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21話 冒険者テッド
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それは、出発する予定日の、前日のことだった。
朝食の時間帯、宿に、見知らぬ男が一人でやって来た。
「まあ、テッドさん。いらっしゃいませ」
クレセアさんが驚いた様子で男を迎える。
「お久しぶりです、クレセアさん。ソフィアさんと、ルークという冒険者のパーティーはいますか?」
「はい。ルークさんでしたら、今、あちらに……」
怪訝な表情で、クレセアさんは僕の居場所を教える。
すると、テッドという男は、僕が食事をしている席まで歩いて来た。
「君がルークか?」
「そうですけど……」
「俺はテッド。『太陽の輝き亭』の冒険者だ」
男は、偉そうな態度でそう言った。
「太陽の輝き亭」といえば、この街で一番大きいと言われている宿である。
その宿の冒険者が、僕達のパーティーに一体何の用なのか?
「単刀直入に言おう。お前達は明日、依頼に参加するつもりのようだが、それを撤回してもらいたい」
「……どうしてですか?」
「足を引っ張られたくないからに決まっているだろう? まさか、後ろから味方に撃たれるかもしれない状態で、安心して戦えと言うのか?」
どうやら、この男は明日の依頼に参加するらしい。
それにしても、妙に攻撃的な態度だ。
「ソフィアさんのことなら、貴方に心配してもらわなくても大丈夫ですよ」
「誰がソフィアさんの話だと言った? お前の話に決まっている。まさか、森を破壊したことを忘れたわけではないだろう?」
「……!」
この男……僕が魔法を暴発させたことを、知っているのか……!
「やはり、お前だったんだな? 突然上位の精霊を手に入れた者が、力に酔って魔法を暴発させるのは稀にあることだ。だが、そんな未熟者を仲間として迎えるわけにはいかない。俺だけでなく、俺のパーティーのメンバーにとっても危険だからな」
「……それを決めるのは、貴方ではなくて依頼人でしょう?」
「ほう、依頼を辞退するつもりはなさそうだな。なら尋ねるが、お前は病人のソフィアさんを、危険な戦いに参加させて平気なのか?」
「それは……」
確かに、病気を患って聖女様のパーティーから抜けたソフィアさんを、今回の依頼に参加させるのは外聞が悪い。
その点については、僕も気になっていたのだ。
「今回の依頼にソフィアさんを参加させることは認められない。まともに力を制御できないお前を参加させるつもりもない。分かったな?」
「それは困りましたね」
「!」
突然ソフィアさんの声がした。
いつの間にか、テッドの後ろにソフィアさんとレイリスがいた。
ソフィアさんは笑顔だが、レイリスはテッドを睨んでいる。
「ソ、ソフィアさん!?」
「お久しぶりです、テッドさん。お元気そうで何よりです」
「ソフィアさんも、相変わらず、う、美しいですね!」
「まあ! ありがとうございます」
テッドは、先ほどまでの偉そうな態度が消え去って、明らかに狼狽えた様子だ。
そんなテッドを見上げるレイリスの目には殺意が籠もっていた。
「私のことを心配してくださるのは嬉しいのですが、実は今、私達はお金がなくて困っているのです。明日の依頼には、是非参加させていただきたいのですが……」
「金のことでしたら、心配しないでください! 俺に考えがありますから!」
「あら、それはどのようなお考えでしょう?」
「それは……デリケートな話なので、他に人がいない場所でお話ししますよ」
「駄目! お金を使って、ソフィアさんに酷いことをするつもりでしょ!」
レイリスが、ソフィアさんを庇うようにしながら叫んだ。
確かに、あまりにも話が旨すぎて、下心があるとしか思えない申し出だった。
どうやら、テッドはソフィアさんに気があるらしいので、交換条件として何を言い出すか分からない。
