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1年生:2学期編
第42話 二学期最初の試練
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林間学校が終わって二日目の朝。
後攻の正門をくぐった瞬間、美羽は思わず足を止めそうになった。
――ああ、戻ってきちゃったんだ。
校舎の壁に反射する朝の光、舗装された地面の冷たさ、制服越しに感じるわずかな窮屈さ。
数日前まで身を置いていた世界とは、あまりにも対照的だった。
あのとき耳に入ってきていたのは、風に揺れる木々のざわめきと、夜更けに静かに響く虫の声。
朝は少し肌寒くて、深呼吸すると胸いっぱいに澄んだ空気が広がった。
それに比べて、今はどうだろう。
昇降口に響く足音、誰かの名前を呼ぶ声、途切れない笑い声。
通りすがりに肩が軽くぶつかり、謝る間もなく人の流れに押し出される。
同じ「朝」なのに、空気はまるで違う。
少し騒がしくて、少し息苦しくて、それでも確かに――日常だ。
「……うちの高校って、こんなに人多かったっけ?」
隣を歩く晴が、半分あくびを噛み殺しながらぼやく。
制服の肩にかけたバッグが、いつもより重そうに見えたのは、気のせいではなさそうだった。
「それは林間学校が静かすぎただけじゃない?」
美羽はそう返しながら、小さく笑う。
「そうかもな。それにしても林間学校、結構きつかったな~」
晴は肩を回し、首を鳴らす。
その仕草を見て、美羽は胸の奥でそっと頷いた。
疲れは体だけじゃない。
心のどこかが、まだあの場所に取り残されている気がする。
キャンプファイヤーの夜。
炎がぱちぱちと音を立て、闇の中に揺れる赤い光。
笑い声が途切れたあと、なかなか眠れなかった時間。
――あの夜のこと、まだ引きずってる。
理由は聞かなくても分かる。
でも、今は触れない。
美羽自身も、どう言葉にすればいいのか分からなかった。
教室に入ると、そこにはいつもの席、いつもの机が並んでいる。
窓際のカーテン、黒板の隅に残るチョークの跡。
何も変わっていないはずなのに、どこか落ち着かない。
席に着いた瞬間、前の席から椅子を引く音がして、紗耶が振り返った。
「おはよ」
明るい声。けれど、よく見ると、ほんの少しだけ目の下に影がある。
きっと、ちゃんと眠れていない。
「おはよう、紗耶ちゃん」
美羽は、なるべく普段通りに返した。
「二人ともちゃんと寝て、疲れ取れた?」
紗耶は冗談めかした口調で聞く。
晴は一瞬、言葉に詰まり、視線を逸らした。
「……ノーコメントで」
「え、ちょっと、それ怪しくない?」
紗耶は笑ったが、その笑顔は、どこか作ったようにも見えた。
美羽は二人のやり取りを横目で見ながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
林間学校が終わったからといって、何かがきれいに区切られるわけじゃない。
むしろ――
あの時間を共有してしまったからこそ、何かが始まってしまった。
そんな予感が、はっきりと残っている。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。
ざわついていた空気が、少しずつ引き締まっていく。
「おはよう。林間学校、お疲れ様」
その一言に、教室にほっとした空気が流れた。
だが、担任は間を置かずに続ける。
「さて。今日からまた切り替えていこう。二週間後に中間テストを実施するから、しっかり勉強するんだぞ!」
一瞬、時が止まったようだった。
次の瞬間、教室中にざわめきが広がる。
「早くない?」
「聞いてないんだけど……」
「無理無理……」
晴は目を見開いたまま固まり、かすれた声を漏らす。
「……は?」
紗耶も配られたプリントを受け取り、目を走らせた途端、顔色を変えた。
「ちょ、待って……範囲、広くない?」
担任は淡々と説明を続ける。
その声は規則正しいはずなのに、三人の耳にはやけに遠く聞こえた。
美羽はプリントに目を落としながら、隣と前の席をちらりと見る。
――このままだと、絶対まずい。
SHR(ショートホームルーム)が終わり、担任が教室を出た途端、晴は机に突っ伏した。
「……終わった。完全に終わった」
「私も……全然自信ない……」
紗耶はプリントを握りしめ、唇を噛む。
林間学校の夜、不安とは別の緊張感があったあの表情とは違う。
今の紗耶の顔には、はっきりとした焦りが浮かんでいた。
美羽は一度、深く息を吸ってから、静かに口を開く。
「ねえ」
二人が顔を上げる。
「今日からさ、放課後、少しずつ勉強しよ」
「三人で」
晴は驚いたように目を瞬かせる。
「……いいのか?」
「当たり前でしょ」
美羽は即答した。
「一人で抱えたら、余計しんどいじゃん」
紗耶は少し戸惑いながらも、小さく聞いた。
「私、迷惑じゃない……?」
「迷惑なわけない」
美羽は今度は、はっきりとした声で言った。
「林間学校も一緒だったし」
一瞬だけ言葉を選び、
「次はテスト。ちゃんと一緒に乗り越えよ!」
晴は少し黙り込み、やがてゆっくりと頷いた。
「……助かる」
紗耶も、小さく笑う。
「ありがとう。なんか……心強い」
教室の窓から、夏の光が差し込む。
机の上のプリントを照らし、日常が戻ってきたことを否応なく突きつける。
楽しかった時間の余韻を抱えたまま、現実は容赦なく次の壁を用意している。
それでも――
三人はまた、同じ時間を共有する選択をした。
