群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

102 冬の皇都へ3

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 ルークが案内されたのは本宮の南棟にあるハルベルトの執務室だった。彼が部屋に入ってくると、ハルベルトは立ち上がって迎えてくれた。
「よく、ロベリアから来てくれた。聞きたいことは山ほどあるが、先ずはこちらに座って休め。肩をどうした?」
 彼はルークに暖炉脇の椅子を勧め、侍官が暖かいお茶を用意してくれる。正直、体が冷え切っていたルークはその心遣いが嬉しかった。
「妖魔討伐に行き合いました。手を出さないつもりでしたが、砦の防衛線が危ういのに気づき、降りてしまいました。幸いにしてすぐにヒース隊が到着したので被害は最小限に抑えられたようです」
「医師をすぐ呼べ。手当てが先だ」
「それほどひどい傷ではありませんから……」
 ルークは止めようとしたが、ハルベルトの命令ですぐに医師が駆けつけてきた。その場で有無を言わせず服を剥ぎ取られ、傷があらわになる。
「この傷がひどく無いだと?寒さで痛みが麻痺していただけだろう?無茶にもほどがある」
 ハルベルトが顔をしかめて言うと、ルークは何も言えずうなだれる。医師はなれた手つきで傷を清め、患部に薬を当ててくれる。そして包帯を巻き、手当てが終了する。
「後ほど痛み止めを調合してお届けにあがります」
「そうしてやってくれ」
 恭しく医師がそう申し出て頭を下げると、ハルベルトも同意する。着ていた物に再び袖を通そうとしたところで、侍官がうやうやしく真新しい服と外套を差し出してくれる。何もかも至れり尽くせりである。
「遠慮はいらぬ」
「何から何まですみません……」
 ルークは恐縮して侍官から服を受け取り、袖を通した。その侍官は血のにじんだ彼の服を引き取り、医師と共に静かに退出していく。執務室にはハルベルトとルークだけになり、ハルベルトはルークの向かいに座って話を切り出してきた。
「先ずは用件を聞こう。今回、この時期にわざわざ来たのはどういった事か?」
「女大公様の書状を預かってまいりました。陛下にお届けして欲しいと仰せになられています」
 ルークは腰帯につけた小物入れから、グロリアの書状を取り出した。
「叔母上は、どんなご様子だ?」
 グロリアが倒れたという知らせは既に皇都に届いていた。公表はされていないものの、一部の貴族の間には既に広まっているようである。
「昨夜、意識が戻られたと団長から伺いました。しかしながらまだ予断を許さない状況にあるようです」
「そうか……。手紙は父上宛だったな?」
「はい」
「グラナト!」
 ハルベルトは次の間に控えている補佐官を呼んだ。彼はすぐに執務室へ入ってくる。
「父上にお伺いを立ててきてくれ」
「かしこまりました」
 忠実な彼は頭を下げるとすぐに執務室を後にする。
「それはそうと、エドワルドの具合もどうなのだ?紫尾にやられたと聞いたが?」
「はい。団長も一時は重篤な状態にありましたが、今は回復されて飛竜にも乗っておられます。昨日は討伐に同行され、指揮をお取りになられました」
 打てば響くようなルークの答えにハルベルトも満足する。
「団長から殿下へあてた手紙も預かっておりますが、今、お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「エドワルドから? では預かろう」
 ルークは同じ小物入れからエドワルドからハルベルトへあてた手紙を取り出し、彼に渡す。他にも国主である父に宛てた私信とソフィアに宛てた手紙も預かっていた。待ち時間を利用し、早速ハルベルトは手紙に目を通す。
「ほう……エドワルドはフロリエ嬢に助けられたのか」
「はい。バセット医師によりますと、彼女の的確な指示の元に処置がほどこされたことにより、団長の命は助かったそうです」
「そうか。ますますその女性に会ってみたくなった」
 そこへ扉を叩く音がして、グラナトが執務室に入ってきた。
「陛下はすぐにお会いになるそうです」
「そうか。ではルーク、案内しよう」
