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三章:人付き合いは難しい
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盛大にびくついた私を見て、ラスは噴き出した。
彼は、私が部屋を出る前から起きた気配に気づいていたらしい。声を掛けなかったのは、驚かせたかったからだと言う。なんだよ、もう。小心者なことがバレてかなり気恥ずかしい。
私はまだ笑っているラスを捕まえ、脇をくすぐってやった。
「ごめんって! 驚く顔が見たかったんだよ!」
ラスは弁明しながらもがいたが、強く振り払いはしない。
「分かった、もう笑わないから!」
腕を叩いて降参を訴えるラスから手を離し、玄関を出る。
ラスは「頭ぐちゃぐちゃになった。後でちゃんと布巻いてよ」と文句を言いながら私の後をついてきた。
「んで? どこに行くつもり?」
「特になし。ただ、外の空気が吸いたかっただけ」
雨上がりのまだ湿った空気が鼻腔をくすぐる。
しっとりとした中にも爽やかな緑の香りが混じっていて、胸がスッとした。
地面はすっかり乾いている。
あんなに長く降り続いていたのに、不思議だ。地盤が緩んだ気配もない。霧雨みたいな降り方だったし、降水量自体は大したことないのかもしれない。
大きく伸びをして、家の周辺を見回す。
ダンさんとベネッサさんはいつ帰ってくるのかな。
彼らが帰ってくるまで、何をして待って居よう。
久しぶりに気分が高揚している。
ラスは私の顔を見上げ、「そうだ!」と瞳を瞬かせた。
「沐浴場、ミカ行ったことないだろ? そこに連れていってやろうか? 今の時間だったら誰もいないし」
「沐浴場か~。水、冷たくない? 私でも入れそう?」
「いや、あったかいぞ。ミカのお風呂と同じ感じだと思う」
あったかい沐浴場……。
頭にパッと浮かんだのは、天然の露天風呂だった。猿とか鹿とか入りにきてそうなやつ。
「ろてん……?」
「野外にあるお風呂って意味」
彼らが外の沐浴場を利用していることは知っていたが、一度も行ったことはない。
誘って貰えないし、余所者は立ち入り禁止なのかと勝手に思っていた。
「そんなことない。他のやつがいたらミカが嫌かと思って、誘わなかったんだ。ただびとは、知らない奴に肌を見られるのが嫌いなんだろ?」
「そりゃ、こんな貧弱な身体、好んで誰かに見せたいとは思わないけど、お風呂は大好きだよ。元の世界にも外のお風呂があったし、男女が同じお風呂に入るところもあったよ」
「へえ、そうなんだ。なら、もっと早く誘えばよかったな」
魔法の盥は非常に便利なんだけど、手足をのびのびと伸ばして温かいお湯につかりたい、という欲求に抗えない。日本人なんだな、とこんな時はしみじみそう思う。
「すっごく行きたい! 連れていって下さい」
「よし、決まりな。着替え取って、ここに集合」
「分かった、待ってて」
弾む足取りで自室に戻り、布袋に大判の布と着替えを詰める。
ラスの分の着替えも受け取り、同じ袋に入れた。
「準備おっけーだよ」
「おっけー、は『いい』って意味だよな。んじゃ、荷物係は頼んだ。ミカは俺に抱き着いて」
ラスが両手を差し伸べてくる。
私はいつかのように、彼に抱き抱えられた。
やがてふわりと身体が浮く。
空中ハンモックを含めれば三回目ということもあり、初回よりは怖くなかった。
それでも下は見られない。目をつぶってラスの首にしがみつく。
「大丈夫だよ、低く飛ぶから」
ラスはぽんぽんと私の背中を小さな手で軽く叩き、ばさりと翼をはためかせた。
以前よりも慣れたのか、安定してゆっくり飛んでくれている。
私はおそるおそる目を開き、眼下に広がる森に視線を落とした。
不思議と怖くない。
しっかりと回された腕を心から信頼しているからかもしれないし、一面の緑が圧倒されるほど綺麗だからかもしれない。
こんな体験、したいと願って簡単に出来るものではない。
ラスへの深い感謝が湧いてくる。
密着しているせいで、ラスの息が頬にかかる。すべすべの丸い頬に思いっきりキスしたくなった。
以前はされたけど、ラスもこんな気分だったんだろうか。
このままだと私もいつか、こんな可愛い子供が欲しくなりそうだ。
