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07_ピンキーリング
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「先生、ピンキーリングが欲しいです!」
「なにそれ?お菓子?」
「まあ、お菓子みたいなものです。これくらいしかありません」
紗弓が俺の部屋で何かをねだってくる。
彼女曰く、『ピンキーリング』とやらは、かなり小さいもので、彼女の指で作られた『C』の形の親指と人差し指の隙間程度しかないとのこと。
要するに、2~3センチくらいのもの?
「じゃあ、今度スーパー行った時にどれか教えてくれ」
「スーパーじゃ、ピンキーリングは買えませんーーー!」
沙織が俺の部屋でジタバタ暴れている。
これじゃ、単なる駄々っ子だ。
学校では、クールビューティーで通っているらしいから、とてもクラスのやつらには見せられない……
そして、それは俺の担当するクラスでもある。
俺と紗弓は元々付き合っている(?)のだが、俺の勤めている高校に、紗弓が入学してきたらか話は複雑だ。
しかも、あろうことか、俺の担当するクラスに入って来やがった。
■成績発表―――――
テストが終わって数日後、成績表は、1年の学校の廊下にでかでかと貼り出されていた。
1位 十連地紗弓 800点
2位 箱崎唯 782点
3位 本田久也 723点
…
…
…
800点満点のテストで全部満点とかチート過ぎるだろ。
しかも1位と2位がダントツで3位以下との差がすごい。
貼り出された成績表の周りにはたくさんの生徒がいて、紗弓もクラスメイトに囲まれている。
「すごい!十連地さん!塾に行ってるの!?」
「いや……あの……」
「家庭教師でしょ!?かっこいい大学生とかの!」
「いえ…家庭教師は……」
「2位の箱崎さんとも仲が良いのよね!?一緒に勉強してるの!?私も仲間に入れて!」
「いえ、あの……」
「秘訣を教えて!」
「ウマニンジンです……」
「ニンジン!?ニンジン食べたら頭よくなるの!?試してみる!」
「あ、いえ……」
遠くで見てると、俺んちで駄々をこねている紗弓と同一人物とは思えない程控えめだ。
横で箱崎唯がニマニマしてみているのも面白い。
まあ、全教科100点とか超人的な偉業を成し遂げたのだ。
ここはちやほやされて、いい気分になって、次回以降も頑張ってくれればいいと俺は思う。
「せんせ、なに見てるんですか?」
箱崎唯だ。
集団から少し離れてみている俺のところまで、わざわざやってきて話しかけてきた。
「お前たちの偉業を褒めたたえるために来たんだよ」
「そんなこと言ってー、ニヤニヤして気持ち悪いですよ~」
口が悪い!
いや、本当に俺はニヤニヤして気持ち悪いのか!?
そう言えば、さっきからほっぺに皮が突っ張ってる!
もしかして、俺は!
NI・YA・KE・TE・I・RUのか~~~~~!?
……少し落ち込みました。
「なに、落ち込んでるんですか。しょぼんとした顔が可愛いですよ?」
落ち込んだ俺の袖を掴む箱崎。
すると、遠くで見ていた生徒たちが急にひそひそし始めた。
『ほら、ホームルーム中に公開告白したっていう……』
『えー!?先生と生徒で!?』
『学校的に大丈夫なの!?』
ヤバい……ひそひそされてる。
なんかちょっと泣きそう。
「せーんせ♪私達話題になってますね!ここら辺で抱き合っておきますか!」
「お前絶対俺のこと揶揄ってるだろ!」
「そんな訳ないじゃないですか。私はホームルームで先生に公開告白した頭のおかしな女ですよ?」
「自分で頭がおかしいとか言うなよ」
「だからこそ、成績はトップを取りたかったんですが、紗弓ちゃんに負けてしまいました」
「俺も驚いた」
「先生も知らないことがあるんですね♪」
「そりゃあ、そうだろう」
ふと気づくと少し離れたところで紗弓が面白くない顔をしてこっちを見ていた。
普段、学校では視線を合わせたりもしない紗弓だが、俺と箱崎が話しているのを見てやきもちを焼いているらしい。
あの顔は『夕ご飯持って行ってあげません』の顔だな。
もはや俺の食生活は紗弓『様』を外してはどうしようもないほどに崩壊している。
俺の弱い部分を確実に攻めてくる。
俺は静かに目を閉じ、手を合わせて「すいません。紗弓様、御不快な思いをさせてすいません」と念のようななにかを送った。
『プイ』と顔を背けて自分の教室の方に行ってしまった。
あいつの場合、あれでも『許してあげます』の仕草なんだよなぁ。
今日は帰りに、なんか美味しいスイーツでも買って帰ってやるか……
「先生、私の紗弓ちゃんと随分通じ合っているようですね!」
俺は目をそらして首の辺りを触って、箱崎の視線を遮る。
「……」
「今度は、朝のホームルームの前に黒板に『先生愛しています』と書いておきましょうか……」
「お前、やはり、俺を社会的に抹殺するつもりだな!?」
「大好きな先生にそんなことする訳ないじゃないですか」
箱崎は、不敵に笑みを浮かべて教室の方に行ってしまった。
俺がクビになる日は、そう遠くなさそうだ……
■部屋(いえ)――――――
コンビニスイーツを買って帰って、紗弓のご機嫌を取ろうと思ったら、驚きのことが起きていた。
帰ったら、紗弓が部屋(いえ)の中にいた。
まあ、それは毎日のことなので、全然驚かないが、テーブルの上に料理が並べてあったのだ。
「紗弓…お前、これ……」
「先生、お腹空いたでしょう?料理を作っておきました。さ、手を洗ってきてください」
ここでエンジェル・スマイル。
ヤバい。
近くにいるから慣れた気になっていたが、紗弓はとても可愛いんだった。
ぐうっ!
