群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

103 冬の皇都へ4

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 彼が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。自分がどこにいるか分からずに一瞬辺りを見回したが、本宮に来ている事を思い出し、慌てて起きだす。
「お目覚めでございますか?ルーク卿」
 次の間に控えていたらしい侍官が物音を聞きつけて寝室に入ってきた。
「おはようございます。寝すぎてしまった」
「良くお休みでしたので、起きるまでそっとしておくようにと、ハルベルト殿下のご命令でございます。医師をすぐお呼びしますので、そのままお待ちくださいませ」
 侍官は慌てて着替えようとしているルークにお茶を用意すると、頭を下げて退出する。ルークは大きく息を吐くと、お茶を用意してくれたテーブルに着く。良く寝たおかげでそれほど傷は痛まないし、疲れも充分取れた。エアリアルの様子はどうだろうかと思念をたどろうとするが、竜舎まで距離がある上に他に多くの飛竜がいるので良く分からない。あきらめて後で様子を見に行くことに決めた。そこへ扉を叩く音がして医師を案内して先ほどの侍官が戻ってきた。
「お加減はいかがですかな?」
「はい、もうそれほど痛みも感じません」
「そうですか」
 医師はそれだけ言うと、ルークの肩に巻かれた包帯を取り、傷を確認する。そして消毒をし直し、再び薬の付いた宛て布をして包帯を巻く。
「夜にもう一度薬を替えて下さい。明朝また診察致します」
「夜明け前に出る予定ですけど?」
「かまいません」
 医師は当然といった様子で答える。彼が後に知った事だが、この医師は皇家の専属で、国内有数の高名な医師だった。
「ありがとうございます」
「痛み止めと化膿かのう止めを合わせた薬を調合しました。食後にこちらを2粒お飲み下さい」
 医師は紙に包んだ小さな丸薬を取り出した。
「はい」
 ルークの返事に満足げにうなずくと、彼は荷物をまとめて席を立った。そして軽く頭を下げて部屋を後にした。
「ルーク卿、ハルベルト殿下が昼食をご一緒したいと仰せでございます」
 医師を見送った侍官が戻ってくると、頭を下げてそう言ってくる。
「う……分かった」
 それを断る勇気は彼にはない。仕方なく身支度を始めると、左腕に負担がかからないように侍官が手伝ってくれる。
「すみません」
 ついつい頭を下げると、彼は笑って「これが仕事でございますから」と答えた。洗顔を済ませ、用意の整った彼は、侍官の案内で応接間の一つに案内される。そこへは既にハルベルトとソフィアが待っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「良いのじゃ。怪我をしたそうじゃが、どんな具合か?」
 ソフィアが親切に尋ねてくる。
「はい、よく休ませて頂いたおかげでほとんど痛みません」
「それは良かった。叔母上の事もエドワルドの事もハルベルトから聞いた。良くロベリアから知らせに来てくれた」
 彼女は感激しているらしく、ルークの手を握って離そうとしない。その間に女官達がテーブルに食事を並べていく。食欲をそそる良い匂いがあたりに立ち込めている。
「姉上、続きは食事を済ませてからにしましょう。彼が困っていますよ」
「確かにそうじゃ。失礼した」
 ソフィアが手を離してくれたので、ルークはほっとするとハルベルトに勧められて空いている席に座った。給仕の係りのものが皿にスープをなみなみと注ぎ、彼の好みのパンをいくつも取ってくれる。
「頂きます」
 ルークはダナシアへ祈りの言葉をささげた後に律儀に頭を下げて食事を始めた。朝食も食べずに眠っていたので、自分が思っている以上に空腹だったらしい。出される料理を次々と平らげていく。
「よぉ食べるの」
「あ……すみません」
 ソフィアが感心したように言い、ルークははたと気が付いて手を止める。その様子にハルベルトは苦笑して言う。
「竜騎士は体が資本だ。しっかり食べなさい」
「は……はい」
 そう言われると逆に食べ辛くなるが、次々とおいしそうな料理が運ばれてきて手が出てしまう。結局、満足するまで食べてしまった。
「明日はいつ頃出る予定だ?」
「夜明け前には出ようかと思っております」
「そうか……。父上の返事は今日中に預かっておこう」
 食後のお茶を飲みながらハルベルトが尋ねてくる。ルークは思い出したようにエドワルドからの手紙を取り出すと、一旦立ち上がってソフィアに渡した。
「遅くなりましたが、団長から預かってまいりました」
「そうか。妾も今日中に返事を書くことにしよう」
「ありがとうございます」
 ルークは頭を下げると再び席に戻る。
「夜明け前に出て、向こうに着くのはどの位だ?夜中は過ぎるだろう?」
「そうですねぇ……昨日も夜明け前に向こうを出たので、昨夜付いた時間くらいには着くかと。風の影響で多少前後しますが」
「え?」
 ルークの答えにハルベルトは驚く。
「休憩はするのであろう?」
「はい。昨日も途中で3回取りました」
「雷光の騎士の名は伊達じゃないな」
「そうですか?」
 ハルベルトの驚きようにルークは逆にきょとんとしている。
「それほど速いのかえ?」
「春や秋の気候がいい時期なら可能でしょうが、この時期にこのスピードで飛べる竜騎士はそうはいないでしょう」
「ヒース隊長やユリウスなら可能でしょう?」
「ならば聞いてみるといい」
「はあ……」
 その後はしばらくロベリアでの話を……特にルークの恋人について話をさせられ、大いに冷やかされて昼食は終了した。ルークは2人に丁寧に頭を下げると、与えられた部屋に戻った。

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