「ラス、ありがとう。大好きだよ!」
昂った気分のまま叫ぶ。
ラスは笑い、「ありがと、俺もだよ」と返してくれた。
沐浴場は、意外なくらい近かった。
家から山の方に林の上を抜けて少し飛んだところに、川が流れ込んでいる小さな池があった。小さいと言っても、10人くらいの大人が手足を伸ばせそうな広さだ。
沐浴場につくと、ラスはさっさとパンツ一枚になって池に飛び込んだ。気持ちよさそうにすい、と泳ぎ、奥へと進んでいく。
私もワンピースを脱いで近くの岩に乗せてから、慎重に足を踏み入れた。
水温はぬる過ぎず、熱すぎず、ちょうどよかった。
水は透明で綺麗だし、虫やトカゲがいるようにも見えない。
手足を伸ばして、砂利にお尻を下ろす。座ってしまうと、水位はちょうど首の下ぎりぎりまでくる感じだった。
空を見上げると、太陽がゆっくりと昇り始めているのが分かる。
光線の加減でいろいろな色に染め上げられていく空を、しばらくぼんやり眺めた。
心が大きく解放されて、空中に溶けていきそうだ。
「最高だな……」
溜息まじりに呟く。
ラスは水面に頭を突っ込んで、わしわし洗っていた。やがてぷはっ、と息を吐いて顔を出すと、私の方を見て「気に入った?」と尋ねる。
「すっごく気に入った! また来たいな」
「ミカが早起き出来たら、連れてきてやるよ」
「ラスが行く時に連れていってもらうのじゃ、ダメなの?」
「んー、俺が行く時は結構人がいるからな。こんな風にのんびり出来ないし――」
ラスはそこで言葉を切り、困ったように眉根を寄せた。
「ミカが他のやつとこうやって一緒に入ると思うと、なんか嫌だ」
自分でも理由は分からない、という顔だ。
相変わらずの独占欲に胸がくすぐったくなる。
「色んな人がいるなら、私も嫌かな。男の人がいたら、服は脱げないし」
「そうなのか? 元の世界でも男女一緒の沐浴場があった、って言ってたのに」
「元の世界にもあったけど、私は行ったことないよ。私なんか誰も見ないだろうけど、やっぱり抵抗あるし」
「へえ……ミカは恥ずかしがり屋なんだな!」
ラスの出したシンプルな結論に、思わず笑ってしまう。
「そうだね」
「俺に見られるのは、恥ずかしくないの?」
ラスがこてん、と首を傾げる。
濡れた髪のせいか、余計に美少女感が増していた。
自分の胸を見下ろし、ラスの平らな胸を見る。
羞恥心はまるで湧いてこない。
「それが、まったく恥ずかしくないんだよね。……なんでだろ。ラスも男の子なのにね」
「俺が羽化したら、恥ずかしくなるかな?」
成人すると、タリム人の外見は一気に大人びるという。
知識としては知っているが、実際にはまるで想像できない。
ラスが成人したとしても、美少女から美女に進化するだけじゃないかと思ってしまう。
それでも、変わることは沢山あるだろう。
ラスもダンさんのように狩りに出るようになり、いずれは番を見つけて独立する。
私は大人になった彼を、見送らなければならない。
上手く出来る気がしなくて、心が曇る。
身勝手なもう一人の私は「このままずっと羽化しなければいいのに」と膝を抱えた。
「……どうだろ、すぐには想像できないな」
私は笑って首を振り、「羽化するの、楽しみ?」と聞いてみた。
ラスは満面の笑みを浮かべ、勢いよく頷く。
「もちろん! これで俺も狩りに行けるんだぜ? ミカにも獲物取ってきてやるから、楽しみに待ってて」
「うん、待ってる。狩りって、ダンさんとチームを組むの?」
「いや、父さんとはチームを組めないから、俺の面倒を見てくれる人を父さんが探してる。狩りで一人前だと認められたら、ジャンプにも行ける。そしたら、この目で東の島も見られるんだ!」
目前に広がる無限の可能性に身震いするように、ラスはその翼を一度大きく広げた。
小さくあがった水しぶきに、陽光が煌めく。
どこまでも眩しい少年に、私は目を細めた。
「そっか。いいね、楽しみだね」
込み上げてくる寂寥感を無視して、明るく答える。
ラスはにっこり笑って「うん。あと一年だから、ちゃんと待っててな」と言った。
それからしばらく沐浴を楽しんだ後、私達は池からあがり、ぶるぶると体を震わせ水気を切った。
髪の毛を片側にまとめ、きつく絞って含まれたお湯を落とす。
