群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

21 手掛かりを追って1

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 フォルビア領へ潜入したリーガスとジーンは馬を駆って南西へ向かっていた。オルティスの替わりに館の使用人達と会ってから既に3日経っている。彼等から話を聞き、希望者をロベリアへ逃がす手はずを整えるのに思ったよりも時間がかかってしまった。
 彼等が集めてきた情報の中に、館が襲われたあの日、大きな飛竜が南西に向かって飛んでいく目撃情報があった。いまだ行方の分からないグランシアードの可能性が高く、事後承諾になるがヒースに事情を記した手紙を送って2人で確認しに行く事に決めたのだ。
 2人きりで出かけるのはめったに無い機会だが、彼等は浮かれることなく無言で馬を急がせた。
「リーガス、湖だわ」
「リラ湖か……」
 既に日は暮れており、月明かりの中彼等の行く手に湖が見えた。このまま街道はリラ湖に沿うように続いている。
「確かこの先に小さな漁村があったな。訪問するには少し遅いが、話を聞くついでに一休みさせてもらおう」
 リーガスが頭に叩き込んだ周辺地図を思い浮かべながら提案すると、ジーンも賛成する。
「そうね。そうしましょう」
 ロベリアから派遣した別働隊の報告によると、エドワルド達が襲撃された森の中を調べた結果、神殿へ向かう森の出口付近でも襲われた形跡があった。さらに詳しく調べた結果、南西へ抜ける獣道に複数の馬の足跡を発見したのだ。グランシアードらしい飛竜が向かった方角と一致するため、急いで確認する必要があった。
「村ってあれかしら?」
 しばらく進んでいくと、行く手にそれらしい影が見えてきた。小さな村らしく、雲の合間からこぼれる僅かな月の光で辛うじて建物の存在を確認できた。
「おかしいな……」
 近づくにつれて2人は異変に気付いた。いくら遅い時間とは言え、灯りはおろか人の気配も感じない。
更に近づくと、焼き払われた無残な村の有様がはっきりと見えてくる。村の前で2人は馬から降り、その有様に言葉を失った。
「夜分すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
 リーガスが声をかけてみるが返事は無い。だが、村の奥の方をよく見ると、辛うじて原型を留めている家があり、僅かに明かりが漏れているのが目についた。
 2人は顔を見合すと、用心しながらゆっくりとその家に近づく。すると扉の向こうから明らかな殺気を感じ、2人が身構えたところで扉から襲撃者が現れた。
「父ちゃんの敵!」
 木の棒を持った襲撃者はリーガスに打ちかかるが、熟練の竜騎士はあっさりとそれをかわして棒を取り上げ、相手を組み伏せた。
「子供?」
 驚いたことに相手は10歳くらいの男の子だった。リーガスとジーンがあっけに取られていると、今度は小石が飛んできた。
「兄ちゃんを放せ!」
 戸口に小さな子供が5人立っていて、彼等が2人に石を投げつけている。どの子もリーガスを襲った子供よりも幼く、一番小さな子は3歳くらいかもしれない。
「おい、ぼうず。どうして俺達が父ちゃんの敵なのだ?」
「兵隊はみんなそうだ!お前達も偉い奴の命令でおいら達を殺しに来たのだろう!」
 投げられる小石を手でよけながらリーガスとジーンは顔を見合す。
「我々は竜騎士だ。竜騎士が人を……ましてや罪の無い一般人を殺す事はありえない」
「とにかく石を投げるのをやめてくれない?お兄ちゃんにも当たるわよ」
 子供たちは何かを勘違いしているようだ。とにかく2人は彼らから話を聞くために自分達に敵意が無い事を示し、攻撃をやめさせた。見知らぬ大人がやってきて怖かったのだろう、一番小さな子供は泣いてしまっている。ジーンはその子に近寄ると、膝をついてぎゅっと抱きしめた。
「怖い思いをしたのね。大丈夫よ」
「ママ……」
 子供はジーンの胸に顔をうずめ、母親を思い出したらしく更にはげしく泣き出した。つられて他の幼い子供たちも泣き始める。彼女は彼等もまとめて腕に抱きしめた。
「大人はいないのか?」
「みんな兵隊に……」
 リーガスが襲ってきた子供を放して立たせてやると、彼も涙ぐんでいる。彼もまだ親に甘えたい年頃のはずなのに、年長の彼が今まで小さな子供達を引っ張ってきたのだろう。
「とにかく話を聞かせてくれないか?」
 兵隊と聞いてリーガスもジーンもピンと来るものがあった。沸き起こる怒りを抑えつつ、2人は子供達から話を聞くために彼等が住処にしていた家の中に入れてもらった。