 ハルベルトに促されてルークは立ち上がり、案内されて本宮の北棟にある国主アロンの部屋へ向かう。この時ルークは気分が高揚していて傷の痛みを全く気にしていなかった。やがて部屋の前に着くと、ハルベルトが扉を静かに叩いた。先ず出てきたのは常に側近くで彼の世話をしている、年配の女官であった。一行の姿を見ると、すぐに脇にどけて部屋へ招き入れてくれる。驚いたことにルークは国主の寝室へ通されたのだ。
「遠路、よぉ来たのぉ」
寝台に体を起こしたアロンはルークの姿を見て目を細める。彼は促されて寝台の側により、跪いた。
「お休みのところ申し訳ございません」
「よいよい。書状を預かろう」
 アロンに促されて先ずはグロリアからの書状を渡し、もう一通エドワルドからの手紙を取り出す。
「こちらは団長からお預かりした手紙でございます」
そう言ってルークが差し出すと、アロンは嬉しそうに手紙を受け取る。
「あれはもう元気になったのか?」
「はい」
 ルークは深く頭を下げる。
「もうグランシアードに乗って飛び回っているそうです」
 ハルベルトが緊張しているルークに替わって答えてくれる。
「そうか、そうか。ところで叔母上はどんなご様子だ?」
 ルークは言葉に詰まった。すると横からまたもやハルベルトが助け舟を出してくれる。
「一命は取り留めたそうです、父上」
「そうか……。あの方もお年を召されておるからのぉ」
 国主は少し心配そうな表情となる。
「父上、叔母上もですが、我々はあなたの体調も心配です。今日はもうお休みになられて、明日、手紙をお読みください」
「分かった、そう致そう」
 自分の体調をおもんばかる息子にアロンもうなずく。ルークも長居するのは良くないと思っていたので、一度深々と頭を下げると、ハルベルトと共にアロンの部屋を退出する。
「ルーク、部屋を用意させているから、今日はそちらで休め」
「ありがとうございます」
 一旦、執務室へ戻りながらハルベルトが言うと、ルークは深々と頭を下げた。
「とにかく、その傷もあることだし、明日は一日体を休めるように」
「は……はい。ソフィア様へも手紙を預かっているので、お屋敷へ伺いたいのですが……」
 遠慮がちにルークが言うと、ハルベルトは笑いながら答える。
「心配しなくても、姉上なら明日も本宮へ来るであろう。私と同様、叔母上の事は気がかりであったから、新しい情報があれば知らせろと言われておる。そなたが来ていると分かれば直に会いに来るであろう」
「そ……そうですか」
 パワフルなソフィアを思い出し、ルークは少しうろたえる。
「はっはっはっ。私も同席するから心配致すな」
 それはそれで恐れ多いような気がする。2人が皇家の居住区域である北棟を出たところでハルベルトは侍官の1人にルークを部屋へ案内するように命じた。彼はまだ仕事があるようで、ルークに軽く手を上げると、再び執務室へ戻ったのだった。
「あの……本当にここ?」
 案内された部屋を見て、ルークは思わず侍官に尋ねた。彼が案内されたのは、浴室が付いた二間続きの部屋だった。寝室に置かれた広くてゆったりした寝台は、ふかふかで体が埋まってしまいそうである。
「はい、こちらにお泊り頂くように承っております。御用がございましたら呼び鈴でお呼び下さいませ」
 侍官は丁寧に頭を下げるので、ルークは恐縮してしまう。
「は……はぁ」
 部屋には既に彼の為に食事の準備が整えられ、医師が替えの薬と痛み止めを用意してくれていた。お風呂もいつでも入れるように準備が整えられている。
「後で薬を替える時に手伝って頂けますか?」
「かしこまりました。その時はお呼び下さい」
「ありがとうございます」
 侍官は頭を下げて部屋を出て行くと、広い部屋に1人取り残された気分である。それでも空腹を覚えていたので、早速用意された食事に手をつける。豪華なのだが、1人だとなんだか侘しい。それでもどうにか腹を満たし、一息ついてから湯を浴びた。侍官を呼んで傷に薬を当てるのを手伝ってもらい、着替えに袖を通した頃にはもう限界だった。寝台に潜り込むと、そのまま深い眠りに着いたのだった。
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