こんなに遠くまできてしまいました

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四章:大人になったラスと真実を知った私

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「ラス、話してもいい?」
「いいよ」

 ラスはまっすぐに私の視線を受け止める。

「私ね、本当はこの世界に落ちてきてすぐに死ぬはずだったんだって」

 ラスの青い瞳に驚愕の波が広がっていく。
 彼の感情の変化をあまさず読み取りたい。私は視線を合わせたまま、静かに続けた。

「ユーグが私に特殊な魔法をかけて、自分の寿命を対価に生き延びさせてくれてたの。ユーグは、私の時を止めたんだよ。歳を取ってないように見えるんじゃない。実際にとってないの。……ラスとの歳の差、だいぶ縮まっちゃったね」

 自分でも突拍子のない話だと思ってるせいか、上手くまとめることが出来ない。
 あちこちに脱線する私の説明を、ラスは黙って聞いてくれた。

「このまま魔法をかけ続けたら、私とユーグは共倒れになる。20年は保たせるってユーグは言ってたけど、実際どうなるかは分からない。昨日その話を聞いた時、いつ来るか分からない終わりに怯えながら、ユーグの命を削り取ってまで生きることには耐えられそうにないと思った。だから、嫌がるユーグを脅して、魔法を解いてもらったの」

 魔法を解いた、というくだりで、ラスはきつく眉根を寄せた。
 切れ長の瞳に、紛れもない苦痛が浮かぶ。
 私が行ったことの意味を理解した印だ。

「……私はもうすぐ死ぬ。ユーグが言うには、年は越せないだろうって」

 それだけ言うのが限界だった。
 視界が涙でぼやけて、大好きなラスの顔が上手く見えない。

 ほんとは、私だって怖い。怖いよ、死にたくない。
 ラスともっと生きたい。皆を置いていきたくない。

 ラスは静かに私の頭を引き寄せた。
 温かな人肌のぬくもりに、止めどなく涙が溢れる。
 私はしゃくりあげながら、懸命に訴えた。

「今なら、引き返せる。私とつがっても、先はないんだよ。将来のことを考えてみて? あなたにはきっと丈夫で優しくて綺麗で若いお嫁さんが来る。ラスや奥さんに似た可愛い子が産まれるかも。……私と番えば、そんな未来は消える。死ぬまで一人で生きていかなきゃいけなくなる」

 別離の悲しみとまだ見ぬラスの伴侶への嫉妬に焼かれながら、最後まで言い切る。
 彼が選ぶ前に、絶対に言っておかなければならないことだった。
 ラスは泣きじゃくる私の背中を優しく撫でた。

「……言いたいことはそれだけ? 俺の気持ちがそんなことで変わるとでも? ミカは馬鹿だな。ずっと馬鹿だと思ってたけど、想像以上だった」

 彼は嘆かなかった。
 小さく笑って、私の眦を長い指で愛おしそうに拭う。
 
「『ミカは女神様からの授かりものだから、ある日急にいなくなることもある』――母さんはまだ羽化する前の俺によく言ってた。今考えれば、ミカが突然不治の病に倒れてもショックを受けないように、って配慮だったんだろうけど、その時の俺は全く気づかなかった。それでも無意識のうちに不安だったんだろうな。狩りが終わるとすぐに家に帰って、ミカがちゃんとそこにいるのを確かめたくてしょうがなかったよ」

 私の傍を離れようとしなかったのは、いつ消えるか心配だったからなんだ……。
 不思議なことに、ラスの声は凪いだままだ。
 私一人が感情を昂らせている。
 
 どうして……? どうして、そんなに落ち着いていられるの?
 
 回らない頭で必死に考え、ハッと気づく。
 ラスはとっくに承知していたのだ。
 いつ消えるか分からないと覚悟した上で、私を好きになった。

「いいよ。先がなくても、独りぼっちになっても。オレはミカを選ぶ。だから、ミカも俺を選べ」

 ラスはひたむきな眼差しで私を射抜いた。

「――……どっちがバカなのよ! 私を選んでも、何も残らないんだよ!?」

 堪らずそう叫ぶ。
 打ち明けるんじゃなかった。
 あなたのことなんて好きじゃない、ただの弟としか思えないと突っぱねるべきだった。
 ラスは最悪の決断を下してしまった。
 私が、そうさせた。
 醜い嫉妬を覚えた私が、そうさせてしまった。

 どんなに好きでも、越えちゃいけなかったんだ。
 私のせいで、ラスは長い人生の大半を孤独に過ごすことになる。
 可愛い我が子と遊ぶことも、愛する人と共に年老いていくことも出来ない人生を。

「お願い、考え直して……! 私ことは忘れて、お願い……!」

 身悶えしながらすすり泣く私を、ラスはふわりと抱き締めなおした。
 まるで壊れ物を包み込むようなその仕草に、胸が激しく痛む。

「残るよ。消えたりしない」

 ラスは幸せそうに微笑んだ。

「ミカがくれた言葉。ミカの仕草。ミカの怒った顔、笑った顔。俺を好きだと言ってくれた時の目。花畑を見て笑った時の表情。全部、オレの中にちゃんと残る。だから、心配するな。俺の未来より、自分の身体を心配しろ」

 彼の一言、一言が、胸に吹き荒れる嵐を鎮めていく。
 ごめんね、と本当は謝りたい。でも今更謝罪したって何になるだろう。
 彼はもう選んでしまった。
 「思い出が残る」と言い切った彼の若さが、眩しくて切ない。

「私は、ラスに何をしてあげられる?」

 謝る代わりにそう聞いてみた。
 ラスは私の耳朶に軽いキスを落とした。

「ミカにはもう、沢山の幸せを貰ってる。それに、俺は諦めてない。何か方法がないか調べてみるし、ミカのこれからのことは俺が考える。だからミカは、俺のことだけ考えてて。分かった?」

 私は素直に頷いた。
 これじゃどちらが年上か分かったもんじゃない。
 心の中でぼやいてみたけど、本当はラスの頼もしさが嬉しかった。

「話は終わったし、昼飯にしようか。ミカ、荷物貸して」

 ラスがにっこり笑って、身体を離す。
 それから私達は広げたブランケットにお弁当を並べ、他愛もない日常話をしながら昼食をとった。
 食べ終えた後、ラスは私の膝を枕にしてごろんと横になる。
 私は彼の髪を梳き、柔らかな手触りを楽しんだ。

 ぴったりとくっついて、空の色の移り変わりを眺める。
 満ち足りた空気が、私達を優しく包んでいた。


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