心臓が締め付けられるようにときめいた!
控えめに言っても美少女。
普通に言っても天使。
大げさに言ったら……もう思いつかない。
どういう事だろう。
いつもは『お裾分け』なので、料理は家でやって、タッパーに入れて持ってきてくれる程度なのに。
今日は、皿に盛ってある上に、炊き立てのご飯までよそってある。
しかも、どういう訳か、俺の帰る時間に合わせて食べごろの温度になるように準備してある。
「紗弓さん?どういうこと?これ。俺なんか気に障ることした?」
こういう時は、すぐに降参するのが大負けしない秘訣だ。
ここまでお怒りなのはかつて例がない。
「実はー、欲しいものがー、あるんですー」
この間言っていた、何とかいうお菓子のことか。
「これじゃだめ?」
さっき買ってきたコンビニ・スイーツを手渡した。
コンビニのがさがさ袋を覗き込んで言った。
「これはこれでいただきますけど」
いただくんだ。
でも、違うんだ。
「わかった、わかった。週末にちょっと離れたところに買いに連れて行ってやるから」
「ダメなんです!学校の近くのお店じゃないとピンキーリングは買えません!」
こんなにわざとらしく気を引く紗弓は珍しい。
よほど欲しいものがあるのだろう。
ただ、学校の近くでないと買えないものは非常にまずい。
普通に考えて、学校の近くで、男性教師と女生徒がニコニコしながら買い物していたら、絶対噂になる。
紗弓の手を引き、軽く抱きしめて聞いた。
「どうしたんだよ。お前らしくないじゃないか。何があったんだよ」
「……先生は法律改正を知っていますか?」
またえらく斜め上な単語が出て来たな。
『法律改正』……
「すまん、話が全く見えない……」
紗弓は抱きしめられたまま話を続けた。
「女の子は16歳になったら結婚できるんです」
「あ……」
「今日、公民の授業がありました」
「ああ……」
「2022年4月で法律が変わってました……女の子も18歳からしか結婚できません……」
知ってしまったか。
俺も法律に詳しいわけじゃないけど、4月にはちょっとテレビで話題になっていたから、何となく見てた。
紗弓がばっと離れ、真剣な顔で言った。
「私は16歳になったら、先生と結婚しようと思っていました」
俺の意思は!?
「でも……法律の壁が私たちを阻んでいます」
なんか、ちょっとかっこいい『法律の壁』。
「いっそのこと、法律を変えようか……」
ついこの間、変わったばかりなのに!?
「だから、結婚の代わりにピンキーリングを買ってください」
なんか話の間がスポーンと抜けているようで、いまいちわからないが、俺でももう、『ピンキーリング』がお菓子ではないことくらい分かる。
なんかそういうあれだ。
でも、学校の近くの店っていうのがなぁ……
「とりあえず、週末まで待ってくれ」
その間に対策を考えようと、紗弓の頭をなでながら考えていた。
ご飯はいつも通り美味しかった。
■追加打撃――――――
朝のホームルームのために教室に来た。
なんかいつも以上にざわざわしてる。
『先生、大好きです』
黒板にでかでかと書かれてあった。
少し眩暈がした。
「こ、これは……?」
「はい!私が書きました!」
俺がみんなに質問すると、箱崎が座ったままあの正しい姿勢で手を挙げた。
「はい、じゃあ箱崎さん、昼休みの職員室へ」
「はい」
いい返事だった。
無駄にいい返事だった。
ただ、周囲がわざわざし始めた。
『逢引きじゃね!?』
『二人きりになるための合図的な!?』
『露骨!』
『なんかエロくね!?』
『昼休み職員室覗きに行く!?』
悪い評判まっしぐらだな……
「先生!学級委員の十連地さんにに同行してもらっていいですか?」
「そうだな、よしOKだ。十連地頼めるか?」
「はい……」
『立ち合い者』がいれば変なことはしないだろうという考えか!?
▼
■生徒指導室-----
こうした茶番を経て、俺たち3人は『生徒指導室』にいる。
「なんでお前たちは、のんきに生徒指導室で弁当を広げてくつろいでいるんだ!?」
「お昼休みですし、お弁当を食べてから来たら時間が遅くなってしまいます」
箱崎は相変わらず余裕だ。
生徒指導室の備品である急須を使って人数分お茶の準備をしてくれている。
うーん、いい子。
そうでなくて!
