22 / 54
三章:人付き合いは難しい
22
しおりを挟む
盛大にびくついた私を見て、ラスは噴き出した。
彼は、私が部屋を出る前から起きた気配に気づいていたらしい。声を掛けなかったのは、驚かせたかったからだと言う。なんだよ、もう。小心者なことがバレてかなり気恥ずかしい。
私はまだ笑っているラスを捕まえ、脇をくすぐってやった。
「ごめんって! 驚く顔が見たかったんだよ!」
ラスは弁明しながらもがいたが、強く振り払いはしない。
「分かった、もう笑わないから!」
腕を叩いて降参を訴えるラスから手を離し、玄関を出る。
ラスは「頭ぐちゃぐちゃになった。後でちゃんと布巻いてよ」と文句を言いながら私の後をついてきた。
「んで? どこに行くつもり?」
「特になし。ただ、外の空気が吸いたかっただけ」
雨上がりのまだ湿った空気が鼻腔をくすぐる。
しっとりとした中にも爽やかな緑の香りが混じっていて、胸がスッとした。
地面はすっかり乾いている。
あんなに長く降り続いていたのに、不思議だ。地盤が緩んだ気配もない。霧雨みたいな降り方だったし、降水量自体は大したことないのかもしれない。
大きく伸びをして、家の周辺を見回す。
ダンさんとベネッサさんはいつ帰ってくるのかな。
彼らが帰ってくるまで、何をして待って居よう。
久しぶりに気分が高揚している。
ラスは私の顔を見上げ、「そうだ!」と瞳を瞬かせた。
「沐浴場、ミカ行ったことないだろ? そこに連れていってやろうか? 今の時間だったら誰もいないし」
「沐浴場か~。水、冷たくない? 私でも入れそう?」
「いや、あったかいぞ。ミカのお風呂と同じ感じだと思う」
あったかい沐浴場……。
頭にパッと浮かんだのは、天然の露天風呂だった。猿とか鹿とか入りにきてそうなやつ。
「ろてん……?」
「野外にあるお風呂って意味」
彼らが外の沐浴場を利用していることは知っていたが、一度も行ったことはない。
誘って貰えないし、余所者は立ち入り禁止なのかと勝手に思っていた。
「そんなことない。他のやつがいたらミカが嫌かと思って、誘わなかったんだ。ただびとは、知らない奴に肌を見られるのが嫌いなんだろ?」
「そりゃ、こんな貧弱な身体、好んで誰かに見せたいとは思わないけど、お風呂は大好きだよ。元の世界にも外のお風呂があったし、男女が同じお風呂に入るところもあったよ」
「へえ、そうなんだ。なら、もっと早く誘えばよかったな」
魔法の盥は非常に便利なんだけど、手足をのびのびと伸ばして温かいお湯につかりたい、という欲求に抗えない。日本人なんだな、とこんな時はしみじみそう思う。
「すっごく行きたい! 連れていって下さい」
「よし、決まりな。着替え取って、ここに集合」
「分かった、待ってて」
弾む足取りで自室に戻り、布袋に大判の布と着替えを詰める。
ラスの分の着替えも受け取り、同じ袋に入れた。
「準備おっけーだよ」
「おっけー、は『いい』って意味だよな。んじゃ、荷物係は頼んだ。ミカは俺に抱き着いて」
ラスが両手を差し伸べてくる。
私はいつかのように、彼に抱き抱えられた。
やがてふわりと身体が浮く。
空中ハンモックを含めれば三回目ということもあり、初回よりは怖くなかった。
それでも下は見られない。目をつぶってラスの首にしがみつく。
「大丈夫だよ、低く飛ぶから」
ラスはぽんぽんと私の背中を小さな手で軽く叩き、ばさりと翼をはためかせた。
以前よりも慣れたのか、安定してゆっくり飛んでくれている。
私はおそるおそる目を開き、眼下に広がる森に視線を落とした。
不思議と怖くない。
しっかりと回された腕を心から信頼しているからかもしれないし、一面の緑が圧倒されるほど綺麗だからかもしれない。
こんな体験、したいと願って簡単に出来るものではない。
ラスへの深い感謝が湧いてくる。
密着しているせいで、ラスの息が頬にかかる。すべすべの丸い頬に思いっきりキスしたくなった。
以前はされたけど、ラスもこんな気分だったんだろうか。
このままだと私もいつか、こんな可愛い子供が欲しくなりそうだ。
「ラス、ありがとう。大好きだよ!」
昂った気分のまま叫ぶ。
ラスは笑い、「ありがと、俺もだよ」と返してくれた。
