鬼神の血脈

花影

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第拾参話

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 知里を離れへと送り、乾いた着物に着替えて母屋に出かけた実篤が戻ってきたのは昼を過ぎ、夕刻に近い時間だった。
「お帰りなさい、さぁ君。体、大丈夫?」
 知里は真っ先に実篤の体を気にかけた。知里自身は戻ってきてすぐにお風呂に入って体を温める事ができた。だが、実篤は大雑把に体を拭いたものの髪はまだ濡れたままの状態で出かけてしまい、いくら丈夫だからと言われても心配だったのだ。
「問題ないよ。知里は?」
「大丈夫」
 恭佳がくれた薬がよく効いたのか、あの騒動で紛れてしまったのか、二日酔いはどこかに消え失せていた。体を温めた後は念のために部屋で横になっていたおかげで、今のところ風邪の兆候は見られない。実篤はホッと安堵の息を漏らすと、彼女の勧めに従って浴室に足を向けた。
 実篤が風呂から上がると2人は早めの夕食を済ませ、その後片付けが済むとお手伝いさんには帰ってもらって2人きりになる。いつもであれば実篤は妻を膝にのせて密着してくるのだが、今日は座卓を挟んで向かい合ったまま動かない。実篤は真相を話す事に、知里はそれを聞く事に緊張してしまって長い沈黙が続く。
「何から……話せばいいのか……」
 それでも黙っていたのではいつまでたっても終わらない。腹を括った実篤がようやく重い口を開いた。
「車の中で話した昔話を覚えているか?」
「はい……」
 知里が頷くと、実篤は立ち上がり、彼女を促して窓辺に移動する。外を見ると、日没が迫った夕暮れの中、太陽の最後の光を浴びて東の峰が浮かび上がっていた。
「あれは遠い先祖の話だ。人が京に都を移すより前。今見える東の峰には権堂家、西の峰には八代家の先祖が住んでいた。あの昔話の通り、周囲へ多大な迷惑をかけて反省した両家の鬼達は、間に入ってくれた巫女に感謝し、彼女とその一族に仕えた。
 この地が長い間、大きな天災や戦に巻き込まれなかったのもうちの先祖がその能力を駆使して守ってきたからだとも言われている。いつしか鬼神様と呼ばれ、この土地の人々に崇められるようになっていた」
 こうして話している間に太陽は沈んでいき、見えていた東の峰も闇に覆われていく。知里の目には見えなくなってしまった峰を見上げ、実篤はどこか誇らしげだった。
「しかし、時が経つにつれて人は数を増やし、我々のような鬼には住み辛い世の中になっていく。異形と言うだけで悪と決めつけられ、多くの同胞が討伐されていった」
 完全に日は落ち、窓の外は真っ暗になっていた。実篤は障子を閉めると、知里を元の席へと座らせる。自分も元の位置に戻ろうとするが、彼女は彼の手を握って離さない。
「隣にいてはだめ?」
「構わないが……」
 妻におねだりされれば断ることなどできない。結局、自分の座布団を持ってくると知里の隣に腰を下ろす。彼女は体を寄せると嬉しそうに夫を見上げる。
「知里は鬼と言ったらどんなイメージがある?」
「えっと……その、怖いとか、獰猛とか……」
 口に出したところで、今朝の実篤の姿を思い出す。あの姿はまさに鬼イメージそのものだった。
「そうだね。だけど、それは少し違う。確かに人にはない力はあるが、元から獰猛だったわけではない。
 人から発せられる負の感情……私達は邪気と呼んでいるが、それは私達の目には黒い靄となって見える。人の身にはそれほど集まらないが、私達には吸い寄せられるように集まってくる。その蓄積が一定量を超えると狂気に捕われる。鬼は狂気に捕われると破壊衝動に駆られ、見境なく暴れまわることになる。そう、今朝の私みたいに」
 自嘲めいて聞こえ、知里は不安気に夫を見上げる。実篤はそんな彼女の頭を撫でると、話を続ける。
「御影が私を投げ込んでくれたあの泉には浄化の力があり、取り込んでしまった邪気を体外に出す効果がある。そして恭佳がすぐに邪気を払ってくれたおかげで大事には至らなかった。だが、狂気に駆られたままでいると正気に戻すこともできなくなる。
 時代を経る毎に人は増えた。人が増えれば邪気も増える。その増えた邪気の所為で鬼達は次々と狂気にとり憑かれていった。人がその有様を見て話が広まり、鬼の固定概念は生まれてしまった。彼らが鬼を悪しきものとして排除しようという話になるのも当然の事だろう」
「さぁ君……」
 鬼達の悲しい過去に知里は言葉を失う。そんな優しい妻の頬に触れて額に口づけた。
「鬼達は生き残るための方策を模索した。その結果、導き出された答えは人の姿を手に入れる事だった。その為には人と交わる必要がある。もちろん人がそれを受け入れてくれるとは限らない。だが、そんな鬼達に手を差し伸べたのが仕えていた件の巫女の末裔を筆頭にしたこの里の人達だ。
 何代もかけて人と交わったおかげで鬼達は念願だった人の姿を手に入れた。同時に鬼の力は徐々に弱くなっていく。だが、不思議なことに何世代かに1人の割合で先祖返りが起こる。彼らは鬼の姿をもって生まれ、先祖が持っていた何かしらの能力を受け継いでいた。
 権堂、八代両家に同世代でというのは珍しいのだが、今朝見せたあの姿が私と御影の本性だ」


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ちなみに権堂家は赤鬼さん、八代家は青鬼さんの家系。どうでもいい設定ですが……。
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