「…で、俺はなぜ『呼び出された』んだ?」
「さすが先生!察しがいいですね!」
「この呼び出し方やめろよな!職員室でも話題なんだから……」
「前向きに、検討する方向で善処します」
「なんだその玉虫色の返事は…お前は、政治家か……」
「それは置いておいて」
見えない箱が、箱崎の手によって箱崎の横に置かれた。
ここは、ツッコんだら負けなのだろうな。
「先生は、この学校における『ピンキーリング』について知らなさすぎます。それをレクチャーして差し上げようと思ってお呼びしました」
「ほほお」
メモの仕草で迎え撃つ。
ピンキーリングの意味どころか、それ自体知らなかったから、聞いておくか。
「まず、ピンキーリングは、小指にはめる指輪です」
箱崎が人差し指を立てて説明を始めた。
「指輪かぁ…え!?指輪なの!?」
俺はなにを紗弓に買わされそうになっていたのか……
「うちの学校において、ピンキーリングは男性から女性に贈られ、お互いが嵌めることでカップルをアピールすることができます」
「そうなの?」
紗弓がこくこくと頷く。
じゃあ、そうなのだろう。
「主に学校周辺のアクセサリー店で販売されていて、シルバー製が多く、石は付いていません。1個2000円程度で学生のお財布にも嬉しい価格帯になっています」
「へー」
「デザインは色々で男女対になっていることが多く、指輪のデザインで誰と誰がカップルか分かるといったこともあります」
そういうのは誰が発案するのか……
「でも、そうなると、益々買えないなぁ」
紗弓がキッとこちらを見た。
あああああ、その顔苦手です……
「だって、考えてみろ。教師と生徒でニコニコそんな指輪買ってたら、仮に事情があったとしても誤解されるわぁ」
むぅと片頬膨らす紗弓。
これはこれで小動物みたいでかわいいと思う。
ただ、今回ばかりは、叶えてやるにはリスクが高すぎる。
「先生のバカ―!」
そう言うと、紗弓は一人でスタスタと行ってしまった。
普段ならば追いかけるところだが、ここは学校内。
それも叶わず取り残される。
なんとかしてやりたいとは思っているのだけれど……
「最近、紗弓ちゃんにはちょっとした噂があります」
箱崎がふいに話し始めた。
なにそれ?
悪い噂?
「紗弓ちゃんは、謎のパーカー男と付き合っている、と」
ああ、花見の時に紗弓を迎えに行ったから、ちょこっと見られたのだろう。
『不純な付き合いだから、俺が更生させてやる』と男子たちの熱がヒートアップしています。
あいつらなに考えてるんだ……男子だけ宿題2倍にしてやろうか……
「先生も、うかうかしていたら、紗弓ちゃんを取られてしまうかもしれませんよ?お気をつけください」
なんかめちゃくちゃ嗾(けしか)けるだけ嗾けて、箱崎も行ってしまった。
そんな事言われたら、俺なんか悪いやつじゃないか。
放課後の教室をなんとなく見回りして回っていた。
そしたら、教室に紗弓が残っているのが見えた。
男子生徒も一緒みたいだ。
反射的に隠れてしまった。
教室のドアは開いているので、入り口に近づき中の声を聞いた。
「十連地さん、もうすぐ誕生日なんでしょ?」
「はい……」
「なにかプレゼントしようと思って!なにか欲しいものないの!?」
「いただく理由が……」
「そんなこと言わないで!気持ちだから!気持ち!何でもいいから!」
かなり強引に迫っているようだ。
飛び出していきたい気持ちもあるが、飛び出して行って、なにを言うというのか。
「最近、好きな物とかないの!?」
「…それでは、仏の御石の鉢を」
「へ?ほとけの?なに?」
それだけ言うと、教室を出て行った紗弓。
入り口でバッチリ目が合ってしまった。
一瞬、お互い止まったが、真っ赤になった紗弓が顔を伏せて走って行ってしまった。
なんだこれ……
盗み聞きしてたみたいで、俺めちゃくちゃかっこ悪いじゃないか。
まあ、盗み聞きしてだんだけど……
■部屋(いえ)―――――
部屋(いえ)に帰ると、しっかり紗弓がいた。
ただ、いつものようにダラダラ・スタイルではなく、体操座りで落ち込んでいた。
……ダラダラ・スタイルってなんだ?
