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143 召喚
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「じゃあ、行ってくるが……大人しくしてろよ?」
「りゅー、いちゅも大人しい」
「どこが……いや、大人しいっちゃ大人しいんだけどな? トラブルは起こすなよ? あと、知らない人と、5時間以上時間共有したことない知っている人と、水辺と、刃物と、ラザクに気を付けろ」
リトは、きちんと条件付けすることを覚えたらしい。大変分かりやすくて助かる。
こくりと頷いた私に疑りぶかい目を向けながら、ようやく扉の向こうへ消えた大きな背中を見送って、よし、と拳を握る。
「我、過保護者が宿を出たのを確認!」
窓に貼りついていたファエルが、ぐっと親指を立てた。私も『いいね』を返して、そそくさと外出準備をする。
雨もすっかり上がって、きれいな青い空。汚れの洗い流された、きれいな空気。
きっと、こんな日なら成功するに違いない。
今日、召喚するのだ、私の相棒を。
ぶっつけ本番だから、果たしてどうなることか分からないけれど。
だけど、魔法陣も描けるようになったし、契約書も練った。魔力操作も覚えた。
まずは、やってみなくては。
宿を飛び出して、いつもの魔法陣練習広場へやってくると、連日の雨で契約書魔法陣がすっかり白紙になってしまっている。
イチから描き直すのは大変手間だけど、その分間違いがないか確認できるというものだ。
「あくるまふるす!」
なんとなく一帯を洗浄して、召喚獣が居心地良さそうな環境にしておく。
今から丁寧に契約書魔法陣を描いたら……昼になるのは間違いないだろう。中々の重労働だけど、今日やると決めたのだ。
フンス、と鼻息も荒く奮起して、まずは外枠から。
設置したままの杭を使って、ゆがみのないよう丁寧に。
こういった作業なら、半AIモードが得意だ。他へ気を取られないよう、意識を沈めて淡々と。
ひとつひとつの文字を確認しながら、私は召喚のための契約書を仕上げていった。
ぐう、とお腹が鳴るのと、『ピィ』と耳元で鳴き声が聞こえたのがほぼ同時。
ハッと顔を上げると、お日様はてっぺんをすぎたあたり。
「もうちょっちょ待って。もう終わるから」
「よくやるよぉ。6歳まで待てば既製品が使えるっていうのにぃ」
「でも、てんぷれーとだと柔軟な対応がれきない。りゅーは、りゅーの思う通りの契約をちたい」
「思う通りの契約って何よぉ? どんな召喚獣かってだけじゃない??」
耳にふわふわした感触を感じながら、ペンタに叫ばれないうちに残りを仕上げてしまう。
「れきた……!」
踊り出したくなる達成感に浸りながら、よいしょとそばの丸太に乗って、全体像を確認した。
大丈夫、多分、間違いなく描けているはず。
「ふぁえる、間違い、ない?」
「そんなもん我が分かるわけ……おぅ? これって、割と分かりやすく文字じゃないの。いいの、これで? 魔法陣ってもっとぐちゃーっとした模様じゃないのぉ?」
「汚く描く意味、ないと思う」
どんな契約書だって、読みやすい方がいいに決まっている。
パンパンと両手の砂を払って、手を差し出した。
「まよく、せちゅやくするから、ふぁえるがして」
「なんでよぉ?! 朝は自分でしたでしょお!」
だって、契約書は自分でした方がいいかと思って。
渋々アクルマフルスをかけてもらって、いつもの木陰に腰かけた。
今日の昼食は、お魚の挟まったパン。おいしい。
さっきから、私の中心がとくとく鳴っている。
頬も、熱い気がする。
まだ、魔法陣を描いただけなのに。
まだ、何も期待したらダメなのに。
言うことを聞かない身体が、もう結果に胸を弾ませている。
そんなに嬉しくなっていたら、どうしよう。
失敗したとき、どうしよう。
何も来てくれなかったら……もしくは、ゴブリンが来てしまったら。