ラスが「ミカ、巻いて」と布を差し出してきたので、短い茶色の髪を指で梳いて、ほつれを取ってから布を巻いてあげた。何回も巻いているうちに上達してきたみたいで、あっと言う間にラスの頭はいつものスタイルに変わる。
私は頭からワンピースをかぶり新しい下着に変えたが、濡れ髪から水が滴り落ちて肩と背中が濡れてしまった。
「うう、せっかくあったまったのに……。手入れするの大変だし、ラスみたいに短くしようかな」
ラスは驚いたように目を見開いた。
「ええ!? せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないよ。……ミカが切りたいのなら、止められないけどさ」
もごもごと口ごもり、上目遣いでこちらを見てくる。
「私の髪が好きなの?」
「髪だけじゃない。顔も声も、臆病なとこも優しいとこも、寂しがりなとこも、全部好きだよ」
ラスはきっぱり言った。
熱烈な口説き文句に、かあっと頬が熱くなる。
誰かにこんなにまっすぐな言葉で肯定されたのは、これが初めてだった。
舞い上がったのも束の間、私はすぐに我に返った。
10も年下の少年に年甲斐もなくときめいたことが、じわじわ恥ずかしくなってくる。
「ありがと。ラスのお嫁さんになる人は、幸せだね」
「そう思うのなら、ミカがなってくれたらいいよ」
ラスが容赦なく追撃してくる。
「私は、ラスのお姉さんだからなぁ」
私はいつもの台詞でそれを躱した。
ラスの言葉を本気に出来ないのは、彼が子どもだからだ。
子どもはいつも正直で、まっすぐで、刹那的だから。
ラスもいつか、私への気持ちは単なる物珍しさと憧れだったと知るだろう。
「……早く大人になりたい」
ラスはぽつりと零すと、気を取り直したように顔を上げた。
「そろそろ帰ろうか。父さん達も戻ってきてる頃だろうし」
そして、おいで、というように私に両手を差し伸べてくる。
しっかりとしがみついた身体は相変わらず細くて、彼の年齢を否応なく突きつけてきた。
良いお姉さんでいなくちゃな、と改めて思う。
「また、二人で来ような」
ラスの声にこくりと頷く。
その日から早朝の空中散歩と入浴は、晴れの期間の私達の習慣になった。
彼は、私が部屋を出る前から起きた気配に気づいていたらしい。声を掛けなかったのは、驚かせたかったからだと言う。なんだよ、もう。小心者なことがバレてかなり気恥ずかしい。
私はまだ笑っているラスを捕まえ、脇をくすぐってやった。
「ごめんって! 驚く顔が見たかったんだよ!」
ラスは弁明しながらもがいたが、強く振り払いはしない。
「分かった、もう笑わないから!」
腕を叩いて降参を訴えるラスから手を離し、玄関を出る。
ラスは「頭ぐちゃぐちゃになった。後でちゃんと布巻いてよ」と文句を言いながら私の後をついてきた。
「んで? どこに行くつもり?」
「特になし。ただ、外の空気が吸いたかっただけ」
雨上がりのまだ湿った空気が鼻腔をくすぐる。
しっとりとした中にも爽やかな緑の香りが混じっていて、胸がスッとした。
地面はすっかり乾いている。
あんなに長く降り続いていたのに、不思議だ。地盤が緩んだ気配もない。霧雨みたいな降り方だったし、降水量自体は大したことないのかもしれない。
大きく伸びをして、家の周辺を見回す。
ダンさんとベネッサさんはいつ帰ってくるのかな。
彼らが帰ってくるまで、何をして待って居よう。
久しぶりに気分が高揚している。
ラスは私の顔を見上げ、「そうだ!」と瞳を瞬かせた。
「沐浴場、ミカ行ったことないだろ? そこに連れていってやろうか? 今の時間だったら誰もいないし」
「沐浴場か~。水、冷たくない? 私でも入れそう?」
「いや、あったかいぞ。ミカのお風呂と同じ感じだと思う」
あったかい沐浴場……。
頭にパッと浮かんだのは、天然の露天風呂だった。猿とか鹿とか入りにきてそうなやつ。
「ろてん……?」
「野外にあるお風呂って意味」
彼らが外の沐浴場を利用していることは知っていたが、一度も行ったことはない。
誘って貰えないし、余所者は立ち入り禁止なのかと勝手に思っていた。
「そんなことない。他のやつがいたらミカが嫌かと思って、誘わなかったんだ。ただびとは、知らない奴に肌を見られるのが嫌いなんだろ?」