「ああいうの多いのか?」
上着を脱ぎながら、紗弓に質問してみた。
「最近……」
「それにしても、仏の御石の鉢ってなんだよ。お前はかぐや姫か」
「だって……」
『仏の御石の鉢(ほとけのみいしのはち)』
『蓬莱の玉の枝(ほうらいのたまのえだ)』
『火鼠の皮衣(ひねずみのかわごろも)』
『龍の首の玉(りゅうのくびのたま)』
『燕の子安貝(つばめのこやすがい)』だったか。
かぐや姫が求婚され、求婚相手に絶対準備できないよう物を要求したときの品だ。
『あなたからはプレゼントは欲しくない』というメッセージだろうか。
そんなの男子高校生に伝わる訳がない。
それはそれとして、……あからさまに目の前で落ち込まれると痛い。
「週末出かけるぞ?空けといてな」
ちょっとこっちを見たけど、すぐに『プイ』と横を向いてしまった。
でも、まあ、彼女の場合これで『OKのサイン』だ。
甘やかしたいときには寄ってこないし、自分が甘えたいときだけ寄ってくる……猫だな。
まあ、嫌いじゃないけど。
■週末――――――
週末は、車で1時間以上かけて遠くのモールまで走った。
これだけ遠くまでくれば、うちの生徒と会う確率は皆無だろう。
紗弓は助手席におとなしく座っている。
明るい顔はしていないが、おしゃれはしてきている。
それなりに、楽しみにしてきたのかもしれない。
信号待ちの時に紗弓の手を握る。
「ごめんな。普通の高校生みたいにデートできなくて」
(ふるふる)首を振っているのは視界の隅に入る。
「学校の近くのアクセサリーショップには行けないけど……」
そう言って、俺が紗弓を連れて来たのは、ジュエリーショップ。
しかも、ピンキーリングをたくさん置いている店だ。
喜びが込み上げるように笑顔になる紗弓。
分かりやすい表情だ。
「生徒たちが学校近くのアクセサリーショップでピンキーリングを買うのは、多分安いからだ。シルバーのものが多いらしい」
二人でショーケースの中にたくさん並べられたピンキーリングを見る。
「その……なんだ。それなりに意味のある指輪なら、2000円って訳にいかないだろ?」
「先生……」
漸(ようや)く機嫌を直して口をきいてくれた。
「ここのは、プラチナか、ホワイトゴードで……まあ、諭吉何枚かはいくヤツだから、学校の生徒たちとは被らないだろう。好きなのを選べ」
「先生は!?先生はどれが好き?」
「まあ、紗弓が付けるもんだから、自分が好きなやつを…」
「先生も付けるの!」
もう一段要求が難しくなった。
こんなのペアで付けていたら、『私達付き合ってます!指摘してください!』と自ら名乗っているようなものだ。
「とりあえず、選ぼうか!お!これなんかいいじゃないか?」
「むぅ……」
文句を言いながらも、紗弓が選んだのはメビウスの輪のデザインのリング。
『これです!』と言っていたが、∞(無限大)のデザインは永遠を示すのだと店員さんがニコニコしながら説明してくれた。
細いヤツなので、これくらいなら『華美な物』にならないので、校則的にもOKだろう。
実際、校内でもピンキーリングをはめている生徒も多いという。
今まで、まるで興味がなかったので、気付かなかったけど。
なんにせよ、紗弓の表情が明るくなったので、よかった。
帰り道は紗弓が少し地面から浮いているのではないかと思えるほど、浮かれているのが見て取れた。
車の助手席で、指を目線までもってきて手のひらを表から見たり、裏から見たりしている。
ときどき思い出し笑いをしたりして、表情もとろけまくってる。
こらクールビューティー!
もっとクールには出来ないのか!?
学校での『表紗弓』と日常の『裏紗弓』の差が面白すぎる。
あの様子だと家に帰ったら、絶対母親の百合子さんに言うだろうなぁ。
俺、また一歩進んではいけない方向に進んだような……
ただ、紗弓のこんな顔を見ていると、プレゼントしてよかったな、と思う。
諭吉はいなくなったけど……
ちなみに、週明けすぐに紗弓の子指に嵌ったピンキーリングはクラスの女子たちにより発見され、『やっぱり彼氏持ちだ!』と断定されていた。
そして、『ピンキーリングを贈るなんて絶対校内のやつだ!』と話題になってしまった。
そもそも校内だけの文化だ。
本来、ピンキーリングにそんな意味はない。
少なくとも校内の事情に詳しい人間でないとわざわざプレゼントしないだろう。
しかも、よく見るとシルバーとプラチナでは色も光沢も違うことから、犯人捜しの様にクラス内の男子の指がチェックされていった。
当然クラスには対象者がいなかった。
先日の『謎のパーカー男』の話と相まって、『先輩か!』『3年じゃね!?』としばらく話題になっていた。
紗弓は沈黙を守ったが、言い寄る男子は格段に減ったらしい。
授業中、授業内容を説明しながら教室内を歩いていると、箱崎のところに来た時に、ぴらりと紙を見せてきた。
『結局買ってあげたんですね。やけちゃいます!』
紙にはそう書かれていた。
照れ隠しに『ふん』と横を向いたら、新しくなにか書いていた。
『私の指も空いていますよ?』
そう書かれていた。
また揶揄われれているらしい……
自分の威厳の無さに落胆する。
(チャリ)
「あ、富成先生、鍵落としましたよ?」
「あ、すいません。ありがとうございます」
職員室では、うっかり鍵を落としてしまった。
保険医の胡桃沢先生が拾ってくれた。
「あれ?輪っかだけって、キーホルダーが無くなってますか?」
「あ、いえ、これは輪っかだけなんで」
「……そうですか、無くなったのかと思ってしまいました」
「ご心配ありがとうございます」
カギを受け取るとポケットにしまった。
そう、俺は指輪をする訳にはいかないので、密かにキーホルダーに付けている。
まさか、鍵と一緒に持っているとは誰も思わないだろう。
紗弓以外は。
ただ俺は、この時はまだ、女性の鋭さを甘く見ていたのだった。
「なにそれ?お菓子?」
「まあ、お菓子みたいなものです。これくらいしかありません」
紗弓が俺の部屋で何かをねだってくる。
彼女曰く、『ピンキーリング』とやらは、かなり小さいもので、彼女の指で作られた『C』の形の親指と人差し指の隙間程度しかないとのこと。
要するに、2~3センチくらいのもの?
