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第3章 ダナシアの祝福
28 罪と罰7
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流血を伴う暴力シーンがあります。
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別荘に来て半月。大人しくお客様していられない性分のニクラスはヘルミーナ達の了承を得て庭の手入れをしていた。打ち捨てられた庭の倉庫に古い道具を見付けたので、自分なりに使える様に研いだり手直ししたりして使っている。剪定も見様見真似の自己流なので本職には到底及ばないが、それでも元の状態よりかは幾分かましになったと思いたい。
刈り取った枝は乾燥させれば焚き付けにも使えそうだ。適当な長さに切りそろえて雨が当たらない場所に纏めておく。最後に散らかったごみを片付けて今日の作業は終了である。
「お疲れ様です」
井戸で顔を洗い、裏口から中に入ると義妹が夕食の支度をしていた。労いの言葉と共にお茶を出してくれたので、礼を言って受け取る。台所の隅に置いてある椅子に座って一息入れた。
「明日、本当に発つの?」
マルグレーテの傷も良くなり、前日に往診してくれた医者もワールウェイドに連れ帰る許可を出した。ニクラスとしてはこれ以上先延ばしにしても何の進展はないと判断し、明朝出立すると決めていた。
「ああ。これ以上ここに居てもあれは甘えるだけだ」
ヘルミーナは迷った挙句に真実を話したのだが、娘はまだ納得していない。祖母の影響が強すぎてその全てを払拭するに至っておらず、母親が言葉を尽くそうとするが聞く耳を持たないのだ。ニクラスに至ってはまだ顔も合わせていない。
「本当に大丈夫?」
「どうにかなるだろう」
ニクラスはそう言うと、残っていたお茶を飲み干して立ち上がる。そして出立の準備をするために寝床となっている倉庫へ向かった。
結局ニクラスはマルグレーテと一度も顔を合わせることなく出立の時間を迎えた。来た時と同じ服に着替え、手提げの鞄を手に持つ。そして娘の部屋に向かい、扉を叩く。相変わらず娘からの返事はないが、ヘルミーナから返答があったので扉を開けた。
「おはよう」
窓の側に立っている娘に声をかけるが返事はない。一応、旅装を整えているが、顔を合わせたくないのかそっぽを向いている。
「挨拶しなさい」
「……」
ヘルミーナが窘めると聞き取れないくらい小さな声で返事をしたらしい。ともかくここでつまずいていたのではいつまで経っても出立できない。ニクラスはため息をつくと、娘の荷物を持って彼女を促す。マルグレーテは本当に渋々といった様子で後に続く。
先ずは第1段階突破。最大の難関は元姑への挨拶だ。ふくれっ面のままついてくる娘と共に元姑の寝室に行く。今朝は義妹が2人がかりでついてくれている。
「おはようございます、奥様。今日、マルグレーテを連れて出立致します」
「お前は……」
元姑はニクラスの姿を見るなりまたもや暴れだし、それを義妹2人が抑えようとする。しかし、どこにそんな力があったのか、自由の利く右手で手近にあった食器をニクラスに投げつけた。それがニクラスの顔にあたったが、彼は眉一つ動かすことなく相手を見据えた。
「これでもうお会いすることもないでしょう。それでは、失礼いたします」
言いたいことは山ほどあったが、どんなに言葉を尽くそうとも耳に届かないだろう。再会した時には怒りすら感じたのだが、今では逆に憐れみを感じる。
今回、マルグレーテに余計な事を吹き込んだことで、元姑はエドワルドだけでなく彼の側近一同の怒りを買っていた。
