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二章:初めての雨
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ダンさんはすぐに見つかった。
彼も私達を探しに出たところだったらしい。
ダンさんに連れられて町の酒場に入り、そこで私を待っていた人たちと挨拶を交わす。
「こちらがさっき話したミカ。私達の新しい家族だよ」
ダンさんは弾んだ声で、私を紹介してくれた。
家族、という言葉に何とも言えない気持ちになる。くすぐったくて、嬉しくて、そして少しだけ不安な気持ち。
酒場にいた人は既婚者ばかりで、皆落ち着いた様子で挨拶してくれた。
チェインのような人がここにもいたらどうしようと不安だったけど、そんなことはなくてホッと胸を撫で下ろす。
こうして私は、近隣――といってもかなり遠いけど、に住んでる人達と顔見知りになった。
紹介された中に同年代の女性はいなかったが、遠巻きにこちらを見ている中には若い女の子がちらほらいた。
いつかお喋り出来たらいいな、と思いながら帰路につく。
家に戻った頃には、私はすっかりあの無礼な青年の存在を忘れていた。
だがラスは、しっかり覚えていたらしい。
その日の夕食の食卓で、ラスはチェインの振る舞いをベネッサさん達に言いつけた。
「父さんが紹介する前に、ミカを捕まえてマーキングしようとしたんだぞ。あいつのああいうとこ、すごく嫌いだ」
ラスが頬を膨らませて不満を訴える。
ベネッサさんとダンさんは、全く動じず、むしろ面白がっている様子だった。
「あら。この前までは『俺もチェインみたいに強くなりたいな~』って言ってたのに」
「他の男を牽制したかったんだろう。チェインらしいやり方だな」
二人の返事に焦れたのか、ラスはムッと鼻先に皺を寄せた。
「あいつの翼は確かに強いし、狩りもうまいけど、俺はあんな偉そうな男にはなりたくない」
ぷい、とそっぽを向いたラスの背中を宥めるように軽く叩き、ダンさんを見遣る。
「チェインって、ダンさんの狩り仲間なんですよね?」
「ああ、私の狩り仲間だよ。今年、26になるんだったかな。もう家を出て一人で住んでいるし、いつ番を選んでもおかしくない。ミカを見つけた時に一緒にいたから、自分には求婚の優先権があると思ってるんだろう」
ダンさんは説明し、「大丈夫だよ」と続ける。
「決めるのは、ミカだ。気に入らないのなら、断っていい」
その言葉に、私は心底安堵した。
チェインはとてもカッコよかった。容姿はもちろん、自分に自信を持っている人特有の余裕のようなものが漂っていて、それがまた彼を特別に見せていた。元の世界なら私など鼻にもひっかけてもらえなかっただろう。
それでも、チェインと一緒にいたいとは欠片も思わなかった。
できれば遠くから観賞用として眺めたい。彼の口の悪いところや強引なところは、私には脅威でしかなかった。
「私、あの人苦手です」
出会ったばかりで何も知らない相手だ、ということを加味して、控えめに言う。
「そうなの? この辺の若い子はみんなチェインに夢中なのよ。荒っぽく見えたかもしれないけど、情に厚いし、義理堅いし、悪い子じゃないわ」
ベネッサさんはチェインのことを高く買っているようだ。
そう、なのかな。
ラスを馬鹿にされてカッとしたけど、本当は良い人なんだろうか。
すっかりベネッサさんに傾倒している私の心は、あっさり手のひらを返しそうになる。
「母さん!」
ラスが余計なことを言うなとばかりに、声を上げる。
「ミカには良い縁を結んで欲しいもの。選択肢は多い方がいいでしょう?」
「あんな奴が選択肢に入ったって、いいことなんか一つもないよ」
「じゃあ、誰ならいいの」
「そ、それは……」
返答に詰まったラスを見て、ベネッサさんはからからと笑った。
「結局、誰でも嫌なのよね。でもダメよ、ラス。決めるのはミカなんだからね」
「……分かってる」
ラスは低い声で答え、私にぎゅっとしがみついてきた。