 おそらく村長の住まいだったらしい大きな家で彼らは一緒に生活していた。家の中はお世辞にもきれいな状態ではなかったが、子供ばかりなら仕方のない事であろう。年長の少年は小さな声でぼそぼそと2人に勘違いした詫びを言い、短くニコルと名乗った。
 子供たちを快く許した2人は馬に積んでいた荷物から携帯食料を取り出すと、子供たちにも分けてやる。彼らはよほどおなかが空いていたらしく、それをむさぼるようにして食べ始めた。ジーンは幼い子供にも食べやすいように固い干し肉や固焼きのパンを小さくちぎり、沸かしたお湯に浸して食べやすくしてやった。
「食料は残っていなかったのか?」
 子供たちの食欲に半ばあきれながらリーガスがニコルに尋ねる。
「干し魚はあったけど、小麦や塩は兵隊が持って行っちゃった……」
「そうか……」
 携帯用の食料はまだあったが、翌日に食べる分を考慮してリーガスもジーンも食べるのを控えた。最後にジーンが干した杏子を少しずつ分けると、甘いものに飢えていた子供たちは大喜びで食べたのだった。
「眠いだろうが、そろそろ話を聞かせてもらっていいかな?」
 おなかがいっぱいになった子供たちは既にうとうとしはじめている。ジーンはニコル以外の小さな子供たちを寝かしつけるために、寝台がある隣の部屋へみんなを連れて行った。ニコルも眠そうにしているが、一刻も猶予がならない事態であるのは明白だった。今夜中に話を聞いて行動に移す必要があった。
「うん……」
 少年は眠気を振り払うように頭を数回振ると、ぽつりぽつりとその日の出来事を話し始めた。
「兵隊達が来たのは夜明け前だった。父ちゃんも母ちゃんも漁の準備で一度起きたけど、雨が降っているからってまた寝床へ戻ってきて、それで僕も目が覚めた。まだ暗くて、すごい雷と土砂降りの雨だったのを覚えている」
 明け方の雷雨と聞いて、リーガスはすぐに館が襲撃された日だと分かった。あれ以来、雨は降ったことはあっても、雷が鳴ったことはない。既に10日近く経っている。
「それで?」
 子供達だけでよく生き延びたと感心しながらも、彼はニコルに先を促す。
「雷が怖くてなかなか眠れなくて、寝床に丸まっていたら、悲鳴が聞こえたんだ。盗賊かもしれないと母ちゃんが言っていたけど、外の様子を見ていた父ちゃんがあれは兵隊だと言っていた」
 少年はその光景を思い出したらしく、体を一度ブルッと震わせた。
「兵隊がこっちにも来ると言って父ちゃんは母ちゃんに僕と弟をすぐに地下の食料庫へ降ろすように言って外へ行っちゃった。蓋を閉じてすぐに外で父ちゃんが誰かと言い争う声が聞こえたけど、それはすぐに悲鳴に変わって……」
 今夜も外は蒸し暑いくらいなのだが、ニコルは体を縮めて震えている。これ以上は無理かな……とリーガスが思い始めた頃に彼は再び口を開いた。
「僕と弟が一番奥の樽の陰に隠れていたら、誰かが蓋を開けて覗き込んでいた。多分、兵隊だと思うけど……。物色しようと思っていたみたいだけど、魚のにおいであきらめたみたいだ。他の偉そうにしゃべる人に呼ばれてすぐにどこかへ行っちゃった」
「無理ならもういいぞ。応援を呼んで君たちをどこかへ保護するから」
 少年の様子を見てリーガスは声をかけるが、彼は首を振る。
「まだ、言わなきゃいけないことがある。」
「何だ?」
 少年の必死さにリーガスは浮かしかけた腰を再び下ろした。
「それからすぐに村は火事になった。きっと兵隊達が火をつけたんだ。僕たちは怖くなって妖魔が来た時の為に掘ってあるトンネルから避難小屋に逃げ込んだ。途中で泣いてるちび達を見つけて一緒に逃げたけど、後ろから兵隊が来るんじゃないかと思うと怖くて、怖くて……」
「ちょっとお飲みなさい。」
 年少の子供たちを寝かしつけたジーンが戻ってきて、少し震えている少年に水の入った器を差し出す。
「ありがとう。」
 彼はそれを飲んで一息つくと、再び口を開いた。
「辺りが明るくなった頃、避難小屋から思い切って村の様子をうかがっていたら雨でもう火は消えていた。ちび達が今度はお腹が空いたと泣き出すから僕は後を弟に任せてまた食糧庫に戻った。外の様子も気になって、怖かったけど食糧庫の窓から外を覗いてみた。
 兵隊たちもいなくなり、村は静まり返っていた。村の大人たちが何人も倒れているのが見えたけど、怖くてまだ外に出る勇気も無かった」
 ニコルはまた縮こまって震えだす。そんな彼をジーンはそっと優しく抱きしめた。
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