「じゃあ、今度スーパー行った時にどれか教えてくれ」
「スーパーじゃ、ピンキーリングは買えませんーーー!」
沙織が俺の部屋でジタバタ暴れている。
これじゃ、単なる駄々っ子だ。
学校では、クールビューティーで通っているらしいから、とてもクラスのやつらには見せられない……
そして、それは俺の担当するクラスでもある。
俺と紗弓は元々付き合っている(?)のだが、俺の勤めている高校に、紗弓が入学してきたらか話は複雑だ。
しかも、あろうことか、俺の担当するクラスに入って来やがった。
■成績発表―――――
テストが終わって数日後、成績表は、1年の学校の廊下にでかでかと貼り出されていた。
1位 十連地紗弓 800点
2位 箱崎唯 782点
3位 本田久也 723点
…
…
…
800点満点のテストで全部満点とかチート過ぎるだろ。
しかも1位と2位がダントツで3位以下との差がすごい。
貼り出された成績表の周りにはたくさんの生徒がいて、紗弓もクラスメイトに囲まれている。
「すごい!十連地さん!塾に行ってるの!?」
「いや……あの……」
「家庭教師でしょ!?かっこいい大学生とかの!」
「いえ…家庭教師は……」
「2位の箱崎さんとも仲が良いのよね!?一緒に勉強してるの!?私も仲間に入れて!」
「いえ、あの……」
「秘訣を教えて!」
「ウマニンジンです……」
「ニンジン!?ニンジン食べたら頭よくなるの!?試してみる!」
「あ、いえ……」
遠くで見てると、俺んちで駄々をこねている紗弓と同一人物とは思えない程控えめだ。
横で箱崎唯がニマニマしてみているのも面白い。
まあ、全教科100点とか超人的な偉業を成し遂げたのだ。
ここはちやほやされて、いい気分になって、次回以降も頑張ってくれればいいと俺は思う。
「せんせ、なに見てるんですか?」
箱崎唯だ。
集団から少し離れてみている俺のところまで、わざわざやってきて話しかけてきた。
「お前たちの偉業を褒めたたえるために来たんだよ」
「そんなこと言ってー、ニヤニヤして気持ち悪いですよ~」
口が悪い!
いや、本当に俺はニヤニヤして気持ち悪いのか!?
そう言えば、さっきからほっぺに皮が突っ張ってる!
もしかして、俺は!
NI・YA・KE・TE・I・RUのか~~~~~!?
……少し落ち込みました。
「なに、落ち込んでるんですか。しょぼんとした顔が可愛いですよ?」
落ち込んだ俺の袖を掴む箱崎。
すると、遠くで見ていた生徒たちが急にひそひそし始めた。
『ほら、ホームルーム中に公開告白したっていう……』
『えー!?先生と生徒で!?』
『学校的に大丈夫なの!?』
ヤバい……ひそひそされてる。
なんかちょっと泣きそう。
「せーんせ♪私達話題になってますね!ここら辺で抱き合っておきますか!」
「お前絶対俺のこと揶揄ってるだろ!」
「そんな訳ないじゃないですか。私はホームルームで先生に公開告白した頭のおかしな女ですよ?」
「自分で頭がおかしいとか言うなよ」
「だからこそ、成績はトップを取りたかったんですが、紗弓ちゃんに負けてしまいました」
「俺も驚いた」
「先生も知らないことがあるんですね♪」
「そりゃあ、そうだろう」
ふと気づくと少し離れたところで紗弓が面白くない顔をしてこっちを見ていた。
普段、学校では視線を合わせたりもしない紗弓だが、俺と箱崎が話しているのを見てやきもちを焼いているらしい。
あの顔は『夕ご飯持って行ってあげません』の顔だな。
もはや俺の食生活は紗弓『様』を外してはどうしようもないほどに崩壊している。
俺の弱い部分を確実に攻めてくる。
俺は静かに目を閉じ、手を合わせて「すいません。紗弓様、御不快な思いをさせてすいません」と念のようななにかを送った。
『プイ』と顔を背けて自分の教室の方に行ってしまった。
あいつの場合、あれでも『許してあげます』の仕草なんだよなぁ。
今日は帰りに、なんか美味しいスイーツでも買って帰ってやるか……
「先生、私の紗弓ちゃんと随分通じ合っているようですね!」
俺は目をそらして首の辺りを触って、箱崎の視線を遮る。
「……」
「今度は、朝のホームルームの前に黒板に『先生愛しています』と書いておきましょうか……」
「お前、やはり、俺を社会的に抹殺するつもりだな!?」
「大好きな先生にそんなことする訳ないじゃないですか」
箱崎は、不敵に笑みを浮かべて教室の方に行ってしまった。
俺がクビになる日は、そう遠くなさそうだ……
■部屋(いえ)――――――
コンビニスイーツを買って帰って、紗弓のご機嫌を取ろうと思ったら、驚きのことが起きていた。
帰ったら、紗弓が部屋(いえ)の中にいた。
まあ、それは毎日のことなので、全然驚かないが、テーブルの上に料理が並べてあったのだ。
「紗弓…お前、これ……」
「先生、お腹空いたでしょう?料理を作っておきました。さ、手を洗ってきてください」
ここでエンジェル・スマイル。
ヤバい。
近くにいるから慣れた気になっていたが、紗弓はとても可愛いんだった。
ぐうっ!
心臓が締め付けられるようにときめいた!
控えめに言っても美少女。
普通に言っても天使。
大げさに言ったら……もう思いつかない。
どういう事だろう。
いつもは『お裾分け』なので、料理は家でやって、タッパーに入れて持ってきてくれる程度なのに。
今日は、皿に盛ってある上に、炊き立てのご飯までよそってある。
しかも、どういう訳か、俺の帰る時間に合わせて食べごろの温度になるように準備してある。
「紗弓さん?どういうこと?これ。俺なんか気に障ることした?」
こういう時は、すぐに降参するのが大負けしない秘訣だ。
ここまでお怒りなのはかつて例がない。
「実はー、欲しいものがー、あるんですー」
この間言っていた、何とかいうお菓子のことか。
「これじゃだめ?」
さっき買ってきたコンビニ・スイーツを手渡した。
コンビニのがさがさ袋を覗き込んで言った。
「これはこれでいただきますけど」
いただくんだ。
でも、違うんだ。
「わかった、わかった。週末にちょっと離れたところに買いに連れて行ってやるから」
「ダメなんです!学校の近くのお店じゃないとピンキーリングは買えません!」
こんなにわざとらしく気を引く紗弓は珍しい。
よほど欲しいものがあるのだろう。
ただ、学校の近くでないと買えないものは非常にまずい。
普通に考えて、学校の近くで、男性教師と女生徒がニコニコしながら買い物していたら、絶対噂になる。
紗弓の手を引き、軽く抱きしめて聞いた。
「どうしたんだよ。お前らしくないじゃないか。何があったんだよ」
「……先生は法律改正を知っていますか?」
またえらく斜め上な単語が出て来たな。
『法律改正』……
「すまん、話が全く見えない……」
紗弓は抱きしめられたまま話を続けた。
「女の子は16歳になったら結婚できるんです」
「あ……」
「今日、公民の授業がありました」
「ああ……」
「2022年4月で法律が変わってました……女の子も18歳からしか結婚できません……」
知ってしまったか。
俺も法律に詳しいわけじゃないけど、4月にはちょっとテレビで話題になっていたから、何となく見てた。
紗弓がばっと離れ、真剣な顔で言った。
「私は16歳になったら、先生と結婚しようと思っていました」
俺の意思は!?
「でも……法律の壁が私たちを阻んでいます」
なんか、ちょっとかっこいい『法律の壁』。
「いっそのこと、法律を変えようか……」
ついこの間、変わったばかりなのに!?
「だから、結婚の代わりにピンキーリングを買ってください」
なんか話の間がスポーンと抜けているようで、いまいちわからないが、俺でももう、『ピンキーリング』がお菓子ではないことくらい分かる。
なんかそういうあれだ。
でも、学校の近くの店っていうのがなぁ……
「とりあえず、週末まで待ってくれ」
その間に対策を考えようと、紗弓の頭をなでながら考えていた。
ご飯はいつも通り美味しかった。
■追加打撃――――――
朝のホームルームのために教室に来た。
なんかいつも以上にざわざわしてる。
『先生、大好きです』
黒板にでかでかと書かれてあった。
少し眩暈がした。
「こ、これは……?」
「はい!私が書きました!」
俺がみんなに質問すると、箱崎が座ったままあの正しい姿勢で手を挙げた。
「はい、じゃあ箱崎さん、昼休みの職員室へ」
「はい」
いい返事だった。
無駄にいい返事だった。
ただ、周囲がわざわざし始めた。
『逢引きじゃね!?』
『二人きりになるための合図的な!?』
『露骨!』
『なんかエロくね!?』
『昼休み職員室覗きに行く!?』
悪い評判まっしぐらだな……
「先生!学級委員の十連地さんにに同行してもらっていいですか?」
「そうだな、よしOKだ。十連地頼めるか?」
「はい……」
『立ち合い者』がいれば変なことはしないだろうという考えか!?
▼
■生徒指導室-----
こうした茶番を経て、俺たち3人は『生徒指導室』にいる。
「なんでお前たちは、のんきに生徒指導室で弁当を広げてくつろいでいるんだ!?」
「お昼休みですし、お弁当を食べてから来たら時間が遅くなってしまいます」
箱崎は相変わらず余裕だ。
生徒指導室の備品である急須を使って人数分お茶の準備をしてくれている。
うーん、いい子。
そうでなくて!