「そりゃ、こんな貧弱な身体、好んで誰かに見せたいとは思わないけど、お風呂は大好きだよ。元の世界にも外のお風呂があったし、男女が同じお風呂に入るところもあったよ」
「へえ、そうなんだ。なら、もっと早く誘えばよかったな」
魔法の盥は非常に便利なんだけど、手足をのびのびと伸ばして温かいお湯につかりたい、という欲求に抗えない。日本人なんだな、とこんな時はしみじみそう思う。
「すっごく行きたい! 連れていって下さい」
「よし、決まりな。着替え取って、ここに集合」
「分かった、待ってて」
弾む足取りで自室に戻り、布袋に大判の布と着替えを詰める。
ラスの分の着替えも受け取り、同じ袋に入れた。
「準備おっけーだよ」
「おっけー、は『いい』って意味だよな。んじゃ、荷物係は頼んだ。ミカは俺に抱き着いて」
ラスが両手を差し伸べてくる。
私はいつかのように、彼に抱き抱えられた。
やがてふわりと身体が浮く。
空中ハンモックを含めれば三回目ということもあり、初回よりは怖くなかった。
それでも下は見られない。目をつぶってラスの首にしがみつく。
「大丈夫だよ、低く飛ぶから」
ラスはぽんぽんと私の背中を小さな手で軽く叩き、ばさりと翼をはためかせた。
以前よりも慣れたのか、安定してゆっくり飛んでくれている。
私はおそるおそる目を開き、眼下に広がる森に視線を落とした。
不思議と怖くない。
しっかりと回された腕を心から信頼しているからかもしれないし、一面の緑が圧倒されるほど綺麗だからかもしれない。
こんな体験、したいと願って簡単に出来るものではない。
ラスへの深い感謝が湧いてくる。
密着しているせいで、ラスの息が頬にかかる。すべすべの丸い頬に思いっきりキスしたくなった。
以前はされたけど、ラスもこんな気分だったんだろうか。
このままだと私もいつか、こんな可愛い子供が欲しくなりそうだ。
「ラス、ありがとう。大好きだよ!」
昂った気分のまま叫ぶ。
ラスは笑い、「ありがと、俺もだよ」と返してくれた。
沐浴場は、意外なくらい近かった。
家から山の方に林の上を抜けて少し飛んだところに、川が流れ込んでいる小さな池があった。小さいと言っても、10人くらいの大人が手足を伸ばせそうな広さだ。
沐浴場につくと、ラスはさっさとパンツ一枚になって池に飛び込んだ。気持ちよさそうにすい、と泳ぎ、奥へと進んでいく。
私もワンピースを脱いで近くの岩に乗せてから、慎重に足を踏み入れた。
水温はぬる過ぎず、熱すぎず、ちょうどよかった。
水は透明で綺麗だし、虫やトカゲがいるようにも見えない。
手足を伸ばして、砂利にお尻を下ろす。座ってしまうと、水位はちょうど首の下ぎりぎりまでくる感じだった。
空を見上げると、太陽がゆっくりと昇り始めているのが分かる。
光線の加減でいろいろな色に染め上げられていく空を、しばらくぼんやり眺めた。
心が大きく解放されて、空中に溶けていきそうだ。
「最高だな……」
溜息まじりに呟く。
ラスは水面に頭を突っ込んで、わしわし洗っていた。やがてぷはっ、と息を吐いて顔を出すと、私の方を見て「気に入った?」と尋ねる。
「すっごく気に入った! また来たいな」
「ミカが早起き出来たら、連れてきてやるよ」
「ラスが行く時に連れていってもらうのじゃ、ダメなの?」
「んー、俺が行く時は結構人がいるからな。こんな風にのんびり出来ないし――」
ラスはそこで言葉を切り、困ったように眉根を寄せた。
「ミカが他のやつとこうやって一緒に入ると思うと、なんか嫌だ」
自分でも理由は分からない、という顔だ。
相変わらずの独占欲に胸がくすぐったくなる。
「色んな人がいるなら、私も嫌かな。男の人がいたら、服は脱げないし」
「そうなのか? 元の世界でも男女一緒の沐浴場があった、って言ってたのに」
「元の世界にもあったけど、私は行ったことないよ。私なんか誰も見ないだろうけど、やっぱり抵抗あるし」
「へえ……ミカは恥ずかしがり屋なんだな!」
ラスの出したシンプルな結論に、思わず笑ってしまう。
「そうだね」
「俺に見られるのは、恥ずかしくないの?」
ラスがこてん、と首を傾げる。
濡れた髪のせいか、余計に美少女感が増していた。
