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1年生編:夏休み編
第34話 ライブの翌日
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ライブがすべて終わった翌日。
午前中の柔らかな光が、カーテンの隙間から静かに部屋へ差し込んでいた。
晴はベッドに仰向けになり、スマホを胸の上に置いたまま、天井をぼんやりと見つめている。
時計を見る気にもならず、ただ時間が流れていくのを感じていた。
「……疲れ、今になって来たな」
小さく呟く声は、誰に聞かせるでもない独り言だ。
三日間のライブ。
警備としての緊張、スタッフとの連携、常に張り詰めていた神経。
そして――最終日の、あの出来事。
体の疲労よりも、心の方が遅れて反応してきたようだった。
頭の奥に溜まっていたざわめきが、ようやく静まり始めている。
今日はアラームもかけていない。久しぶりに、何の予定もない朝。
それなのに、なぜか落ち着かず、寝返りを打っては同じ天井を見つめ直す。
(……終わった、はずなんだけどな)
ライブは大成功した。
誰も大きな怪我をせず、紗耶も無事だった。
それだけで十分なはずなのに、胸の奥に小さな引っかかりが残っている。
そのとき――
スマホが、短く震えた。
反射的に視線を落とす。
画面に表示された名前を見て、晴は一瞬、呼吸を止めた。
「……黒瀬?」
指先が、わずかに強ばる。
昨日の控室。震える手、真っ直ぐな視線、あの言葉。
思い出が一気に胸へ押し寄せる。
晴は小さく息を吸い、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『……晴くん?』
電話越しの紗耶の声は、いつもより少し控えめで、どこか慎重だった。
それでも、はっきりと彼の名前を呼ぶ。
「おはよう。どうした?」
『あのね……今日、時間ある?』
ほんの少しの間。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
「まあ……特に予定はないけど」
『よかった』
声が、少しだけ柔らぐ。
『実は……事務所に来てもらえないかなって』
「事務所?」
『うん。社長が、どうしても直接お礼を言いたいって』
その言葉で、晴は理解する。
昨日の出来事は、まだ終わっていないのだと。
「分かった。今から行けばいい?」
『うん。私も、もう向かってるから』
「そっか……じゃあ、後で」
通話が切れたあと、晴はスマホを握ったまま、しばらく動けずにいた。
(……事務所、か)
アイドルの世界。テレビやステージの向こう側の場所。
自分とは縁がないと思っていた場所に、こうして呼ばれる日が来るとは思ってもいなかった。
ゆっくりとベッドから起き上がり、身支度を整える。
鏡に映る自分は、いつも通りのはずなのに、どこか落ち着きがない。
家を出ると、夏の日差しが強く照りつけていた。
それでも、昨日までの張り詰めた空気とは違い、どこか柔らかく感じられる。
―――
事務所のビルの前で、晴は一度足を止めた。
ガラス張りのエントランスに映る自分の姿を見て、場違いじゃないかと一瞬思う。
そのとき。
「晴くん」
振り向くと、そこに紗耶が立っていた。
キャップを深く被り、シンプルなワンピース姿。
ステージ衣装の華やかさはない。
けれど、不思議と目を引く存在感は変わらなかった。
「おはよう」
「おはよう。……今日は、ずいぶん普通だな」
「ふふ。さすがに事務所ではね」
少しだけ照れたように笑う紗耶。
その表情に、晴は昨日までとの距離の違いを感じる。
二人並んでエントランスを抜け、エレベーターに乗る。
扉が閉まり、上昇する音だけが響く。
無言。
けれど、気まずさはなかった。
「……昨日は、本当にありがとう」
ぽつりと紗耶が言う。
「いや、俺は当たり前のことしただけだよ」
「それでも」
紗耶は小さく息を吸い、真っ直ぐに晴を見る。
「助けてもらったの、事実だから」
その視線を受け止めて、晴は言葉を失う。
ただ、静かに頷いた。
―――
応接室に通され、しばらくして社長が入ってくる。
「今日は来てくれてありがとう」
落ち着いた声とともに、深く頭を下げられ、晴は慌てて立ち上がった。
「い、いえ……こちらこそ」
「今回のライブが無事に終えられたのは、君のおかげだ」
そう言って、社長はテーブルの上に封筒を置いた。
「臨時マネージャーとしての報酬だ。正式な契約ではなかったが、仕事として受け取ってほしい」
晴は一瞬迷い、紗耶を見る。
彼女は小さく頷き、優しく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
封筒を受け取りながら、晴は実感する。
あの数日間は、ただの“付き添い”ではなかったのだと。
「それと」
社長は続ける。
「君の判断力と行動力には、本当に助けられた。今後、もし何かあれば……また力を借りたい」
「……その時は、考えます」
そう答えると、社長は満足そうに笑った。
―――
事務所を出たあと、二人は並んで歩く。
「なんだか……不思議だな」
晴が言う。
「私も」
紗耶は小さく笑う。
「学校の同級生と、こんな場所で並んで歩くなんて」
風が吹き、紗耶の髪が揺れた。
「……ねえ、晴くん」
「ん?」
「ライブ、最高だった?」
晴は足を止める。
「最高だったよ!」
短く、はっきりと答えると、紗耶は目を伏せ、そして微笑んだ。
「よかった」
その一言に、言葉以上の意味が込められている気がして、晴の胸が静かに高鳴る。
ライブは終わった。
けれど、すべてが終わったわけじゃない。
何かが終わって、