「人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな……。俺は、決して非人道的なことを頼むつもりはないんだが……」
周囲の冒険者達からも睨まれて、テッドは困った様子で言った。
そして、周囲の様子を窺う素振りを見せる。
「詳しいことは、ソフィアさんのパーティーのメンバーと、クレセアさんだけに話そう。それならばいいだろう?」
そう言われても、レイリスは警戒を解かなかったし、僕も、信用できない気分はそのままだった。
今回も、先日のように人払いをした。
宿のロビーには、僕達のパーティーとクレセアさん、そしてテッドだけがいる。
この話し合いの前に、僕はテッドという男の情報をクレセアさんから聞き出した。
「太陽の輝き亭」のエースとして知られており、この街で唯一、AAランクの精霊を宿す男だということ。
ソフィアさんに惚れ込んでおり、既に何度もアプローチしていること。
ソフィアさんは、テッドの感情には全く気付いていない様子であること。
そして、レイリスから激しく嫌われていること、などである。
レイリスにしてみれば、母親のように慕っている人を奪われるのは嫌なのだろう。
テッドは、自分のことを嫌っているレイリスを苦手にしているようだ。
「それで……今回の依頼を受けなくても、お金の心配をしなくて良い、というのはどういうことですか?」
クレセアさんが不安そうに尋ねる。
「簡単な話です。うちの宿が、当面必要な金を貸す、ということです」
「えっ!?」
僕は驚いてしまった。
「太陽の輝き亭」も、一年前の融資に参加しているはずだ。
先日の話を聞いた限りでは、「木陰の小径亭」以外の宿にも、借金を返済してはいないのだろう。
つまり、今回融資すれば、追加融資になるはずなのだ。
本来、この宿に融資をすること自体が極めてハイリスクである。
それを追加で行うなど、金を捨てているようなものだろう。
「まあ! それは助かります。ですが、本当によろしいのですか?」
「はい。依頼を辞退すれば、多額の報酬が得られなくなるわけですから、その程度のことはさせていただきますよ」
「でも、くれるわけじゃないんだろ? だったら、あたしたちにとっては、依頼を受けた方がいいはずだ」
ラナは依頼を受けるつもりだったので、他所の冒険者に邪魔をされることが不満で仕方がないようだ。
「そう思うだろう。だが……」
テッドは、自身の荷物の中から袋を取り出して、それをテーブルに置き、口を開いた。
中に入っている金貨が見える。
この中身の全てが金貨なら、とてつもない大金だ!
僕達の反応を見て、テッドはニヤリと笑った。
「これを、借用書なしで貸すならどうだ?」
「なっ……!」
僕は絶句した。
他のメンバーも、一様に驚いていた。
借用書無しで金を貸す、などという行為は、金を譲ることと大差のないものだ。
相手に「金など借りていない」と言われたら、貸し借りを証明出来なくなるし、当然ながら債権譲渡も不可能である。
いくら何でも、気前が良すぎるのではないだろうか?
「ちょっと見せて」
リーザが袋の中を確認する。
偽金であることを疑ったのだろう。
しかし、彼女がテッドに抗議することはなかった。
やはり、全て本物の金貨であるようだ。
「一体何を企んでるの? 正直に話してくれない?」
リーザは、疑わしげな様子で尋ねた。
「こちらとしては、条件を三つ提示するだけだ。一つは、明日の依頼に参加しないこと。もう一つは、ある依頼を、無報酬で受けてもらうこと。最後の一つは、今回の依頼に関する全てを口外しないこと」
「依頼? 私達に?」
「実は、俺の宿は厄介事を抱えている。それを解決してもらいたい」
「ちょっと待って。そもそもの話なんだけど、お金を貸してくれるのは貴方の宿なんでしょ? どうして、宿に所属している冒険者である貴方が、こんな話を持ってくるわけ?」
リーザが尋ねた。
確かに、それは気になっていた。
今回の話が本当ならば、少なくとも「太陽の輝き亭」の主人は連れて来るべきではないだろうか?
