こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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四章:大人になったラスと真実を知った私

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 この世界に落ちてきて、5年が経った。
 多分、5年だ。スローライフを満喫しているせいか時の感覚が鈍くなってしまっているが、ラスが羽化して4年だというのだから間違いない。

 タリム人は、誕生日を祝わない。自分が産まれた日を忘れている人もいるらしい。
 彼らが特別視するのは、自分が羽化した日だ。
 うちでも誰かの羽化記念日は、食卓が少し豪華になる。
 その日は、ラスの4度目の羽化記念日だった。
 いつもの昼食メニューに、炙りたての厚切り肉と果物のデザートがついてくる。
 ラスは嬉しさを隠せない様子で席につき、皆の祝福を受けた。

「もう二十歳か! そっか~。成人おめでとう、だね」

 感慨に耽る私を見て、ラスが不思議そうに瞳を瞬かせる。

「俺はとっくに成人してるけど……」
「ああ、ごめん。元の世界では二十歳が区切りだったの。それで、つい」
「へえ、かなり遅いんだな」

 ベネッサさんは「そんなに長く子どもの世話をしなきゃいけないなんて、ミカの世界の親は大変ね」としみじみ零した。22過ぎまで親の臑をかじるのが普通だ、とはとても言えず、「そうだよね」と相槌を打つ。

「じゃあ、ミカから見ても俺はちゃんと大人になったってこと?」

 ラスは悪戯っぽく微笑み、確認した。
 今の彼からは、出会った頃の幼さはすっかり消えている。
 ダンさんのようにチームで狩りに出掛けるようになったし、言動だってすっかり大人になった。
 私ももう、ラスを子どもだとは思えなくなっている。

「そうだね。前も頼もしかったけど、今はもっとだし」
「そっか! ミカに認めて貰えるの、すごく嬉しい」

 ラスの顔が途端に明るくなる。
 こういう素直なところは、全く変わっていない。
 彼が羽化する前は遠い存在になってしまうんじゃないかと危惧したものだけど、蓋を開けてみれば全くそんなことはなかった。
 狩りやジャンプで留守にすることはあっても、それ以外の時間は常に私の傍にいるのだ。
 出先から帰ってくる度、彼は真っ先に私に会いに来る。『ミカ、ただいま!』――私の大好きな声でそう言って駆けてくる。
 ラスなしの生活を想像するのは、とても難しくなっていた。

「そういえば、チェインがこの前の雨に結婚したそうだよ」

 ダンさんが思い出した、というように話し始める。

「そうなの? おめでたいわね~。相手は誰?」
「グレンのとこのハンナだよ。新居はチェダーの森の南に構えるそうだ」
「いいところじゃない! ハンナも良い子だし、よかったわね~」

 嬉しそうに話すダンさんとベネッサさんに、私の頬も緩む。
 チェインとはたまに町で立ち話をするくらいだけど、今度見かけたら私もおめでとうを言おう。
 それにハンナさんなら、私も知っている。
 さっぱりした気性のグラマラスな美女で、私の組紐のお得意様でもある。ちなみに、チェインと私のあれこれを全て知った上でとても親切にしてくれる人だ。お祝いに夫婦お揃いの髪紐を編んであげるのもいいかもしれない。

「ミカはどうなの? まだ惹かれる相手は現れない?」

 ベネッサさんが純粋にただ知りたい! という顔で尋ねてくる。

「うん。それに、私はこのまま独身でもいいかな、って」
「こんなに若くて美人なのに、もったいないわね~」

 ベネッサさんの残念そうな言い方がおかしくて、私はくすくす笑った。

「もう30だよ? 全然若くないし、もったいなくないよ」
「30には全く見えないわ。というより、出会った頃と全然変わらない。ただびとは歳を取る速度が遅いって聞くけど、本当なのね」

 ベネッサさんのその言葉に、私は強いひっかかりを覚えた。

「私、そんなに変わってない?」

 ユーグの情報共有魔法は、ただびとについての情報を一切開示していない。
 歳を取る速度が遅いという話も初耳だった。
 だがそれより、自分の見た目が全く変わっていないと言われたことの方が気になる。

 ――『君に言ってないことは、実はいくつもある。そのことで、きっといつか君は私を憎むだろう。それでもこうするのが一番いい、と私は決めてしまった。その責任は負うつもりだよ』
 昔ユーグに言われた言葉が、突然脳裏に蘇った。
 正体不明の不安感がひたひたと押し寄せてくる。

 頬を強張らせた私を見て、ベネッサさんは戸惑ったようだ。
 ダンさんとラスを見遣り「私がそう思うだけかしら?」と尋ねる。

「いや、ミカは全然変わってないよ。俺にもまだ二十歳過ぎくらいに見える」

 ラスはきっぱり答え、彼なりの見解を付け加えた。

「ミカの世界とこっちじゃ1年の日数が違うからじゃないのか? こっちは300日だけど、ミカの世界は365日あるんだろ?」
「それはそうだけど……」

 一年で65日の差が生まれる分、加齢が遅くなるのだろうか。
 その計算にしたって、私はもう29歳だ。
 確実に4年分は歳を取っているのに、全く外見が変わらない、なんてことがある?

