群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

23 華の皇都8

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 城に帰ったエドワルドは、ハルベルトに一言報告しようと、彼の執務室に向かった。ところが会議中で彼は留守だったため、用があるから後で会いたいと伝言を頼んで自室に戻った。
 衣服を緩めて寝台にゴロリと横になる。昨夜は女官が押しかけてきたおかげでほとんど寝ていない。そのまま連れ帰った小竜と共にうとうとしていると、侍官が彼を呼びに来た。気付けば既に日は大きく傾いていた。
「ハルベルト殿下がお呼びでございます」
「わかった」
 衣服を改めて部屋を出ると、小竜も飛んできて肩にとまる。案内された先は執務室ではなく会議室だった。ちょうど会議が終わったところなのだろう、国政を支える重臣たちが顔をそろえている。
「失礼いたします」
 エドワルドが入室すると、張り詰めた空気が漂う。ちらりと室内を見渡すと、ワールウェイド公の傍に見覚えのある赤毛が見えた。おそらく会議中に押しかけ、自分の都合の悪い事を隠してエドワルドにされた事だけを密告したのだろう。あまりにも稚拙な行動にため息がもれる。
「エドワルド、こちらへ」
 ハルベルトに呼ばれて奥に進む。彼が小竜を連れていることに不快感を示すものもいたが、一瞥しただけで黙り込む。脅えているだけのようだが、小竜は騒ぐことなく大人しく彼にしがみついていた。
「兄上、お呼びでございますか?」
 自分に恥ずべき事は何もないので、堂々と兄の前に進み出る。
「エドワルド、ゲオルグが仲間と酒を飲んで少し騒いでいたところを過剰な暴力で止めさせ、更には帰ろうとした彼の馬を無理やり操り、川へ突っ込ませたのは本当か?」
「少し、ですか? お言葉ですが、あれを少しとは言いません」
 あまりにも下手なウソに頭痛を覚える。
「そなたが馬を操って振り落させたために、ゲオルグの部下の1人が骨折したそうだ」
「それは気の毒な事をしました」
 エドワルドは軟な奴だと内心で思いながら、そう言って頭を下げる。
「兄上、我が副官のアスターを呼んでいただけますでしょうか?この件に関しましては彼の方が当事者の私よりも客観的にご説明できると思います」
「よかろう」
 ハルベルトはそういうと、侍官に命じてアスターを呼びに行かせる。ワールウェイド公は待ったをかけたが、ハルベルトはそれを黙殺し、アスターが来るまで大人しく待つようにゲオルグにも命じた。
 ハルベルトは大きくため息をつくと、すぐ傍の空いた席を弟に勧める。本来ならばフォルビア公であるグロリアの席だったのでエドワルドは少しためらったが、他に空いているのは下座の方だった。甘えているわけではないが、できれば兄の傍にいたかったので勧められるまま席に着く。

 しばらくして侍官の1人が何やらハルベルトに報告しに来た。
「本当か? その者もここへ連れてまいれ」
 傍にいたエドワルドにも誰がきたかわからなかったが、兄の表情が少し和らいだ気がした。ハルベルトの命令を受けたその侍官が頭を下げて他出すると、入れ替わりにアスターがやってきた。
「失礼いたします」
 アスターが一礼し、居並ぶ重臣に臆することなく会議室に入ってきた。
「アスター卿、本日皇都で起こった事件について、そなたの目から見たことを報告してもらえるだろうか?」
 ハルベルトがそう言うと、アスターは「かしこまりました」と頭を下げ、彼の目から見た事件のあらましを語った。その場にいた大半のものは「ああ、やはり……」といった表情で話に耳を傾ける。
「黙れ! そいつは叔父上の部下だ。上司に有利な証言をするのは当然だろう!」
 ゲオルグは途中で席を立つと、アスターを指してわめいた。
「やめよ、ゲオルグ。己に後ろ暗いところが無ければ黙っていなさい」
 ハルベルトが一喝し、ゲオルグを黙らせる。室内がシンと静まりかえった。そこへ扉を叩く音がして侍官が客を案内してきた。侍官の後ろにいるのは、驚いた事にあの酒屋の店主だった。昼間と違い、小ざっぱりした格好をしているのは、来る場所を考慮したためだろう。
「あの……」
 案内されて来たはいいが、居並ぶお偉方を目にして彼は狼狽えた。
「おや、酒屋の店主殿ではないか。こんな所までいかがされた?」
 困った様子で立ち尽くす店主にエドワルドは気さくに声をかけ、席を立って彼に近寄る。
「わ……わしは……その……」
「そういえば名前も伺って無かったな」
「そこでは落ち着いて話ができないでしょう。こちらへどうぞ」
 初めて入る城のしかも中枢ともいえる言うべき場所に招かれて、酒屋の店主は完全に固まっていた。エドワルドは気持ちをほぐすように笑いかけながら話しかけ、アスターは廊下に立ったままの彼を室内に招き入れる。
「名前は何と申される?」
「わしは……あの並木通りで酒屋を営むマルクと申します」
「ほう、マルク殿。どうしてこのような場所まで参られた?」
 エドワルドが気持ちをほぐしたおかげで、酒屋の店主マルクはようやく自分が言いたい事が言えるようになった。
「わしは、あなた様に礼を言いに来たのです。あなた様に助けていただいた上に、たくさんの見舞金を頂戴いたしました。お礼にと思いまして、とっておきの1樽をあなた様に飲んでいただこうと思いまして、持って参ったのでございます」
「マルク殿、私は当然のことをしただけですよ。礼には及びません」
「殿下、本当に、本当に、感謝しております。あの時、あなた様がいらっしゃらなければ、アンナは……娘は本当にどうなっていたか……。皇家の方とは思わなんだが、赤毛の若い貴族を頭とした集団が方々で悪さをしている噂は聞いております。若い娘が慰み者として召し上げられ、2度と帰ってこなかったこともあると聞きます。娘が同じ目に合わずに済んだのです。いくら感謝しても足りません」
 堰を切ったようにマルクがしゃべり始め、一同はそれに聞き入っている。彼の知っている噂話で今まで明るみにならなかったゲオルグの悪行が暴かれ、ゲオルグは抑えているワールウェイド公の手を振りほどいてマルクにつかみかかろうとする。
「黙れ、じじい!」
 とっさにエドワルドがマルクを庇い、目で合図を受けたアスターが「失礼します」と断ってゲオルグの鳩尾に拳を叩きこんだ。彼はあえなくその場で昏倒した。
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