隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

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1年生編:1学期

第17話 勉強会

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 6時間目の終わりのチャイムが鳴り終わると、校舎の空気はそれまでの昼の賑やかさとは違う、どこか静かで落ち着いたものへと変わっていった。
 廊下を行き交っていた生徒たちも、荷物をまとめ、友達同士で談笑しながら帰路につく。階段の上り下りの音も次第に減っていき、教室には静けさが広がり始めていた。

「じゃ、勉強やろっか」

 美羽の声は、その静かな空気の中でやわらかく響いた。
 彼女は教室の隅に移動し、三人が腰を落ち着けて座れるよう、机を丁寧に並べ替えていく。机と椅子の金属がこすれるわずかな音さえ、放課後の教室では不思議と心地よく感じられた。

 窓から差し込む夕方の薄橙の光が、ノートの白い紙面を柔らかく照らす。外の空は少しずつ赤みを帯び、校庭に伸びた影も長くなっていた。

「まずは英語からね。晴がいちばん逃げたいやつ」

「ぐっ……なんで分かるんだよ」

「知ってるから(笑)」

 軽口を交わしながらも、美羽はペンを持つとその表情に迷いがなくなった。
 プリントの英文をほんの数秒見つめ、それからすらすらと補助のメモを書き始める。その動きは驚くほど無駄がなく、澄んだ音を立ててペン先が紙を滑っていく。

「ここはね、“時制の一致”がポイント。主語が何か、時制が現在か過去か、そこ見れば迷わないよ」

「なるほど……」

 晴は説明を聞きながら、すーっと胸の中に霧が晴れていくような感覚になった。
 美羽の説明は簡潔なのに分かりやすく、どこか“寄り添う”ような優しさがある。

 一方で――紗耶は英語の参考書を開いたまま、何度も軽く瞬きをしていた。

「……ふぁ……」

「黒瀬、眠そうだね。大丈夫?」

「うん、大丈夫。昨日、撮影で家に帰ったのが遅くて……でも、やらなきゃ……」

 言葉を濁しながらも、紗耶はページをめくる手を止めようとしない。
 しかし、机に落ちたまつげの影が少し震え、疲れが隠しきれていないのが分かる。

 その姿に、晴は胸の奥がざわつくのを感じた。
 努力していることが分かるからこそ、無理をしているのが痛いほど伝わってくる。

「無理は良くないよ。テストまではまだ時間あるし」

「……うん。でも、こうして一緒に勉強できるの、嬉しいから」

 紗耶は控えめに微笑んだ。
 その笑顔は、いつもの明るさとは少し違う。
 強がりのような、でもどこか甘えるような、小さな弱さを隠しきれない笑みだった。

 すぐに美羽が気づいたようで、ペットボトルの水を差し出す。

「ほら、飲んで。集中切れたら休んだほうがいいからね」

「ありがとう、美羽ちゃん。やさしいね」

「べ、別に……普通だよ。それより晴くん、ここの訳考えて」

「えっ。俺? 今?」

「今」

 即答に晴は思わずたじろぐ。
 その隙に、紗耶はそっと肩の力を抜いたように見えた。
 ほんの一瞬でも気を許せたのだろう。指先の緊張がほどけている。

 やがて、放課後の教室には三人の筆記具のこすれる音だけが規則的に響き始めた。
 廊下の向こうからは部室へ向かう足音、グラウンドで鳴るボールの音や掛け声、どこかの教室から聞こえる笑い声――それらが薄く混ざり合い、静かであたたかい空気をつくり出していた。

 どれほど時間が経ったのか。
 気がつけば、時計の長針はずいぶん進んでいた。

「……思ったより、集中できたな」

 晴が呟くと、美羽は得意げに胸を張る。

「でしょ? 晴くんも誰かとやったほうが捗るタイプだよ」

「まあ確かに……ひとりだと現実逃避しちゃうしな」

 晴が苦笑すると、紗耶も控えめに頷いた。

「私も……なんか、安心する。ここだとお仕事のこと、ちょっと忘れられるから」

 その言葉は柔らかく自然だったが、晴の胸に深く響いた。
 彼女がどれだけ努力しているか、ほんの少しだけ垣間見えた気がした。

 そして――その瞬間。

「ねぇ、晴くん、美羽ちゃん」

 紗耶が指先でもじもじとノートの端をいじりながら、少し俯いたまま言った。
 その声は小さく、どこか緊張が混じっている。

「土日……その……うちで、三人で勉強しない?」

「紗耶の家で?」

「うん。両親、出張で家でいないの。だから、いつもより静かで……お仕事も休みだから一人で寂しんだよね.....」

 言いながら、紗耶の頬にはうっすら赤みが差していた。
 言葉を選びながら、勇気を振り絞っているのが伝わってくる。

(……誘ってくれたってことか?)

 晴は一瞬、呼吸が浅くなるのを感じた。

「もちろん、嫌なら全然いいんだけど……その……泊まりで、二日間……一緒にいられたら、楽しいだろうなって……」

 消え入りそうな声だったが、言葉の一つひとつはしっかりとした想いを帯びていた。
 紗耶のまっすぐさに、美羽も少し驚いたように目を瞬かせる。

 そして、美羽はゆっくりと表情を緩めた。

「……いいよ。紗耶ちゃんがそう言うなら、私は行く」

「ほんと!?」

「うん。でも勉強メインだからね! 遊ばないから!」

「もちろん!」

 紗耶はぱっと花が咲くように表情を明るくした。
 その嬉しさが隠しきれていない。

 そして、紗耶の視線は晴へと向けられる。

「晴くんも……来てくれる?」

 紗耶の瞳には夕暮れの光がうっすら反射し、ステージで見せる輝きとは違う、柔らかい温度が宿っていた。距離が近くて、まっすぐで、どうしようもなく心を揺さぶる。

「……ああ。行くよ」

 晴が答えた瞬間、紗耶は胸の前で小さく手を握り、そっと安堵の息を漏らした。

「よかった……。じゃあ、土日の予定をたてよう!ごはんとか、必要なものとか……いろいろ決めたいから」

「紗耶、案外しっかりしてるんだな」

「えっ……そ、そうかな?」

 照れたように首をすくめる紗耶は、いつもよりほんの少し幼く見えた。
 三人の視線が自然と重なり――そして、小さな笑い声が弾む。

 期末テスト前の放課後なのに。本来なら憂鬱になるはずの時間なのに。
 なぜかあたたかく、未来がほんの少し楽しみになるような、そんな空気が漂っていた。
 夕暮れが深まる教室に、心地よい静けさがゆっくりと溶けていった。


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