群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

22 手掛かりを追って2

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「とにかく食べるものを持って帰ろうとしていたら、誰かが村に入ってきた。また兵隊じゃないかと思って怖くて震えていたけど、入ってきたのは一人だけみたいだった。怖かったけど、もう一回外を覗いてみたら、背の高い男の人が村の惨状を見て驚いていた」
「その人の顔を見たか?」
 リーガスはもしやと思いニコルに尋ねてみる。
「その時は雨具を身に着けていてわからなかった。何人か仲間がいたらしくて、あわてた様子で村の入り口に戻って行って何か話をしていた」
「連れが何人いたか覚えていないかい?」
「……僕がいた所からは姿は見えなかった。わずかに聞こえてきた声の感じから女の人もいたみたい」
「それから?」
 尋ねるリーガスの声は震えていた。
「そこへ兵隊たちがたくさん戻ってきた。逃げろと言う男の人の声が聞こえて、空の馬が3頭か4頭、兵隊たちに向かっていった。女の人が叫ぶ声が聞こえたし、子供もいたみたいだ」
 ジーンがリーガスをふり仰ぐ。
「馬に乗った男の人が雨具を脱ぎ捨てて一人で立ち向かっていくのが見えた。たった一人で何人も何人も向かってくる兵隊を倒してすごく強かった。遠くて顔はよくわからなかったけど、見たことないようなきれいな髪をしていた。
 銀のお金を前に村長さんから見せてもらったことがあるけど、あの人の髪はお金よりもずっときれいで輝いているように見えた」
「プラチナブロンド……」
 ジーンは既に涙声だった。そんな恋人の肩を一度抱くと、リーガスは振り絞るような声で少年に尋ねる。
「その方は名乗っていなかったか?」
「とても長い名前で全部覚えていないけど、女の人がその人をエドって呼んでいた。一緒にいた子供はその人の子供だったみたい」
「殿下……」
 ジーンは手で顔を覆う。そんな彼女を気遣いながらもリーガスは少年に先を促す。
「その後、どうなった?」
「兵隊が多すぎて、あの人だけではどうにもできなくて、最後は捕まってしまった。血まみれでぐったりしているあの人を兵隊たちが連れて行くのが見えた……」
「その人は亡くなられた訳ではないのだな?」
 ニコルの顔を覗き込むようにしてリーガスが確認をする。
「うん……。後で村を物色していた兵隊たちが話しているのが聞こえて、偉い人のところへ連れて行ったと言っていた」
「そうか」
 渋い表情のままリーガスは固く拳を握りしめた。言いようのない怒りに体が震える。
「その方のお連れはどうなったか分かるか?」
「船が一艘無くなっていたから、湖に逃げたと思う。霧雨で視界が悪かったし、その時に捕まった様子は無かった」
「……そうか」
 リーガスはどうするか急いで考えを巡らす。囚われたエドワルドの安否も確かめねばならないし、湖に逃れたフロリエやコリンシアの行方も探さねばならない。それにニコル達もこのままにしておけない。ラグラスの主張と異なる貴重な目撃者である。彼らの存在を知れば、容赦なく始末されるだろう。
「おじさん、竜騎士って言ったよね?」
 おじさんと呼ばれたことに少々傷つきながらもリーガスは頷いた。
「ああ、そうだ。私も彼女もロベリアの第3騎士団所属の竜騎士だ」
「あの、飛竜がいるのだけど、彼を見てほしい」
「飛竜?」
 身を乗り出す少年に思わず彼は聞き返した。泣いていたジーンも思わず顔を上げる。
「うん。黒くて大きな飛竜がこの先の船小屋にいる。怪我をしていて動けないみたい」
「まさか……」
「グランシアード」
 元々、グランシアードの行方を追ってこちらに向かったのだ。飛竜はパートナーの気配をたどってここへたどり着いたようだ。
「案内してくれ」
「わかった」
 すぐに手燭を用意してリーガスとニコルは外に出ていく。ジーンは小さい子供達のそばについていることになった。
「あの人はおじさんとお姉さんの大事な人なの?」
 再びおじさんという言葉にショックを受けながら、リーガスはうなずく。
「ああ。我々にとって唯一無二のお方だ。この国にとってもなくてはならない存在だ」
