群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

23 手掛かりを追って3

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 ヒースはロベリアの西砦の一室で不機嫌そうに報告書の束に目を通していた。エドワルド一家が行方不明になって既に10日経っている。彼等の行方が分からないばかりでなく、協力を要請した他の騎士団からの返答は芳しいものが返ってこない。更には皇都から政務官を任命されたとトロストが総督府に押しかけ、ロベリア総督を初めとする高位の文官と竜騎士達の行動を監視し始めたのだ。
 リーガスとジーンの不在を隠すため、騎士団は演習という名目で総督府を離れて西砦に駐留していた。ルークも回復したエアリアルと共に、トロストに気付かれないうちにこちらへ移っていた。
「全く、どいつもこいつも……」
 皆、我が身がかわいいようで、国政の権力を一手に集めてしまったグスタフに逆らえないでいるらしい。上の立場の者は逆らえば降格されてしまうし、下にいるものはここで取り入っておけば昇格も夢ではなかった。
 一番いい例が第1騎士団の団長であったブロワディである。本宮内で最後まで抵抗した彼は資格をはく奪されて謹慎を命じられている。要《かなめ》の団長が失職した為、第1騎士団の結束は乱れ、さらには主だった竜騎士が地方の騎士団へ左遷されてしまったのだ。
 代わりに第1騎士団の要職に就いたのは、ゲオルグが形ばかりの総督を務めていたマルモア所属の第4騎士団の竜騎士達である。彼らはこの人事に大いに満足し、ゲオルグやグスタフに忠誠を誓っていると聞く。更にはワールウェイド領からも兵を呼び寄せ、本宮や皇都を物々しく警備しているらしい。
「団長、リーガス卿から手紙です」
 風を通すために開け離れたままの扉から、慌ただしくルークが室内に入ってくる。
「リーガスから?」
 予定では3日前にリーガスとジーンは帰ってくる予定だったのだが、グランシアードらしき飛竜の後を追うと連絡したきり音沙汰が無くなっていた。ヒースはルークから手紙を受け取ると、すぐに目を通し始めた。彼の不機嫌そうな表情が一変する。
「いかがされましたか?」
 思わずルークが口をはさむ。
「読んでみろ」
 ヒースはルークに手紙を渡すと、報告書の山を脇に追いやり、あわてた様子でフォルビアの地図を広げ始める。その様子をいぶかしく思いながらも、ルークは手渡された手紙に目を通し始める。
「……村が一つ滅ぼされた……殿下が兵士に連れ去られた?」
 驚きのあまりルークは声を漏らす。
「ばか、声が大きい」
「あ……すみません」
 念のため、砦にいる兵士は雑兵に至るまで身元確認を行っているが、政務官に内通しているものがいないとは限らない。届いた情報はそれだけ貴重なものであった。
「生き残った子供達はフロリエ様の無実を証明する貴重な証人だ。すぐにフォルビアの外へ連れ出すのは困難だが、一時的に神殿が保護してくださるのでひとまず安心だろう。問題なのは殿下の安否とフロリエ様、コリンシア様の行方、グランシアードの怪我の具合だな。」
 ヒースは小声で手紙の内容を確認しながら机上に置かれた地図に印をつける。
「問題の村はリラ湖畔のこの辺り。殿下はおそらくフォルビア城か、親族たちの影響が強い西部の砦か館に連れていかれたかもしれない。フロリエ様方はここから船で脱出されたのなら、どこの岸に着かれても東へ向かわれただろう。」
 軍議にも使う駒を地図上に置いていき、現状を分かりやすく再現する。
「グランシアードの怪我は酷そうだな。神殿の厩舎の係を2名、村に派遣してくれたようだが、彼等だけでは無理だろう。だからと言ってこちらから派遣するには時間がかかるな……」
 既に潜入している者もいるが、頻繁に連絡を取れない状態で命令がいつ届くか分からない。しかし、トロストにばれない様に新たにロベリアから係を呼び寄せるには時間がかかる。
 一刻を争うのはそれだけでない。大々的に手配されているフロリエ達の行方もフォルビア側より先に見つけなければならない。リラ湖畔を全て捜索するには大幅な増員が必要であった。
