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94話 ごっこ遊び
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ふむ、小麦粉やバター類は大丈夫。
ぱらり、案外綺麗な字が並ぶ紙束をめくって頷いた。
これならお菓子系は問題なく作れるだろう。
そもそもケーキもパンも既にあるのだから、それらを手がかりにベーキングパウダーやクリーム類も、私の知識とこの世界の物を照らし合わせることができた。同じ物、とはいかなくとも、近しい結果は得られるに違いない。
まだこちらでの現物が見つかっていない項目は、空白となってずらりと並んでいる。
同様に、焼く・煮る・揚げる等の調理法についても、代表的なレシピを挙げつつ詳細を詰めておいたのだけれど、そうするとラザクが飛び出していってしまった。
どうやら、料理人の腕が疼くというやつらしい。おこづかいをもらったばかりなのに、使い切ってしまわないだろうか。
「やっと静かになった……」
リトはさっきから何もしていないのに、随分疲れた顔で横になっている。リトはうるさいと疲れるらしい。聴覚は、私の方が鍛えられているのかもしれない。
ならば、まだ疲れていない私が、リトのお世話をしなくては。
椅子に掛けられたリトの服へ駆け寄ると、内側を探って首尾良く目当てのものをつかみ出す。
「ひとちゅだけね」
まず自分の口にひとつ入れて、握った手のひらからもうひとつ、リトの口へ突っ込んだ。
「うっ……ありがとよ。できれば、お前の口に入れる前が良かったが」
よだれが……など呟きつつ、リトの大きな手が私の頭を撫でる。甘い味と共に、湧き上がる何かが私の口角を引き上げた。
「ピィ!」
気付いたペンタが、髪から滑り落りてきて騒ぐので、渋々小さいかけらを渡す。ペンタは食事だっていつも果物なのだから、ドライフルーツは少しでいいはずだ。それに、身体だって私より小さい。
もの凄い早さで動く小さな口元を見つめていると、まあもうひと欠片ならあげてもいいかという気分になってくるから不思議だ。
分かっているようにピッと差し出された、小さくて毛の生えた手。私の指より小さな手。
「あとひとちゅだけだからね」
もうひとつ手に取ってペンタ用にちぎり取り、残りは自分の口へ入れる。指についた味をしっかり味わうのも忘れない。
「俺は?」
ベッドの方からも催促が聞こえ、いそいそ乗り上げた。
布団に広がる髪は、踏んだら痛いらしい。なるべく避けて、遠慮なく胸の上へ腰を下ろした。
残ったひとつを取り出して少し思案する。
リトより、私の方がドライフルーツが好きだ。リトが食べるなら、私も食べて良い。
「半分こね」
「お前、さっきあと一つって……つうか、どこが『半分』――待て、そのねちょった指で俺の口にっ」
せっかく口へ入れてあげたのに、リトが『ぬあー』なんて奇声をあげてものすごく嫌そうな顔をする。
「もう終わりな、それ以上食うなよ? あと、そこでよだれ垂らすなよ」
いらないならもらおうと、真下にあるリトの口元をじっと見つめていると、ごくりと飲み込んだ気配がした。残念だ。
「りと、もうおやすみ?」
振り返ると、外はまだ宵の口。私が寝るにはちょうどいい。
「あー、そうだな。もう寝るか……」
それなら、まだすることがある。
ほんのり光を鈍くした銀色の瞳が、少しまつげを伏せた。
「りと、寝ただめ」
ぱん、と両手で思い切りリトの胸元を叩くと、思いのほかビクッとリトの身体が跳ねて、私の尻が浮く。
「お前、ひとが気持ちよく寝ようって時に……」
再びぱちりと開いた瞳に満足して、身体を引き起こそうと試みる。
「りと、起きて。りゅーと契約する」
寝るのは、それからでいい。
「まだ覚えてたのかよ……もう何もできねえよ」
不承不承身体を起こしたリトが、への字に唇を曲げて私を見つめている。
「できる! りゅーが、する! りと、立って!」
「するって……ああ、契約執行官をやりたかったのか?」