しかめっ面さえとても可愛くて、ついつい頬が緩んでしまう。
せっかく仲良くなったのに、あっさりよその人に取られると思うと嫌なんだろうな。
子どもらしい素直な独占欲にほっこりした私は、ラスの華奢な身体を優しく抱き締め返した。
それにしても――。
ダンさんとベネッサさんは、私がいつか誰かを選んで結婚すると思い込んでいる気がする。
元の世界では、結婚はするもしないも個人の自由だった。
こちらの世界では違うのだろうか。
ユーグさんの情報共有魔法はとても便利だけど、こういう細かなニュアンスの違いは説明してくれない。
もしかしたら、いつまでもここに居候してはいけないということなのかもしれない。
タリム人は、男も女も成人したら家を出るのが普通だし、この年で居候が許されているのは私が『保護されて間もないただびと』だからかもしれない。
「どうにかしなくちゃ、な……」
ベッドに入った後、天井を見上げてしばらく考える。
考え込んでみたところで自立の手段をすぐに思いつけるわけもなく、途方に暮れているうちにいつの間にか眠ってしまった。
◇◇◇
はっきりとした身の振り方を決められないまま、雨の一日がやってきた。
朝からしとしとと霧雨が降っている。
ここに落ちてきて初めての雨だ。
文字通り、本当に雨が降るんだ、と感心しながらガラス窓から見える景色に見入る。
生い茂った緑は恵みを雨を受け、つやつやと光っていた。
ダンさん一家は、雨の日でもなかなか活動的に生活しているようだった。
家にこもりきりになると聞いていたが、近隣の森のパトロールや水汲みなどは欠かしていない。
洗濯にも出かけ、家の空き部屋に干していた。
私も晴れの時と同じように手伝おうとしたが、何故かきっぱり断られた。
「ミカはだめよ。お願いだから、家でじっとしていて」
「そうだぞ、ミカ。ただびとは私達に比べて、雨に弱いんだろう? 濡れて悪い病に罹っては大変だ。東の島でただ人用の雨具を買ってくればよかったんだが、すっかり忘れてたな……」
ベネッサさんもダンさんも真剣な顔で、外出を止める。
ラスまで「俺が一緒に遊んでやるから。今度のジャンプまで外に出るのは我慢しろ。な?」と言って私の袖を掴んだ。
濡れて風邪をひいたくらいでは死なないよ、と笑い飛ばそうとして、そういえば西の島に医者はいないんだった、と思い直す。
タリム人は非常に丈夫なのだ。命に係わるような病には罹らないし、狩りの最中に大怪我を負ったとしても、家でじっと休めば傷は自然に塞がっていくという。それもみな、タリム様の加護のお陰らしい。
彼らが寿命以外で亡くなる原因は一つだけ。
女神の掟を破った時だ。
「分かりました。家でじっとしてます」
畑に植わっている野菜の葉っぱを、傘代わりにすればいいのでは? とも思ったが、どうしても外に出たいというわけでもなかったので、私は素直に頷いた。
ダンさんがホッとしたように微笑み、私の頭を撫でる。
「今から外出するけど、帰りにユーグのところへ寄ってミカが読めそうな本を借りてくるよ。少しは退屈が紛れるといいんだが」
「ありがとうございます。ユーグさんに魔術書以外でお願いしますと言って下さい」
ユーグさんの書棚のほとんどは「魔法の応用」について書かれた魔術書で埋められている。
サリム人はその『血』によって魔法を使うが、生まれつき得手不得手があるという。
ユーグさんは水魔法と風魔法が得意で、火魔法が苦手だそうだ。
火魔法を使う為には、沢山の魔術書を読んで補助する必要があるんだとか。
貴重なものなのだろうが、サリム人ではない私にとっては開くとすぐに眠くなる本でしかない。
「それだと、料理のレシピ本か薬草の煎じ方の本になるだろうな」
ダンさんがくつくつ笑いながら答えた。
「鹿や兎の捌き方の図解本も持ってるそうです」
「そうか、ミカも解体を覚えたいんだったね。じゃあ、それを借りてきてあげよう」
ダンが玄関へと出ていくのを見送って、自室に戻ろうとするとラスも一緒についてきた。
「ん? どうしたの?」
「さっき言っただろ、一緒に遊んでやるって」
