧だって、たまにはそういうのも新鮮でいいじゃない!」

 道の真ん中を堂々と歩きながら、トモは励ましてくれた。
 彼女もなつきに負けず劣らず派手な格好をしているが、堂々としている。
 なつきは電信柱の陰に隠れながら、震える声を絞り出す。

「や、やっぱり帰る! 合コンとか無理っ!」
「えー。当日キャンセルは、さすがにまずいって! 相手の男共は別にいいとして、女の子も呼んでるんだよ?」
「それでも無理なものは無理! しかも、こんな格好で行くなんて……」
「だから、似合ってるって言ってるじゃない」

 トモのあきれたような視線を受けながら、なつきは首を横に振る。

「似合ってる、似合ってない云々うんぬんもあるけど、私がずかしいの! トモちゃんだって、真っ裸で合コンなんて行けないでしょ? 私にとってこの服は、裸も同然なんだって!」
「いや、全然違うと思うけど……」

 そもそも裸で出歩けば、ずかしい以前に公然わいせつ罪でお縄についてしまう。
 トモは電信柱と一体化しそうな友人を眺めながら、頬を掻いた。

「そもそも、なつきが『誰か私を築山課長の好みに変えてくれる人いないのー!』って嘆くから企画した合コンなのに!」
「あれは酔ったはずみで言っちゃっただけで、本当はそんなこと……」

 先週、やけになって浴びるように酒を飲んだ日。なつきは酔った勢いで、トモに築山のことを相談していた。
 その時に飛び出したのが『誰か私を築山課長の好みに変えてくれる人いないのー!』という発言だ。
 高校からの付き合いであるトモは、なんでも相談できる数少ない友人の一人。
 そんな彼女が親友のために一肌脱いで、この『合コン』をセッティングしてくれたのだ。
 しかし、なつきは『合コン』も『派手な服装』も苦手なのだ。

「合コンだって意識するから緊張するのよ。普通の飲み会だと思えばいいの! なつきだって、会社の飲み会とかは普通に参加できるんでしょう?」
「まぁ……」
「それなら大丈夫だって! ほら、行ってみたらなにかが変わるかもしれないし!」
「でも、私には好きな人が……」

 もじもじとずかしがりながらうつむくなつきを、トモは一刀両断する。

「その好きな人に相手にされないから、自分を変えたいって話だったんでしょう? 露出が多い服も着れない上に、合コンくらい行けなかったら、どうやっても派手な女にはなれないわよ!」
「ぅぐっ!」

 思わず胸を押さえてしまうなつきである。
 親友の言葉が容赦ようしゃなく胸をえぐる。
 トモは電信柱に隠れているなつきの手を取った。

「ま、今日は自分のからを破るための第一歩だと思って参加すればいいわよ! 私もアンタが地味すぎるの、少しもったいないって思ってたし! ほら、足を動かして!」
「うぅ……」

 そのまま引きずられるように、なつきは合コン会場に連れて行かれた。


(なんか、私だけ場違い感がすごい……)

 なつきは合コン会場で、隅に身を寄せながらお酒に口をつけていた。
 集まったメンバーは、やはり全体的に派手な人が多く、皆お酒の勢いもあって盛り上がっている。
 なつきも格好だけはそれなりに派手だが、一人だけテンションが低かった。場の空気を壊さないように受け答えはするが、それだけである。

(お酒が美味おいしいのが唯一の救いだなー)

 一人でちびちびとお酒を飲みながら、盛り上がる人たちをぼーっと眺める。
 会場である『BB』は新宿しんじゅくの地下にあるお洒落しゃれなバー。
 なつきたちがいる個室は店の中でそこだけ少しおもむきが違い、部屋から一歩出れば大人の雰囲気漂う、落ちついた酒場になっている。

(できれば、あっちで飲みたかったな。まぁ、また今度来ればいいか)

 お酒は強くないが、嫌いではない。お酒の美味おいしいお店を見つけられたという点に関して言えば、この飲み会も別に悪いものではなかった。
 そんな風にほうけていると、突然、誰かに手を握られた。

「雨宮さん大丈夫? 楽しんでる?」

 隣に座った男性が、へらりとした笑みを浮かべる。
 名前はなんだっただろうか。上手く思い出せない。
 男の発する強い酒の臭気が鼻につき、なつきは思わず少し眉根を寄せた。

「雨宮さんって、こういう場所苦手なの? よかったら二人でこの後、抜ける?」

 その下心丸出しの笑みに寒気を覚えながら、なつきは笑顔で「大丈夫です」とだけ返した。
 握られた手をやんわりと退け、男性から少し距離を取る。
 男性との触れ合いは、あまり得意なほうではなかった。こういうお酒の場では、特に。
 冗談と本気の境目さかいめがわからないし、上がりすぎたテンションについていけないからだ。

