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第拾伍話
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隠し事されていたのは悲しい。だが、今朝見た実篤の本性を見て、いきなり告白されてもすぐに信じられただろうか? 付き合い始めて間もない頃とか、結婚当初にあの姿を見てしまったら、ドン引きだったに違いない。おそらくすぐに別れる結果になっていただろう。
まだ信じられない部分はあるものの、彼の本性を目の当たりにして受け入れることが出来たのも、この3年間に築き上げた信頼関係の賜物なのかもしれない。その事実は不思議なくらいにストンと胸に収まった。
「さぁ君も怖いことがあったんだ」
「あるよ。何よりも知里に嫌われるのが怖い」
「だったら、もっと早く言ってくれればよかったのに……」
「そうだね。本当にごめん。私が臆病だったばかりに君に辛い思いをさせてしまった」
知里の怒りをひしひしと感じ取っているのか、実篤は土下座したまま顔を上げようとしない。
「もし、許されるのなら、その償いをさせてほしい。知里の気が済むようにしていいから、何でも要求してくれ」
なんでも要求してくれと言われても、常日頃から甘やかされて大事にされているので今更望むような物はない。でも、すぐに打ち明けられなかったとしても3年はちょっと長い気もする。ならば、少しだけ意地の悪い質問をしても問題ないかもしれない。
「じゃあ、もう一緒に居られないって言ったらどうするの?」
「それは……」
思わず顔を上げた実篤の目は不安に揺らぎ、今にも泣きだしそうだ。こんな不安げな彼の表情は初めて見るかもしれない。
知里もそうは言ってみたものの、彼女自身が既に彼のいない生活は考えられないものとなっている。2人でいることが自然で当たり前になっているのだ。
「勝手すぎる言い草だが、それだけは避けたい」
実篤は絞り出すような声で答えた。
「家名に傷がつくから?」
「そうじゃない! 君が必要なんだ!」
ガバッと体を起こした実篤は知里の両肩を強くつかむ。彼の必至な眼差しに嘘はないと知って安堵し、試すような真似をして申し訳なかったかなとちょっと反省した。
「ごめんね、ちょっと言いすぎちゃった」
知里が謝ると、実篤は安堵したのか大きく息を吐く。そしてようやく彼女の肩から手を離し、力が抜けた様にその場に座り込んだ。
「……いや、言われても仕方ない」
項垂れるその姿は、普段の堂々とした姿と異なり、なんだか弱弱しく見える。それでも知里には無性に愛おしく感じた。
「さぁ君」
知里の呼びかけに実篤はのろのろと顔を上げる。イケメンが台無しに思えるくらいその表情には生気がなかった。それでも彼にはこの機会に自分の胸の内を聞いてもらおうと決意し、知里は口を開いた。
「あのね、私、いつかさぁ君に捨てられるんじゃないかと思っていたの」
「それだけは無い」
きっぱりと言い切った彼の瞳に少しだけ生気が戻る。
「言葉でも態度でもたくさん示してくれたけど、なかなか自信が持てなくて、ずっとビクビクしてた」
「知里……」
「一生懸命自分を磨いて頑張った。それでも不安は付きまとっていて、でも、子供が出来ればこの不安もなくなるのかなってずっと思っていた」
「……本当にごめん」
「お母さんに言われて落ち込んで、それをまだ引きずっていた時に瑠奈さんにも言われてものすごくショックだった。しかも、さぁ君に一族の人と結婚して本家を継ぐ話があったと言われて、自分が何の役にも立っていないんだと思い知らされた気がしたの。瑠奈さんは無いにしても、恭佳さんとなら釣り合うんじゃないかと……」
「恐ろしい事言わないでくれ」
知里の告白にようやく自分を取り戻したらしい実篤は盛大なため息をついた。
「子供の頃、恭佳の婿として本家を継ぐ話が出た事はあった。それも正式な申し込みがあった訳ではなく、酒席で酔った親戚連中の与太話だ。そこに当人達の意志は無いし、もちろん、私も恭佳も互いにそんな風に思ったことなどない」
そこで言葉を切ると、実篤は真っすぐに知里を見つめる。
「私には知里だけだ。お願いだからこれからもずっと傍に居て欲しい」
真摯な眼差しと言葉に知里は胸が熱くなる。改めてこの人が伴侶で良かったと思えた。
「ああ言ったけど、私もさぁ君のいない生活はもう考えられないの。だから、約束して。ずっとそばにいてくれるって」
「勿論だ。約束する」
即座に応じてくれた夫に知里は抱き付いた。そして2人は仲直りの証に唇を重ねた。
そのまま互いに抱き合ったままでいたが、実篤はふと真顔になって膝の上にいる妻の顔を覗き込む。
「やはり何かお詫びがしたいのだが、なにか希望は無いか?」
和解したとはいえ後ろめたい気持ちは残るのだろう。実篤に改めて尋ねられるが、知里もすぐには何も思いつかない。夫の膝の上で首を傾げていたが、ふと何かを思いつく。そしてニコリと笑みを浮かべて夫を見上げる。
「だったら、おしおき?」
「はい?」
