鬼神の血脈

花影

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第拾弐話

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「俺にも頼むわ」
「仕方ないわね」
 藍色の大男にも頼まれ、恭佳は同じように扇子で打ち払う。彼もその動作が終わると、大きく息を吐いて目を閉じる。同じようにその姿が揺らぎ、体が縮んで見覚えのあるオレンジ頭が姿を現した。
「御影……さん?」
「何でぇ、気付いてなかったのかい?」
 苦笑しながら御影がきくと、知里は小さく頷いた。彼女はとにかく夫しか目に入っていなかったらしい。そんな彼女は親族の男性が持ってきた毛布で厳重にくるまれている。実篤が自分に用意されたものまで巻き付けたので身動きがままならないほどだ。
「さぁ君が風邪ひいちゃう」
「私は大丈夫だから」
 大丈夫と言われても彼の全身はずぶぬれで髪からはまだ滴が落ちている状態だ。知里としては彼が風邪をひくのではないかと気が気ではない。
「こいつらに心配は無用よ。元があれだから頑丈だし寒さも暑さもほとんど感じないらしいのよ。それよりも実篤、今のうちにこれをつけておきなさい」
 恭佳は先ほど力を込めたお守りを実篤に手渡す。彼は礼を言って受け取るとすぐに首にかけた。恭佳の言う通り、寒さは感じていないのか、濡れたままの格好でも震える様子などなく首にかけた新たなお守りを検分している。
「いい出来だ」
「当然だろう? だが、それは気休めでしかならねぇ。早めにもっといいのを作ってやるよ」
「頼む」
 どうやら御影が作ったものだったらしい。知里にはどういう効果があるのかよくわからないが、それでも実篤にとっては無くてはならないものだと理解できた。
「それにしてもあんたが暴走するなんて珍しいわね」
「まぁ、あいつがいるからなんとなく分かるが」
 一同の視線が座り込んだままの瑠奈に向けられる。既に周囲は一族の男に固められており、逃げ出すのは不可能だ。だが、それ以前に異形と化した実篤から向けられた殺意で腰を抜かして立つこともできなくなっている。よく見ると彼女が座り込んだ場所は濡れており、恐怖のあまり失禁してしまったらしい。
「知里と別れて自分を妻にしてくれと迫られた。冷静に対処するつもりが知里を悪く言われてキレた」
 実篤の答えに他の2人はため息をつき、知里は夫を見上げてその顔をまじまじと見る。実篤はその視線に耐えきれずに目を逸らすが、照れているらしく耳が赤くなっている。
「祭が終わるまでは割り当てられた部屋で謹慎するように言っていたのだけど……」
「で、その祭はどうする?」
 ため息をつく恭佳に実篤は現実に引き戻す一言を投げかける。元凶は瑠奈とは言え、その祭をぶち壊したのは実篤自身だ。生真面目な性格なので責任を感じているのだろう。
「そうね……時間があまりないことだし、速攻で終わらせましょう。実篤と御影は邪気払いが済んだから他の参加者は急いで清めを済ませて上の社へ」
 テキパキと恭佳が指示を出すと、それに従って男達が動き出す。早速白い着物を着た男達は次々と泉で身を清め始めた。
「実篤は知里ちゃんを送った後、母屋に来て。御影はあれを連れて行ってくれると助かるわね」
「わかった」
「あのばっちいのを連れて行くのか……」
 ちなみに恭佳があれと言って指さしたのはまだ地面に座り込んだままの瑠奈だった。一応毛布が掛けられているが、震えているのは寒さばかりではなさそうだ。
「ひぃぃぃぃ! 来ないで、化け物!」
 恭佳の指示に従い御影が一歩二歩近づくと、瑠奈は慌てて後退りする。だが、周囲を固めた一族によりそれは阻まれ、少し乱暴に元の位置に戻される。
「鬼神様に向かって罰当たりな!」
「御影様に守って頂きながら恩知らずにも程がある」
 過去のやんちゃぶりから一族に疎まれる節があった御影だが、本性を見せたことでその考えが改められたらしい。鬼神を崇拝する一族の男達は口々に諫めるが、彼女はまるで聞いていない。
「知らない、知らない! こんな化け物がいるなんて教えてくれなかったわ!」
 半狂乱で泣きわめく彼女は、全て母親の指示で実篤に迫ったことを白状していた。実篤を篭絡すれば、彼の家だけでなく、あわよくば本家も乗っ取れると思い込まされていたらしい。そうすれば贅沢三昧の日々が過ごせると本気で思い込んでいたのだから呆れるしかない。
「集まりに来ていないのは知っていたが、ここまで一族の内情に疎いとは知らなかったな」
「一族の事だけじゃないでしょう。一般常識も怪しいわね」
 実篤が呆れるが、恭佳はもっと辛辣だった。既に成人を迎えているのだ。物事の良し悪しぐらい分かっていて当然だろう。
「権堂を名乗っているんだ。この血がてめぇにも流れているのを自覚しやがれ」
 御影に凄まれ、耐えきれなくなった瑠奈はそのまま失神してしまった。彼は仕方なく彼女を簀巻き状に毛布で包むと荷物のように肩に担ぎ上げて母屋へ向かっていった。
それを見送っていると、知里が小さくくしゃみをする。実篤は慌てて彼女を抱き上げると、急いで離れへと戻っていった。
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