「雨宮さんって、染まってない感じが可愛いよねー」
「はは……。そうですかね?」
「そうそう! 食べちゃいたいぐらい!」
「はぁ」
「ちょっと! その子あんまり男の子に免疫めんえきないんだから、ぐいぐいいくのやめてって!」

 見かねたトモが男性を止める。すると、男はまるで子供のように声を上げた。

「えー! いいじゃん、別にこういう場なんだし! 無礼講ぶれいこう! 無礼講ぶれいこう!」
無礼講ぶれいこうの意味、はき違えてない?」
「ははは! トモちゃん言うこときついー!」
「アンタが失礼すぎるのよ」

 男の会話の相手がトモに移ったことを確認して、なつきは胸をで下ろした。

(でも、築山課長の好みって、こういう場を楽しんじゃうような女性なんだろうなぁ……)

 グラスの中の氷をマドラーでかき混ぜながら、なつきは築山の言葉を思い出す。

『とにかく! 俺は処女や地味女は絶対に相手しない! 付き合うなら、それなりにいい女じゃないと、時間も金も、もったいねぇからな!』

 あの時の声がよみがえり、なつきは大きくうなだれた。

(性格なんてすぐ変えられないし、私だって好きで今まで処女だったわけじゃない……)

 しかも、単に経験があるだけではダメなのだ。
 築山の好みになるためには『ベッドの上で奔放ほんぽうに振る舞う女』にならなくてはならない。

(もうほんと絶望的かも……)

 越えるべきハードルが多すぎる。
 お洒落しゃれや派手な行動はトモに師事すればいいが、さすがに夜のことまでは教えてくれないだろう。
 しかし、処女を捨てるためにその辺の男を引っかけるなんてことはしたくないし、だからと言って下心丸出しで手を握ってきたような隣の男もごめんだ。
 それに、実はなつきの脱処女のハードルは、人よりとてつもなく高い。
 ――体質的に……

(築山課長、あきらめないといけないのかな……)

 なつきは憂鬱ゆううつな気分を押し流すように、目の前にあったお酒をあおった。

「あ、雨宮さん、それ!」
「罰ゲーム用のウォッカ!」
「へ?」

 声を発した瞬間、視界が歪み出す。
 自分の持っているグラスが自分のものではないと気が付いたけれど、もう遅い。

(これ、やばいかも……)

 胃がひっくり返るような感覚を味わい、なつきは口を押さえ、慌てて立ち上がった。そして歪む視界の中、急いでトイレに駆け込んだ。


(最悪……)

 トイレのふちに手をかけながら、なつきは口元をハンカチで拭った。
 先ほど食べたものだけでなく、昼間に食べたサンドイッチまで、胃の中にあるものすべてを吐き出してしまったようだった。
 にもかかわらず、まだ胃がぐにゃぐにゃと変な動きをしているのがわかる。
 少しでも油断すると、また胃液を吐き出してしまいそうだ。

「なつき、大丈夫?」

 戸をへだてた向こう側からトモの声がして、なつきは顔を上げた。

「うん、大丈夫。ちょっと気持ち悪いだけだから。トモちゃんは戻ってて。私も落ちついたら戻るから」
「でも……」

 なつきが合コンを楽しんでいないというのが伝わっていたのだろうか、トモの声はどことなく落ち込んでいる。
 なつきは今出せる精一杯の明るい声を出した。

「大丈夫だって。吐いたらスッキリしたし、気にしないで戻ってて! すぐ追いかけるから!」
「……わかった。なにかあったらすぐに連絡しなさいよ」
「うん。ありがとう」

 トモが去って行く気配を感じ、なつきは息をついた。
 吐いたからか、先ほどよりはずいぶん楽になっている。酔いもすっかりめてしまった感じだが、だからと言ってあの会場に戻るのは気乗りしなかった。
 隣に座るセクハラ男も好きにはなれないし、皆が騒いでいる場に、居たたまれない気分のまま長くいたくはない。
 なつきはトイレから出ると個室には戻らず、カウンター席に座った。カウンターの向こうではバーテンダーがカクテルを作っている。
 店内は暗く、足下のフットライトとカウンターを照らすブラケットだけが店内をオレンジ色に染めていた。
 合コンの会場となっている個室とは、がっちりとした扉で仕切られているし、店内はこの明るさだ。隅に座っていれば合コンメンバーにバレることはないだろう。

(ちょっとだけ休んでから戻ろう……)

 そう思っていると、バーテンダーがなつきを見て優しく声をかけてくれる。

「なにか飲む? 気持ちが悪いならソフトドリンクもたくさん用意しているけど」
「じゃあ、オレンジジュースください」

 なつきの注文にバーテンダーは頷く。
 しばらくして出てきたオレンジジュースに口をつけ、なつきは身体の力を抜いた。疲れ果てていた胃に、ほどよい酸味と甘みが染み込んでいく。
 ほっと息をついた時、斜めうしろから声がかかる。

