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くもいの館 前編
2.
しおりを挟むコンコンコン。小さなノックがして、ドアの向こうから密やかな声がした。
「×××さん、起きていらっしゃいますか?」
もし起きていなければ起こさないようにという配慮がされた小さな声が私を呼んだ。
「あ…はい」
起き上がり、ぼっさぼさの髪を撫で付けながら内鍵を外す。
ドアを開けると、素晴らしく顔の整った青年が立っていた。ピシッと糊のきいた白いシャツにベスト、長い脚を収めているのはきっちりセンタープレスのかかったスラックス。どこを切り取っても完璧な青年が朝陽に照らされ朗らかに笑う。
「おはようございます、×××さん」
「ぉはよう、ございます…」
あまりの爽やかに消滅しそうになりながら付け足して「ひつじさん」と言うと、青年ににこりと微笑まれ私は地上から本格的に消えそうになった。
私は青年を『ひつじさん』と呼んでいる。
勿論本名ではない。
名前の由来は簡単だ。初め、自分は上司の秘書だと紹介を受けたので『秘書さん』と呼んでいた。が、これがどうも噛みやすくて呼びづらい。聞けば、仕事を離れれば上司の執事も兼任しているとのことなので、次は『執事さん』と呼ぼうとして思い切り噛み『ひつじさん』と呼び掛けてしまった。
私からすればとんだ赤っ恥エピソードなのだが、何を思ったか、彼はその名前を気に入ったらしく、以降、彼の名前は『ひつじさん』となった。私発端とはいえ、今でもツボがわからない。やはりあの上司の隣に居続けているのだから生半可な神経は持ち合わせていないのだろう。たぶん人間じゃない。
ひつじさんは現れた私の間抜けな寝起き面には微々とも動じず、それどころか心配そうに柳眉をさげた。さっきはついつい失礼な事を思ってしまったが良いひとなんだよなあ。
「お加減いかがですか?」
「や、それが寝たらめちゃくちゃ元気になりました」
「それならよかったです」と安堵するように微笑み、傍らにあったワゴンを引き寄せる。御盆に載せられていたのは一人用の土鍋だ。中身を見なくてもわかる。絶対おいしいやつだ。彼は料理がとても上手いのだ。途端に空腹を思い出す。
「何かお腹に入れた方が良いと思いまして、もしよろしければ」
「ありがとうございます! 頂きます!」
元気よく頭をさげる。青年はふふ、と柔らかく笑った。
「本当に元気になられたようでよかったです。昨日は体調が優れないご様子でしたので」
「ひつじさんにもご迷惑をおかけしました」
いえいえ、と彼が首を横に振る。少し声の調子を落として続ける。
「アレはもう大丈夫です」
血走った目。
怨嗟の声。
掴まれた足首が一瞬痛んだ気がした。転ばされた膝はパンツスーツなので皮が軽く擦りむけている程度だったが、足首には赤い痣が出来ていたのでそれだろう。また当分消えない痣が出来てしまった。
「×××さん」と呼び掛けられ、我に返る。
「本日は執務室に向かう前に社長室にお越しください」
思わず「げ」と苦い顔をする私にひつじさんが言った。
「社長がお呼びです」
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