「ユーグに聞いてみたらどうだろう」

 気づけばダンさんも真面目な表情を浮かべていた。

「ユーグに?」
「ああ。実は私も気になっていることがあるんだ。……ミカがまだここへ来たばかりの頃、私達がミカに番を探して欲しいと頼んだことを覚えてるかい?」

 唐突なその質問に、私はこくりと頷いた。
 そういえば、そうだった。
 タリム人が無理なら、東の島に連れて行ってもいい、とまで彼は言っていた。
 そんなダンさんが、私の結婚について何も言わなくなったのは、いつからだっただろう?

「ただびとの生存率が低いことは、最初に聞いたと思う。異文化に馴染めないとか、離れ離れになった家族を恋しがってとか、そういう理由で生きる気力を無くしてしまう子ももちろんいる。でも一番の理由は他にあるんだ。そのせいで、半数以上のただびとが最初の一年を生き延びられない」

 ラスが驚いたように息を呑む。
 私はダンさんの一言一句を聞き漏らすまいと、懸命に耳を傾けた。
 
「私も東の島で聞いたことしか知らない。実際にただびとに会ったのはミカが初めてだ。だから、これは正確な情報じゃないかもしれない」

 ダンさんはそう前置きし、再び口を開く。

「落ちてきたのが雨ならば、その雨の時期のうちに。晴れならば、その晴れの時期のうちに、ただびとの女性がこちらの男と番わなければ、そのただびとは例外なく不治の病に倒れるという話だ」

 賑やかだった食卓が、シンと静まりかえる。
 ベネッサさんを見ると、痛ましそうな顔で俯いていた。

 ……ああ、だからなのか。
 彼らが私に番を見つけて欲しいとあれほど強く望んだのは、私が死ぬんじゃないかと不安だったから。
 早く自立して欲しいという意図はまるでなかったんだ、と改めて悟った。
 
 同時に、深い絶望を覚える。
 ユーグが私に隠し続けていたのは、きっとこのことだ。
 私は西の島へ落ちたのは、晴れの半ばだった。番なんて見つけられる精神状態じゃなかったし、もし誰かと引き合わされたとしても、私の意思を無視してその人が私を抱くことはあり得ない。何より自由を尊重するタリム人には、不可能だ。
 私は、どれだけもしないうちに死ぬ運命だった。

 だけど、実際はこうして生き延びている。
 ただびとの半数以上が罹るという不治の病を免れたのは、何故?
 ……私の外見が全く変わっていないのは、何故?

 答えはおそらく、

 この予想が当たっていれば、私は彼の予言通り、ユーグを激しく憎むだろう。
 どうか、違いますように。
 どうか、外れていますように。
 心の中で強く念じ、きつく目を閉じる。
 
「それ、ただの噂なんじゃないのか?」

 最初の衝撃から立ち直ったラスは、疑わしそうな声で言った。

「ミカは誰とも番ってないけど、こうして元気に生きてる。不治の病になんか罹ってない」
「そうだね。でも、それが東では定説なんだよ。実際に保護したただびとを亡くした人もいる。もしかしたら、西に落ちた子は違うのかもしれない。その辺りの事情を、ユーグなら知ってるんじゃないかと思う」

 ダンさんが落ち着いた口調でそう返す。
 
「――ミカ、大丈夫? 顔色が悪いわ」

 ベネッサさんの心配そうな声に、ようやく目を開く。
 大丈夫だと笑って安心させてあげられる余裕は、どこにもなかった。

「私、ユーグに会ってくる。ごめんね、せっかくお祝いしてたのに」

 何とか絞り出した声が、ひどく頼りなく響く。

「俺も行く。同席されたくないなら、外で待ってる」

 すかさずラスが申し出てくれたが、私は首を振った。

「ごめん、一人で行きたい。一人で考える時間が欲しいの」
「ミカ……」

 ラスはきつく拳を握り込んだ後、「分かった」と引き下がった。



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