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ゲーム前

そして動き出す思惑

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「この、バカ!」

ーーーガシャーン!

大きな罵声とともに、何かが倒れ割れる音が室内に響き渡る。

そこには、荒く息をつき、目の前の人物を見下ろす人が一人と、床に倒れ込み唇の端から少しだけ血が滲む人が一人。

「ご、ごめんなさい…」

床に倒れ込む人物が、か細く蚊の鳴くような声でポツリと呟いたその言葉に、見下ろす人物は苛立たしげに舌打ちをする。

「謝れば済むと思ってるの!?
あの子を連れてくるだけのことが、どうしてできないのよ!」

「…」

「早くしないと、私たちがどんな目に合うか分かっているの!?」

「…」

「あぁ、あぁ、あぁ、ああ!もう本当愚図!
私はもうあんな仕打ち真っ平ごめんよ!」

「…」

「何?何か言いたいことがあるの?
…まぁ、あっても言えるわけがないわよね。だって、あなたは私の影。
ーーー絶対に、日の当たる場所には出られない」

ふっと、唇を歪めて笑う目の前の人物を、床に倒れ込むその人は虚ろな目で見上げる。

どうしてこうなってしまったのか。

考えることはそればかり。

ただ、幸せになりたかった。

餓えのない、穏やかな、当たり前の生活が欲しかっただけなのに。

逃げ込んだその先で、何故私は心のままに生きることができないのか。

巡り巡っても、その答えは見つかるはずもなく、目の前に続くのは暗闇ばかり。
いつかその暗闇に身も心も囚われる日が来るのではないかと、ぼんやりと感じる。
恐怖も危機感もなく、ただぼんやりと。

「いいわ」

その決意を含む言葉に、顔を上げて目の前の人物に目を向ける。

「あともう一度チャンスをあげる。
次は失敗なんて許さないから」

そう告げた目の前の人物が、泣いているように感じたのは、やはりその人が自分の片翼であるからに違いなかった。

ーーー

その日はお茶会の予定もなく、割と時間に余裕があったため、久しぶりにシフォンケーキを携えてルー様に会いに行く。
いつもは何かと趣向を凝らして新作を披露するのが常なのだが、今日はある目的のためにプレーンを焼いてみた。

その目的というのは…ーーー

「…かわいい」

目の前の愛くるしい存在が、紅色の瞳を輝かせながら夢中でシフォンケーキを食べている様を見ている自分の顔がだらしなく緩んでいるのは自覚している。

ほおっと息をつきながら、そのルビィの様子を見つめていると、徐々に空気が重く張り詰めてくるような気配がしてきた。

ここにいるのは私とルビィとルー様だけ。

きっと気のせいだと思い直して、ルビィに再び意識を向けると、ルビィは毛を逆立て、固まったように動かなくなっていた。

「?」

どうしたの、と声を掛けようと口を開きかけた瞬間、急に手を後ろに引かれる。

「っ!」

ぼすん、と固い何かに支えられて何とか後ろに転がるのは避けられたものの、恐る恐る上を見上げると、そこには恐ろしく不機嫌な顔をしたルー様が私を見下ろしていた。

「ル、ルー様…?」

何故そんなに怒っているのですか、と言外に疑問を乗せてルー様の名前を呼ぶ。

一つも乱れることなく整った顔が、こうも不機嫌だと何だかすごく悪いことをしたような気になる。

そのような私の様子に、ルー様は一つ大きなため息を吐くと、急に後ろから私を抱き込んだ。

「ル、ルー様!?」

最近スキンシップが激しすぎるんじゃなかろうかと、内心これまでのことも思い出しつつわたわたと慌てる私の耳元で、ルー様がもう一度ため息を吐いた。

「私を差し置いて、ルビィばかりに構われるのはとても気分が悪い」

「え?」

「やはり違う形に変えようか?」

「!」

ぶわりとルビィの逆立っていた毛が更に膨張する。

「…」

その様子に、思わずふふ、と笑いが漏れる。
そして、くるりと反転してルー様と向き合った後、にんまりとした笑みを浮かべてしまうのは仕方がない。

だって…ーーー

「ルー様、ヤキモチですか?」

「!」

絶対そうだと確信していても、直接聞きたくなるのが乙女心というものだろう。
ルー様が私に見せる独占欲が、嬉しいようなくすぐったいような、どちらにしてもふわふわした幸せな心地であることには違いない。

虚を突かれたように瞑目するルー様に、どうしましたか、と首を傾げる。

「どうしてそんなに嬉しそうなんだ」

「だって実際嬉しいですし?」

「恐ろしくないのか?」

「ルー様がですか?その原因がヤキモチなら、恐いというより愛を感じます」

聞けば悩むことなくすぐに返ってくる私の言葉に、ルー様は呆れたように苦笑を浮かべた。

「やはり、アナには敵わないな」

そう言って優しく私を抱き締めたルー様だったが、それだけでは先程私がルビィに夢中になっていた間のヤキモチが払拭できなかったらしく、それ以降ルー様の膝の上でシフォンケーキをルー様にあーんすることになろうとは、誰が予想できただろうか。

それをルビィが生暖かい目で見てくるのが、更に私の羞恥にトドメを刺す。

そんな恥ずか死ねる時間を乗り切り、疲労困憊で帰宅の途につく頃には、夕陽が辺りをオレンジ色に照らし始めていた。

「ユリアーナ様」

腕にルビィを抱え馬車に乗り込もうとした私を、控えめに呼び止める声が一つ。

振り返ると、そこには何かに追い詰められたような目をしたナタリア様がひっそりと佇んでいた。

「ユリアーナ様、少しだけお時間をいただけないでしょうか」

いつも俯いている顔が今日は真っ直ぐに私と対峙する。

腕の中で、ルビィが警戒するように毛を逆立て威嚇する。

何かが動き出す、そんな予感がした。
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