沐浴場は、意外なくらい近かった。
家から山の方に林の上を抜けて少し飛んだところに、川が流れ込んでいる小さな池があった。小さいと言っても、10人くらいの大人が手足を伸ばせそうな広さだ。
沐浴場につくと、ラスはさっさとパンツ一枚になって池に飛び込んだ。気持ちよさそうにすい、と泳ぎ、奥へと進んでいく。
私もワンピースを脱いで近くの岩に乗せてから、慎重に足を踏み入れた。
水温はぬる過ぎず、熱すぎず、ちょうどよかった。
水は透明で綺麗だし、虫やトカゲがいるようにも見えない。
手足を伸ばして、砂利にお尻を下ろす。座ってしまうと、水位はちょうど首の下ぎりぎりまでくる感じだった。
空を見上げると、太陽がゆっくりと昇り始めているのが分かる。
光線の加減でいろいろな色に染め上げられていく空を、しばらくぼんやり眺めた。
心が大きく解放されて、空中に溶けていきそうだ。
「最高だな……」
溜息まじりに呟く。
ラスは水面に頭を突っ込んで、わしわし洗っていた。やがてぷはっ、と息を吐いて顔を出すと、私の方を見て「気に入った?」と尋ねる。
「すっごく気に入った! また来たいな」
「ミカが早起き出来たら、連れてきてやるよ」
「ラスが行く時に連れていってもらうのじゃ、ダメなの?」
「んー、俺が行く時は結構人がいるからな。こんな風にのんびり出来ないし――」
ラスはそこで言葉を切り、困ったように眉根を寄せた。
「ミカが他のやつとこうやって一緒に入ると思うと、なんか嫌だ」
自分でも理由は分からない、という顔だ。
相変わらずの独占欲に胸がくすぐったくなる。
「色んな人がいるなら、私も嫌かな。男の人がいたら、服は脱げないし」
「そうなのか? 元の世界でも男女一緒の沐浴場があった、って言ってたのに」
「元の世界にもあったけど、私は行ったことないよ。私なんか誰も見ないだろうけど、やっぱり抵抗あるし」
「へえ……ミカは恥ずかしがり屋なんだな!」
ラスの出したシンプルな結論に、思わず笑ってしまう。
「そうだね」
「俺に見られるのは、恥ずかしくないの?」
ラスがこてん、と首を傾げる。
濡れた髪のせいか、余計に美少女感が増していた。
自分の胸を見下ろし、ラスの平らな胸を見る。
羞恥心はまるで湧いてこない。
「それが、まったく恥ずかしくないんだよね。……なんでだろ。ラスも男の子なのにね」
「俺が羽化したら、恥ずかしくなるかな?」
成人すると、タリム人の外見は一気に大人びるという。
知識としては知っているが、実際にはまるで想像できない。
ラスが成人したとしても、美少女から美女に進化するだけじゃないかと思ってしまう。
それでも、変わることは沢山あるだろう。
ラスもダンさんのように狩りに出るようになり、いずれは番を見つけて独立する。
私は大人になった彼を、見送らなければならない。
上手く出来る気がしなくて、心が曇る。
身勝手なもう一人の私は「このままずっと羽化しなければいいのに」と膝を抱えた。
「……どうだろ、すぐには想像できないな」
私は笑って首を振り、「羽化するの、楽しみ?」と聞いてみた。
ラスは満面の笑みを浮かべ、勢いよく頷く。
「もちろん! これで俺も狩りに行けるんだぜ? ミカにも獲物取ってきてやるから、楽しみに待ってて」
「うん、待ってる。狩りって、ダンさんとチームを組むの?」
「いや、父さんとはチームを組めないから、俺の面倒を見てくれる人を父さんが探してる。狩りで一人前だと認められたら、ジャンプにも行ける。そしたら、この目で東の島も見られるんだ!」
目前に広がる無限の可能性に身震いするように、ラスはその翼を一度大きく広げた。
小さくあがった水しぶきに、陽光が煌めく。
どこまでも眩しい少年に、私は目を細めた。
「そっか。いいね、楽しみだね」
込み上げてくる寂寥感を無視して、明るく答える。
ラスはにっこり笑って「うん。あと一年だから、ちゃんと待っててな」と言った。
それからしばらく沐浴を楽しんだ後、私達は池からあがり、ぶるぶると体を震わせ水気を切った。
髪の毛を片側にまとめ、きつく絞って含まれたお湯を落とす。
ラスが「ミカ、巻いて」と布を差し出してきたので、短い茶色の髪を指で梳いて、ほつれを取ってから布を巻いてあげた。何回も巻いているうちに上達してきたみたいで、あっと言う間にラスの頭はいつものスタイルに変わる。
私は頭からワンピースをかぶり新しい下着に変えたが、濡れ髪から水が滴り落ちて肩と背中が濡れてしまった。
「うう、せっかくあったまったのに……。手入れするの大変だし、ラスみたいに短くしようかな」
ラスは驚いたように目を見開いた。
「ええ!? せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないよ。……ミカが切りたいのなら、止められないけどさ」
もごもごと口ごもり、上目遣いでこちらを見てくる。
「私の髪が好きなの?」
「髪だけじゃない。顔も声も、臆病なとこも優しいとこも、寂しがりなとこも、全部好きだよ」
ラスはきっぱり言った。
熱烈な口説き文句に、かあっと頬が熱くなる。
誰かにこんなにまっすぐな言葉で肯定されたのは、これが初めてだった。
舞い上がったのも束の間、私はすぐに我に返った。
10も年下の少年に年甲斐もなくときめいたことが、じわじわ恥ずかしくなってくる。
「ありがと。ラスのお嫁さんになる人は、幸せだね」
「そう思うのなら、ミカがなってくれたらいいよ」
ラスが容赦なく追撃してくる。
「私は、ラスのお姉さんだからなぁ」
私はいつもの台詞でそれを躱した。
ラスの言葉を本気に出来ないのは、彼が子どもだからだ。
子どもはいつも正直で、まっすぐで、刹那的だから。
ラスもいつか、私への気持ちは単なる物珍しさと憧れだったと知るだろう。
「……早く大人になりたい」
ラスはぽつりと零すと、気を取り直したように顔を上げた。
「そろそろ帰ろうか。父さん達も戻ってきてる頃だろうし」
そして、おいで、というように私に両手を差し伸べてくる。
しっかりとしがみついた身体は相変わらず細くて、彼の年齢を否応なく突きつけてきた。
良いお姉さんでいなくちゃな、と改めて思う。
「また、二人で来ような」
ラスの声にこくりと頷く。
その日から早朝の空中散歩と入浴は、晴れの期間の私達の習慣になった。
彼は、私が部屋を出る前から起きた気配に気づいていたらしい。声を掛けなかったのは、驚かせたかったからだと言う。なんだよ、もう。小心者なことがバレてかなり気恥ずかしい。
私はまだ笑っているラスを捕まえ、脇をくすぐってやった。
「ごめんって! 驚く顔が見たかったんだよ!」
ラスは弁明しながらもがいたが、強く振り払いはしない。
「分かった、もう笑わないから!」
腕を叩いて降参を訴えるラスから手を離し、玄関を出る。
ラスは「頭ぐちゃぐちゃになった。後でちゃんと布巻いてよ」と文句を言いながら私の後をついてきた。
「んで? どこに行くつもり?」
「特になし。ただ、外の空気が吸いたかっただけ」
雨上がりのまだ湿った空気が鼻腔をくすぐる。
しっとりとした中にも爽やかな緑の香りが混じっていて、胸がスッとした。
地面はすっかり乾いている。
あんなに長く降り続いていたのに、不思議だ。地盤が緩んだ気配もない。霧雨みたいな降り方だったし、降水量自体は大したことないのかもしれない。
大きく伸びをして、家の周辺を見回す。
ダンさんとベネッサさんはいつ帰ってくるのかな。
彼らが帰ってくるまで、何をして待って居よう。
久しぶりに気分が高揚している。
ラスは私の顔を見上げ、「そうだ!」と瞳を瞬かせた。
「沐浴場、ミカ行ったことないだろ? そこに連れていってやろうか? 今の時間だったら誰もいないし」
「沐浴場か~。水、冷たくない? 私でも入れそう?」
「いや、あったかいぞ。ミカのお風呂と同じ感じだと思う」
あったかい沐浴場……。
頭にパッと浮かんだのは、天然の露天風呂だった。猿とか鹿とか入りにきてそうなやつ。
「ろてん……?」
「野外にあるお風呂って意味」
彼らが外の沐浴場を利用していることは知っていたが、一度も行ったことはない。
誘って貰えないし、余所者は立ち入り禁止なのかと勝手に思っていた。
「そんなことない。他のやつがいたらミカが嫌かと思って、誘わなかったんだ。ただびとは、知らない奴に肌を見られるのが嫌いなんだろ?」