ブツブツ言いながらベッドから長い脚が出て、ようやくリトが立ち上がった。
ぼさぼさ広がったタテガミと、少し斜めになった身体。どうにも締まらないけれど、仕方ない。
急いで荷物から紙片とカップを取り出してテーブルに置くと、手っ取り早く魔法の水を注いでおく。
「りと、ここ! ここに立ちゅ」
「お前、水浸しじゃねえか……」
ぶつくさ言うのに構わずテーブルの側へリトを呼び寄せ、私は大きなタオルを被った。
「契約ちょを、こちらへ」
厳かな顔で手を差し出すと、リトが盛大に吹き出した。
「お、おう……本格的にやるんだな。契約書ってどれだよ、これか?」
小さな紙片を手に取って、リトが少し口を結んだ。
契約内容は、一言だけ。
罰則などいらない。拘束もいらない。
だから――
「『リトと、リュウは、共に在ること』か……シンプルなんだな」
静かな声に、頷いてみせる。
逃げ道は、いくらでも。これは、リトを拘束する契約ではないから。
私とリトの、特別な約束だから。
「お前は、離れたっていいんだぞ。『共に在る』ことに変わりはないんだからな?」
寂しげな色を乗せた銀色が、少し細くなって微笑んだ。
離れても、心は共に。リトは、そう言うと思った。
離れようとすると思ったから、だからこの言葉を選んだ。
そうしないと、きっと契約してくれないから。
「リト、契約……する?」
そっと見上げると、苦笑したリトは――頷いた。
「随分大層なことだな。契約するようなことかよ」
するようなことだ。ラザクより、ずっと大事な契約だと思う。
差し出された紙片を受け取り、目を通して『違法性はない』との判断を告げると、水の中に入れた。
「では、けいやくの儀を行います。こちやを、契約酒に封入いたします。ごかくいんを」
精一杯の滑舌で、正しくなぞった言葉を並べる。リトの方も、ちゃんと促されるままに確認して、頷いた。
「では、契約者リュウ、リト、前へ」
私とリトが一歩進み、互いの瞳にそれぞれの色を写し込んだ。
被ったタオルを整え直し、咳払いして口を開く。
一言一句違わぬように。
起こるべく結果を脳裏に再現しつつ。
五感を落とし、AIの本領を発揮すべく意識を切り替えた。
呼吸のタイミング、僅かに動いた指の動きさえもそのままに。
ぱらり、案外綺麗な字が並ぶ紙束をめくって頷いた。
これならお菓子系は問題なく作れるだろう。
そもそもケーキもパンも既にあるのだから、それらを手がかりにベーキングパウダーやクリーム類も、私の知識とこの世界の物を照らし合わせることができた。同じ物、とはいかなくとも、近しい結果は得られるに違いない。
まだこちらでの現物が見つかっていない項目は、空白となってずらりと並んでいる。
同様に、焼く・煮る・揚げる等の調理法についても、代表的なレシピを挙げつつ詳細を詰めておいたのだけれど、そうするとラザクが飛び出していってしまった。
どうやら、料理人の腕が疼くというやつらしい。おこづかいをもらったばかりなのに、使い切ってしまわないだろうか。
「やっと静かになった……」
リトはさっきから何もしていないのに、随分疲れた顔で横になっている。リトはうるさいと疲れるらしい。聴覚は、私の方が鍛えられているのかもしれない。
ならば、まだ疲れていない私が、リトのお世話をしなくては。
椅子に掛けられたリトの服へ駆け寄ると、内側を探って首尾良く目当てのものをつかみ出す。
「ひとちゅだけね」
まず自分の口にひとつ入れて、握った手のひらからもうひとつ、リトの口へ突っ込んだ。
「うっ……ありがとよ。できれば、お前の口に入れる前が良かったが」
よだれが……など呟きつつ、リトの大きな手が私の頭を撫でる。甘い味と共に、湧き上がる何かが私の口角を引き上げた。
「ピィ!」
気付いたペンタが、髪から滑り落りてきて騒ぐので、渋々小さいかけらを渡す。ペンタは食事だっていつも果物なのだから、ドライフルーツは少しでいいはずだ。それに、身体だって私より小さい。
もの凄い早さで動く小さな口元を見つめていると、まあもうひと欠片ならあげてもいいかという気分になってくるから不思議だ。