故意にではなかったが、事件に使われたのは今までの担当医が渡した劇薬の殺鼠剤だった為、彼は当然クビになっていた。ヘルミーナ達には結局言えなかったが、代わりの医者を派遣するが、今までの様に積極的な治療は行わない方針になるとアスターからは伝えられている。つまり、彼女は緩やかに死へ向かっていくことになる。
全てではないにしても、ヘルミーナ達は元姑の医療費を負担していた為に生活が困窮していた。彼女達の為にもこれで良かったのかもしれないとニクラスは思う様にしていた。
何の実も結ばない挨拶を済ませると、無言のままの娘を連れて馬車を待たせている玄関に向かう。見送りはヘルミーナただ一人。軽く抱擁を交わすと、娘を促して馬車に乗り込んだ。
行きと違い、帰りはリネアリス家が用意してくれた馬車で陸路ワールウェイド領を目指す。護衛として2名の騎馬兵が同行してくれているが、ニクラスもマルグレーテも旧ワールウェイド家の人間なので逃亡防止も兼ねているのだろう。同じ空間にいるのだが、結局、無言のまま最初の宿に着いた。
今の彼等には贅沢過ぎるとも思ったが、同行しているのが年頃の娘なので部屋は分けてもらった。何事もなく夜が明け、朝食を済ませると隣の部屋へ娘を迎えに行く。
「おはよう」
逃げ出しているのではないかと心配したが、マルグレーテは身支度を整えて待っていた。相変わらず返事は帰ってこなかったが、それでも逃げずにいてくれたことに安堵して娘を連れて宿を出た。
「お前の所為で!」
マルグレーテを馬車に乗りこませようとしたところで、何者かがナイフを振りかざして襲ってきた。娘を庇ったニクラスの腕にその刃がかすり、血が流れ出る。
「きゃぁぁぁぁ!」
マルグレーテは腰を抜かして恐慌状態に陥っている。襲って来た男はなおもナイフを振りかざしてきたが、遅ればせながら駆けつけて来た護衛によって取り押さえられていた。
「もう、大丈夫、大丈夫だから……」
娘を抱きしめ、ニクラスは心させるように何度もそう言ってその背中をさする。2人の護衛と騒ぎを聞いて駆けつけた自警団によって襲って来た男が完全に捕縛されたのを確認したところで立ち上がろうとしたが、自分も腰が抜けて立てなくなっているのに気付いた。
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別荘に来て半月。大人しくお客様していられない性分のニクラスはヘルミーナ達の了承を得て庭の手入れをしていた。打ち捨てられた庭の倉庫に古い道具を見付けたので、自分なりに使える様に研いだり手直ししたりして使っている。剪定も見様見真似の自己流なので本職には到底及ばないが、それでも元の状態よりかは幾分かましになったと思いたい。
刈り取った枝は乾燥させれば焚き付けにも使えそうだ。適当な長さに切りそろえて雨が当たらない場所に纏めておく。最後に散らかったごみを片付けて今日の作業は終了である。
「お疲れ様です」
井戸で顔を洗い、裏口から中に入ると義妹が夕食の支度をしていた。労いの言葉と共にお茶を出してくれたので、礼を言って受け取る。台所の隅に置いてある椅子に座って一息入れた。
「明日、本当に発つの?」
マルグレーテの傷も良くなり、前日に往診してくれた医者もワールウェイドに連れ帰る許可を出した。ニクラスとしてはこれ以上先延ばしにしても何の進展はないと判断し、明朝出立すると決めていた。
「ああ。これ以上ここに居てもあれは甘えるだけだ」
ヘルミーナは迷った挙句に真実を話したのだが、娘はまだ納得していない。祖母の影響が強すぎてその全てを払拭するに至っておらず、母親が言葉を尽くそうとするが聞く耳を持たないのだ。ニクラスに至ってはまだ顔も合わせていない。
「本当に大丈夫?」
「どうにかなるだろう」
ニクラスはそう言うと、残っていたお茶を飲み干して立ち上がる。そして出立の準備をするために寝床となっている倉庫へ向かった。
結局ニクラスはマルグレーテと一度も顔を合わせることなく出立の時間を迎えた。来た時と同じ服に着替え、手提げの鞄を手に持つ。そして娘の部屋に向かい、扉を叩く。相変わらず娘からの返事はないが、ヘルミーナから返答があったので扉を開けた。