尋ねられたテッドは、一瞬動揺したように見えた。
しかし、今のは錯覚だったのではないかと思える程度の時間で、それを隠して喋り出した。
「それは、なるべく目立ちたくないからだ。俺は……この宿に、時々出入りしているからな」
「……つまり、厄介事っていうのは、宿の評判が下がるような事なのね?」
「まあ、そういうことだ」
「依頼を受けるか判断するには、その内容を話してもらうしかないんだけど?」
「分かっている。ただし、この内容は決して口外しないように」
僕達は頷いた。
テッドは、重々しい口調で言った。
「実は、俺の宿で冒険者をしていた連中が、盗賊団に加わったらしい」
「……」
前の依頼で起こった出来事を思い出す。
大成しなかった冒険者が能力を悪用するのは、残念ながら珍しくないことである。
「そんなことだろうと思ったけど……私達に頼まなくても、貴方の宿の冒険者が、そいつらを捕まえれば解決する話でしょ?」
「ところが、奴等は俺の宿の冒険者を避けていてな……。おそらく、抹消者のオクトという男が、俺達の接近を仲間に報せているんだろう。それで、俺達の仲間が捕まえに行っても、奴等は身を隠してしまう、というわけだ」
抹消者、という言葉を聞いて、レイリスがピクリと反応した。
自分と同じ能力を持つ者が悪の道に走った、というのは、彼女にとっては見過ごせない話なのだろう。
「そのオクトという男は、強力な精霊を宿しているんですか?」
僕が尋ねると、テッドは首を振った。
「いや、あいつの精霊はDランクだ。正面から戦えば、俺の宿の冒険者なら勝てるだろう」
「だったら、どうして捕まえられないんですか?」
「抹消者は、魔法で姿を消せるから凄いのではない。オクトは、完全に気配を消して、誰にも存在を察知させないことが出来る。これは、捕えようとする側にとっては極めて厄介な能力だ」
「でも、支援者の探索魔法なら、不自然な場所に人が隠れていることを感知できるはずですよね?」
「それも、何度も試したさ。だが、奴等は、俺達の宿の冒険者が街にいる時には決して動かない。だから、捕まえようがないんだ」
「街中の不審者を調べて回ればいいのでは?」
「当然そうした。だが、奴等はスラムに潜んでいるらしい。スラムには、怪しくない奴の方が少ないからな。無関係なコソ泥を捕まえたことは、何回かあるんだが……」
「……その人は、私が捕まえる」
レイリスがそう言った。
何だか思い詰めたような表情をしている。
抹消者の能力が悪用されることが、許せないらしい。
「レイリス。精霊の力が上回っていても、決して楽な相手じゃないよ?」
「大丈夫。勝算はある」
確かに、レイリスは子供だが、かなり腕がいいようだ。
精霊のランクが低い相手に、易々と負けることはないだろう。
「オクト以外の仲間の力は、どうなんですか?」
「俺の宿から加わった奴の中には、オクト以上の実力がある奴はいない。まあ、冒険者として落ち零れた奴等の集まりだからな。元々の盗賊団にも、それほどの実力者がいたとは思えない。だからこそ、俺の宿の冒険者とは正面から戦わないんだろう」
「なかなか良いお話のようですね。テッドさんの依頼を受けましょう」
ソフィアさんは、笑顔を浮かべながらそう言った。
「何だよ、明日の依頼、結局受けないのか? あたし達が行けば、絶対に役に立つと思うんだけどな……」
「ラナ、私達の目的はこの宿を助けることよ? 明日の依頼を受けようとしていたのは、そのための手段だったの。手段を目的にするべきじゃないわ」
リーザに宥められても、ラナは納得しなかった。
「なあ、あんた……テッドだったか? あたし達を連れて行かなかったこと、後悔しても知らないぞ?」
ラナがそう言うと、テッドは彼女を馬鹿にするように笑った。
「心配は無用だ。俺以外の、Aランクの精霊を従えている二人のことは知っている。あいつらのパーティーだって、実力は充分だ。足手纏いや、魔法を暴発させる危険人物さえいなければ、俺達が負けることはない」
テッドは、明らかにラナを軽く見ている様子だった。
実力もないのに出しゃばってくる、身の程知らずだと思っているようだ。
それが分かるからなのか、ラナはとても不機嫌である。