自分の胸を見下ろし、ラスの平らな胸を見る。
羞恥心はまるで湧いてこない。
「それが、まったく恥ずかしくないんだよね。……なんでだろ。ラスも男の子なのにね」
「俺が羽化したら、恥ずかしくなるかな?」
成人すると、タリム人の外見は一気に大人びるという。
知識としては知っているが、実際にはまるで想像できない。
ラスが成人したとしても、美少女から美女に進化するだけじゃないかと思ってしまう。
それでも、変わることは沢山あるだろう。
ラスもダンさんのように狩りに出るようになり、いずれは番を見つけて独立する。
私は大人になった彼を、見送らなければならない。
上手く出来る気がしなくて、心が曇る。
身勝手なもう一人の私は「このままずっと羽化しなければいいのに」と膝を抱えた。
「……どうだろ、すぐには想像できないな」
私は笑って首を振り、「羽化するの、楽しみ?」と聞いてみた。
ラスは満面の笑みを浮かべ、勢いよく頷く。
「もちろん! これで俺も狩りに行けるんだぜ? ミカにも獲物取ってきてやるから、楽しみに待ってて」
「うん、待ってる。狩りって、ダンさんとチームを組むの?」
「いや、父さんとはチームを組めないから、俺の面倒を見てくれる人を父さんが探してる。狩りで一人前だと認められたら、ジャンプにも行ける。そしたら、この目で東の島も見られるんだ!」
目前に広がる無限の可能性に身震いするように、ラスはその翼を一度大きく広げた。
小さくあがった水しぶきに、陽光が煌めく。
どこまでも眩しい少年に、私は目を細めた。
「そっか。いいね、楽しみだね」
込み上げてくる寂寥感を無視して、明るく答える。
ラスはにっこり笑って「うん。あと一年だから、ちゃんと待っててな」と言った。
それからしばらく沐浴を楽しんだ後、私達は池からあがり、ぶるぶると体を震わせ水気を切った。
髪の毛を片側にまとめ、きつく絞って含まれたお湯を落とす。
ラスが「ミカ、巻いて」と布を差し出してきたので、短い茶色の髪を指で梳いて、ほつれを取ってから布を巻いてあげた。何回も巻いているうちに上達してきたみたいで、あっと言う間にラスの頭はいつものスタイルに変わる。
私は頭からワンピースをかぶり新しい下着に変えたが、濡れ髪から水が滴り落ちて肩と背中が濡れてしまった。
「うう、せっかくあったまったのに……。手入れするの大変だし、ラスみたいに短くしようかな」
ラスは驚いたように目を見開いた。
「ええ!? せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないよ。……ミカが切りたいのなら、止められないけどさ」
もごもごと口ごもり、上目遣いでこちらを見てくる。
「私の髪が好きなの?」
「髪だけじゃない。顔も声も、臆病なとこも優しいとこも、寂しがりなとこも、全部好きだよ」
ラスはきっぱり言った。
熱烈な口説き文句に、かあっと頬が熱くなる。
誰かにこんなにまっすぐな言葉で肯定されたのは、これが初めてだった。
舞い上がったのも束の間、私はすぐに我に返った。
10も年下の少年に年甲斐もなくときめいたことが、じわじわ恥ずかしくなってくる。
「ありがと。ラスのお嫁さんになる人は、幸せだね」
「そう思うのなら、ミカがなってくれたらいいよ」
ラスが容赦なく追撃してくる。
「私は、ラスのお姉さんだからなぁ」
私はいつもの台詞でそれを躱した。
ラスの言葉を本気に出来ないのは、彼が子どもだからだ。
子どもはいつも正直で、まっすぐで、刹那的だから。
ラスもいつか、私への気持ちは単なる物珍しさと憧れだったと知るだろう。
「……早く大人になりたい」
ラスはぽつりと零すと、気を取り直したように顔を上げた。
「そろそろ帰ろうか。父さん達も戻ってきてる頃だろうし」
そして、おいで、というように私に両手を差し伸べてくる。
しっかりとしがみついた身体は相変わらず細くて、彼の年齢を否応なく突きつけてきた。
良いお姉さんでいなくちゃな、と改めて思う。
「また、二人で来ような」
ラスの声にこくりと頷く。
その日から早朝の空中散歩と入浴は、晴れの期間の私達の習慣になった。
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