「おはよう」
窓の側に立っている娘に声をかけるが返事はない。一応、旅装を整えているが、顔を合わせたくないのかそっぽを向いている。
「挨拶しなさい」
「……」
ヘルミーナが窘めると聞き取れないくらい小さな声で返事をしたらしい。ともかくここでつまずいていたのではいつまで経っても出立できない。ニクラスはため息をつくと、娘の荷物を持って彼女を促す。マルグレーテは本当に渋々といった様子で後に続く。
先ずは第1段階突破。最大の難関は元姑への挨拶だ。ふくれっ面のままついてくる娘と共に元姑の寝室に行く。今朝は義妹が2人がかりでついてくれている。
「おはようございます、奥様。今日、マルグレーテを連れて出立致します」
「お前は……」
元姑はニクラスの姿を見るなりまたもや暴れだし、それを義妹2人が抑えようとする。しかし、どこにそんな力があったのか、自由の利く右手で手近にあった食器をニクラスに投げつけた。それがニクラスの顔にあたったが、彼は眉一つ動かすことなく相手を見据えた。
「これでもうお会いすることもないでしょう。それでは、失礼いたします」
言いたいことは山ほどあったが、どんなに言葉を尽くそうとも耳に届かないだろう。再会した時には怒りすら感じたのだが、今では逆に憐れみを感じる。
今回、マルグレーテに余計な事を吹き込んだことで、元姑はエドワルドだけでなく彼の側近一同の怒りを買っていた。
故意にではなかったが、事件に使われたのは今までの担当医が渡した劇薬の殺鼠剤だった為、彼は当然クビになっていた。ヘルミーナ達には結局言えなかったが、代わりの医者を派遣するが、今までの様に積極的な治療は行わない方針になるとアスターからは伝えられている。つまり、彼女は緩やかに死へ向かっていくことになる。
全てではないにしても、ヘルミーナ達は元姑の医療費を負担していた為に生活が困窮していた。彼女達の為にもこれで良かったのかもしれないとニクラスは思う様にしていた。
何の実も結ばない挨拶を済ませると、無言のままの娘を連れて馬車を待たせている玄関に向かう。見送りはヘルミーナただ一人。軽く抱擁を交わすと、娘を促して馬車に乗り込んだ。
行きと違い、帰りはリネアリス家が用意してくれた馬車で陸路ワールウェイド領を目指す。護衛として2名の騎馬兵が同行してくれているが、ニクラスもマルグレーテも旧ワールウェイド家の人間なので逃亡防止も兼ねているのだろう。同じ空間にいるのだが、結局、無言のまま最初の宿に着いた。
今の彼等には贅沢過ぎるとも思ったが、同行しているのが年頃の娘なので部屋は分けてもらった。何事もなく夜が明け、朝食を済ませると隣の部屋へ娘を迎えに行く。
「おはよう」
逃げ出しているのではないかと心配したが、マルグレーテは身支度を整えて待っていた。相変わらず返事は帰ってこなかったが、それでも逃げずにいてくれたことに安堵して娘を連れて宿を出た。
「お前の所為で!」
マルグレーテを馬車に乗りこませようとしたところで、何者かがナイフを振りかざして襲ってきた。娘を庇ったニクラスの腕にその刃がかすり、血が流れ出る。
「きゃぁぁぁぁ!」
マルグレーテは腰を抜かして恐慌状態に陥っている。襲って来た男はなおもナイフを振りかざしてきたが、遅ればせながら駆けつけて来た護衛によって取り押さえられていた。
「もう、大丈夫、大丈夫だから……」
娘を抱きしめ、ニクラスは心させるように何度もそう言ってその背中をさする。2人の護衛と騒ぎを聞いて駆けつけた自警団によって襲って来た男が完全に捕縛されたのを確認したところで立ち上がろうとしたが、自分も腰が抜けて立てなくなっているのに気付いた。
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