とにかくテッドのことが気に入らないらしい。
「ちっ、何だよ! 冒険者は、そういう油断が命取りになるんだぞ?」
「そんなことは言われるまでもない。油断などしていないから、足手纏いは排除するんだ。お前こそ、無謀な依頼を受けるのは自殺行為だと認識した方がいい」
僕やラナに対しては、やたらと偉そうなテッドだが、本当に今回の依頼を舐めているはずがない。
そんな人物が、最上級の冒険者になれるはずがないからだ。
危険な依頼だと分っているからこそ、僕達がメンバーに加わることが、本気で迷惑なのだろう。
そして、そんな依頼を、ソフィアさんに受けさせたくはないのだ。
「気を付けてくださいね? 魔生物は、国をも滅ぼしたことがあるのですから」
ソフィアさんに、心配そうな表情でそう言われると、テッドは心の底から嬉しそうな顔をした。
この男は、ソフィアさんなら誰に対しても同じことを言うだろう、ということが分かっていないらしい。
ステラに優しくされた時の自分を見ているようで、とても恥ずかしい気分だった。
「ソフィアさんも、くれぐれも気を付けてくださいね? オクトだけは、油断のならない奴ですから。あいつは、実力はあるので、もっと強力な精霊を宿す能力があったんですよ。ただ、協調性がない奴だったから、冒険者としては成功しませんでしたが」
「オクト達の一味は、今どこにいるの?」
「奴等のアジトは、セリューという街のどこかにある。お前達には、オクトの一味を捕まえたら、速やかにバーレへ帰ってきてもらう。そして、捕まえたのは俺の宿の冒険者、ということにしてもらおう。そうでないと、宿の面目が丸潰れだからな」
「依頼のことを口外しないように、というのは、そういうことだったのね……」
「その程度のことは構わないだろう? 俺の宿だって、大金を証文なしで貸すんだ」
「……ご心配なさらないでください。お借りしたお金は、以前の分も合わせて、必ずお返ししますから……」
クレセアさんが、消え入りそうな声で言った。
「あまり気負わないでください。他の宿の連中がどう思っているかは知りませんが、俺は個人的に、この宿のことを応援していますよ。金がなくて困っている人でも、気軽に依頼が出せる宿が、一つくらいはないと困るんです。ただ、世の中は綺麗事だけじゃ上手くいかない。本当に残念です」
テッドの言葉は本心からのものであるように思えた。
ただ、忙しすぎるほど仕事がある冒険者だからこその、余裕の言葉のようにも思えた。
僕達は、テッドの依頼を受けることにした。
僕達への報酬は、クレセアさんが、借りた金の中から払うことになった。
その決定に、ラナだけは心底不満そうだったが、今の僕達では、テッドに足手纏い扱いされても仕方がない。
少なくとも、僕とリーザとクレセアさんは、僕達が明日の依頼に参加しないことになって、ホッとしていた。
明日の依頼への参加条件は、Aランク以上の精霊を保有していることである。
しかし、その条件を満たしている僕とソフィアさんには、どちらも味方を誤射するリスクがあるのだ。
他のメンバーも、ラナは防御が苦手で、リーザは防御者の魔法しか使えないのだから戦力にならない。
唯一戦力になりそうなレイリスも、「太陽の輝き亭」の冒険者と比べれば見劣りするだろう。
このメンバーでは、明日の依頼は受けたくない、と思うのは普通の感覚のはずである。
僕達は、馬車を借りる契約をキャンセルするなど、テッドの依頼を受ける準備をした。
朝食の時間帯、宿に、見知らぬ男が一人でやって来た。
「まあ、テッドさん。いらっしゃいませ」
クレセアさんが驚いた様子で男を迎える。
「お久しぶりです、クレセアさん。ソフィアさんと、ルークという冒険者のパーティーはいますか?」
「はい。ルークさんでしたら、今、あちらに……」
怪訝な表情で、クレセアさんは僕の居場所を教える。
すると、テッドという男は、僕が食事をしている席まで歩いて来た。
「君がルークか?」
「そうですけど……」
「俺はテッド。『太陽の輝き亭』の冒険者だ」
男は、偉そうな態度でそう言った。
「太陽の輝き亭」といえば、この街で一番大きいと言われている宿である。
その宿の冒険者が、僕達のパーティーに一体何の用なのか?
