こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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三章:人付き合いは難しい

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 ダンさんとベネッサさんが家に戻ってきて、また以前と同じ生活が始まった。
 前と違うのは、そこにチェインが加わったこと。
 彼は私の「恋人関係は友達から始まるもの」という言葉を真に受けたらしく、三日に一度はふらりと家にやってくるようになった。
 
 初めは警戒心を剥き出しにしていたラスも、ベネッサさんに別室で懇々と諭されてからは、チェインを威嚇しなくなった。
 というより、チェインが来ている時は私に近づかなくなった。
 少し寂しいけど、それが普通の行動だとも思う。
 ベネッサさんは「ミカの自由を邪魔するのなら、息子でも容赦しないわよ」と朗らかに笑っていた。強い。

 チェインが遊びに来るようになってから、二回の雨が過ぎ、三回目の晴れが来た。
 その日もチェインは家に来た。
 家の中には入らず、すたすたと裏口に回ってきて、ふかし芋を潰している私の隣に立つ。鼻が利くって本当に便利だ。

「よお、ミカ。今日も元気そうだな」
「こんにちは、チェイン。お陰様で。あと、怖いから見下ろさないで」
「はいはい」

 チェインは近くにあった木製のバケツを裏返し、そこに腰掛けた。割れるんじゃないかと冷や冷やしたが、動くつもりはなさそうだ。

 彼と話すようになって分かったことは二つある。
 一つ目は、ベネッサさんが言ったようにガサツなだけで悪い人ではないこと。
 二つ目は、なかなかに諦めが悪いこと。
 普通は会う度そっけなくされたら、脈がないと諦めて去っていくものじゃないんだろうか。
 少なくとも私なら、すぐにへこんで二度と会いに行けない。

「それ、何してるんだ?」

 チェインが私の手元を覗き込む。
 
「ゆでた芋の皮を剥いてるところだよ」
「ゆでた芋? そんなの食って、旨いか?」

 不思議そうにチェインが問いかけてくる。

 私がふかし芋を潰しているのには理由がある。
 ベネッサさんと話している途中で、元の世界の料理の話題が出たのがきっかけだった。
『お芋をふかして潰したものをサラダにすると美味しいんですよね』と話したところ、ベネッサさんが大乗り気になったのだ。今まで串に刺して丸ごと焼いたものしか食べたことがないらしい。
 ポテトサラダを作るには、潰した芋と混ぜられる野菜、卵、そしてマヨネーズと塩がいる。
 マヨネーズはなかったが、ピクルスを作る為の酢があることは知っていた。
 酢と油と卵で、多分マヨネーズは作れたはず。
 私がそう言うと『すっごく楽しみだわ!』とベネッサさんは浮き浮きしていた。
 失敗する可能性が高いことは伝えたが、出来れば成功させて喜ばせたい。
 ということで、現在絶賛チャレンジ中だった。

「へえ、ぽてとさらだ、か。よく分かんねえけど、ミカが旨いっていうなら俺も食ってみてえな」
「じゃあ上手く出来たら、おすそ分けしてあげる」

 何の気なしに答える。わざわざ来たんだし、それくらいはしてもいいだろうと思ったのだ。
 チェインは一瞬喜色を浮かべたが、すぐに真顔になった。

「それ、ちゃんと意味分かって言ってんの?」
「え? なにが?」
「女が男に自分の作った食べ物をやるって、求愛行動なんだけど」
「……ええっ!?」

 木べらを握っていた手が止まる。
 目を丸くした私を見て、チェインは特大の溜息を吐いた。

「んなことだろうと思った。男は獲物を狩って好きな女に腹いっぱい食わせたいと思うし、女は料理して男を餌付けしたいと思うもんなんだよ。こっちではな」
「そうなんだ。ごめん、知らなくて。じゃあ、あげない」

 申し訳ないが、前言は撤回させて貰う。
 チェインはしかめっ面のまま、私を見つめてくる。

「……なあ、ミカ。これ、ちゃんと仲良くなってんのか? 晴れの日は話してくれるけど、雨の日は近づくなって言うし。どうすりゃ、俺と試してくれんの?」

 途方に暮れた表情に胸がつきりと痛む。
 『試す』ってことは、そこまで本気でじゃないはずと見積もっていい加減にあしらってきたけど、チェインはチェインなりに真面目に考えていたのかもしれない。

