黒い記憶の綻びたち

古鐘 蟲子

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14.三途の川へ行った話

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 タイトルの通りである。

 三途の川に行ったことがある。

 前々から父に聞いていたような場所だった。
 というのも、父も生前三途の川へ行ったことがあるらしかった。

 まずは父の話から。


 父は大人になってから、一度トイレの中で倒れたことがあるらしい。

 スーパー銭湯のようなところでサウナに入り、サウナ中に便意が来たのでサウナから出て身体が熱いままトイレへ。
 そのトイレの個室で倒れ、運良く他の人に気づいて貰えたお陰で命拾いしたらしいのだが、倒れていた間、意識が少しの間わけのわからないところに行っていたという。

「でっけぇ川があってな、橋がかかってるんだ。川上の方にも少し見栄えの違う橋がかかってる。川下はよく見えなかった。川の向こうでは、死んだばあさん(私から見た曾祖母)が「おいで、おいで」って手招きしてる。そこで目が覚めた」

 父はそう語った。

 その前知識がある私だが、父もその橋を渡った数年後、三途の川の手前まで行った。


 別に生死をさまよったとかそういうことは一切ないのだが、あの頃はうつ病になりたての頃で、母は男のところに行っていてほとんど家には帰ってこない。私は高校を辞めて毎日十七時間くらい寝ていた、過眠を繰り返していた時期である。

 その夢の中で、ある日私は大きな川の手前に立っていた。

 目の前には太鼓橋。鮮やかな赤色の木製の、日本庭園というより中国の歴史的建造物に出てきそうな派手な造りである。

 向こう側には知らない誰か綺麗な女の人が立っている。

「おいで」

 そう言われた気がして、けれど距離的に声が聞こえるわけもなくて、口元を読めたとかでもなくて、わけがわからない。

 しかし行かなければという気持ちがどんどん強まっていく。

 それと同時に幼い、小学生くらいの子どもたちが何人か私の脇を駆け抜けていく。

 向こう側にいる女性の元へ走っていくのだ。

 どうすべきか悩みながら私は周囲を観察した。

 川上には父の言う通り、少し遠めのところに橋があった。

 橋を眺めていると、橋の上の方を何かが川下、つまりこちら側へ向かって空を飛んでくる。

 段々と近づくそれは、川の真上を川下に向かって泳ぐように飛んでいった。

 それは紛れもなく、龍だった。


 へぇ、ここには龍もいるのか。まあ三途の川だしそりゃあいるか。なんて勝手に納得しながら、私は次に川の中を見た。

 川の中には何かが数匹泳いでいる。


 魚だ。
 いや、でも魚の泳ぎ方ではない。

 蝶々のようにヒラヒラと泳いでいる。それはよく見ると魚ではなく、魚の開きだった。

 よく干物で開かれたアジやホッケなどがあるだろう。あれだ。

 干物状態の魚が蝶々のように羽ばたくような形で川の中を泳いでいる。


 少し面白くなってきてしまい、私は川の向こうへ行ってみたくなってきた。


「──行くな!」

 ふと後ろから誰か、知らない男に呼び止められた。
 誰だろう──?

 顔はよく見えない。よく目を凝らしているうちに、目が覚めた。

 起きてすぐに、

「あれが三途の川か」

 と、何の根拠もないのに確信している自分がいた。

 あのとき橋を渡りきっていたら、もしかすると私は今ここにいなかったかもしれない。
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