「単刀直入に言おう。お前達は明日、依頼に参加するつもりのようだが、それを撤回してもらいたい」
「……どうしてですか?」
「足を引っ張られたくないからに決まっているだろう? まさか、後ろから味方に撃たれるかもしれない状態で、安心して戦えと言うのか?」
どうやら、この男は明日の依頼に参加するらしい。
それにしても、妙に攻撃的な態度だ。
「ソフィアさんのことなら、貴方に心配してもらわなくても大丈夫ですよ」
「誰がソフィアさんの話だと言った? お前の話に決まっている。まさか、森を破壊したことを忘れたわけではないだろう?」
「……!」
この男……僕が魔法を暴発させたことを、知っているのか……!
「やはり、お前だったんだな? 突然上位の精霊を手に入れた者が、力に酔って魔法を暴発させるのは稀にあることだ。だが、そんな未熟者を仲間として迎えるわけにはいかない。俺だけでなく、俺のパーティーのメンバーにとっても危険だからな」
「……それを決めるのは、貴方ではなくて依頼人でしょう?」
「ほう、依頼を辞退するつもりはなさそうだな。なら尋ねるが、お前は病人のソフィアさんを、危険な戦いに参加させて平気なのか?」
「それは……」
確かに、病気を患って聖女様のパーティーから抜けたソフィアさんを、今回の依頼に参加させるのは外聞が悪い。
その点については、僕も気になっていたのだ。
「今回の依頼にソフィアさんを参加させることは認められない。まともに力を制御できないお前を参加させるつもりもない。分かったな?」
「それは困りましたね」
「!」
突然ソフィアさんの声がした。
いつの間にか、テッドの後ろにソフィアさんとレイリスがいた。
ソフィアさんは笑顔だが、レイリスはテッドを睨んでいる。
「ソ、ソフィアさん!?」
「お久しぶりです、テッドさん。お元気そうで何よりです」
「ソフィアさんも、相変わらず、う、美しいですね!」
「まあ! ありがとうございます」
テッドは、先ほどまでの偉そうな態度が消え去って、明らかに狼狽えた様子だ。
そんなテッドを見上げるレイリスの目には殺意が籠もっていた。
「私のことを心配してくださるのは嬉しいのですが、実は今、私達はお金がなくて困っているのです。明日の依頼には、是非参加させていただきたいのですが……」
「金のことでしたら、心配しないでください! 俺に考えがありますから!」
「あら、それはどのようなお考えでしょう?」
「それは……デリケートな話なので、他に人がいない場所でお話ししますよ」
「駄目! お金を使って、ソフィアさんに酷いことをするつもりでしょ!」
レイリスが、ソフィアさんを庇うようにしながら叫んだ。
確かに、あまりにも話が旨すぎて、下心があるとしか思えない申し出だった。
どうやら、テッドはソフィアさんに気があるらしいので、交換条件として何を言い出すか分からない。
「人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな……。俺は、決して非人道的なことを頼むつもりはないんだが……」
周囲の冒険者達からも睨まれて、テッドは困った様子で言った。
そして、周囲の様子を窺う素振りを見せる。
「詳しいことは、ソフィアさんのパーティーのメンバーと、クレセアさんだけに話そう。それならばいいだろう?」
そう言われても、レイリスは警戒を解かなかったし、僕も、信用できない気分はそのままだった。
今回も、先日のように人払いをした。