真っ青な瞳が無邪気にこちらを見上げている。
ラスは決して約束を破らない。その場限りの社交辞令など、彼の辞書にはないのだ。
嬉しくなって、ぎゅっと手を握る。
柔らかな手の感触は心地よく、昨夜から頭の片隅を占めている悩みがちっぽけなものに思えてくる。
「私、ずっとここにいてもいいと思う? それとも、ある程度経ったら出て行くのが普通? お願い、本当のことを教えて」
二人きりになったのをいいことに、小声で尋ねてみる。
ラスなら、包み隠さず率直に教えてくれると思ったのだ。
ラスは、一瞬あっけに取られた後、顔を顰めた。
「誰かに何か言われたのか? ユーグ?」
「ううん、誰にも何も言われてない。ただ、気になっただけ。こっちの人はみんな成人したら、家を出るんでしょう? 私はもう25で、とっくに成人してるわけだし」
私の説明に、ラスは納得したようだった。
真剣な表情を浮かべ、私の顔を覗き込んでくる。
「それはそうだけど、ミカはただびとだ。こことはまるで違う暮らしを送ってた人だ。自分の意志とは関係なく突然こっちに落とされた時点で、俺たちはミカの自由を奪ってる。償わなきゃいけないし、そうじゃなくても俺たちはミカにここに居て欲しい」
「ラス……」
償って欲しいと思ったことは一度もない。
異世界に落とされたこと自体、単なる不運だと思っていたし、今では不運とすら思っていない。
だけど、彼らがそう考えることは理解出来た。
この世界の常識では、ただびとは女神の祝福であるのと同時に痛ましい被害者で、手厚い補償が約束されているということだ。
「迷惑? ミカはユーグみたいに、自分一人で暮らしたい? 俺たちが邪魔?」
ラスが不安に眉を曇らせ、立て続けに尋ねてくる。
「俺は、ミカと離れたくない……」
涙目でそんなことを言われたら、もうお手上げだ。
私は勢いよく首を振った。
「私もここにいたいよ。ラス達と一緒にいたい。本当にいてもいいのか、迷惑じゃないか、心配だっただけだよ」
「迷惑なわけない。俺も父さん達も、ミカが来てくれて本当に嬉しいよ!」
ラスが握った手に力を込める。
私はうん、と頷き、安堵の息を吐いた。
彼も私達を探しに出たところだったらしい。
ダンさんに連れられて町の酒場に入り、そこで私を待っていた人たちと挨拶を交わす。
「こちらがさっき話したミカ。私達の新しい家族だよ」
ダンさんは弾んだ声で、私を紹介してくれた。
家族、という言葉に何とも言えない気持ちになる。くすぐったくて、嬉しくて、そして少しだけ不安な気持ち。
酒場にいた人は既婚者ばかりで、皆落ち着いた様子で挨拶してくれた。
チェインのような人がここにもいたらどうしようと不安だったけど、そんなことはなくてホッと胸を撫で下ろす。
こうして私は、近隣――といってもかなり遠いけど、に住んでる人達と顔見知りになった。
紹介された中に同年代の女性はいなかったが、遠巻きにこちらを見ている中には若い女の子がちらほらいた。
いつかお喋り出来たらいいな、と思いながら帰路につく。
家に戻った頃には、私はすっかりあの無礼な青年の存在を忘れていた。
だがラスは、しっかり覚えていたらしい。
その日の夕食の食卓で、ラスはチェインの振る舞いをベネッサさん達に言いつけた。
「父さんが紹介する前に、ミカを捕まえてマーキングしようとしたんだぞ。あいつのああいうとこ、すごく嫌いだ」
ラスが頬を膨らませて不満を訴える。
ベネッサさんとダンさんは、全く動じず、むしろ面白がっている様子だった。
「あら。この前までは『俺もチェインみたいに強くなりたいな~』って言ってたのに」
「他の男を牽制したかったんだろう。チェインらしいやり方だな」
二人の返事に焦れたのか、ラスはムッと鼻先に皺を寄せた。
「あいつの翼は確かに強いし、狩りもうまいけど、俺はあんな偉そうな男にはなりたくない」
ぷい、とそっぽを向いたラスの背中を宥めるように軽く叩き、ダンさんを見遣る。
「チェインって、ダンさんの狩り仲間なんですよね?」
