大精霊の導き

たかまちゆう

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19話 危険な依頼

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 僕は、クレセアさんから、今に至るまでの経緯を聞いた。

 この宿は、元々は別の者が経営していた。
 他の宿の躍進や、有力な冒険者の流出などにより、一年前には潰れるところだったという。

 そこで、この宿を助けたのが、聖女様とクレセアさんだった。

 冒険者と精霊の力を正しく使い、世の中の役に立てたい。

 そんなクレセアさんの願望に共感した聖女様は、前の経営者からこの宿の経営権を買い取り、クレセアさんに無償で譲り渡したのだ。

 その際に、他の7つの宿は、それぞれがこの宿に多額の融資をしたらしい。
 おかげで、この宿は潰れずに済んだのだという。


 借金の返済を要求してきたのは、この宿に次いで人気のない「木陰の小径亭」である。
 今回は不運が重なって取り立てにやって来た彼らだが、元々は、かなり気前が良かったらしい。

 一年前の時点で、「木陰の小径亭」の経営状態だって良くはなかったはずだ。
 それでも、聖女様の求めに応じて融資を行い、返済期限だった半年前には返済を一年も猶予したという。

 僕には、見栄を張っていたのだとしか思えなかった。


 この宿の経営状態が悪いことは、僕も認識していた。
 しかし、ここまで酷いとは思っていなかった。
 この宿は、本当はもう潰れているはずだったのだ!
 ただ、普通ならあり得ない融資で生き延びていただけだったのである。


 他の宿にとっては、この宿がなくなった方が、商売敵がいなくなって好都合だったはずだ。

 それを、聖女様に請われて助けたのだ。
 普通に考えれば、おかしいとしか言いようがない。

 クレセアさんの志は理解できるし、聖女様も善意でやったことだろう。
 しかし、その結果が現在の惨状である。


 大精霊の保有者は、利益度外視で依頼を受け、貴族や商人などの寄付で暮らしている。
 だが、冒険者の宿はそうもいかないのだ。


 さらに、クレセアさんは、せっかく借りたお金の大半を、精霊を購入するために使ってしまったという。
 せめて、宿の外観などは改善しておくべきだっただろう。
 そうしておけば、ボロ宿だから避けられる、という事態は避けられたはずだ。

 このまま借金を返済せずにこの宿が潰れたら、他の宿は踏んだり蹴ったりだ。
 ひょっとしたら、聖女様だって、良くないことをしたと今では思っているのかもしれない。
 だから、僕にこの宿の再建を頼んだのではないだろうか?


 現状認識を共有できたところで、クレセアさんは依頼内容を話し始めた。

「依頼内容は、凶暴な魔物の駆除です。その魔物の正体は不明であり、魔獣だと思われますが、魔生物である可能性も否定できません」

 クレセアさんの言葉を聞いて、僕達の間に緊張が走った。

 ちなみに、今ロビーには僕達のパーティーとクレセアさんだけがおり、他の冒険者は各々に割り振られた依頼を受けに行っている。

 皿洗いの手伝いなどの依頼も、今日は皆嫌がらなかった。

「西の街道沿いにある町で、しばらく前に数名の住人が行方不明になりました。捜索のために冒険者が雇われましたが、既に4組のパーティーが行方不明になっています。中には、Bランクの精霊を保有していた冒険者もいたそうです。そこで、この街に依頼が来た、というわけです」

 この街は、冒険者が多く集っている。
 だから、今回のような危険な依頼も来るのだろう。

「この依頼は、この街にある全ての宿に出されています。参加して、報酬を得られるのはAランクの精霊を保有する冒険者のみ……。ですから、ルークさんとソフィアさん以外の皆さんは、参加しても報酬は得られません。私としては、参加するのはご遠慮いただきたいのですが……」

 クレセアさんが、ラナ達の方を見ながら言う。
 彼女は、最初から僕とソフィアさんだけに話をしようとしたのだが、他のメンバーが同席することを強く望んだのだ。

「報酬の問題じゃない! パーティーを組んだからには、一緒に行くに決まってるだろ?」
「……足を引っ張るリスクが高いから、本当は行くべきじゃないのかもしれないけど、二人だけに任せるのも気が引けるわね」
「ソフィアさんが行くなら私も行く」
「命の危険が高い依頼です。多くの犠牲を出したというのに、相手の正体すら分らないのですよ?」
「この程度でビビッてたら、冒険者なんてやってられないぜ!」

 強い意気込みを見せるラナを、皆が心配そうに見つめる。
 このメンバーの中で、特に不安なのがラナなのだが、本人にはその自覚がないらしい。

 しかし、クレセアさんは諦めた様子で話を続けた。

「問題の町は、ここから馬車で、片道2週間ほどの距離にあります。他の宿の冒険者と共に、パーティーを組んで行くことになるでしょう。出発は3日後の朝です」
「ちょっと待ってください! 馬車でも片道で2週間って、遠すぎませんか? 依頼を終えて帰ってくるまでに、宿が潰れてしまいますよ!」

 リーザが慌てた様子で言った。

 確かに、依頼を終えて帰ってくるのに約一ヶ月かかる、というのは問題だ。
 時間がかかり過ぎである。

 それも、馬車を借りることが出来たらの話だ。
 一ヶ月も借りるとなると、前払いで、かなりの金が必要なはずである。

「……当面のお金は、質屋で借りようと思います。そうすれば、馬車を借りるお金も捻出できると思いますから」
「そんな高価な質草なんてあるんですか?」
「……これです」