林間学校の“続き”は、まだ終わっていない。
ただ形を変えて、日常の中へ静かに溶け込んでいくだけだった。
後攻の正門をくぐった瞬間、美羽は思わず足を止めそうになった。
――ああ、戻ってきちゃったんだ。
校舎の壁に反射する朝の光、舗装された地面の冷たさ、制服越しに感じるわずかな窮屈さ。
数日前まで身を置いていた世界とは、あまりにも対照的だった。
あのとき耳に入ってきていたのは、風に揺れる木々のざわめきと、夜更けに静かに響く虫の声。
朝は少し肌寒くて、深呼吸すると胸いっぱいに澄んだ空気が広がった。
それに比べて、今はどうだろう。
昇降口に響く足音、誰かの名前を呼ぶ声、途切れない笑い声。
通りすがりに肩が軽くぶつかり、謝る間もなく人の流れに押し出される。
同じ「朝」なのに、空気はまるで違う。
少し騒がしくて、少し息苦しくて、それでも確かに――日常だ。
「……うちの高校って、こんなに人多かったっけ?」
隣を歩く晴が、半分あくびを噛み殺しながらぼやく。
制服の肩にかけたバッグが、いつもより重そうに見えたのは、気のせいではなさそうだった。
「それは林間学校が静かすぎただけじゃない?」
美羽はそう返しながら、小さく笑う。
「そうかもな。それにしても林間学校、結構きつかったな~」
晴は肩を回し、首を鳴らす。
その仕草を見て、美羽は胸の奥でそっと頷いた。
疲れは体だけじゃない。
心のどこかが、まだあの場所に取り残されている気がする。
キャンプファイヤーの夜。
炎がぱちぱちと音を立て、闇の中に揺れる赤い光。
笑い声が途切れたあと、なかなか眠れなかった時間。
――あの夜のこと、まだ引きずってる。
理由は聞かなくても分かる。
でも、今は触れない。
美羽自身も、どう言葉にすればいいのか分からなかった。
教室に入ると、そこにはいつもの席、いつもの机が並んでいる。
窓際のカーテン、黒板の隅に残るチョークの跡。
何も変わっていないはずなのに、どこか落ち着かない。
席に着いた瞬間、前の席から椅子を引く音がして、紗耶が振り返った。
「おはよ」
明るい声。けれど、よく見ると、ほんの少しだけ目の下に影がある。
きっと、ちゃんと眠れていない。
「おはよう、紗耶ちゃん」
美羽は、なるべく普段通りに返した。
「二人ともちゃんと寝て、疲れ取れた?」
紗耶は冗談めかした口調で聞く。
晴は一瞬、言葉に詰まり、視線を逸らした。
「……ノーコメントで」
「え、ちょっと、それ怪しくない?」
紗耶は笑ったが、その笑顔は、どこか作ったようにも見えた。
美羽は二人のやり取りを横目で見ながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
林間学校が終わったからといって、何かがきれいに区切られるわけじゃない。
むしろ――
あの時間を共有してしまったからこそ、何かが始まってしまった。
そんな予感が、はっきりと残っている。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。
ざわついていた空気が、少しずつ引き締まっていく。
「おはよう。林間学校、お疲れ様」
その一言に、教室にほっとした空気が流れた。
だが、担任は間を置かずに続ける。
「さて。今日からまた切り替えていこう。二週間後に中間テストを実施するから、しっかり勉強するんだぞ!」
一瞬、時が止まったようだった。
次の瞬間、教室中にざわめきが広がる。
「早くない?」
「聞いてないんだけど……」
「無理無理……」
晴は目を見開いたまま固まり、かすれた声を漏らす。
「……は?」
紗耶も配られたプリントを受け取り、目を走らせた途端、顔色を変えた。
「ちょ、待って……範囲、広くない?」
担任は淡々と説明を続ける。
その声は規則正しいはずなのに、三人の耳にはやけに遠く聞こえた。
美羽はプリントに目を落としながら、隣と前の席をちらりと見る。
――このままだと、絶対まずい。
SHR(ショートホームルーム)が終わり、担任が教室を出た途端、晴は机に突っ伏した。
「……終わった。完全に終わった」
「私も……全然自信ない……」
紗耶はプリントを握りしめ、唇を噛む。
林間学校の夜、不安とは別の緊張感があったあの表情とは違う。
今の紗耶の顔には、はっきりとした焦りが浮かんでいた。
美羽は一度、深く息を吸ってから、静かに口を開く。
「ねえ」
二人が顔を上げる。
「今日からさ、放課後、少しずつ勉強しよ」
「三人で」
晴は驚いたように目を瞬かせる。
「……いいのか?」
「当たり前でしょ」
美羽は即答した。
「一人で抱えたら、余計しんどいじゃん」
紗耶は少し戸惑いながらも、小さく聞いた。
「私、迷惑じゃない……?」
「迷惑なわけない」
美羽は今度は、はっきりとした声で言った。
「林間学校も一緒だったし」
一瞬だけ言葉を選び、
「次はテスト。ちゃんと一緒に乗り越えよ!」
晴は少し黙り込み、やがてゆっくりと頷いた。
「……助かる」
紗耶も、小さく笑う。
「ありがとう。なんか……心強い」
教室の窓から、夏の光が差し込む。
机の上のプリントを照らし、日常が戻ってきたことを否応なく突きつける。
楽しかった時間の余韻を抱えたまま、現実は容赦なく次の壁を用意している。
それでも――
三人はまた、同じ時間を共有する選択をした。
林間学校の“続き”は、まだ終わっていない。
ただ形を変えて、日常の中へ静かに溶け込んでいくだけだった。
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