こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

文字の大きさ
32 / 54
四章:大人になったラスと真実を知った私

閑話~衝動(ラス視点)

しおりを挟む
 成人して二年が経ち、俺は18になった。

 ようやくチームでの狩りが許され、誇らしい気持ちになる。
 それまでも小さな獲物は狩ったことがあったが、鳥型になった俺の10倍近く大きいエレドや、鋭い牙が高値で取引されるモンパなんかは、とても一人では仕留められない。
 奴らは山の奥深くにしか生息していないので、そこまで飛んで行って、群れから離れたところを狙う。
 肉はチームで所有する山小屋でさばいて食用にし、毛皮や牙は渡り日ミュシカ用に加工するのだ。

 俺は父さんの口利きで、タジのチームに入れて貰えることになった。
 タジも今までは他のリーダーの下にいたのだが、三十になったのを機に自分のチームを持つことにしたらしい。
 気のいいヤツだし、翼も強いから安心しろ、と父さんは笑っていた。

 父さんと同じチームでは駄目なのか? と一度ミカに聞かれたことがある。
 親子が同時期に大きな狩りに出ることはない。
 タリム人は丈夫だが、自然回復が間に合わないほどの重傷を負えば、それが寿命になる。
 だがそれをそのまま説明するのは、憚られた。
 チームでの狩りには命の危険が伴う、と知れば、ミカはまた外で俺や父さんの帰りを待つようになる。
 それは避けたかったので、ただ「昔からそういう決まりなんだよ」と言っておいた。

 ミカは臆病で傷つきやすい。
 初めて会った時から、彼女はとても不安定だった。
 それは、ミカが抱える過去のせいかもしれないし、元々の性格のせいかもしれない。
 それでも懸命に自分の足で立ち、前に進もうとする彼女に、俺は出会ってすぐに好感を抱いた。
 好感が恋情に変わったのは、いつだろう。蝶が蛹から孵るように、俺の気持ちは日に日に育ち、気づけば引き返せないところまで来ている。

 チームで狩りに出るようになった俺は、村の皆から「一人前の男」だと認識された。
 それまで単なる顔見知りだった女たちから、「試してみない?」と誘われるようにもなった。
 きっぱり断っても彼女達は「じゃあ、気が向いたら誘ってね」と懲りない。
 
 同じチームのバレルは「いいじゃねえか。男冥利に尽きるだろ」と羨ましそうだ。
 俺より二つ年上のバレルには、片思いの相手がいるらしい。
 求愛したものの、「もっと強いつがいが欲しいから、考えさせて」と返事を保留にされたのだとか。
 タリムの女なら、誰だってそう願うだろう。
 翼が強ければ強いほど簡単には死なないし、より多くの獲物を仕留めてくるのだから。

 俺もミカに出会わなければ、いつかタリムの女の中から生涯の伴侶を選んだのだろうか。
 そこまで考えて、溜息をつく。
 仮定の話でも耐えられなかった。
 俺が好きなのは、ずっと前からミカだけで、もうミカのいない人生を想像することさえ出来ない。

「――なあ、ラスは町にいかねーの? 明日で晴れが終わるぞ」
「ん? なんで?」

 狩りを終え、家に戻ろうと翼を広げたところでバレルが話しかけてくる。
 獲物の返り血で汚れた身体じゃ、ミカのところへは戻れない。適当な場所で水浴びを済ませ、少しでも早く家に帰りたい。
 焦れる俺を見て、バレルはからかうように目を細めた。

「余計な世話だろーが、雨に入る前に番う相手を探しといたほうがいい。ミカにはまるで相手にされてねえんだろ? 羽化したての頃は耐えられたかもしれねえが、もうお前はガッツリ狩りを覚えちまった。今度の発情期は、結構堪えると思うぜ」

 どうやら彼は親切で助言をしてくれているらしい。
 ミカに相手にされていない、の下りにはムッときたが、顔には出さないよう気をつける。

「そっか、ありがと。でも俺はいいや」

 すでに俺の中で番は決まっている。
 相手がミカじゃないなら、きっと番おうとしても最後まで出来ない。
 
「お前も大概頑固だな……。忠告はしたからな」

 呆れたようにバレルは言って、飛び去っていった。
 俺もそそくさとその場を後にする。
 とりあえずの応急処置で誰かを抱くつもりは全くなかった。
 だが『結構堪える』と言ったバレルの言葉は、本当だった。


 雨の15日――。
 その日は朝から、気持ちが悪かった。
 何故かそわそわと落ち着かず、腹の座りが悪い。
 じっとしていることが出来なくて、玄関先の軒下で雨を眺めていると、そこへミカがやってきた。

「ここにいたんだね。お昼、どうする? いつものでいい?」

 ミカがにこりと笑って俺の隣に立つ。
 甘い香りが急に強くなり、身体の芯が熱くなった。
 とっさに息を止め、顔を背ける。
 これ以上彼女の香りを吸ってしまえば、ミカをきつく抱き締め、細い首筋に顔を埋めずにはいられない気がした。

「そう、だな。お願いしてもいい?」

 いつもなら、「俺がやるよ」と申し出るところだ。
 ミカは必ず「じゃあ、一緒に作ろう」と言ってくれる。
 だが今は、出来ない。これ以上隣にいることも怖かった。
 
「分かった、任せて!」

 ミカは親指を立ててみせた後、ふと眉を曇らせる。

「ラス、疲れてる? なんか、顔色悪いような……」

 そう言って、顔を覗き込んでくる。
 俺は精一杯の笑みを浮かべ、首を振った。

「いや、何ともないよ。大丈夫」
「そうかなぁ……何かあったら、早めに教えてね。心配だから」

 ミカは俺の背中に手を置き、優しく撫でた。
 柔らかな感触に、背中がぞわりと粟立つ。
 俺の中にいる獣が牙をむき、舌なめずりをした。

「分かった。んじゃ、出来るまで部屋にいる。呼んでも来なかったら、寝てるかもだし、先食べといて」
「はーい。無理せず、ゆっくり休んでね」

 ミカは俺の言葉を疑いもしなかった。
 
 早めに教えて、か――。
 ミカが欲しくてどうにかなりそうなんだって教えたら、俺に抱かれてくれる?

 そんな本音、言えるわけがない。
 ミカはまだ育ちきっていないのだ、とユーグは言った。
 伴侶を定められるほど成熟していない。この世界で人生をやり直しているところだから、焦って追い詰めるような真似はするな、と真剣な顔で牽制されたことを思い出す。あれは羽化してすぐのことだった。
 ユーグはミカの生い立ちや心の在り方を深く理解している。
 おそらく俺がいない時、ミカはユーグに俺には話せない話をしているんだろう。想像するだけで、胸が焦げそうなほど痛む。
 
 かといって、俺に全く目がないわけでもない。
 ミカは俺が傍にいくと嬉しそうにするし、放つ香りが一段と濃くなる。
『ラスは私にとって特別大切な人だよ』とも言ってくれる。

 ユーグと一緒にいる時のミカは、少し幼い。
 願望かもしれないが、彼女がユーグに抱いている感情は色恋じゃない気がした。
 俺といる時に放つような艶めいた香りが、一切しないのだ。
 だから俺は、ミカとユーグの間にある『特別な何か』が薄れるまで、大人しく待とうと決めていた。
 
 深呼吸して気持ちを落ち着かせようと試みる。
 けぶる雨に混じるミカの香りに、強い目眩を覚えた。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

処理中です...