宿のロビーには、僕達のパーティーとクレセアさん、そしてテッドだけがいる。
この話し合いの前に、僕はテッドという男の情報をクレセアさんから聞き出した。
「太陽の輝き亭」のエースとして知られており、この街で唯一、AAランクの精霊を宿す男だということ。
ソフィアさんに惚れ込んでおり、既に何度もアプローチしていること。
ソフィアさんは、テッドの感情には全く気付いていない様子であること。
そして、レイリスから激しく嫌われていること、などである。
レイリスにしてみれば、母親のように慕っている人を奪われるのは嫌なのだろう。
テッドは、自分のことを嫌っているレイリスを苦手にしているようだ。
「それで……今回の依頼を受けなくても、お金の心配をしなくて良い、というのはどういうことですか?」
クレセアさんが不安そうに尋ねる。
「簡単な話です。うちの宿が、当面必要な金を貸す、ということです」
「えっ!?」
僕は驚いてしまった。
「太陽の輝き亭」も、一年前の融資に参加しているはずだ。
先日の話を聞いた限りでは、「木陰の小径亭」以外の宿にも、借金を返済してはいないのだろう。
つまり、今回融資すれば、追加融資になるはずなのだ。
本来、この宿に融資をすること自体が極めてハイリスクである。
それを追加で行うなど、金を捨てているようなものだろう。
「まあ! それは助かります。ですが、本当によろしいのですか?」
「はい。依頼を辞退すれば、多額の報酬が得られなくなるわけですから、その程度のことはさせていただきますよ」
「でも、くれるわけじゃないんだろ? だったら、あたしたちにとっては、依頼を受けた方がいいはずだ」
ラナは依頼を受けるつもりだったので、他所の冒険者に邪魔をされることが不満で仕方がないようだ。
「そう思うだろう。だが……」
テッドは、自身の荷物の中から袋を取り出して、それをテーブルに置き、口を開いた。
中に入っている金貨が見える。
この中身の全てが金貨なら、とてつもない大金だ!
僕達の反応を見て、テッドはニヤリと笑った。
「これを、借用書なしで貸すならどうだ?」
「なっ……!」
僕は絶句した。
他のメンバーも、一様に驚いていた。
借用書無しで金を貸す、などという行為は、金を譲ることと大差のないものだ。
相手に「金など借りていない」と言われたら、貸し借りを証明出来なくなるし、当然ながら債権譲渡も不可能である。
いくら何でも、気前が良すぎるのではないだろうか?
「ちょっと見せて」
リーザが袋の中を確認する。
偽金であることを疑ったのだろう。
しかし、彼女がテッドに抗議することはなかった。
やはり、全て本物の金貨であるようだ。
「一体何を企んでるの? 正直に話してくれない?」
リーザは、疑わしげな様子で尋ねた。
「こちらとしては、条件を三つ提示するだけだ。一つは、明日の依頼に参加しないこと。もう一つは、ある依頼を、無報酬で受けてもらうこと。最後の一つは、今回の依頼に関する全てを口外しないこと」
「依頼? 私達に?」
「実は、俺の宿は厄介事を抱えている。それを解決してもらいたい」
「ちょっと待って。そもそもの話なんだけど、お金を貸してくれるのは貴方の宿なんでしょ? どうして、宿に所属している冒険者である貴方が、こんな話を持ってくるわけ?」
リーザが尋ねた。
確かに、それは気になっていた。
今回の話が本当ならば、少なくとも「太陽の輝き亭」の主人は連れて来るべきではないだろうか?
