群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

32 国主の資質3

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 叔父との白熱した舌戦を終え、控えの間に出たアルメリアは母親と婚約者に迎えられた。その場には他にソフィアやブランドル公夫人、そして今回の役目を妻に任せたアスターが待っていた。
「お疲れ様」
 アルメリアに席を勧めると、ユリウスはそっとお茶を差し出してくれる。結果が分かりきっていたとはいえ、やはりあの叔父と正面から論議をすると精神的にかなり疲れる。お茶を飲みながらそっとその叔父の様子をうかがえば、同様にソフィアから差し出されたお茶を優雅な仕草で飲んでいる姿が目に映る。先程まで散々無駄な悪あがきをしていたのに、余裕があるその態度が何だか悔しい。
「それにしても遅いですね」
 代行の肩書にこだわっているのは当人だけなので、今回の選定会議は形だけ行われる物だ。今回の進行役を務めるサントリナ公も、会議が始まる前にそれぞれが名を上げただけで終わるだろうと半ば冗談めかして言っていたぐらいなので、アルメリアも控えの間に移ってくつろぐ間もなく終わるだろうと思っていた。だが、飲みかけのお茶が冷めてしまっても会議室の扉が開く気配がない。心配げに呟くユリウスに彼女も神妙な面持ちで同意する。
「何か……あったのかしら?」
 自分に国主の座が巡って来る事は万が一にもない。それは分かっているのだが、会議が思った以上に長引いている事が不安を煽る。それは同じく結果を待つ立場のエドワルドも同じらしく、椅子に座って瞑目しながらも何度か居住まいを正し、その頻度は徐々に増えていっている。彼はどちらかというと、会議室に籠っている奥方を気にかけているのかもしれないが……。
「お待たせしました」
 エドワルドだけでなく、アスターも落ち着きがなくなってきた頃になってようやく会議室の扉が開いた。そして今この瞬間に最も重要な決定を下した5人の大公は、中から出て来ると進行役を務めたサントリナ公を中心にして並んで立った。アルメリアとエドワルドは、立ち上がると慣例通りに彼等の前に進み出て居住まいを正した。
 よく見ると、フレアの目元が僅かに赤くなっている。気がかりではあるが、進行役のサントリナ公から決定を聞くまでは私語は厳禁である。アルメリアも、そして彼女よりも気になっているはずのエドワルドも大人しく彼の言葉を待つ。
「5大公で協議した結果、次代の国主が決定した」
 サントリナ公が重々しく口を開くと、控えの間にいた全員がその瞬間を聞き逃すまいと固唾をのんで見守る。
「5大公の総意として、エドワルド殿下を時期国主に指名致します」
 その瞬間にアルメリアは安堵して傍らの叔父を見上げる。すると彼は「決まってしまったか」と呟いて天を仰いでいた。
「おめでとうございます、叔父上」
「……ありがとう」
 エドワルドは肩をすくめて礼を言うと、先ほどから気になって仕方が無かった妻の元へと歩み寄る。本来ならば国主に選ばれるのは名誉な事である。その地位に選ばれれば小躍りして喜んでもいいはずなのだが……。
「どうした? フレア」
 一直線に妻の側に近寄ると、そっとその肩を抱き寄せる。泣いたのがばれて気恥ずかしいのか、彼女はその腕の中で俯く。
「……少し、不安になってしまいました」
「フレア……」
 妻の返事にどうして会議が長引いたのかも納得し、その華奢な体を抱きしめた。
「ご自身が皇妃として立たれるのを不安に思われたようです。殿下がコツコツとなされてきたように、周囲をご自身に合わせてしまえばいいと申し上げて納得していただきました」
「そうか」
 サントリナ公が口を挟むと、エドワルドもようやく安堵の息をはいた。
「これで正式に殿下が次期国主に選ばれました。引き受けていただけますでしょうか?」
 そこで改めてサントリナ公がお伺いを立てる。まだ明確な返答を貰っていないので、このままのらりくらりと躱されてはたまらない。この場できちんと承諾してもらう必要があった。
「分かっている。但し、条件がある」
「条件ですか?」