「私が行きましょうか?」
 困った様子のヒースにルークが名乗り出る。エアリアルも既に復調しているし、ここにはいないことになっている彼が留守にしても怪しまれる事はない。それに彼は気難しい所もあるグランシアードがエドワルド以外で心を許す数少ない人間の一人であった。
「お前が?フロリエ様の捜索に加わると思っていたが?」
 驚いたようにヒースが顔を上げる。
「確かに、今すぐに飛んでいきたい気持ちはあります。ただ、私が飛び回ると目立ってしまいますし、焦る気持ちからどこで失敗するか分かりません。グランシアードの世話と看病をしながら、あの村の近辺を中心に調べようとは思います」
「……そうしてくれるか?」
「はい」
 ヒースが少しほっとしたように頼むと、ルークは大きく頷いた。
「ただ、あれから10日以上経っています。女性と子供の足でもロベリアとの境に近づいていてもおかしくはないと思います」
「そうだな。まだフォルビアとの境界でそういったトラブルは起きていない。だが、向こうの検問はかなり厳重で、向こうからこちらへ来ようとする女性は全て念入りな身体検査が実施されていると聞く。特にコリンシア様の髪は目立つからな。帽子で隠す程度ではすぐに見つかるだろう」
 ヒースはため息をつくと、再び地図に目を向ける。ルークも同道している恋人の事を思うと、胸が締め付けられるように痛む。
 ちなみに街道から外れて来ようにも、北部の境界には切り立った崖と対妖魔用の城壁があり、南部の境界には大きな川が流れているために女性や子供ばかりでは容易に超えることが出来ない。鍛え上げられた彼等だからこそ夜陰に乗じて崖を超え、境界を行ったり来たり出来るのだ。
「検問に躊躇《ちゅうちょ》してどこかに留まっているのでしょうか?」
「それもあり得るな。リラ湖を船で逃げたのなら、南部へ着いた可能性もある。捜索区域をもっと南へ広げてみよう」
「そうですね」
 ルークが同意すると、ヒースは潜入させる人員を紙に書きだし始める。主だった竜騎士はフォルビア領内ではすぐにばれてしまう恐れがあり、土地勘があり、信用のおける騎馬兵の中から選び出している。
「ジーンクレイとリリアナを連れて行きましょうか?」
 ルークの提案にヒースの動きが止まる。
「あの2頭はお前達についていけないだろう?」
 水の資質を持つ2頭は感応力に優れるものの、風や炎の資質を持つ飛竜に比べると移動速度は劣ってしまう。ましてやタランテラ最速と言われるエアリアルに遅れずについて飛ぶのは不可能であろう。
「空で飛ばせば大丈夫でしょう。明日は新月です。高層域を飛べば闇にまぎれて境界を警戒するフォルビアの竜騎士にもわからないはずです。とにかく2人には戻ってきてもらわないと……」
 一番長く留守にしている2人はトロストの存在すらまだ知らないだろう。所用で一足先にこちらへ来たことになっている2人に一度会わせろとトロストからの催促が来ていた。のらりくらりとかわしてきたが、そろそろ限界である。下手をすれば向こうから出向いて来るかもしれなかった。フロリエやコリンシアが見つかった時のことを考えれば、それは避けておきたかった。
「分かった。任せる。念のため、残った我々は2日間の夜間演習でも行おう」
「ありがとうございます」
 西の砦にはヒースのほかに3名の新任の竜騎士が来ていた。こちらへは彼等に地理を覚えさせるという名目で来ており、夜間演習を行ったとしても不自然ではない。だが、演習と断っていてもフォルビア側はその動向を警戒するはずで、ルークが潜入しやすいように彼らの注意をひきつけてくれるらしい。もちろん、明日ロベリアへ戻ってくるリーガスとジーンの手助けも兼ねている。
「すぐに準備を整えます」
「少し体も休めておけよ」
 無理をしかねないルークにヒースは釘をさすのも忘れない。
「分かっております」
 彼はバツが悪そうに頭を下げると、準備を整えるために部屋を後にした。
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