尋ねられたテッドは、一瞬動揺したように見えた。
しかし、今のは錯覚だったのではないかと思える程度の時間で、それを隠して喋り出した。
「それは、なるべく目立ちたくないからだ。俺は……この宿に、時々出入りしているからな」
「……つまり、厄介事っていうのは、宿の評判が下がるような事なのね?」
「まあ、そういうことだ」
「依頼を受けるか判断するには、その内容を話してもらうしかないんだけど?」
「分かっている。ただし、この内容は決して口外しないように」
僕達は頷いた。
テッドは、重々しい口調で言った。
「実は、俺の宿で冒険者をしていた連中が、盗賊団に加わったらしい」
「……」
前の依頼で起こった出来事を思い出す。
大成しなかった冒険者が能力を悪用するのは、残念ながら珍しくないことである。
「そんなことだろうと思ったけど……私達に頼まなくても、貴方の宿の冒険者が、そいつらを捕まえれば解決する話でしょ?」
「ところが、奴等は俺の宿の冒険者を避けていてな……。おそらく、抹消者のオクトという男が、俺達の接近を仲間に報せているんだろう。それで、俺達の仲間が捕まえに行っても、奴等は身を隠してしまう、というわけだ」
抹消者、という言葉を聞いて、レイリスがピクリと反応した。
自分と同じ能力を持つ者が悪の道に走った、というのは、彼女にとっては見過ごせない話なのだろう。
「そのオクトという男は、強力な精霊を宿しているんですか?」
僕が尋ねると、テッドは首を振った。
「いや、あいつの精霊はDランクだ。正面から戦えば、俺の宿の冒険者なら勝てるだろう」
「だったら、どうして捕まえられないんですか?」
「抹消者は、魔法で姿を消せるから凄いのではない。オクトは、完全に気配を消して、誰にも存在を察知させないことが出来る。これは、捕えようとする側にとっては極めて厄介な能力だ」
「でも、支援者の探索魔法なら、不自然な場所に人が隠れていることを感知できるはずですよね?」
「それも、何度も試したさ。だが、奴等は、俺達の宿の冒険者が街にいる時には決して動かない。だから、捕まえようがないんだ」
「街中の不審者を調べて回ればいいのでは?」
「当然そうした。だが、奴等はスラムに潜んでいるらしい。スラムには、怪しくない奴の方が少ないからな。無関係なコソ泥を捕まえたことは、何回かあるんだが……」
「……その人は、私が捕まえる」
レイリスがそう言った。
何だか思い詰めたような表情をしている。
抹消者の能力が悪用されることが、許せないらしい。
「レイリス。精霊の力が上回っていても、決して楽な相手じゃないよ?」
「大丈夫。勝算はある」
確かに、レイリスは子供だが、かなり腕がいいようだ。
精霊のランクが低い相手に、易々と負けることはないだろう。
「オクト以外の仲間の力は、どうなんですか?」
「俺の宿から加わった奴の中には、オクト以上の実力がある奴はいない。まあ、冒険者として落ち零れた奴等の集まりだからな。元々の盗賊団にも、それほどの実力者がいたとは思えない。だからこそ、俺の宿の冒険者とは正面から戦わないんだろう」
「なかなか良いお話のようですね。テッドさんの依頼を受けましょう」
ソフィアさんは、笑顔を浮かべながらそう言った。
「何だよ、明日の依頼、結局受けないのか? あたし達が行けば、絶対に役に立つと思うんだけどな……」
「ラナ、私達の目的はこの宿を助けることよ? 明日の依頼を受けようとしていたのは、そのための手段だったの。手段を目的にするべきじゃないわ」
リーザに宥められても、ラナは納得しなかった。
「なあ、あんた……テッドだったか? あたし達を連れて行かなかったこと、後悔しても知らないぞ?」
ラナがそう言うと、テッドは彼女を馬鹿にするように笑った。
「心配は無用だ。俺以外の、Aランクの精霊を従えている二人のことは知っている。あいつらのパーティーだって、実力は充分だ。足手纏いや、魔法を暴発させる危険人物さえいなければ、俺達が負けることはない」