分かっているようにピッと差し出された、小さくて毛の生えた手。私の指より小さな手。
「あとひとちゅだけだからね」
もうひとつ手に取ってペンタ用にちぎり取り、残りは自分の口へ入れる。指についた味をしっかり味わうのも忘れない。
「俺は?」
ベッドの方からも催促が聞こえ、いそいそ乗り上げた。
布団に広がる髪は、踏んだら痛いらしい。なるべく避けて、遠慮なく胸の上へ腰を下ろした。
残ったひとつを取り出して少し思案する。
リトより、私の方がドライフルーツが好きだ。リトが食べるなら、私も食べて良い。
「半分こね」
「お前、さっきあと一つって……つうか、どこが『半分』――待て、そのねちょった指で俺の口にっ」
せっかく口へ入れてあげたのに、リトが『ぬあー』なんて奇声をあげてものすごく嫌そうな顔をする。
「もう終わりな、それ以上食うなよ? あと、そこでよだれ垂らすなよ」
いらないならもらおうと、真下にあるリトの口元をじっと見つめていると、ごくりと飲み込んだ気配がした。残念だ。
「りと、もうおやすみ?」
振り返ると、外はまだ宵の口。私が寝るにはちょうどいい。
「あー、そうだな。もう寝るか……」
それなら、まだすることがある。
ほんのり光を鈍くした銀色の瞳が、少しまつげを伏せた。
「りと、寝ただめ」
ぱん、と両手で思い切りリトの胸元を叩くと、思いのほかビクッとリトの身体が跳ねて、私の尻が浮く。
「お前、ひとが気持ちよく寝ようって時に……」
再びぱちりと開いた瞳に満足して、身体を引き起こそうと試みる。
「りと、起きて。りゅーと契約する」
寝るのは、それからでいい。
「まだ覚えてたのかよ……もう何もできねえよ」
不承不承身体を起こしたリトが、への字に唇を曲げて私を見つめている。
「できる! りゅーが、する! りと、立って!」
「するって……ああ、契約執行官をやりたかったのか?」
ブツブツ言いながらベッドから長い脚が出て、ようやくリトが立ち上がった。
ぼさぼさ広がったタテガミと、少し斜めになった身体。どうにも締まらないけれど、仕方ない。
急いで荷物から紙片とカップを取り出してテーブルに置くと、手っ取り早く魔法の水を注いでおく。
「りと、ここ! ここに立ちゅ」
「お前、水浸しじゃねえか……」
ぶつくさ言うのに構わずテーブルの側へリトを呼び寄せ、私は大きなタオルを被った。
「契約ちょを、こちらへ」
厳かな顔で手を差し出すと、リトが盛大に吹き出した。
「お、おう……本格的にやるんだな。契約書ってどれだよ、これか?」
小さな紙片を手に取って、リトが少し口を結んだ。
契約内容は、一言だけ。
罰則などいらない。拘束もいらない。
だから――
「『リトと、リュウは、共に在ること』か……シンプルなんだな」
静かな声に、頷いてみせる。
逃げ道は、いくらでも。これは、リトを拘束する契約ではないから。
私とリトの、特別な約束だから。
「お前は、離れたっていいんだぞ。『共に在る』ことに変わりはないんだからな?」
寂しげな色を乗せた銀色が、少し細くなって微笑んだ。
離れても、心は共に。リトは、そう言うと思った。
離れようとすると思ったから、だからこの言葉を選んだ。
そうしないと、きっと契約してくれないから。
「リト、契約……する?」
そっと見上げると、苦笑したリトは――頷いた。
「随分大層なことだな。契約するようなことかよ」
するようなことだ。ラザクより、ずっと大事な契約だと思う。
差し出された紙片を受け取り、目を通して『違法性はない』との判断を告げると、水の中に入れた。
「では、けいやくの儀を行います。こちやを、契約酒に封入いたします。ごかくいんを」
精一杯の滑舌で、正しくなぞった言葉を並べる。リトの方も、ちゃんと促されるままに確認して、頷いた。
「では、契約者リュウ、リト、前へ」
私とリトが一歩進み、互いの瞳にそれぞれの色を写し込んだ。
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