限界社畜さんは怪異となかよし

あさの

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くもいの館 中編

9.

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「…ぅっ、ぐ…!」

背後から伸びてきた何かに口元を覆われ、後方へ身体を引っぱれる。尻餅をつき空を掻いた脚を見ながらざあっと血の気が下がる。

うっそ、後ろからとか聞いてねえ!  卑怯なり!
イヤだまだ死にたくない! それにホラー映画でよくあるザコキャラみたいな死に方なんてぜったい嫌だ!

闇雲に暴れようとした時、聞き覚えのある声が「静かに」と耳元で囁いた。同時に、木々の青々とした匂いがした。職場から神社までを覆うあの林で嗅いだことのある香りだ。そういえば結構な力で引かれたのに何処も痛くない。

はっと顔をあげる。

「まだ彼女が近くにいますから」

私のすぐ背後にはずっと探していたひとがいた。ひつじさん。無事だったんだ。無事どころかケロッとした顔で元気そうだ。よかった…。
いや、うん…よかったで締めたいんですけど、次は私が無事じゃないんですよ。びっくりした…まじで…まじでやめてくれ、死んだかと思った。

さっきまでの危機一髪とか、いきなり背後を取られたとか、取った相手が消息不明で探していたひつじさんだったとか諸々でいっぱいいっぱいになっている私に気付いたのか「あ」と呟いたひつじさんが私の口を塞いでいた手をそっと離す。拘束…もとい、バランスを崩して床に背中からダイブしそうになった私を支えてくれていた身体も離して距離を取り、彼は頭を下げた。

「すみません」

「い…いえ、ご無事で…なにより、です…」

それ以上はもう言葉にならない。

床に恥も外聞もなく跪き、全力疾走する心臓を必死に宥める私に、先に立ち上がったひつじさんが手を差し伸べる。

「そちらこそ、ご無事で良かったです。それに、洋燈に火を灯したのはあなたでしょう? おかげでわたしも動けるようになりました。動きたくてもどうにも暗闇には弱くて、助かりました…あの、大丈夫ですか?」

「はい…いややっぱりちょっと待ってください、脚に力が入んなくて…」

「それは大変だ」

差し伸べられた手を取ったは良いものの、脚が震えて一向に立ち上がれない。すると、ひつじさんはよいしょ、と軽い声とともに、握った手に力をこめた。

「うわ…」

次の瞬間、信じられないことに重力など関係ないとばかりに身体が持ち上がる。あっという間にひつじさんに支えられ、私はすっくと立ち上がっていた。ダンスのホールドのように腰には手を添えられ、目の前には麗しいご尊顔があり、私はまた違うトーンの「うわ…」を披露するハメになってしまった。

「すみません。驚かせてしまいましたね」

「いえ…まぁ」

現在進行形で驚いてますが。

「ともかく、彼女に見付かる前に合流出来てよかったです。あのひとの狙いはあなたですから」

ひつじさんの言葉に甦るのはさっきの光景だ。実際に姿を見たわけではないのでどれ程の大きさはわからない。けれど、壁に映った巨大な蜘蛛の影絵。先程見たあの光景は衝撃的すぎた。

「あの…、さっき壁に大きな蜘蛛の陰が…」

「アレがみえたんですね?」

頷くと、ひつじさんは「あいかわらず、いい目を御持ちだ」と小さく呟いた。え? と問い返す私に淡く微笑み、行きましょう。と、ひつじさんが私の手を引く。くもいさんが居た方とは逆に歩き出す。

「あのひとマジ何なんですか?」

「くもいのやしきの主ですよ。舘の本当の姿はわたしも初めて目にします」

「くもいって…」

何なんですか。と言いかけ、はたと気付く。
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