こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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四章:大人になったラスと真実を知った私

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 両想いになってから初めての『雨』がやってきた。
 
 今のところ、私の体調にさほどの変化は見られない。
 起床後、少し体がだるいな、と思うことはあるが、魔法が解けたことを意識するあまり、生きる上で当たり前の揺らぎを過敏に捉えている気もする。
 ラスは毎日どこかへ出かけている。
 今日だって、朝から「隣町へ行ってくる」と言い残して出かけて行ってから、まだ戻ってきていない。
 私の余命について打ち明けたあの日以来、何かを調べているようで、時々ハッとするほど思い詰めた表情を覗かせることがある。私が見つめていることに気づくと、困ったように笑って、心配するなというように髪を撫でてくれる。

 私の頭の中はラスでいっぱいで、心は常に彼の傍にいることを求めた。
 『俺のことだけ考えてて』とあの日ラスは言ったけど、わざわざ言われなくても、という状態だ。

 初恋が遅いと手がつけられない、ってどこかで聞いたことあるけど、本当だったんだなあ。

 玄関ポーチに出て、脇に置いてあるベンチに腰掛ける。
 こちらに降る雨は、総じて霧雨だ。
 屋根伝いに落ちてくる絹糸のような雫を、ぼんやり眺めた。

 早く帰ってこないかな……。

 しばらく経った頃、遠くに人影が見えてきた。
 ふわふわと空中を散歩するような歩き方ですぐにユーグだと分かる。

 雨なのに、出歩いていいの!?

 私は仰天し、意味なく立ち上がったり座ったりした。
 動揺する私のもとに、びしょ濡れのユーグがニヤニヤしながら近づいてくる。

「ラス、まだ帰ってきてないんだね。私で悪かったな、ミカ」

 私とラスが両想いになったことを知ったユーグは、隙を見てはこうしてからかってくる。
 私はそんな彼に、色恋話大好きおじさん、という仇名を密かにつけてやった。

「そんなことないよ。それよりなに、その恰好。いつも着てくるローブは? それに、雨の日に出歩くなんてどうしたの?」

 私は立て続けに尋ねた。

 ユーグが纏っているローブには撥水加工の魔法がかかっている。合羽代わりになる優れものだ。
 ところが今日は大判のストールをシャツの上に巻きつけ、雨避けにしていた。
 その恰好も異様に似合ってるけど、頭も肩もぐっしょり濡れているので本来の目的は果たしていない。

「とりあえず、ローブは燃えた」
「また!?」

 ユーグは私の驚いた顔を見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「イメージを固定するのが難しいんだよ、あれ。ちゃんと石打ちを想像したのに、ボッ! ボロッ、って感じ」

 どうやら撥水加工の魔法をかけようとして、盛大に火をつけてしまったらしい。
 私は額を押さえ、聞えよがしな溜息を吐いた。

「乾燥系の魔法は、陽の光が濡れた地面に照らして暖めるイメージだよ? 石打ちは火熾しの時のイメージでしょ?」

 間違いを指摘すると、更にユーグの眉間の皺が深くなる。

「……本なんか貸さなきゃ良かった」
「おあいにくさま。もうとっくに全部入ってます」

 とんとん、とこめかみを指先で叩いてみせる。
 渾身のドヤ顔に、ユーグはたまらず噴き出した。

「次から気を付けますね、師匠」

 わざとらしく一礼した後、玄関先の軒下で長い金髪を絞り始める。
 ぎゅ、ぎゅ、と水気を絞りながら、ユーグは私の質問に答えてくれた。

「雨のことだけど、まだ大丈夫だよ。15日までは比較的楽なんだ。そろそろラスが戻ってくる頃かと思ってきてみたんだけど、ちょっと早かったみたいだね」

 ユーグはラスに用があったらしい。
 私は頷き、「ちょっと待ってて。拭くもの、持ってきてあげる」と踵を返した。
 ラスはいつ帰ってくるか分からないし、話が済むまでユーグがびしょ濡れなのも可哀想だ。
 自室に戻り、箪笥から大判の布を取り出す。
 
 ……それにしても、話ってなんだろう。

 足早に引き返し玄関扉をあけると、たった今戻ったばかりといった様子のラスとユーグが軒先で頭を突き合わせるようにして小声で話しているのが見えた。

「それは……でも」
「日記には……万が一……――」

 なんの話? と耳を澄ませた瞬間、ラスがこちらを振り返る。
 彼は手に持っていた本のようなものを、慌てて上着の懐に仕舞った。
 ラスが私に何かを隠すなんて、これが初めてじゃないだろうか。