テッドは、明らかにラナを軽く見ている様子だった。
実力もないのに出しゃばってくる、身の程知らずだと思っているようだ。
それが分かるからなのか、ラナはとても不機嫌である。
とにかくテッドのことが気に入らないらしい。
「ちっ、何だよ! 冒険者は、そういう油断が命取りになるんだぞ?」
「そんなことは言われるまでもない。油断などしていないから、足手纏いは排除するんだ。お前こそ、無謀な依頼を受けるのは自殺行為だと認識した方がいい」
僕やラナに対しては、やたらと偉そうなテッドだが、本当に今回の依頼を舐めているはずがない。
そんな人物が、最上級の冒険者になれるはずがないからだ。
危険な依頼だと分っているからこそ、僕達がメンバーに加わることが、本気で迷惑なのだろう。
そして、そんな依頼を、ソフィアさんに受けさせたくはないのだ。
「気を付けてくださいね? 魔生物は、国をも滅ぼしたことがあるのですから」
ソフィアさんに、心配そうな表情でそう言われると、テッドは心の底から嬉しそうな顔をした。
この男は、ソフィアさんなら誰に対しても同じことを言うだろう、ということが分かっていないらしい。
ステラに優しくされた時の自分を見ているようで、とても恥ずかしい気分だった。
「ソフィアさんも、くれぐれも気を付けてくださいね? オクトだけは、油断のならない奴ですから。あいつは、実力はあるので、もっと強力な精霊を宿す能力があったんですよ。ただ、協調性がない奴だったから、冒険者としては成功しませんでしたが」
「オクト達の一味は、今どこにいるの?」
「奴等のアジトは、セリューという街のどこかにある。お前達には、オクトの一味を捕まえたら、速やかにバーレへ帰ってきてもらう。そして、捕まえたのは俺の宿の冒険者、ということにしてもらおう。そうでないと、宿の面目が丸潰れだからな」
「依頼のことを口外しないように、というのは、そういうことだったのね……」
「その程度のことは構わないだろう? 俺の宿だって、大金を証文なしで貸すんだ」
「……ご心配なさらないでください。お借りしたお金は、以前の分も合わせて、必ずお返ししますから……」
クレセアさんが、消え入りそうな声で言った。
「あまり気負わないでください。他の宿の連中がどう思っているかは知りませんが、俺は個人的に、この宿のことを応援していますよ。金がなくて困っている人でも、気軽に依頼が出せる宿が、一つくらいはないと困るんです。ただ、世の中は綺麗事だけじゃ上手くいかない。本当に残念です」
テッドの言葉は本心からのものであるように思えた。
ただ、忙しすぎるほど仕事がある冒険者だからこその、余裕の言葉のようにも思えた。
僕達は、テッドの依頼を受けることにした。
僕達への報酬は、クレセアさんが、借りた金の中から払うことになった。
その決定に、ラナだけは心底不満そうだったが、今の僕達では、テッドに足手纏い扱いされても仕方がない。
少なくとも、僕とリーザとクレセアさんは、僕達が明日の依頼に参加しないことになって、ホッとしていた。
明日の依頼への参加条件は、Aランク以上の精霊を保有していることである。
しかし、その条件を満たしている僕とソフィアさんには、どちらも味方を誤射するリスクがあるのだ。
他のメンバーも、ラナは防御が苦手で、リーザは防御者の魔法しか使えないのだから戦力にならない。
唯一戦力になりそうなレイリスも、「太陽の輝き亭」の冒険者と比べれば見劣りするだろう。
このメンバーでは、明日の依頼は受けたくない、と思うのは普通の感覚のはずである。
僕達は、馬車を借りる契約をキャンセルするなど、テッドの依頼を受ける準備をした。
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