今度はきりりと胸が痛くなって丸まった。
激しく乱高下する感情に、息苦しくなりそう。
「りと」
こういう時、どうするか知っている。
群青の髪、銀色の瞳。固い頬、固い腕。温かい身体、温かい声。
ほっと息を吐いて、口角を上げた。
大丈夫、失敗したら、リトが『そうか』と言う。そして、変わらない私の表情よりよっぽど感情豊かに、『残念だったな』と言うのだ。
それで、いい。そうしたら、きっとその時の私の中身は、満足する。
サラ、と撫でる大きな手の感覚まで思い出して、むふ、と笑う。
残ったパンを口に詰めて、頭の中のリトにありがとうをした。
まだちみちみフルーツを食べているぺんたを膝から木の枝に移して、気合十分に立ち上がる。
この口の中いっぱいのパンがなくなったら、召喚をしよう。
周囲を見回して、十分明るい日向で目を閉じる。
ここなら、光っていても大丈夫。魔力を巡らせる練習が必要だから。
本にはこの魔力操作の熟練度が大切と書いてあったから、私は片時も休まず練習している。光らない程度も覚えた。
でも、まだ初めて数日。熟練度を高めるには、私の睡眠時間にAIモードを使えないものか試行錯誤しているところだ。
「ピィ!」
ペンタの呼ぶ声に目を開けて、満ち満ちた魔力に息を吐く。
「一緒に、召喚ちたい? あむないかも」
「ピィ」
「えっとぉ、我はここにいようかな~なんて」
ペンタは、伸ばした手をするする登って頭の定位置に陣取った。
小さく強い星が、私の応援をしてくれている。
丸太の上で見守るファエルを振り返り、魔法陣に手をかざした。
そっと、大切に紡ぐ言葉。
完全に記憶している召喚の詠唱。だけど、私なりに多少アレンジされた詠唱。
口から零れる魔力を帯びた声と、ひとつひとつの言葉。
そして、思い描く古代文字。
発する言葉に、古代文字を対応させて。
契約書が古代文字なのだから、詠唱だって古代文字の方がいいに決まっている。
発音が分からないなりの、苦肉の策。
かざした手のひらから、とめどなく溢れて行く温かい魔力。
同時に、声として溢れていく魔力。
足りるだろうか。
心臓が動く分だけ、残しておけば問題ない。
だから、惜しみなくめいっぱい使おう。
ファエルが、何か言っているような気がする。
集中しきっている私は、ゆらめく魔力に少し微笑んだ。
私、結構魔力がある。
まるで一帯が魔力の海になったよう。
ゆらめく魔力に、髪が、服がふわふわ揺れる。
読み上げる契約文面と、一致させて魔力でなぞる契約書魔法陣。
「――しょうかんに、応じた時点で、契約のりょうしょうとみなす!!」
パキィイン、と頭の中で音がした。
思わぬ衝撃がせりあがって、ぐふっと息が漏れる。
ひゅうひゅうと魔法陣に空気まで吸い込まれて、呼吸もままならない。
ふら、と傾いだ身体を引っ張り上げるように、小さな手が二つ、私を引っ張った。
「ピイ! ピイィ!」
「ちょ、弟子ぃ、しっかりしなさいよぉ!!」
ペンタ、私の肩で髪を引っ張っても意味がないのでは……ぼんやりした思考の中に、鋭い痛みが走った。
髪、そんなに引っ張ると痛い。なるほど、意識がクリアになった。意味はあったらしい。
ふう、ふう、と息を吐きながら、渦巻く魔法陣を見つめる。
きっと、きっと、成功した。
大丈夫、きっと、来てくれた。
たまらずぺたんと座り込み、私は一心に見つめていた。
◇
もう何度目になろうかという視線を扉に向ける。
ともすれば下りてくるまぶたを持ち上げ、今か今かと待っていた。
まだだろうか。
早く、早く。
「――リュウ、そんなとこで寝るな」
揺さぶられて、ハッと目を開けた。
「りと、帰ってきた!」
「お、おう……どうした?」
思い切り大きな体にしがみ付き、たっぷり揺らぐ瞳でその銀色を見上げる。
「りゅー、りゅー、しょうかん、れきた!!!」
ああ、ああ、やっと吐き出せた。
まんまるになる銀の目を見て、満足の笑みとともにまぶたを下ろす。