 クレセアさんが取り出したのは……金色の精霊石だった。
 それを見て、リーザが血相を変える。

「クレセアさん! 精霊を質に入れるつもりですか!?」


 精霊で借金を返す、という行為は、倫理的に問題があるとされている。
 世の中には、精霊の保護活動に熱心な者が多数おり、金を得るためだけに精霊を使ってはならないということが暗黙の了解となっているからだ。

 精霊市場で行われている取引も、様々な理屈を付けることで、営利目的ではないという建前に基づいて行われている。
 精霊の購入者も、私欲のためではなく公のために精霊を使っている、ということになっている。

 精霊を質に入れた、などという行為が明らかになれば、この宿は非難されるだろう。
 最悪の場合、聖女様にも縁を切られるかもしれない。

 それだけで宿が潰れてしまいかねない、危険な行為だ。

「……仕方がありません。安心してください。秘密を守っていただけそうな質屋に、心当たりがあるので……」

 クレセアさんは、かなり思い詰めた様子だ。
 それしか方法がないとはいえ、やはり良心の呵責があるのだろう。

「すいません。僕が、もっと役に立てれば……」
「そのようなことを仰らないでください。ルークさんがいらっしゃらなければ、本当にどうしようもない事態に陥るところだったのですから……」

 クレセアさんが、改めて僕達を見回す。

「今回の依頼は、大精霊がいたとしても危険です。本当は、この宿から参加者は出さないつもりだったのですが……。ソフィアさんにも、大変申し訳ないと思っています」
「いいんですよ。私でもお役に立てることがあるのでしたら、協力は惜しみません」

 ソフィアさんは、ごく自然な笑顔で言った。

 とても深刻な状況なのに、この人には緊張感がない。
 しかし、今はそれが癒しに感じられた。

「そういえば、うちの宿から2人も参加することは、予定外のはずですよね? 報酬はきちんと出るんですか?」
「その点についてですが……報酬は総額が決まっていて、人数割りで支払われることになっています。この街に、Aランク以上の精霊を保有する冒険者は、お二人を合わせても5人だけ……。ですから、総額の5分の2を受け取ることが可能です」

 この街の冒険者は、数百人はいるはずだ。
 それでも、Aランクの精霊を保有する者が5人もいるのは、高い割合だと言えるだろう。

「3分の1は手に入ると思っていた報酬が、半額近くまで減ったら……他の宿の冒険者は、きっと凄く不満ですよね……?」

 リーザが心配そうに呟く。
 確かに、報酬の事では揉めるかもしれない。

「……他の宿の冒険者から、文句は言われるかもしれません。ですが、Aランクの精霊を保有していることを証明すれば、追い返されることはないと思います」
「だといいんですけど……」
「文句を言われたら、ソリアーチェを元のサイズで見せてやればいいんじゃないか? きっと、他の宿の冒険者を黙らせることが出来るだろ!」

 ラナが、さも名案を思い付いたかのように言った。

「あのねえ……他の宿の冒険者が、ソリアーチェのことを黙っていてくれるわけがないでしょ。今回の依頼を達成できても、ルークがこの街から追い出されちゃうわよ」
「何だよ、ルークがこの宿にいても、依頼人の役に立つならいいじゃないか」
「スケールが小さすぎるのが問題なのよ。聖女様も、他の大精霊の保有者も、同じ街に2日留まることはないって言われてるくらい忙しいんだから」
「そんなの、ルークの勝手だと思うけどな……」

 ラナは納得できない様子だった。

「ラナ、精霊は人類のために存在するのですから……」

 クレセアさんが宥めるように言った。

「人類のためって……人間だって精霊を守ってるから、お互いが得な関係なんだろ?」
「ラナ、貴方……共生説の支持者だったの!?」

 リーザが突然怒り出した。
 クレセアさんも困った顔をする。

 その理由が分からないらしく、ラナが困った様子で言った。

「何だよ、あたしはそう聞いて育ったんだぞ?」
「呆れた……! 精霊は、神様が人類を守るためにくださった存在なの。共生説なんて、精霊をペットか何かと勘違いしてる人達のデマなんだから!」
「……そうなのか?」

 ラナは首を傾げている。

 無理もない。
 僕も共生説を教わって育ったため、リーザが言った神授説はピンとこないのだ。

 しかし、リーザが怒るのも当然である。
 聖女様は神授説の支持者だからだ。

 それに、元々、バーレのような都市では神授説が優勢なのである。

「リーザ。神授説も共生説も、どちらが正しいか証明されていないのですから、自分が信じる説を押しつけてはいけません。ヨネスティアラ様も、そんなことは望んでいませんよ?」
「……はい」

 ソフィアさんに窘められ、リーザは渋々引き下がった。
 元々聖女様のパーティーにいただけあって、ソフィアさんはこの話題には詳しいようだ。

「それよりも、今回の依頼の話です。もしも他の宿の方々と揉めた場合は、報酬について多少譲歩してもいいのではないでしょうか? 今回は、精霊が質流れするのを防ぐのが目的ですから」

 僕と交渉した時にもそうだったが、ソフィアさんには欲というものがないらしい。

「……そういう話は、切り札として取っておいてくださいね?」

 リーザが、ソフィアさんに釘を刺した。
 放っておくと、際限なく妥協してしまいかねないからだろう。
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