「ふうん」
 子供にはイマイチ理解できない様子である。
「その黒い飛竜はおそらくあの方の飛竜だろう」
「そっか……」
 2人はやがて村の外れにある船小屋に着いた。リーガスが開け放たれている戸口から中を覗くと、大きな黒い飛竜がうずくまっている。漁船が何艘も納められる小屋だが、少し彼には窮屈そうに見える。
「グランシアード……」
 リーガスにはすぐにその飛竜がエドワルドの相棒であることが分かった。彼は閉じていた目を開け、リーガスに気付くと首を伸ばして彼に頭を摺り寄せてきた。
「わかるか?私だ、リーガスだ」
 飛竜はリーガスに頭をなでてもらうと、辛そうに再び目を閉じた。小屋の中は異臭が漂っている。お世辞にも清潔とはいえないこの小屋の中で、飛竜の傷は化膿し、感染症をおこしているのかもしれない。子供たちばかりで生き延びるのに精一杯の状態で、飛竜にまではなかなか手が回らないのは仕方がない事である。
「ここへ来たときはまだ元気があったのだけど、昨日か一昨日からは起き上がれないみたいだ。父ちゃんたちを埋葬するのも手伝ってくれた優しい飛竜だから助けて欲しい」
「そうか……」
 リーガスは手燭を頼りに丹念にグランシアードの傷を確認する。全身いたるところに火傷の跡があり、翼の被膜も相当傷んでいる。その傷のほとんどが化膿し、ひどいところは蛆がわいている。手持ちの応急処置程度の薬では到底足りるものではない。
「急がないと命にかかわるな」
 とにかく人手が必要であった。リーガスはジーンと相談するために、一旦彼女が待つ家に戻った。
「どうだった?」
 心配そうな彼女にリーガスは固い表情で答える。
「グランシアードに間違いない。だが、酷い火傷を負っていて、ほとんどが化膿している。被膜もボロボロで蛆がわいているところもある」
「何てこと……」
「俺はこれから正神殿に行ってくる。ロイス神官長なら力を貸してくれるだろう。最低限食料と薬は確保してくる。うまくいけばニコル達も保護してくれるはずだ」
 決意を込めてそうリーガスが断言すると、ジーンも頷く。
「わかったわ。私はここに残ってグランシアードにできる限りの手当てをしておく」
「そうしてくれ」
 リーガスも頷き返すと妻の肩を軽くたたいた。
「僕にも出来ることがある?」
 ニコルが2人の竜騎士をふり仰ぐ。
「今夜はもう遅いから休みなさい」
 優しくジーンが答えると、彼は残念そうな表情となる。
「私はグランシアードにかかりきりになってしまうから、小さい子達を見てあげて」
「まだ徹夜は無理だろう。とにかく今夜は休んで、朝になったらジーンを手伝ってくれ。できるだけ早く戻ってくるから」
 2人に諭されるように言われると、少年は小さく頷いた。
「それから、一つ君に頼みがある」
「何?」
 大柄なリーガスは少年の目線に合わせるようにして屈むと、真剣な表情で彼の顔を覗き込む。
「今では君が村の代表と思ってお願いする。しばらくの間、我々や我々の仲間達がこの村に逗留することを許して欲しい」
「……」
 少年は返事に困って首をかしげる。
「あの飛竜を我々だけでは看病しきれない。仲間を何人か呼ぶ必要がある。それに、今私たちはあの人を助けるための情報を集めている。フォルビアの中でその情報を持ち寄る場所が必要なのだ。この村を貸してはもらえないだろうか?」
 ニコルはしばらく考えると、大きくうなずいた。
「この村、マーデ村っていうんだ。おじちゃん達いい人だから使っていいよ」
「ありがとう。だが、これだけは約束しよう。例え私一人でも君たちが一人前になるまで支援させてもらおう」
「私を忘れないで」
 ずっと黙って聞いていたジーンが口をはさむ。リーガスは妻に笑ってうなずく。
「私達だけでも……だな?」
「ええ」
 その様子にニコルもつられて笑う。リーガスは大きな手で少年の頭をなでると表情を引き締めて立ち上がる。
「じゃ、行ってくる」
「気を付けてね」
 見送ってくれるジーンとニコルに軽く手を上げると、リーガスは外に出て馬を呼び寄せた。手持ちの装具を軽く確かめると、その背にまたがり主神殿目指して夜道を急いだのだった。


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