「ああ、私の狩り仲間だよ。今年、26になるんだったかな。もう家を出て一人で住んでいるし、いつ番を選んでもおかしくない。ミカを見つけた時に一緒にいたから、自分には求婚の優先権があると思ってるんだろう」
ダンさんは説明し、「大丈夫だよ」と続ける。
「決めるのは、ミカだ。気に入らないのなら、断っていい」
その言葉に、私は心底安堵した。
チェインはとてもカッコよかった。容姿はもちろん、自分に自信を持っている人特有の余裕のようなものが漂っていて、それがまた彼を特別に見せていた。元の世界なら私など鼻にもひっかけてもらえなかっただろう。
それでも、チェインと一緒にいたいとは欠片も思わなかった。
できれば遠くから観賞用として眺めたい。彼の口の悪いところや強引なところは、私には脅威でしかなかった。
「私、あの人苦手です」
出会ったばかりで何も知らない相手だ、ということを加味して、控えめに言う。
「そうなの? この辺の若い子はみんなチェインに夢中なのよ。荒っぽく見えたかもしれないけど、情に厚いし、義理堅いし、悪い子じゃないわ」
ベネッサさんはチェインのことを高く買っているようだ。
そう、なのかな。
ラスを馬鹿にされてカッとしたけど、本当は良い人なんだろうか。
すっかりベネッサさんに傾倒している私の心は、あっさり手のひらを返しそうになる。
「母さん!」
ラスが余計なことを言うなとばかりに、声を上げる。
「ミカには良い縁を結んで欲しいもの。選択肢は多い方がいいでしょう?」
「あんな奴が選択肢に入ったって、いいことなんか一つもないよ」
「じゃあ、誰ならいいの」
「そ、それは……」
返答に詰まったラスを見て、ベネッサさんはからからと笑った。
「結局、誰でも嫌なのよね。でもダメよ、ラス。決めるのはミカなんだからね」
「……分かってる」
ラスは低い声で答え、私にぎゅっとしがみついてきた。
しかめっ面さえとても可愛くて、ついつい頬が緩んでしまう。
せっかく仲良くなったのに、あっさりよその人に取られると思うと嫌なんだろうな。
子どもらしい素直な独占欲にほっこりした私は、ラスの華奢な身体を優しく抱き締め返した。
それにしても――。
ダンさんとベネッサさんは、私がいつか誰かを選んで結婚すると思い込んでいる気がする。
元の世界では、結婚はするもしないも個人の自由だった。
こちらの世界では違うのだろうか。
ユーグさんの情報共有魔法はとても便利だけど、こういう細かなニュアンスの違いは説明してくれない。
もしかしたら、いつまでもここに居候してはいけないということなのかもしれない。
タリム人は、男も女も成人したら家を出るのが普通だし、この年で居候が許されているのは私が『保護されて間もないただびと』だからかもしれない。
「どうにかしなくちゃ、な……」
ベッドに入った後、天井を見上げてしばらく考える。
考え込んでみたところで自立の手段をすぐに思いつけるわけもなく、途方に暮れているうちにいつの間にか眠ってしまった。
◇◇◇
はっきりとした身の振り方を決められないまま、雨の一日がやってきた。
朝からしとしとと霧雨が降っている。
ここに落ちてきて初めての雨だ。
文字通り、本当に雨が降るんだ、と感心しながらガラス窓から見える景色に見入る。
生い茂った緑は恵みを雨を受け、つやつやと光っていた。
ダンさん一家は、雨の日でもなかなか活動的に生活しているようだった。
家にこもりきりになると聞いていたが、近隣の森のパトロールや水汲みなどは欠かしていない。
洗濯にも出かけ、家の空き部屋に干していた。
私も晴れの時と同じように手伝おうとしたが、何故かきっぱり断られた。
「ミカはだめよ。お願いだから、家でじっとしていて」
「そうだぞ、ミカ。ただびとは私達に比べて、雨に弱いんだろう? 濡れて悪い病に罹っては大変だ。東の島でただ人用の雨具を買ってくればよかったんだが、すっかり忘れてたな……」
ベネッサさんもダンさんも真剣な顔で、外出を止める。
ラスまで「俺が一緒に遊んでやるから。今度のジャンプまで外に出るのは我慢しろ。な?」と言って私の袖を掴んだ。