そして――何かが、確かに始まった。
その予感だけが、二人の間に静かに残っていた。
午前中の柔らかな光が、カーテンの隙間から静かに部屋へ差し込んでいた。
晴はベッドに仰向けになり、スマホを胸の上に置いたまま、天井をぼんやりと見つめている。
時計を見る気にもならず、ただ時間が流れていくのを感じていた。
「……疲れ、今になって来たな」
小さく呟く声は、誰に聞かせるでもない独り言だ。
三日間のライブ。
警備としての緊張、スタッフとの連携、常に張り詰めていた神経。
そして――最終日の、あの出来事。
体の疲労よりも、心の方が遅れて反応してきたようだった。
頭の奥に溜まっていたざわめきが、ようやく静まり始めている。
今日はアラームもかけていない。久しぶりに、何の予定もない朝。
それなのに、なぜか落ち着かず、寝返りを打っては同じ天井を見つめ直す。
(……終わった、はずなんだけどな)
ライブは大成功した。
誰も大きな怪我をせず、紗耶も無事だった。
それだけで十分なはずなのに、胸の奥に小さな引っかかりが残っている。
そのとき――
スマホが、短く震えた。
反射的に視線を落とす。
画面に表示された名前を見て、晴は一瞬、呼吸を止めた。
「……黒瀬?」
指先が、わずかに強ばる。
昨日の控室。震える手、真っ直ぐな視線、あの言葉。
思い出が一気に胸へ押し寄せる。
晴は小さく息を吸い、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『……晴くん?』
電話越しの紗耶の声は、いつもより少し控えめで、どこか慎重だった。
それでも、はっきりと彼の名前を呼ぶ。
「おはよう。どうした?」
『あのね……今日、時間ある?』
ほんの少しの間。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
「まあ……特に予定はないけど」
『よかった』
声が、少しだけ柔らぐ。
『実は……事務所に来てもらえないかなって』
「事務所?」
『うん。社長が、どうしても直接お礼を言いたいって』
その言葉で、晴は理解する。
昨日の出来事は、まだ終わっていないのだと。
「分かった。今から行けばいい?」
『うん。私も、もう向かってるから』
「そっか……じゃあ、後で」
通話が切れたあと、晴はスマホを握ったまま、しばらく動けずにいた。
(……事務所、か)
アイドルの世界。テレビやステージの向こう側の場所。
自分とは縁がないと思っていた場所に、こうして呼ばれる日が来るとは思ってもいなかった。
ゆっくりとベッドから起き上がり、身支度を整える。
鏡に映る自分は、いつも通りのはずなのに、どこか落ち着きがない。
家を出ると、夏の日差しが強く照りつけていた。
それでも、昨日までの張り詰めた空気とは違い、どこか柔らかく感じられる。
―――
事務所のビルの前で、晴は一度足を止めた。
ガラス張りのエントランスに映る自分の姿を見て、場違いじゃないかと一瞬思う。
そのとき。
「晴くん」
振り向くと、そこに紗耶が立っていた。
キャップを深く被り、シンプルなワンピース姿。
ステージ衣装の華やかさはない。
けれど、不思議と目を引く存在感は変わらなかった。
「おはよう」
「おはよう。……今日は、ずいぶん普通だな」
「ふふ。さすがに事務所ではね」
少しだけ照れたように笑う紗耶。
その表情に、晴は昨日までとの距離の違いを感じる。
二人並んでエントランスを抜け、エレベーターに乗る。
扉が閉まり、上昇する音だけが響く。
無言。
けれど、気まずさはなかった。
「……昨日は、本当にありがとう」
ぽつりと紗耶が言う。
「いや、俺は当たり前のことしただけだよ」
「それでも」
紗耶は小さく息を吸い、真っ直ぐに晴を見る。
「助けてもらったの、事実だから」
その視線を受け止めて、晴は言葉を失う。
ただ、静かに頷いた。
―――
応接室に通され、しばらくして社長が入ってくる。
「今日は来てくれてありがとう」
落ち着いた声とともに、深く頭を下げられ、晴は慌てて立ち上がった。
「い、いえ……こちらこそ」
「今回のライブが無事に終えられたのは、君のおかげだ」
そう言って、社長はテーブルの上に封筒を置いた。
「臨時マネージャーとしての報酬だ。正式な契約ではなかったが、仕事として受け取ってほしい」
晴は一瞬迷い、紗耶を見る。
彼女は小さく頷き、優しく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
封筒を受け取りながら、晴は実感する。
あの数日間は、ただの“付き添い”ではなかったのだと。
「それと」
社長は続ける。
「君の判断力と行動力には、本当に助けられた。今後、もし何かあれば……また力を借りたい」
「……その時は、考えます」
そう答えると、社長は満足そうに笑った。
―――
事務所を出たあと、二人は並んで歩く。
「なんだか……不思議だな」
晴が言う。
「私も」
紗耶は小さく笑う。
「学校の同級生と、こんな場所で並んで歩くなんて」
風が吹き、紗耶の髪が揺れた。
「……ねえ、晴くん」
「ん?」
「ライブ、最高だった?」
晴は足を止める。
「最高だったよ!」
短く、はっきりと答えると、紗耶は目を伏せ、そして微笑んだ。
「よかった」
その一言に、言葉以上の意味が込められている気がして、晴の胸が静かに高鳴る。
ライブは終わった。
けれど、すべてが終わったわけじゃない。
何かが終わって、
そして――何かが、確かに始まった。
その予感だけが、二人の間に静かに残っていた。
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