群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

24 華の皇都9

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「この愚か者が」
 ハルベルトは吐き捨てるように言うと、侍官にゲオルグを部屋に連れて行くように命じる。
「ゲオルグには当面、謹慎を言い渡す。夏至祭終了まで部屋から出すな」
「ハルベルト様、それはあまりにも殿下がかわいそうでございます。ゲオルグ殿下は夏至祭を大変楽しみにしておいででした。ご一族が揃われる中、1人外されるのはいかがなものかと存じます。この度の事、養育係を任せられた私が、殿下にとくと言い聞かせますので、なにとぞご容赦を願います」
 ワールウェイド公がすかさずハルベルトに願い出る。あまりにも厚顔な態度にハルベルトはあきれ果てる。
「ワールウェイド公グスタフ、これは父上からの言葉として聞け。そなたをゲオルグの後見から外し、今後一切かかわることを禁ずる」
「な……」
「ゲオルグがこうなったのも、そなたが甘やかしたのが原因であることが明白である。18年前、兄上が亡くなられた折、あれを一族あげて養育したいとそなたは申し出た。父上もそれを了承し、異例ではあるがそなたの元で我々の口出しを一切受け付けずにあの者を育て上げた。それがどうだ? この有様だぞ。今後は私の元で専
任の教師を置き、性根から叩き直す」
 ハルベルトの怒りにグスタフは言葉もない。今までも事件を引き起こしてきたゲオルグだったが、全て彼が金を使ってもみ消し、明るみになる事は無かった。証拠がなく、対処ができずにいたのだが、エドワルドが偶然居合わせ、被害にあったマルクがこうして尋ねてきたのが幸いした。これで、皇家の威信を傷つけるばかりだったゲオルグの問題も解決するだろう。
「今回の件、エドワルドは不問とする」
「しかし殿下、エドワルド様は無理に馬を操り、ミムラス家の子息を怪我させております。その事は考慮しなくてもよろしいのでしょうか?」
 重臣の1人が遠慮がちにハルベルトに進言する。
「確かにそうであるが、そもそもは彼らがエドワルドを馬の足にかけさせようとした事が原因である。相手の力量も測らず、犯した愚行の結果だ。逆に彼らがエドワルドや酒屋のマルクと申したか、親娘に謝るべきではないかね?」
 ハルベルトの言葉に進言した重臣も納得する。
「殿下の仰せの通りでございます」
「ゲオルグの愚行が他にもあるだろう。詳しく調べて報告せよ。必要とあれば見舞金を用意し、彼らを同行させてお詫びさせる」
 ハルベルトのこの言葉で会議はお開きとなった。重臣達もやれやれといった表情をして会議室を後にする。グスタフだけは腹立たしいらしく、エドワルドとアスター、そして酒屋のマルクを睨み付け、足音も荒く部屋を後にした。



 重臣達を見送ると、アスターも「用事がございますので、失礼します」と断って部屋を出ていき、会議室に残ったのはエドワルドとマルクとハルベルトの3人になる。
「さてマルク殿、そなたの用件を聞きましょうか」
 目の前で行われたやり取りが信じられず、呆然としていたマルクにエドワルドが声をかける。
「は……はい、あの……」
「エドワルド、ここではゆっくり話も出来ぬ。場所を移したらどうだ?」
 ハルベルトが横からそう提案をしてくる。
「そうですね」
 エドワルドは外で控えていた侍官にマルクが最初に通された応接間に案内させる。そこには2人の女性が心細げに待っていた。
「あんたぁ」
「父さん」
1人は昼間助けた彼の娘のアンナだった。もう1人は彼の妻らしく、マルクの姿を見ると抱きついてきた。侍官に連れていかれたので、お咎めがあったのではないかと心配していたらしい。マルクはエドワルドと何故かついて来たハルベルトに妻子を紹介して本題に入った。
「昼間は本当にありがとうございました。殿下には心から感謝いたしております」
「私は身内の後始末をしただけですよ」
 エドワルドは笑って答える。
「それでも助けて下さったことには違いありません。ここに持って参りましたのは、我が家のとっておきの1樽です。殿下はワインがお好きだと伺っておりますが、そんなあなた様に飲んで頂くにふさわしい逸品だと思っております」
 部屋には小ぶりなワインの樽が置いてある。エドワルドが促されて樽を見てみると、ブレシッド公国のラベルに14年前の日付が記されている。葡萄が豊作で、ワインの出来が稀に見るほど良かった年だったはずである。
「貴重な品ではないか……」
 エドワルドは絶句する。確かに喉から手が出るほど欲しい逸品だった。
「彼らの気持ちだ。もらったらどうだ?」
 ハルベルトが横から口をはさむ。
「固辞すればかえって失礼だろう。本来なら私がするべき事をそなたがしたのだ。この樽の礼は私がしよう」
「兄上……わかりました」
 兄の言葉に後押しされて、ようやくエドワルドはマルクから樽を受け取る事にした。
 兄の言葉に後押しされて、ようやくエドワルドはマルクから樽を受け取る事にした。
 ハルベルトは彼らに城で食事をしていくことを勧めた。3人は断ろうとしたのだが、めったにないことだろうからエドワルドにも勧められてようやく同意したのだ。加えて帰りには1人の兵士が護衛に着いた。後の話になるが、この時の縁で護衛に着いた若い兵士とアンナは付き合い始め、数年後に結婚したのだった。



 酒屋の親娘から貴重なワインをもらいうけた後、エドワルドはハルベルトの居室で一緒に夕食をとった。小竜はすぐにコリンシアやアルメリアに懐き、夕飯も分けてもらって満足そうだった。特にコリンシアは小竜の首に自分のリボンを巻いてやったりしてお世話をし、フロリエに与える予定なのに既に自分で名前を決めてしまったらしい。
 仕事が残っているハルベルトは夕食が済むと早々に執務室に戻っていった。特に予定の無かったエドワルドは団らんの時を姫君達と過ごした後、離れ難くなったらしいコリンシアを連れてハルベルトの居室を後にした。今夜は一緒に寝たいと小さな姫君は甘えてきたのだ。
 部屋に戻ると、誰もいないはずの部屋に人の気配がする。もしやと思って入ってみると、若い女官が待っていた。
「夜のお世話を言いつかって参りました」
「はい?」
 エドワルドは天を仰いだ。夜はまだまだ長そうである。



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18日12時にももう一話更新。



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