濡れて風邪をひいたくらいでは死なないよ、と笑い飛ばそうとして、そういえば西の島に医者はいないんだった、と思い直す。
タリム人は非常に丈夫なのだ。命に係わるような病には罹らないし、狩りの最中に大怪我を負ったとしても、家でじっと休めば傷は自然に塞がっていくという。それもみな、タリム様の加護のお陰らしい。
彼らが寿命以外で亡くなる原因は一つだけ。
女神の掟を破った時だ。
「分かりました。家でじっとしてます」
畑に植わっている野菜の葉っぱを、傘代わりにすればいいのでは? とも思ったが、どうしても外に出たいというわけでもなかったので、私は素直に頷いた。
ダンさんがホッとしたように微笑み、私の頭を撫でる。
「今から外出するけど、帰りにユーグのところへ寄ってミカが読めそうな本を借りてくるよ。少しは退屈が紛れるといいんだが」
「ありがとうございます。ユーグさんに魔術書以外でお願いしますと言って下さい」
ユーグさんの書棚のほとんどは「魔法の応用」について書かれた魔術書で埋められている。
サリム人はその『血』によって魔法を使うが、生まれつき得手不得手があるという。
ユーグさんは水魔法と風魔法が得意で、火魔法が苦手だそうだ。
火魔法を使う為には、沢山の魔術書を読んで補助する必要があるんだとか。
貴重なものなのだろうが、サリム人ではない私にとっては開くとすぐに眠くなる本でしかない。
「それだと、料理のレシピ本か薬草の煎じ方の本になるだろうな」
ダンさんがくつくつ笑いながら答えた。
「鹿や兎の捌き方の図解本も持ってるそうです」
「そうか、ミカも解体を覚えたいんだったね。じゃあ、それを借りてきてあげよう」
ダンが玄関へと出ていくのを見送って、自室に戻ろうとするとラスも一緒についてきた。
「ん? どうしたの?」
「さっき言っただろ、一緒に遊んでやるって」
真っ青な瞳が無邪気にこちらを見上げている。
ラスは決して約束を破らない。その場限りの社交辞令など、彼の辞書にはないのだ。
嬉しくなって、ぎゅっと手を握る。
柔らかな手の感触は心地よく、昨夜から頭の片隅を占めている悩みがちっぽけなものに思えてくる。
「私、ずっとここにいてもいいと思う? それとも、ある程度経ったら出て行くのが普通? お願い、本当のことを教えて」
二人きりになったのをいいことに、小声で尋ねてみる。
ラスなら、包み隠さず率直に教えてくれると思ったのだ。
ラスは、一瞬あっけに取られた後、顔を顰めた。
「誰かに何か言われたのか? ユーグ?」
「ううん、誰にも何も言われてない。ただ、気になっただけ。こっちの人はみんな成人したら、家を出るんでしょう? 私はもう25で、とっくに成人してるわけだし」
私の説明に、ラスは納得したようだった。
真剣な表情を浮かべ、私の顔を覗き込んでくる。
「それはそうだけど、ミカはただびとだ。こことはまるで違う暮らしを送ってた人だ。自分の意志とは関係なく突然こっちに落とされた時点で、俺たちはミカの自由を奪ってる。償わなきゃいけないし、そうじゃなくても俺たちはミカにここに居て欲しい」
「ラス……」
償って欲しいと思ったことは一度もない。
異世界に落とされたこと自体、単なる不運だと思っていたし、今では不運とすら思っていない。
だけど、彼らがそう考えることは理解出来た。
この世界の常識では、ただびとは女神の祝福であるのと同時に痛ましい被害者で、手厚い補償が約束されているということだ。
「迷惑? ミカはユーグみたいに、自分一人で暮らしたい? 俺たちが邪魔?」
ラスが不安に眉を曇らせ、立て続けに尋ねてくる。
「俺は、ミカと離れたくない……」
涙目でそんなことを言われたら、もうお手上げだ。
私は勢いよく首を振った。
「私もここにいたいよ。ラス達と一緒にいたい。本当にいてもいいのか、迷惑じゃないか、心配だっただけだよ」
「迷惑なわけない。俺も父さん達も、ミカが来てくれて本当に嬉しいよ!」
ラスが握った手に力を込める。
私はうん、と頷き、安堵の息を吐いた。
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