小悪魔な笑みを浮かべる妻に思わず逃げ腰になっていた実篤だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やっと込み入った話が終了。大した分量を書いたわけでもないのに長かった……。
次からRシーン突入。
まだ信じられない部分はあるものの、彼の本性を目の当たりにして受け入れることが出来たのも、この3年間に築き上げた信頼関係の賜物なのかもしれない。その事実は不思議なくらいにストンと胸に収まった。
「さぁ君も怖いことがあったんだ」
「あるよ。何よりも知里に嫌われるのが怖い」
「だったら、もっと早く言ってくれればよかったのに……」
「そうだね。本当にごめん。私が臆病だったばかりに君に辛い思いをさせてしまった」
知里の怒りをひしひしと感じ取っているのか、実篤は土下座したまま顔を上げようとしない。
「もし、許されるのなら、その償いをさせてほしい。知里の気が済むようにしていいから、何でも要求してくれ」
なんでも要求してくれと言われても、常日頃から甘やかされて大事にされているので今更望むような物はない。でも、すぐに打ち明けられなかったとしても3年はちょっと長い気もする。ならば、少しだけ意地の悪い質問をしても問題ないかもしれない。
「じゃあ、もう一緒に居られないって言ったらどうするの?」
「それは……」
思わず顔を上げた実篤の目は不安に揺らぎ、今にも泣きだしそうだ。こんな不安げな彼の表情は初めて見るかもしれない。
知里もそうは言ってみたものの、彼女自身が既に彼のいない生活は考えられないものとなっている。2人でいることが自然で当たり前になっているのだ。
「勝手すぎる言い草だが、それだけは避けたい」
実篤は絞り出すような声で答えた。
「家名に傷がつくから?」
「そうじゃない! 君が必要なんだ!」
ガバッと体を起こした実篤は知里の両肩を強くつかむ。彼の必至な眼差しに嘘はないと知って安堵し、試すような真似をして申し訳なかったかなとちょっと反省した。
「ごめんね、ちょっと言いすぎちゃった」
知里が謝ると、実篤は安堵したのか大きく息を吐く。そしてようやく彼女の肩から手を離し、力が抜けた様にその場に座り込んだ。
「……いや、言われても仕方ない」
項垂れるその姿は、普段の堂々とした姿と異なり、なんだか弱弱しく見える。それでも知里には無性に愛おしく感じた。
「さぁ君」
知里の呼びかけに実篤はのろのろと顔を上げる。イケメンが台無しに思えるくらいその表情には生気がなかった。それでも彼にはこの機会に自分の胸の内を聞いてもらおうと決意し、知里は口を開いた。
「あのね、私、いつかさぁ君に捨てられるんじゃないかと思っていたの」
「それだけは無い」
きっぱりと言い切った彼の瞳に少しだけ生気が戻る。
「言葉でも態度でもたくさん示してくれたけど、なかなか自信が持てなくて、ずっとビクビクしてた」
「知里……」
「一生懸命自分を磨いて頑張った。それでも不安は付きまとっていて、でも、子供が出来ればこの不安もなくなるのかなってずっと思っていた」
「……本当にごめん」
「お母さんに言われて落ち込んで、それをまだ引きずっていた時に瑠奈さんにも言われてものすごくショックだった。しかも、さぁ君に一族の人と結婚して本家を継ぐ話があったと言われて、自分が何の役にも立っていないんだと思い知らされた気がしたの。瑠奈さんは無いにしても、恭佳さんとなら釣り合うんじゃないかと……」
「恐ろしい事言わないでくれ」
知里の告白にようやく自分を取り戻したらしい実篤は盛大なため息をついた。
「子供の頃、恭佳の婿として本家を継ぐ話が出た事はあった。それも正式な申し込みがあった訳ではなく、酒席で酔った親戚連中の与太話だ。そこに当人達の意志は無いし、もちろん、私も恭佳も互いにそんな風に思ったことなどない」
そこで言葉を切ると、実篤は真っすぐに知里を見つめる。
「私には知里だけだ。お願いだからこれからもずっと傍に居て欲しい」
真摯な眼差しと言葉に知里は胸が熱くなる。改めてこの人が伴侶で良かったと思えた。
「ああ言ったけど、私もさぁ君のいない生活はもう考えられないの。だから、約束して。ずっとそばにいてくれるって」
「勿論だ。約束する」
即座に応じてくれた夫に知里は抱き付いた。そして2人は仲直りの証に唇を重ねた。
そのまま互いに抱き合ったままでいたが、実篤はふと真顔になって膝の上にいる妻の顔を覗き込む。
「やはり何かお詫びがしたいのだが、なにか希望は無いか?」
和解したとはいえ後ろめたい気持ちは残るのだろう。実篤に改めて尋ねられるが、知里もすぐには何も思いつかない。夫の膝の上で首を傾げていたが、ふと何かを思いつく。そしてニコリと笑みを浮かべて夫を見上げる。
「だったら、おしおき?」
「はい?」
小悪魔な笑みを浮かべる妻に思わず逃げ腰になっていた実篤だった。
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次からRシーン突入。
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