こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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一章:話の始まりはこうだった

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 次に意識が浮上したのは、翌日のお昼過ぎだった。
 すっかり高くなった陽光が窓から差し込んでくる。
 眩しさに目を細め、そういえばこの家の窓にはカーテンがなかったな、とふと思った。

 直後、脳内でもう一人の私が語り始める。

 ――『西の島に住むタリムの民は、それぞれの縄張りを持っている。大抵のタリム人が家の窓にカーテンをかけないのは、家族以外に覗かれる心配がないからだ』

 ぎょっとしたのも一瞬、ああ、これが情報共有魔法なのだとすぐに分かった。
 初めて知る情報なのに、何故か初めてな気がしない。
 忘れていたことを思い出したような、そんな感覚だった。
 私が疑問を抱く度に、今みたいな解説がすぐに返ってくるのだろうか。
 
 試しに「タリムの民の『タリム』とは?」と考えてみた。
 すると再び、もう一人の私が語り始める。

*** 
 
 この世界の初めに、サリムとタリムという双子の女神がいた。
 サリムは魔法の指を用いて東の島を豊かに整え、タリムは大きな翼を用いて西の島を自由に飛び回った。
 それぞれの女神は、互いが持っている魔法の指と大きな翼を羨ましく思っていた。
 羨望は嫉妬を呼び、嫉妬は憎悪を招く。
 二人の女神は、次第に憎み合うようになってしまった。
 姉妹が引き起こした諍いは、あっという間に戦火となって大地を焼いた。
 多くの人間が死に絶えたのを見て、天の創造神は大いに悲しみ、嘆いた。
 創造神の涙は百日続き、西と東の島の間に『涙ノ滝エドラザフ』が出来た。
 父神の嘆きに心を打たれたサリムとタリムは、ようやく互いの犯した過ちに気づき、憎みあうのをやめた。
 サリムは予言した。――サリムの民は、魔法でタリムの民を攻撃してはならない。禁忌を犯したものの指は、もげて落ちることになるだろう。
 タリムは予言した。――タリムの民は、決められた場所と日以外に西の島に渡ってはならない。禁忌を犯したものの翼は、腐り落ちることになるだろう。
 世界から諍いが消えるのを見届けた後、二人の女神は天へと帰っていった。

***


「――……そっか。この世界の人達は、それぞれの守護女神様の特徴を受け継いでるってことなんだ」

 私は独り言ち、得た情報を整理した。

 翼を持たない「サリムの民」は、生まれながらに魔法の資質を持っている。
 ある程度まで育つと、人差し指に呪が浮かび、自然と魔法が使えるようになるという。
 この情報には、かなりがっかりした。
 私も頑張ればいつか魔法が使えるようになるのでは? と仄かに期待していたのだが、はっきり無理だと分かったのだ。サリムの民は、先天的に備わった魔法力で魔法を操っている。

 翼を持つ「タリムの民」も、成人するまで鳥型に変身することは出来ない。
 彼らは16歳になると『羽化』と呼ばれる変化を起こし、自分の意思で成体に変化することが出来るようになる。

 鳥型、そして成体という言葉に、私はようやく「人でもあり鳥でもある」というラスの台詞を理解した。
 彼らは普段は二足歩行で生活し、狩りの時だけ『巨大鳥』に変身するらしい。
 
「なるほどな~」

 再び呟き、あれ? と首を捻る。

 私が得た知識によれば、サリム人とタリム人は、住む島をはっきりと分けている。
 なのに、どうしてユーグさんはこっちの島に住んでいるんだろう。
 ユーグさんは魔法使いだ。翼も生えていない。
 ということは、東の島に住むサリムの民のはずなのに……。

 私の得た情報が不十分なだけで、例外となるケースがあるのだろうか。
 もっと詳しく知りたいが、これ以上の情報はもう浮かんでこない。

 うーん、と唸ったところに、ノックの音がした。
 トントン、ガチャ。
 返事をする間もなく、ベネッサさんが扉の隙間からひょこんと顔を出す。
 
「あら、もう起きてたのね? 気分はどう?」
「大丈夫です。すっきりしてます」
「よかった! 心配ないってユーグは言ってたけど、魔法に馴染みがないからどうしても心配で……」

 ベネッサさんは、ホッとしたように頬を緩めた。
 ユーグさんが西の島に住んでいる理由を尋ねようか迷ったが、本人に直接尋ねるべき案件な気がして、口を噤む。

「お昼ご飯、ミカの分を残してあるんだけど、どうする? 食べられそう?」
「た、食べたいです!」

 いいんですか、とか、すみません、とか。
 喉元まで込み上げた遠慮の台詞は押し込め、素直な気持ちを口に出す。
 ベネッサさんは嬉しそうに笑って、「食欲があるなら大丈夫ね」と言った。