「おかえりー。ラスの分も持ってきてあげれば良かったね。とりあえず、ユーグ。これで拭いて中に入ったら?」

 私はさらりと言って、ユーグに布を差し出した。
 心の中は『ラスが私に隠し事を!?』と大パニックだが、取り乱すのも癪で平静を装う。

「あ、うん。ありがと」

 ユーグはバツの悪そうな顔でそれを受け取り、頭からかぶって髪を拭き始めた。
 よほど気まずいのか、私から顔をそむけるようにしてのろのろと布を動かす。
 
「そんな拭き方じゃ、いつまで経っても乾かないよ。ちょっと貸して」

 背伸びをしてユーグの髪を拭いてやろうとした途端、ラスが私の手から布を奪った。
 私とユーグはあっけに取られ、その場で固まる。ラスは仏頂面で、ユーグの頭をごしごし擦った。

「いたっ。ちょっと痛いって!!」
「うるさい、我慢しろ。っていうか、長過ぎるんだよ、さっさと切れよ」
「いや、それ完全に嫉妬の八つ当たりだよね。って、い、いたいいたい!」

 唖然としたままの私を残して、ラスは布を被せたユーグを囚人のように引っ張って家に入っていった。
 慌てて後を追いかける。

「ラス、ちょっと待って」
「ごめん、ミカ。ユーグと話があるから、しばらく部屋に近づかないで」

 こちらを振り返らないままラスは早口で言った。
 ユーグは心配ないよ、というように片目をつぶってみせる。お前のウインクなぞいらん。

 一体どうしたんだろう。
 日記……って言ってた気がする。ラス、何を調べてるの?

 不安な気持ちのまま居間をうろついているところへ、ダンさんとベネッサさんが家庭菜園から戻ってきた。
 二人が提げた籠は、豆類や果物でいっぱいになっている。

「あら? ミカ一人なの? ユーグが来てるみたいだけど……」
「うん。今、ラスの部屋で話してる。私は部屋に入っちゃダメなんだって」

 つい、言いつけるような口調になってしまった。
 ベネッサさんはおやおや、というように両眉をあげ、私の肩を優しく叩く。

「ミカを寂しがらせるなんて、ラスもまだまだね」
「まあまあ。ラスにも何か事情があるんだろう。そうだ、ミカ。暇なんだったら、ファサのさや取りを手伝って貰えるかい?」

 ダンさんは明るく笑って、籠を掲げてみせた。
 二人にはまだ、私がもうじき死ぬことを知らせていない。ラスが、もう少し待って欲しいと頼んできたからだ。
 これ以上暗い顔をしていたら、一体何があったのかと不安にさせてしまう。

「もちろん! 今日の夕食に出すの?」
「ええ。茹でて、マヨネーズ? あれかけて食べたらどうかと思って」
「美味しそう~。じゃあ、マヨネーズは私が作るね」

 ダンさんとベネッサさんの間に座り、三人並んでファサの莢をちまちま取っていく。
 大好きな彼らと他愛もない世間話を交す時間は、私にとってとても大切な時間だ。

 
 夕食が出来た頃、ようやく二人はラスの部屋から出てきた。
 
「手伝えなくてごめん。明日は俺が作るよ」

 ラスは申し訳なさそうに謝ってくれたが、ユーグとの話については一切触れるつもりがなさそうだ。
 ユーグはユーグで、決して私と視線を合わそうとしない。

「何の話してたの?」

 夕食後、どうしても気になり、ラスに小声で尋ねてみる。
 
「ごめん、まだ言えない。確かなことが分かるまで、もう少し待って」

 ラスはベネッサさん達を気にしながら、声をひそめて答えた。
 多分彼は、ただびとが罹るという不治の病について調べてるんだろう。ユーグだって私を不必要に動揺させまいとしているんだろうけど、一人蚊帳の外に置かれた感は否めない。

 私は、もっとラスと二人きりで過ごす時間が欲しいのにな。
 
 この日からラスは出かけなくなった。
 部屋に一人で籠って、こそこそと何かをしている。ユーグと話し込むことも増えた。
 一緒にいたいと訴えても「俺もだよ。俺も早く、一日中ミカを抱き締めて過ごしたい」という返事がくるだけで、実際にラスが一緒に過ごしているのはユーグだ。
 ベネッサさんみたいに、トントン、ガチャをやってみたくなってくる。

 そんな風に雨の毎日は過ぎていき、とうとう15日――ラスと結ばれる日がやって来た。
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