「そりゃ、こんな貧弱な身体、好んで誰かに見せたいとは思わないけど、お風呂は大好きだよ。元の世界にも外のお風呂があったし、男女が同じお風呂に入るところもあったよ」
「へえ、そうなんだ。なら、もっと早く誘えばよかったな」
魔法の盥は非常に便利なんだけど、手足をのびのびと伸ばして温かいお湯につかりたい、という欲求に抗えない。日本人なんだな、とこんな時はしみじみそう思う。
「すっごく行きたい! 連れていって下さい」
「よし、決まりな。着替え取って、ここに集合」
「分かった、待ってて」
弾む足取りで自室に戻り、布袋に大判の布と着替えを詰める。
ラスの分の着替えも受け取り、同じ袋に入れた。
「準備おっけーだよ」
「おっけー、は『いい』って意味だよな。んじゃ、荷物係は頼んだ。ミカは俺に抱き着いて」
ラスが両手を差し伸べてくる。
私はいつかのように、彼に抱き抱えられた。
やがてふわりと身体が浮く。
空中ハンモックを含めれば三回目ということもあり、初回よりは怖くなかった。
それでも下は見られない。目をつぶってラスの首にしがみつく。
「大丈夫だよ、低く飛ぶから」
ラスはぽんぽんと私の背中を小さな手で軽く叩き、ばさりと翼をはためかせた。
以前よりも慣れたのか、安定してゆっくり飛んでくれている。
私はおそるおそる目を開き、眼下に広がる森に視線を落とした。
不思議と怖くない。
しっかりと回された腕を心から信頼しているからかもしれないし、一面の緑が圧倒されるほど綺麗だからかもしれない。
こんな体験、したいと願って簡単に出来るものではない。
ラスへの深い感謝が湧いてくる。
密着しているせいで、ラスの息が頬にかかる。すべすべの丸い頬に思いっきりキスしたくなった。
以前はされたけど、ラスもこんな気分だったんだろうか。
このままだと私もいつか、こんな可愛い子供が欲しくなりそうだ。
「ラス、ありがとう。大好きだよ!」
昂った気分のまま叫ぶ。
ラスは笑い、「ありがと、俺もだよ」と返してくれた。
沐浴場は、意外なくらい近かった。
家から山の方に林の上を抜けて少し飛んだところに、川が流れ込んでいる小さな池があった。小さいと言っても、10人くらいの大人が手足を伸ばせそうな広さだ。
沐浴場につくと、ラスはさっさとパンツ一枚になって池に飛び込んだ。気持ちよさそうにすい、と泳ぎ、奥へと進んでいく。
私もワンピースを脱いで近くの岩に乗せてから、慎重に足を踏み入れた。
水温はぬる過ぎず、熱すぎず、ちょうどよかった。
水は透明で綺麗だし、虫やトカゲがいるようにも見えない。
手足を伸ばして、砂利にお尻を下ろす。座ってしまうと、水位はちょうど首の下ぎりぎりまでくる感じだった。
空を見上げると、太陽がゆっくりと昇り始めているのが分かる。
光線の加減でいろいろな色に染め上げられていく空を、しばらくぼんやり眺めた。
心が大きく解放されて、空中に溶けていきそうだ。
「最高だな……」
溜息まじりに呟く。
ラスは水面に頭を突っ込んで、わしわし洗っていた。やがてぷはっ、と息を吐いて顔を出すと、私の方を見て「気に入った?」と尋ねる。
「すっごく気に入った! また来たいな」
「ミカが早起き出来たら、連れてきてやるよ」
「ラスが行く時に連れていってもらうのじゃ、ダメなの?」
「んー、俺が行く時は結構人がいるからな。こんな風にのんびり出来ないし――」
ラスはそこで言葉を切り、困ったように眉根を寄せた。
「ミカが他のやつとこうやって一緒に入ると思うと、なんか嫌だ」
自分でも理由は分からない、という顔だ。
相変わらずの独占欲に胸がくすぐったくなる。
「色んな人がいるなら、私も嫌かな。男の人がいたら、服は脱げないし」
「そうなのか? 元の世界でも男女一緒の沐浴場があった、って言ってたのに」
「元の世界にもあったけど、私は行ったことないよ。私なんか誰も見ないだろうけど、やっぱり抵抗あるし」
「へえ……ミカは恥ずかしがり屋なんだな!」
ラスの出したシンプルな結論に、思わず笑ってしまう。
「そうだね」
「俺に見られるのは、恥ずかしくないの?」
ラスがこてん、と首を傾げる。
濡れた髪のせいか、余計に美少女感が増していた。
自分の胸を見下ろし、ラスの平らな胸を見る。
羞恥心はまるで湧いてこない。