 お昼のメニューは、豆と芋を煮込んだスープと、葉野菜で包んだ茹で肉だった。
 素材の味がそのまま伝わってくるシンプルなメニューは、薄味に慣れればなかなかに美味しい。
 何より、お腹いっぱいになるまで食べられるのが嬉しかった。

「ご馳走様でした。お皿、自分で洗ってみていいですか?」

 働かざる者食うべからず。
 施設では職員さん達が身の回りの世話を焼いてくれたが、私を保護したベネッサさん達に国からの援助があるわけではない。私一人の食い扶持が増えたことで、出費は確実に増えている。
 そもそもこの世界に「国」という概念はなかった。ここ西の島においては「自治」という概念すらない。
 タリム人は基本的につがいと二人で暮らす。縄張り意識が強い為、近所付き合いも存在しない。
 彼らが集団――といっても三人一組という少ない単位で動くのは、狩りの時だけだった。

「ええ、いいわよ。洗い方、分かる?」
「今なら多分、分かると思います」

 私は木皿を持って裏口に出た。
 シンクの脇に備え付けてある小箱の蓋を開け、中の灰を藁束に振りかける。
 木皿の汚れを軽く洗い流した後、先ほどの藁束で油汚れを落とし、再び洗ってから水を切った。
 コップは軽くゆすぐだけでいい。
 後は、台所に戻って水切り台に立て掛ければ終わりだ。

 手際よく洗いものを済ませた私を見て、ベネッサさんは目を丸くした。

「それも、ユーグの魔法で?」
「はい。どうすればいいのかな? と思うだけで、動き方をすぐに教えて貰えるんです」
「教えて貰えるって、誰に?」
「もう一人の私に」
「ええっ? ミカの中にミカが増えたってこと?」

 ベネッサさんが目を白黒させながら、次々に尋ねてくる。
 少女のような好奇心が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

「ベネッサさんもユーグさんに魔法をかけてもらったらどうですか?」

 何の気なしに口にした言葉に、ベネッサさんは頬を強張らせた。
 楽しい雰囲気はかき消え、ピンと張り詰めた空気に変わる。

「――……え、っと。それは出来ないわ」

 ベネッサさんは蒼褪めた顔で、力なく首を振った。
 彼女の過剰な反応に驚いた私は、タリムとサリムの女神神話がただのおとぎ話ではない可能性に思い当たった。

「も、もしかして、本当に呪いが成就してるんですか?」
「呪い?」
「女神の呪いです。サリム人はタリム人を魔法で攻撃したら、ダメって……でも情報共有魔法は攻撃じゃないし、違うかな……」

 次第に声が小さくなる。
 ベネッサさんは肩の力を抜き、「そこまでは知らないのね」と呟いた。

「呪いだと言ったのは、もう一人のミカ?」
「はい」
「……ユーグならそう思ってもおかしくないけれど、私達は『掟』と呼んでいるわ」
「掟、ですか?」
「そう、女神の掟。二つの民が二度と争わないように設けた掟よ。掟はとても厳しくて、攻撃魔法じゃなくてもダメなの。サリム人がタリム人に魔法を使うことは出来ない。それがたとえ治癒魔法だとしても、サリム人の指は腐り落ちるわ」

 サリム人にとって魔法の指は、第二の心臓だ。
 指が腐り落ちれば、命はない。

 私はうすく唇を開いたまま、立ち尽くした。
 悪いことをしたら神罰が下る、という考え方は元の世界にもあった。
 だけどそれは根拠のない脅しのようなもので、実際には何も起こらない。
 この世界では、違う。
 本当に神罰は存在し、違反者の命を容赦なく奪うんだ。

「ご、ごめんなさい。わたし、知らなくて――」

 自分が放った台詞の残酷さに気づき、居た堪れなくなる。
 ベネッサさんは私に近づき、優しく肩を抱き寄せてくれた。

「気にしないで、ミカ。知らずに言ったことだもの。それに、この掟を破る者は滅多にいないから、怖がらなくて大丈夫。そういう意味では、この島は平和で安全なの。気をつけなきゃいけないのは、森の奥にいる獣と雨の時期の盛った男くらいのものよ」

 雨……?
 そういえば、前にも出てきたっけ。
 多分、私が知ってる天気の「雨」とは違うんだろうな。
 首を傾げた途端、再び情報が開示された。



 
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