「……は?! え、お前、どういうことだよ?!」
リトの声は、思った通り慌てふためいていて、私の口角を上げさせたのだった。
「りゅー、いちゅも大人しい」
「どこが……いや、大人しいっちゃ大人しいんだけどな? トラブルは起こすなよ? あと、知らない人と、5時間以上時間共有したことない知っている人と、水辺と、刃物と、ラザクに気を付けろ」
リトは、きちんと条件付けすることを覚えたらしい。大変分かりやすくて助かる。
こくりと頷いた私に疑りぶかい目を向けながら、ようやく扉の向こうへ消えた大きな背中を見送って、よし、と拳を握る。
「我、過保護者が宿を出たのを確認!」
窓に貼りついていたファエルが、ぐっと親指を立てた。私も『いいね』を返して、そそくさと外出準備をする。
雨もすっかり上がって、きれいな青い空。汚れの洗い流された、きれいな空気。
きっと、こんな日なら成功するに違いない。
今日、召喚するのだ、私の相棒を。
ぶっつけ本番だから、果たしてどうなることか分からないけれど。
だけど、魔法陣も描けるようになったし、契約書も練った。魔力操作も覚えた。
まずは、やってみなくては。
宿を飛び出して、いつもの魔法陣練習広場へやってくると、連日の雨で契約書魔法陣がすっかり白紙になってしまっている。
イチから描き直すのは大変手間だけど、その分間違いがないか確認できるというものだ。
「あくるまふるす!」
なんとなく一帯を洗浄して、召喚獣が居心地良さそうな環境にしておく。
今から丁寧に契約書魔法陣を描いたら……昼になるのは間違いないだろう。中々の重労働だけど、今日やると決めたのだ。
フンス、と鼻息も荒く奮起して、まずは外枠から。
設置したままの杭を使って、ゆがみのないよう丁寧に。
こういった作業なら、半AIモードが得意だ。他へ気を取られないよう、意識を沈めて淡々と。
ひとつひとつの文字を確認しながら、私は召喚のための契約書を仕上げていった。
ぐう、とお腹が鳴るのと、『ピィ』と耳元で鳴き声が聞こえたのがほぼ同時。
ハッと顔を上げると、お日様はてっぺんをすぎたあたり。
「もうちょっちょ待って。もう終わるから」
「よくやるよぉ。6歳まで待てば既製品が使えるっていうのにぃ」
「でも、てんぷれーとだと柔軟な対応がれきない。りゅーは、りゅーの思う通りの契約をちたい」
「思う通りの契約って何よぉ? どんな召喚獣かってだけじゃない??」
耳にふわふわした感触を感じながら、ペンタに叫ばれないうちに残りを仕上げてしまう。
「れきた……!」
踊り出したくなる達成感に浸りながら、よいしょとそばの丸太に乗って、全体像を確認した。
大丈夫、多分、間違いなく描けているはず。
「ふぁえる、間違い、ない?」
「そんなもん我が分かるわけ……おぅ? これって、割と分かりやすく文字じゃないの。いいの、これで? 魔法陣ってもっとぐちゃーっとした模様じゃないのぉ?」
「汚く描く意味、ないと思う」
どんな契約書だって、読みやすい方がいいに決まっている。
パンパンと両手の砂を払って、手を差し出した。
「まよく、せちゅやくするから、ふぁえるがして」
「なんでよぉ?! 朝は自分でしたでしょお!」
だって、契約書は自分でした方がいいかと思って。
渋々アクルマフルスをかけてもらって、いつもの木陰に腰かけた。
今日の昼食は、お魚の挟まったパン。おいしい。
さっきから、私の中心がとくとく鳴っている。
頬も、熱い気がする。
まだ、魔法陣を描いただけなのに。
まだ、何も期待したらダメなのに。
言うことを聞かない身体が、もう結果に胸を弾ませている。
そんなに嬉しくなっていたら、どうしよう。
失敗したとき、どうしよう。
何も来てくれなかったら……もしくは、ゴブリンが来てしまったら。
今度はきりりと胸が痛くなって丸まった。
激しく乱高下する感情に、息苦しくなりそう。
「りと」
こういう時、どうするか知っている。
群青の髪、銀色の瞳。固い頬、固い腕。温かい身体、温かい声。
ほっと息を吐いて、口角を上げた。
大丈夫、失敗したら、リトが『そうか』と言う。そして、変わらない私の表情よりよっぽど感情豊かに、『残念だったな』と言うのだ。
それで、いい。そうしたら、きっとその時の私の中身は、満足する。
サラ、と撫でる大きな手の感覚まで思い出して、むふ、と笑う。
残ったパンを口に詰めて、頭の中のリトにありがとうをした。
まだちみちみフルーツを食べているぺんたを膝から木の枝に移して、気合十分に立ち上がる。
この口の中いっぱいのパンがなくなったら、召喚をしよう。
周囲を見回して、十分明るい日向で目を閉じる。
ここなら、光っていても大丈夫。魔力を巡らせる練習が必要だから。
本にはこの魔力操作の熟練度が大切と書いてあったから、私は片時も休まず練習している。光らない程度も覚えた。
でも、まだ初めて数日。熟練度を高めるには、私の睡眠時間にAIモードを使えないものか試行錯誤しているところだ。
「ピィ!」
ペンタの呼ぶ声に目を開けて、満ち満ちた魔力に息を吐く。
「一緒に、召喚ちたい? あむないかも」
「ピィ」
「えっとぉ、我はここにいようかな~なんて」
ペンタは、伸ばした手をするする登って頭の定位置に陣取った。
小さく強い星が、私の応援をしてくれている。
丸太の上で見守るファエルを振り返り、魔法陣に手をかざした。
そっと、大切に紡ぐ言葉。
完全に記憶している召喚の詠唱。だけど、私なりに多少アレンジされた詠唱。
口から零れる魔力を帯びた声と、ひとつひとつの言葉。
そして、思い描く古代文字。
発する言葉に、古代文字を対応させて。
契約書が古代文字なのだから、詠唱だって古代文字の方がいいに決まっている。
発音が分からないなりの、苦肉の策。
かざした手のひらから、とめどなく溢れて行く温かい魔力。
同時に、声として溢れていく魔力。
足りるだろうか。
心臓が動く分だけ、残しておけば問題ない。
だから、惜しみなくめいっぱい使おう。
ファエルが、何か言っているような気がする。
集中しきっている私は、ゆらめく魔力に少し微笑んだ。
私、結構魔力がある。
まるで一帯が魔力の海になったよう。
ゆらめく魔力に、髪が、服がふわふわ揺れる。
読み上げる契約文面と、一致させて魔力でなぞる契約書魔法陣。
「――しょうかんに、応じた時点で、契約のりょうしょうとみなす!!」
パキィイン、と頭の中で音がした。
思わぬ衝撃がせりあがって、ぐふっと息が漏れる。
ひゅうひゅうと魔法陣に空気まで吸い込まれて、呼吸もままならない。
ふら、と傾いだ身体を引っ張り上げるように、小さな手が二つ、私を引っ張った。
「ピイ! ピイィ!」
「ちょ、弟子ぃ、しっかりしなさいよぉ!!」
ペンタ、私の肩で髪を引っ張っても意味がないのでは……ぼんやりした思考の中に、鋭い痛みが走った。
髪、そんなに引っ張ると痛い。なるほど、意識がクリアになった。意味はあったらしい。
ふう、ふう、と息を吐きながら、渦巻く魔法陣を見つめる。
きっと、きっと、成功した。
大丈夫、きっと、来てくれた。
たまらずぺたんと座り込み、私は一心に見つめていた。
◇
もう何度目になろうかという視線を扉に向ける。
ともすれば下りてくるまぶたを持ち上げ、今か今かと待っていた。
まだだろうか。
早く、早く。
「――リュウ、そんなとこで寝るな」
揺さぶられて、ハッと目を開けた。
「りと、帰ってきた!」
「お、おう……どうした?」
思い切り大きな体にしがみ付き、たっぷり揺らぐ瞳でその銀色を見上げる。
「りゅー、りゅー、しょうかん、れきた!!!」
ああ、ああ、やっと吐き出せた。
まんまるになる銀の目を見て、満足の笑みとともにまぶたを下ろす。
「……は?! え、お前、どういうことだよ?!」
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