 急に条件を持ち出されてサントリナ公は困惑する。無理難題を言って国主の座を辞退するのではないだろうかとその場にいた誰もが思ったに違いない。
「心配するな、約束通り国主は受ける」
 彼等の危惧を見透かしていたらしく、エドワルドはそう言って先ずは彼等を安心させる。そして妻を腕に抱きしめたまま、アルメリアとユリウスに向き直る。
「ユリウスとアルメリアの婚約の約定を見直さなければならない」
「叔父上?」
 急に矛先を向けられ、アルメリアはたまらず声を荒げる。それを側に居たユリウスがそっと宥める。
「殿下は、我々の婚約を反故ほごにすると言っている訳ではないよ」
 落ち着いている所を見ると、どうやらブランドル公とユリウスは予め話を聞いていたらしい。エドワルドはうなずくと、アルメリアや妻に席を勧め、彼の考えを口にする。
「このままアルメリアがユリウスの元に降嫁してしまうと、成人した皇家の継承権を持つ人間が私以外にいなくなってしまう。コリンシアはフォルビア公が確定しているし、エルヴィンも成人するまで時間がかかる。もし万が一、今、私の身に何かが会った時に、すぐに後を継いでもらえる者がいなくなるのは分かるな?」
「はい……」
「だから、そなた達の結婚に際し、アルメリアを降嫁させるのではなく、ユリウスを皇家に迎えたいのだ。結納などの金に絡む部分は色々と微調整は必要だが、すでにブランドル公とユリウスの了承は得ている。そなたには後回しになってしまったが、このまま皇家に籍を残してもらいたい」
 エドワルドの意図を理解したアルメリアは傍らにいる婚約者を見上げる。彼は優しげに微笑むと大きく頷いた。
「宜しいんですの?」
「ああ」
 エドワルドと既に話は付いているのだろう。アルメリアとしては好きな人と結ばれるのなら構わないのだが、ユリウスにも皇家の責任を負わされる事になるのは何だか申し訳なく思わなくもない。また、そういった先々の所にまで目を向けているエドワルドの凄さを改めて実感した。
「ユリウス様が納得しているのでしたら、私も異論はございません」
「そうか……。済まない」
 アルメリアの返答にエドワルドは頭を下げる。本当は快く送り出してやりたいのだが、現状を考えるとエドワルドにはそれが出来なかった。自分に何か起きなくても、エルヴィンが無事に育たないかもしれないし、無事に成長しても国主に向かないかもしれない。もちろん、弟か妹が出来る様に励むつもりではあるが、選択肢は多い方が良いに決まっている。
 先々を読む癖が付いてしまっている事が恨めしくなってしまうが、ロベリアにいた頃では到底考えたくも無かった事が現実に起きてしまっている。2人には申し訳ないが、国の為に協力してもらおうと考え、先ずは婿となるユリウスとその父親であるブランドル公に相談したのだ。彼等は難色を示すどころかエドワルドが国主になるのならば、と快く承諾して彼を驚かせたのだ。
「では、殿下、改めてお伺いいたします。国主となり、この国を導いていただけますか?」
「有能な貴公らの協力が得られるのならば、国主となり、この国の為に尽くそう」
 ようやくエドワルドが国主になる事を承諾し、その場にいた一同はホッと胸を撫で下ろした。こうしてようやく国主制定の会議が終了し、その結果はその日のうちに公表されたのだった。


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別タイトル「最後の悪あがき」
とうとうエドワルドが時期国主に指名されました。

会議後の一コマ。
ちなみにこの後に他の貴族達に国主会議の結果を披露する場が設けられていた。普通なら会議の2~3日後に晩餐会も開かれて盛大に行われるところを、情勢を考慮して簡素に行われる。

エド  「あ~、とうとう指名されてしまった」
アスター「殿下、お披露目まで時間がありませんのですぐにお支度を」
エド  「え? (フレアと子供達の顔を見に行こうと思ったのに……)」
アスター「誰かが散々ごねるからです」
エド  「う……」
フレア 「子供達の部屋が公務の合間でも見に行けるくらい近ければいいのに……」
エド  「ふむ……。ちょっと考えてみるか」

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