「…で、俺はなぜ『呼び出された』んだ?」
「さすが先生!察しがいいですね!」
「この呼び出し方やめろよな!職員室でも話題なんだから……」
「前向きに、検討する方向で善処します」
「なんだその玉虫色の返事は…お前は、政治家か……」
「それは置いておいて」
見えない箱が、箱崎の手によって箱崎の横に置かれた。
ここは、ツッコんだら負けなのだろうな。
「先生は、この学校における『ピンキーリング』について知らなさすぎます。それをレクチャーして差し上げようと思ってお呼びしました」
「ほほお」
メモの仕草で迎え撃つ。
ピンキーリングの意味どころか、それ自体知らなかったから、聞いておくか。
「まず、ピンキーリングは、小指にはめる指輪です」
箱崎が人差し指を立てて説明を始めた。
「指輪かぁ…え!?指輪なの!?」
俺はなにを紗弓に買わされそうになっていたのか……
「うちの学校において、ピンキーリングは男性から女性に贈られ、お互いが嵌めることでカップルをアピールすることができます」
「そうなの?」
紗弓がこくこくと頷く。
じゃあ、そうなのだろう。
「主に学校周辺のアクセサリー店で販売されていて、シルバー製が多く、石は付いていません。1個2000円程度で学生のお財布にも嬉しい価格帯になっています」
「へー」
「デザインは色々で男女対になっていることが多く、指輪のデザインで誰と誰がカップルか分かるといったこともあります」
そういうのは誰が発案するのか……
「でも、そうなると、益々買えないなぁ」
紗弓がキッとこちらを見た。
あああああ、その顔苦手です……
「だって、考えてみろ。教師と生徒でニコニコそんな指輪買ってたら、仮に事情があったとしても誤解されるわぁ」
むぅと片頬膨らす紗弓。
これはこれで小動物みたいでかわいいと思う。
ただ、今回ばかりは、叶えてやるにはリスクが高すぎる。
「先生のバカ―!」
そう言うと、紗弓は一人でスタスタと行ってしまった。
普段ならば追いかけるところだが、ここは学校内。
それも叶わず取り残される。
なんとかしてやりたいとは思っているのだけれど……
「最近、紗弓ちゃんにはちょっとした噂があります」
箱崎がふいに話し始めた。
なにそれ?
悪い噂?
「紗弓ちゃんは、謎のパーカー男と付き合っている、と」
ああ、花見の時に紗弓を迎えに行ったから、ちょこっと見られたのだろう。
『不純な付き合いだから、俺が更生させてやる』と男子たちの熱がヒートアップしています。
あいつらなに考えてるんだ……男子だけ宿題2倍にしてやろうか……
「先生も、うかうかしていたら、紗弓ちゃんを取られてしまうかもしれませんよ?お気をつけください」
なんかめちゃくちゃ嗾(けしか)けるだけ嗾けて、箱崎も行ってしまった。
そんな事言われたら、俺なんか悪いやつじゃないか。
放課後の教室をなんとなく見回りして回っていた。
そしたら、教室に紗弓が残っているのが見えた。
男子生徒も一緒みたいだ。
反射的に隠れてしまった。
教室のドアは開いているので、入り口に近づき中の声を聞いた。
「十連地さん、もうすぐ誕生日なんでしょ?」
「はい……」
「なにかプレゼントしようと思って!なにか欲しいものないの!?」
「いただく理由が……」
「そんなこと言わないで!気持ちだから!気持ち!何でもいいから!」
かなり強引に迫っているようだ。
飛び出していきたい気持ちもあるが、飛び出して行って、なにを言うというのか。
「最近、好きな物とかないの!?」
「…それでは、仏の御石の鉢を」
「へ?ほとけの?なに?」
それだけ言うと、教室を出て行った紗弓。
入り口でバッチリ目が合ってしまった。
一瞬、お互い止まったが、真っ赤になった紗弓が顔を伏せて走って行ってしまった。
なんだこれ……
盗み聞きしてたみたいで、俺めちゃくちゃかっこ悪いじゃないか。
まあ、盗み聞きしてだんだけど……
■部屋(いえ)―――――
部屋(いえ)に帰ると、しっかり紗弓がいた。
ただ、いつものようにダラダラ・スタイルではなく、体操座りで落ち込んでいた。
……ダラダラ・スタイルってなんだ?