「こんばんは」
「え?」

 振り返ると、そこには一人の男性がいた。
 すらりと高い身長に、通った鼻筋。中性的で整った顔つきだが、輪郭はしっかりと男性のそれである。細められた目は涼やかで、全体的にさわやかな印象を受ける。
 手にはカクテルのグラスが握られていた。

「隣いいかな? 一人で寂しく飲むのも飽きちゃって」
「ど、どうぞ」

 断るのもおかしいと思い頷いたところ、彼は少しも遠慮することなくなつきの隣に腰掛けた。
 その瞬間、柑橘かんきつ系のオーデコロンの香りがふわりと香る。

「個室にいた子だよね? こんなところで飲んでていいの?」
「実は、ちょっと戻りづらくて……」

 苦笑いで答えると、彼は「そっか」と笑ってくれる。

「じゃあ、もし君が嫌じゃなかったら、戻りたくなるまで俺の話し相手になってくれないかな? さっきも言ったように、一人で飲むのも飽きちゃって」
「……私でよければ……」
「ありがとう」

 薄い、形のいい唇が緩く弧を描く。
 カクテルを飲む彼の横顔を眺めながら、なつきもふたたびオレンジジュースに口をつけた。

(女慣れしてる人だなぁ……)

 そうは思ったが、不思議と嫌な気分にならなかった。
 彼は隣に座ってはいるものの、なつきとはそれなりの距離を保ってくれている。合コンで隣に座った男のように、強引に詰め寄ってくる雰囲気は一切なかった。
 それに、彼の話すトーンは落ちついていて、聞いていると気持ちが安らいでくる。

「えっと、名前を聞いてもいいかな。俺はレイって言うんだけど」

 彼はカウンターに指先で『怜』と書く。

「私は、雨宮なつきって言います。降る『雨』に、宮城みやぎの『宮』。『なつき』はひらがなです。……えっと、怜さんって呼んだらいいですか?」
「好きに呼んでいいよ。ところでさ、今日は合コンでもしてたの?」

 どうしてわかるのだろうと、なつきは目をまたたかせた。
 なつきの驚いた表情を見た怜は、ふっと相好そうごうを崩す。

「あの部屋、なんだかすごく盛り上がってたからね。この店、結構防音はちゃんとしてるはずなんだけど、ドアの近くを通ったら、はしゃいでる声が聞こえたからさ」

 怜はドアのほうに視線を向ける。
 自分が大声を上げていたわけではないが、騒いでいたのを聞かれていたのはずかしい。
 なつきは顔を熱くし、困りながら頬を掻いた。

「はは……うるさくしてしまって、すみません」
「謝らなくてもいいよ。うるさかったってほどでもないしね。それに、なつきちゃんは騒いでないでしょう?」
「へ?」
「合コンとか、あんまり好きそうじゃないもんね」

 見透みすかしたような言葉に、なつきは「わかりますか?」と苦笑した。

「そうだね。皆で部屋に入っていく時も今も、『こういう場に慣れてません』って風に見えたし。……格好はとってもセクシーだけどね」

 怜はグラスのふちをなぞりながら、微笑んでる。
 部屋の暗さも相まって、その笑みはどこか妖艶ようえんだ。
 見入みいってしまいそうになったなつきは、慌てて顔をそむけた。
 魔性ななにかに魅了されてしまったかのように頬がじわりと熱くなる。
 その頬の熱をごまかしたくて、無理やり明るい声を上げた。

「ほんと、私ってダメですよねー。二十六歳にもなって、ああいう場が苦手とか! 本当に子供っぽいというか、地味っていうか……。自分が嫌になります……」

 声と共に身体が小さくなっていく。
 落ち込んだように溜息をつくなつきを見つめながら、怜は長い指で自身の顔の輪郭をでた。

「必要に迫られてないなら、苦手は苦手のままでもいいんじゃないかな」
「でも、このままじゃ築山課長の好みには……」
「つきやま?」

 ポロリと零れてしまった想い人の名前に、怜がわずかに反応する。
 なつきは羞恥しゅうちで全身が熱くなるのを感じた。
 そして、なぜか取りつくろうように声を上げてしまう。

「あ、あの! 実は好きな人がいまして! その人が築山っていうんですけど! 彼の好みっていうのが、私とは真逆の派手な女性みたいで……。だから、その、頑張って直したいなぁって……」
「まぁ、そういうこと言っていても、実際に好きになる女の子は純情な子って男も多いし、気にする必要はないんじゃないの?」
「そうかもしれないんですけど、問題はそれだけじゃなくって……」
「それだけじゃないって?」

 そう問われて、はっとした。
 自分が相談しようとしていた事柄のずかしさに気が付き、全身が強張る。ほんのり熱を持っていた顔が、発火しそうなほど熱くなった。


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