「それが、まったく恥ずかしくないんだよね。……なんでだろ。ラスも男の子なのにね」
「俺が羽化したら、恥ずかしくなるかな?」
成人すると、タリム人の外見は一気に大人びるという。
知識としては知っているが、実際にはまるで想像できない。
ラスが成人したとしても、美少女から美女に進化するだけじゃないかと思ってしまう。
それでも、変わることは沢山あるだろう。
ラスもダンさんのように狩りに出るようになり、いずれは番を見つけて独立する。
私は大人になった彼を、見送らなければならない。
上手く出来る気がしなくて、心が曇る。
身勝手なもう一人の私は「このままずっと羽化しなければいいのに」と膝を抱えた。
「……どうだろ、すぐには想像できないな」
私は笑って首を振り、「羽化するの、楽しみ?」と聞いてみた。
ラスは満面の笑みを浮かべ、勢いよく頷く。
「もちろん! これで俺も狩りに行けるんだぜ? ミカにも獲物取ってきてやるから、楽しみに待ってて」
「うん、待ってる。狩りって、ダンさんとチームを組むの?」
「いや、父さんとはチームを組めないから、俺の面倒を見てくれる人を父さんが探してる。狩りで一人前だと認められたら、ジャンプにも行ける。そしたら、この目で東の島も見られるんだ!」
目前に広がる無限の可能性に身震いするように、ラスはその翼を一度大きく広げた。
小さくあがった水しぶきに、陽光が煌めく。
どこまでも眩しい少年に、私は目を細めた。
「そっか。いいね、楽しみだね」
込み上げてくる寂寥感を無視して、明るく答える。
ラスはにっこり笑って「うん。あと一年だから、ちゃんと待っててな」と言った。
それからしばらく沐浴を楽しんだ後、私達は池からあがり、ぶるぶると体を震わせ水気を切った。
髪の毛を片側にまとめ、きつく絞って含まれたお湯を落とす。
ラスが「ミカ、巻いて」と布を差し出してきたので、短い茶色の髪を指で梳いて、ほつれを取ってから布を巻いてあげた。何回も巻いているうちに上達してきたみたいで、あっと言う間にラスの頭はいつものスタイルに変わる。
私は頭からワンピースをかぶり新しい下着に変えたが、濡れ髪から水が滴り落ちて肩と背中が濡れてしまった。
「うう、せっかくあったまったのに……。手入れするの大変だし、ラスみたいに短くしようかな」
ラスは驚いたように目を見開いた。
「ええ!? せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないよ。……ミカが切りたいのなら、止められないけどさ」
もごもごと口ごもり、上目遣いでこちらを見てくる。
「私の髪が好きなの?」
「髪だけじゃない。顔も声も、臆病なとこも優しいとこも、寂しがりなとこも、全部好きだよ」
ラスはきっぱり言った。
熱烈な口説き文句に、かあっと頬が熱くなる。
誰かにこんなにまっすぐな言葉で肯定されたのは、これが初めてだった。
舞い上がったのも束の間、私はすぐに我に返った。
10も年下の少年に年甲斐もなくときめいたことが、じわじわ恥ずかしくなってくる。
「ありがと。ラスのお嫁さんになる人は、幸せだね」
「そう思うのなら、ミカがなってくれたらいいよ」
ラスが容赦なく追撃してくる。
「私は、ラスのお姉さんだからなぁ」
私はいつもの台詞でそれを躱した。
ラスの言葉を本気に出来ないのは、彼が子どもだからだ。
子どもはいつも正直で、まっすぐで、刹那的だから。
ラスもいつか、私への気持ちは単なる物珍しさと憧れだったと知るだろう。
「……早く大人になりたい」
ラスはぽつりと零すと、気を取り直したように顔を上げた。
「そろそろ帰ろうか。父さん達も戻ってきてる頃だろうし」
そして、おいで、というように私に両手を差し伸べてくる。
しっかりとしがみついた身体は相変わらず細くて、彼の年齢を否応なく突きつけてきた。
良いお姉さんでいなくちゃな、と改めて思う。
「また、二人で来ような」
ラスの声にこくりと頷く。
その日から早朝の空中散歩と入浴は、晴れの期間の私達の習慣になった。
0
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる