群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

17 選んだ道は4

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 昨秋に他界した国主の服喪、更にはフォルビアで起こっている内乱の為に、新年の春分節に続いて今年開催されるはずだった夏至祭も自粛となり、タランテラ国民は意気消沈していた。
 そんな最中に突然、各国の協力の下内乱の終結が伝えられ、更には次代国主と位置付けられているエドワルドの婚礼と皇子の誕生が公表された。この1年あまりの悪夢のような不幸から一転し、信じられない位の慶事の連続に国中が湧きかえり、抑圧していた反動からか、各地でそれらを祝うお祭り騒ぎが起きていた。
 特に皇都では各所に花が飾られ、各地から集まった露店が並んで夏至祭の様な賑わいとなっている。本来ならば、まだアロンの喪に服して華やいだことは禁止されるべきことなのだが、それを取り締まるべき役人達も一緒になって浮かれている始末だった。
 その喧騒を後目に、本宮では2日後に到着する一家を迎える準備が大詰めを迎えていた。
「殿下の奥方様ってどんな方かしら……」
「優しい方だと良いわね」
 これからこの北棟の新たな女主となる女性の事が気にかかるらしく、若い女官達が準備の手を止めて噂話に花を咲かせていた。部屋で書類に目を通していたセシーリアは、手を止めると開け放した窓の外から聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「あの最強の番の御養女様だとか……」
「きっと厳しい方に違いないわ」
 皇都にいる者で当のフレアに会った事がある者はごく僅か。背びれに尾びれが付いて噂は広まっており、彼女の本来の人となりとは間違えて広まっていた。側に控えていた年配の女官が若い彼女達のいさめようとするが、セシーリアはそれを止めた。
「あちらから何人も侍女を連れて来るのでしょう? 何もかもプルメリア風に変わってしまうのかしら?」
 1人が今一番の不安を口にすると、一緒にいた女官達も口々に同意する。
「そうよねぇ。突然こちらに無い物を用意しなさいとか言われたら困るわよねぇ」
「そうそう」
 どうやら彼女達の間では、フレアは高慢な女性として広まっているようだ。エドワルドの妻の座を得たフレアに対しての妬みも多分に含んだまま広まった噂だろう。だが、婚礼を挙げて既にフレアは皇家の一員である。彼女達は気づいていない様子だが、不敬ととられて厳罰に処せられる可能性もあるのだ。
「貴女達、おしゃべりしている暇はありませんよ」
 何か対策をした方が良いだろうかと考えあぐねていると、若い女官達は監督係に注意されて慌ててその場から離れた様だ。部屋に静けさが戻ると、目を通し終えた書類を控えていた女官に渡して下がらせる。
「ねえ、ハル。どうしたらいい?」
 セシーリアは壁に掛けてあるハルベルトの肖像画を振り仰ぐ。その隣には彼が一番好んで着ていた竜騎士正装がかけられている。昨秋、エドワルドが帰還する折に譲ったが、思い出の品だからと丁寧に清められて返してくれたものだった。
 冬の間はこの前で泣いている事が多かったが、近頃はその回数は減ってきている。自分の役割を果たさないとハルベルトに顔向けができないと心の整理を付けたからだ。
「私のような思いはしてほしくは無いわ……」
 ガウラの地方貴族の出身である彼女も噂には苦しめられた。嫁いできた時には既にソフィアは降嫁し、その翌年にはジェラルドとイザベルが火災に巻き込まれて他界してしまった。そこで彼女が皇家に連なる第一位の女性として北棟を取り仕切る立場になったのだ。
 ソフィアが何かと世話を焼いてくれたおかげでどうにか北棟を統括してきたが、グスタフが何かと粗を見つけては干渉してきた。更にはハルベルトの妻に相応しくないと噂を流し、あわよくば離縁させて自分の身内を嫁がせようともくろんでいたのだ。もちろん、自分が関与している証拠は残さない。しかし、地味な嫌がらせはセシーリアの心身を弱らせるのには十分だった。
 内乱が終結し、首謀者の一人でもあった彼が亡き今、あからさまに嫌がらせをする愚か者はさすがにもういないと思いたい。だが昨年、ベルクにエドワルドとの縁談を斡旋あっせんされたリネアリス家の令嬢が彼に未練を残していると聞いているし、グスタフの近縁で処罰を免れた者達も隙を窺って不穏な動きを見せていると言う。安易に他人を疑いたくはないが、広められた噂は明らかに現実と異なるので、故意に流されたと捉えていいのかもしれない。
「セシーリア様、ルーク卿とオリガ嬢が到着されました」
 先程、書類を持って辞した女官が戻ってきて、肖像画の前で物思いにふけっているセシーリアに遠慮がちに声をかける。彼女は我に返ると、居住まいを正して知らせに来た女官に向き直る。
「手配通りに済んだら水鳥の間にご案内して頂戴」
「かしこまりました」
 苦難の逃避行の最中、身重のフレアと子供のコリンシアを姉弟2人だけで支えた英雄の片割れの到着である。心無い噂を懸念した彼女が事情を説明した手紙をエドワルドに送った所、休暇を終えたオリガを先に皇都へ送ってくれることになったのだ。
 今日は午後から上級貴族の奥方を集め、セシーリアの私的なお茶会が開かれる。心無い噂の対策としてソフィアやブランドル公夫人らと計画したものだった。新たな女主を良く知る人物の登場はセシーリアにとって心強い援軍だった。
「ハル……今度は私があの方をお守りいたしますわ」
 セシーリアは決意を新たに夫の肖像画をもう一度見上げた。



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12時に次話を更新します。
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