2 / 78
乗り間違い
2.
しおりを挟む乗車待ちの列は長かったが、意外とすんなりとシートに座ることが出来、ふうと息を吐く。
ボックス席の窓側、ふと横を向けば疲れた顔が見返してくる。我ながら生気がない。まさに生ける屍。流石にこの顔は…いやいや週の中日なんて皆こんな顔してるわ、と開き直り、ふいと顔を背ける。
再びスマホに目を落とすと同時に、がたん、と車体が揺れる。電車が出発したようだ。
車体の揺れを感じた直後、待ってましたと言わんばかりに鳴りを潜めていた睡魔が顔を出してきた。睡魔さんの仕事はすこぶる早い。
あ、落ちる。と思った時には、私は眠りに落ちていた。
体感にして一瞬、時間にしてどれくらいか。
目を開けて数秒、ぼけっと呆けてから私はがばっと飛び起きた。
「…やべ、寝過ごした…?!」
しん、と静まり返る車内に私の声が大きく響く。車内はもぬけの殻でひとっこひとりいない。
駅員さんが起こしてくれそうなものだが、もしかしたら見過ごされてそのまま車庫に入ってしまったのかもしれない。
鞄を肩に引っ掛け、慌てて立ち上がった時だった。
「やーっと見付けた!」
いきなり子どものような高い声が何処からともなく聞こえ、私は肩を大仰にびくつかせた。
「は…え、何、どこ?」
きょろきょろと辺りを見渡すと、焦れたような声がまたする。
「ここだよ! こ・こ! 下!」
声に導かれ視線を下に下げた先に、それは居た。
「………………………は」
私の膝くらいの小さな背丈。
短い足で立ち、無い胸をむんと勇ましく張っているのは、猫? いや、ぬいぐるみ? もしくは…いや、なんだこれ?
まるで茶トラの猫がデフォルメされた二頭身の姿形は、小学生低学年くらいの幼気な女の子が集うファンシーショップにメモ帳やら下敷きなんかにプリントされて売っていそうだ。国営放送のショートアニメとかにも出てきそう。
とにかくそんな感じの猫のキャラクターが私の目の前にいるんだけどいや待てさっきしゃべってもいたよね!?
無言で見つめ合ったまま、おそらく真顔で私は呟いた。
「…精神科…いや、幻覚に幻聴だし、脳外科か…?」
やばい…。
まずいぞ、とうとう過労が脳にキてしまったか…。こんなことならもっと早く会社を燃やしておくんだった。
「何さっきからぶつぶつ言ってんだよお。おやっさんもあんたを探してんだ。早いとこ来てくんな」
ピョンと飛び上がって私の手を掴むと、問答無用でぐいぐい引っ張っていく。
「何、何? どこ行くの」
うわ手の感触ふわふわ。もう紛れもなくぬいぐるみじゃん。ぬいぐるみが動いてしゃべってんじゃん。まじか…。病院行かなきゃ…。
若干の現実逃避をかましていると、
「おやっさーん。居ましたよ!」
この猫…いや、暫定ねこが、声をあげる。
座席と座席の間の通路に佇んでいたこれまた小柄な姿が振り返った。
「おっ、やっと来たな。今日はあんたで最後だ」
ねこがまたいた。
それに今度はハチワレのねこだ。
しかもこのファンシーな見た目に反して、ふくふくのマズルから出てくる声は渋めときた。
非現実的な未知との遭遇にキャパオーバーを起こしかけている私を放って、渋いハチワレねこががしがしと頭を掻く。
「いやあ…オレん時とはまた違って、最近はあんたみたいな若いもんが多いんだよなあ…まあ色々あるだろうがよお。はあやりきれないねえ…」
「おやっさん、俺も若かったっすよ!」
「おめーは連れ出すのが間に合わなかったんだろ。例外だ例外」
「えー」
「なんで残念そうなんだよ。大体助けを呼ぶのが先だろうが」
「しょうがねえじゃないっすか。先に身体が動いてたんですよ」
…帰っていいかな、これ。
ねこの漫才を眺めながら、また逃避する。
魂を飛ばしている私に気付いた親分ねこが「ん?」と怪訝そうに頭を傾げた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる