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第一章

3.

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シンプソン家はこの地で長年続いてきた家系である。
 
 
位に胡座をかいた横柄な貴族や、金の力に物を言わせた成り上がりの貴族とは違い、風格と威厳を兼ね備えた由緒ある貴族だ。
元は王の近衛兵だった祖先が武勲をあげ、後に軍人から貴族になった。
直々に位を賜る程に王からの信用も篤い。この領地もかつては王族の避暑地としてあったものを下賜されたそうだ。
 
シンプソン家の成り立ちを思い返しながら、アレックスはその子息たる少年を見た。

ヘーゼルは齢8歳とは思えない程に振舞いや佇まいは既に貴族として相応しい。
アレックスがこの屋敷に来て一週間程だが、その間にヘーゼルの聡明さに何度驚いたことか。
結局、与えた問題も些細な間違いがあっただけで、アレックスが特に教えることはなかった。一度教えただけで応用まで解き明かすのだから、理解力に脱帽するほかない。
 
本日の勉強も終わり、教材を片付けながらふと聞いてみる。

「私がお部屋に入った時に窓の外を眺めていらっしゃいましたね。何を御覧になっていたんですか?」

犬の頭を撫でていたヘーゼルが撫でる手はそのままにアレックスを振り仰ぐ。

「庭のお花を。おかあさんが好きな野薔薇が咲いているから」

「そうですか…」と当たり障りない返答になった。余計な事を聞いてしまったと、アレックスは罰が悪くなった。言い繕う言葉が上手く浮かんでこない。
彼の母親は深く目を閉ざし寝台に伏せったままだ。ここ何ヵ月も。大きな怪我はなかったにもかかわらず。容態は一向に変わらない。

「気にしないで」

アレックスの沈黙を気まずさからくるものとわかってか、見上げてきたヘーゼルが仄かに笑みを口に敷いて言う。彼がそうすると一層儚げに見えて、一瞬どきりとしてしまう。
少年はアレックスから視線を外すと、傍らにお座りする犬に向いた。

ほう、と何の溜め息かわからないそれが溢れそうになり、慌てて噛み殺す。
アレックスの視線が流れた先で、自身の手に持つ教材が目に入った。そして、大きな椅子にちんまりと納まっている小さな身体も。
 
大人しく、手の掛からない子ども。
 
自由に動かせない脚にしても、誰かに当たり散らすこともない。駄々を捏ねることもない。
貴族の嫡子として相応しい聡明な子どもだ。これが優秀な人格者を輩出しているシンプソン家の血筋というものなのか。
ヘーゼルの聡明さはもちろんのこと、落ち着いた態度や物言いは、もはや大人と大差ない。
これが果たして、生まれ落ちてたった8年の子どもが身に付けられるものなのかと思いはするが―――…。
 
 
俺はこの子どもの家庭教師兼教育係、
 
そして…
 
 
――――監視役としてこの屋敷にいる。
 
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