隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

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1年生:2学期編

第36話 2学期の始まり

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朝の空気は、確かに夏の延長線上にあった。
玄関の扉を開けた瞬間、むわりと肌にまとわりつく湿気。まだ完全には引いていない暑さが、季節の移ろいを拒むようにそこに残っている。陽射しは容赦なく地面を照らし、遠くからはセミの鳴き声が重なり合って聞こえてきた。

それなのに――
どこか、違う。

季節は夏のままなのに、気持ちだけがほんの少し先へ進んでしまったような、足元が定まらない感覚。
何かを置き去りにしたまま、無理やり歩き出してしまったような、落ち着かなさが胸の奥に残っていた。

「……今日から二学期が始まるね」

玄関を出てすぐ、美羽がぽつりと言う。
自分でも驚くほど、声は静かだった。

晴は一歩遅れて外に出てきて、肩にかけていたリュックを背負い直す。少しだけ眠たそうな目を細め、いつもの調子で笑った。

「だな。正直、もうちょい休みたかったけど.....」

軽く、力の抜けた言い方。
それは、夏休み前と何ひとつ変わらないはずの返事だった。

――なのに。

美羽は、その“いつも通り”に、ほんのわずかな違和感を覚えてしまう。
声のトーンなのか、間なのか、それとも自分の気持ちが変わってしまったからなのか。理由はわからない。ただ、胸の奥に小さな引っかかりが残った。

二人並んで歩く通学路。
アスファルトに落ちる木陰も、曲がり角の自販機も、夏休み前と何ひとつ変わっていない。通学鞄を揺らしながら歩く感覚も、靴裏に伝わる振動も、全部、覚えのあるものばかりだ。

それなのに、美羽の視線は無意識のうちに晴の横顔を追っていた。
朝の光を受けて、少し眩しそうに目を細める表情。歩幅を合わせる癖。何気なく前を向く、その横顔。

(……私、気にしすぎかな)

心の中でそう言い聞かせる。
きっと考えすぎだ。夏休みが終わって、生活が切り替わるから、気持ちが不安定なだけ。そう思おうとする。

けれど、胸の奥に残るざらりとした感覚は、簡単には消えてくれなかった。
紗耶から聞いた、あの話。
ライブのこと。ステージの上で輝いていた彼女の姿。
そして――晴を好きになった、という言葉。

学校に近づくにつれ、制服姿の生徒が増えていく。久しぶりに顔を合わせる友人同士の笑い声が、朝の空気に溶け込んでいった。

後攻の正門の前で足を止めた、そのとき。

「おはよ、二人とも!」

聞き覚えのある声に振り返ると、紗耶が軽く手を振っていた。
整えられた制服姿は、夏休み中に何度も目にした“ステージの人”とは違う。
けれど、どこか自信に満ちた雰囲気は、確かにあの時のままだった。

「おはよう」
晴が自然に返す。

そのやりとりが、あまりにも当たり前で。
美羽の胸が、ほんの少しだけきゅっと縮む。

「夏休みどうだった?」
紗耶は二人と並んで歩きながら、楽しそうに話し始める。
「私はね、ライブ続きで忙しかったけど……すごく濃かった」

その言葉に、晴は興味深そうに頷いた。
「そっか。大変そうだけど、楽しそうだな」

素直な感想。飾りのない声。

美羽は、少しだけ距離を取って、二人の会話を聞いていた。
弾む紗耶の声。それに自然に応じる晴。

(……やっぱり、気にしてる)

そう自分の中で認めてしまった瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走る。
認めなければ、何も感じずにいられたかもしれないのに。

始業式は、体育館の重たい空気の中で淡々と進んでいった。
閉め切られた空間に、生徒たちの気配と熱がこもる。
校長の話は相変わらず長く、内容も毎年のように似通っている。

それでも今年は、なぜか――
「新しいスタート」という言葉だけが、妙に耳に残った。

(新しいスタート、か……)

美羽は無意識のうちに、晴の背中を探していた。
すぐ前の列。姿勢よく前を向き、静かに話を聞いている後ろ姿。

――この人は、今、何を考えているんだろう。

夏休みの間に、何を見て、何を感じて。
自分と同じ時間を過ごしていたはずなのに、知らない何かを抱えている気がしてしまう。

教室に戻ると、担任が出席を取り、淡々と二学期の予定を説明し始めた。
林間学校、体育祭、文化祭。
聞き慣れた行事の名前に、教室は少しずつざわめき、期待と不安が入り混じった空気が広がっていく。

美羽はメモを取りながら、ふと隣を見る。
晴は相変わらず、特別な表情を見せることもなく、真面目に話を聞いていた。

(変わらないように見える)

けれど――
夏休みを境に、確実に何かが動き始めている。
言葉にしなくても、形にならなくても、その気配だけは、はっきりと感じていた。

それを一番わかっているのは、きっと――美羽自身だった。

二学期は始まったばかり。まだ、何も起きていない。
なのに、この静かな始まりが、嵐の前触れのようにも思えてしまう。

美羽は、誰にも気づかれないように、胸の奥で小さく息を吸った。
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