「ああいうの多いのか?」
上着を脱ぎながら、紗弓に質問してみた。
「最近……」
「それにしても、仏の御石の鉢ってなんだよ。お前はかぐや姫か」
「だって……」
『仏の御石の鉢(ほとけのみいしのはち)』
『蓬莱の玉の枝(ほうらいのたまのえだ)』
『火鼠の皮衣(ひねずみのかわごろも)』
『龍の首の玉(りゅうのくびのたま)』
『燕の子安貝(つばめのこやすがい)』だったか。
かぐや姫が求婚され、求婚相手に絶対準備できないよう物を要求したときの品だ。
『あなたからはプレゼントは欲しくない』というメッセージだろうか。
そんなの男子高校生に伝わる訳がない。
それはそれとして、……あからさまに目の前で落ち込まれると痛い。
「週末出かけるぞ?空けといてな」
ちょっとこっちを見たけど、すぐに『プイ』と横を向いてしまった。
でも、まあ、彼女の場合これで『OKのサイン』だ。
甘やかしたいときには寄ってこないし、自分が甘えたいときだけ寄ってくる……猫だな。
まあ、嫌いじゃないけど。
■週末――――――
週末は、車で1時間以上かけて遠くのモールまで走った。
これだけ遠くまでくれば、うちの生徒と会う確率は皆無だろう。
紗弓は助手席におとなしく座っている。
明るい顔はしていないが、おしゃれはしてきている。
それなりに、楽しみにしてきたのかもしれない。
信号待ちの時に紗弓の手を握る。
「ごめんな。普通の高校生みたいにデートできなくて」
(ふるふる)首を振っているのは視界の隅に入る。
「学校の近くのアクセサリーショップには行けないけど……」
そう言って、俺が紗弓を連れて来たのは、ジュエリーショップ。
しかも、ピンキーリングをたくさん置いている店だ。
喜びが込み上げるように笑顔になる紗弓。
分かりやすい表情だ。
「生徒たちが学校近くのアクセサリーショップでピンキーリングを買うのは、多分安いからだ。シルバーのものが多いらしい」
二人でショーケースの中にたくさん並べられたピンキーリングを見る。
「その……なんだ。それなりに意味のある指輪なら、2000円って訳にいかないだろ?」
「先生……」
漸(ようや)く機嫌を直して口をきいてくれた。
「ここのは、プラチナか、ホワイトゴードで……まあ、諭吉何枚かはいくヤツだから、学校の生徒たちとは被らないだろう。好きなのを選べ」
「先生は!?先生はどれが好き?」
「まあ、紗弓が付けるもんだから、自分が好きなやつを…」
「先生も付けるの!」
もう一段要求が難しくなった。
こんなのペアで付けていたら、『私達付き合ってます!指摘してください!』と自ら名乗っているようなものだ。
「とりあえず、選ぼうか!お!これなんかいいじゃないか?」
「むぅ……」
文句を言いながらも、紗弓が選んだのはメビウスの輪のデザインのリング。
『これです!』と言っていたが、∞(無限大)のデザインは永遠を示すのだと店員さんがニコニコしながら説明してくれた。
細いヤツなので、これくらいなら『華美な物』にならないので、校則的にもOKだろう。
実際、校内でもピンキーリングをはめている生徒も多いという。
今まで、まるで興味がなかったので、気付かなかったけど。
なんにせよ、紗弓の表情が明るくなったので、よかった。
帰り道は紗弓が少し地面から浮いているのではないかと思えるほど、浮かれているのが見て取れた。
車の助手席で、指を目線までもってきて手のひらを表から見たり、裏から見たりしている。
ときどき思い出し笑いをしたりして、表情もとろけまくってる。
こらクールビューティー!
もっとクールには出来ないのか!?
学校での『表紗弓』と日常の『裏紗弓』の差が面白すぎる。
あの様子だと家に帰ったら、絶対母親の百合子さんに言うだろうなぁ。
俺、また一歩進んではいけない方向に進んだような……
ただ、紗弓のこんな顔を見ていると、プレゼントしてよかったな、と思う。
諭吉はいなくなったけど……
ちなみに、週明けすぐに紗弓の子指に嵌ったピンキーリングはクラスの女子たちにより発見され、『やっぱり彼氏持ちだ!』と断定されていた。
そして、『ピンキーリングを贈るなんて絶対校内のやつだ!』と話題になってしまった。
そもそも校内だけの文化だ。
本来、ピンキーリングにそんな意味はない。
少なくとも校内の事情に詳しい人間でないとわざわざプレゼントしないだろう。
しかも、よく見るとシルバーとプラチナでは色も光沢も違うことから、犯人捜しの様にクラス内の男子の指がチェックされていった。
当然クラスには対象者がいなかった。
先日の『謎のパーカー男』の話と相まって、『先輩か!』『3年じゃね!?』としばらく話題になっていた。
紗弓は沈黙を守ったが、言い寄る男子は格段に減ったらしい。
授業中、授業内容を説明しながら教室内を歩いていると、箱崎のところに来た時に、ぴらりと紙を見せてきた。
『結局買ってあげたんですね。やけちゃいます!』
紙にはそう書かれていた。
照れ隠しに『ふん』と横を向いたら、新しくなにか書いていた。
『私の指も空いていますよ?』
そう書かれていた。
また揶揄われれているらしい……
自分の威厳の無さに落胆する。
(チャリ)
「あ、富成先生、鍵落としましたよ?」
「あ、すいません。ありがとうございます」
職員室では、うっかり鍵を落としてしまった。
保険医の胡桃沢先生が拾ってくれた。
「あれ?輪っかだけって、キーホルダーが無くなってますか?」
「あ、いえ、これは輪っかだけなんで」
「……そうですか、無くなったのかと思ってしまいました」
「ご心配ありがとうございます」
カギを受け取るとポケットにしまった。
そう、俺は指輪をする訳にはいかないので、密かにキーホルダーに付けている。
まさか、鍵と一緒に持っているとは誰も思わないだろう。
紗弓以外は。
ただ俺は、この時はまだ、女性の鋭さを甘く見ていたのだった。
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