「私、多分無理だと思うって、前にも言ったよね」
「ああ、言ったな。『多分』が取れるまで諦めないって、俺は答えたはずだけど?」

 チェインの返答に、そうだった、と額を押さえたくなる。

「ごめん、じゃあ、無理だって言い直す。私以外の人を探して」

 きっぱり断るのは苦しかった。自分も少なからず傷つくからだ。
 だけど、そうやって自分を守っているうちに、時は容赦なく過ぎていく。
 チェインの時間を無駄にしてもいいとは思えない。私は、彼が嫌いじゃない。
 ただ、身体を繋げてもいいと思うほどには好きじゃないだけだ。

「無理な理由は?」

 チェインが私の顔を覗き込んでくる。
 強引なところ。ポジティブ過ぎるところ。自分に自信があるところ。
 具体的に苦手なところを並べるのはあまりにも残酷な気がして、怯んでしまう。それに今思いついた部分は、彼の長所でもあった。

「言えよ、ミカ」
「わ、分かってないからだよ」
「は?」
「チェインは、私の世界のこと何も知らないでしょ? だから無理なの。それにお試しってことは、本気で私と結婚する気がないってことだよね。私は、遊びで男の人と寝たり出来ない。以上です!」

 早口で言って、背中を向ける。
 チェインはしばらく私を見ていたが、やがて静かに立ち去って行った。
 罪悪感が胸いっぱいに広がる。
 あの断り方で本当によかったのか、分からなくて苦しくなった。
 気を紛らわそうと、ポテトサラダ作りに専念する。即席マヨネーズは上手く混ざってくれた。
 油が元の世界のものより濃いせいか、やけにこってりしたポテトサラダになったが、皆は大喜びで平らげた。

「ほんとにうまかったよ! また作ってくれる?」

 皿を洗いながら、ラスが尋ねてくる。
 家族に作る分には、求愛行動じゃないよね?

「うん、また作るね」
「……ミカ、なんか元気ない。大丈夫か?」

 澄んだ青い瞳がひたむきに見上げてくる。

「チェインに無理だってはっきり言っちゃったよ」

 誰にも言わず心にしまっておこうと思っていたのに、ぽろりと口から零れた。
 
「そっか……。後悔してる?」

 ラスが真摯な表情で尋ねる。

「断ったこと自体は後悔してないよ。でも、なんか誤魔化したみたいになって、それが胸につかえてる」

 嫌な部分を挙げるのが怖かったこと。
 チェインにはどうしようもない部分のせいにして、断ったことを説明する。
 私が話し終えるまで黙って聞いていたラスは、うーん、と唸った。

「でもそれは、ミカの世界では、そういう風に断るのが普通だったってことだよな」
「普通かどうかも、分からないんだよ。私、今まで一度も恋愛したことなくて、彼氏もいたことなかったから。情けないけど、ほんとどうしていいか分からない」
「それをそのまま言えばよかったんじゃないか?」

 ラスは静かな瞳で言った。

「チェインだって、分かったと思う。男女の仲になれないだけで、ミカがチェイン自体を否定してるんじゃないって、きっと分かったよ」
「そっか……」

 ラスの言葉が、すとん、と胸に落ちる。
 そうか。戸惑いも不安も全部言葉にして、真剣に向き合えばよかったんだ。
 今までいい加減な人付き合いしかしてこなかったせいで、そんなシンプルなことも分からなくなっていた。

「もし、次にそういう話になったら、ちゃんと言う」
「うん。大丈夫だよ、ミカ。それで向こうが怒ったら、俺が相手になってやる」
「ふふ、頼もしいねぇ」
「なんだよ、信じてないな!」
「信じてるよ!」

 いつものようにふざけ合いながら片づけを終える。
 ラスのお陰で浮上した気持ちが再びぺちゃんこになったのは、ダンさん達がジャンプに出かけた翌々日のことだった。


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