群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

100 偽りの代償1

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「さっきのを取り消せ、爺! 離せ、離しやがれ!」
「陛下、陛下、何故でございますか? どけ、竜騎士共! 邪魔をするな」
 ゲオルグもグスタフも退出するアロンに追い縋ろうとするが、竜騎士と兵士によってそれを阻まれる。国主を乗せた寝椅子は合議の間を出て行き、扉が重々しい音をたてて閉ざされた。
「ゲオルグ、グスタフ、両名とも与えられた席に大人しく着き、合議の進行を阻まなければ弁明の機会を与える。そうで無ければ即刻、牢に入ってもらう」
 足掻く2人にエドワルドは凛とした声で宣告する。するとグスタフは憎々しげな視線を彼に向ける。
「ワシはまだ本物とは認めておらぬ」
「グスタフ殿……」
 激昂するグスタフをサントリナ公が窘める。既に勅令でエドワルドは国主代行に任じられ、既に承認されているのだ。国主直々にその身分をはく奪されている彼が何と言おうともそれを覆す事は出来ない。
「それにこの女は反逆者の末裔だ。ワシの情けで竜騎士になったこの女が皇家に迎えられ、ゲオルグ殿下が除籍されるのはおかしいではないか!」
 アルメリアやセシーリアの警護として、彼女達の後に立っているマリーリアをグスタフは憎々しげに睨みつける。今まで見下してきた相手が皇家に迎えられ、逆に自分は除籍となったゲオルグも竜騎士達に押さえつけられてなかったら掴みかかっていただろう。
「しかも竜騎士と結託し、偽りの葬儀まで上げて世間を欺いたのだ。神殿を冒涜した罪は重い。極刑に値するのではないか?」
 グスタフと対峙するマリーリアは小刻みに震えている。それに気を良くし、グスタフは彼女の隣に立つアスターにも鋭い視線を向けるが、彼は平然と受け流す。
「偽ってなどおりませぬ!」
「ほう、ならば葬儀を上げたはずの男が何故この場にいる?」
「あれはハルベルト殿下の鎮魂の儀です」
 マリーリアは自身の勇気を総動員し、胸を張って答える。
「私はルバーブ村から出る事を禁じられ、大恩あるハルベルト殿下の葬儀への参列も認められませんでした。そんな私の為に村長が鎮魂の儀を執り行う手筈を整えてくれました。アスター卿の容体が安定するのを待ってからになったので、あの時期になったのです」
詭弁きべんだ。周囲にそう思い込ます意図があったのは明確であろう?」
 マリーリアの答えをグスタフは鼻で笑う。
「竜騎士共が仕立てた偽物にも気づかず、しかもこのような者を皇家に迎えられるとは、陛下は蒙昧もうまいされたとしか思えん」
「祖父様の言うとおりだ。俺様が除籍になる理由なんて何もない!」
 自分が悪いことをしたとは微塵にも思っていないゲオルグは竜騎士に抑えられながらもそう言い放つ。こうなって来ると、エドワルドも本気で相手にするのがばからしくなってきた。それはこの場に集まる竜騎士や貴族達も同様の様だ。正式な5大公の中で唯一グスタフに味方していたリネアリス公が顔を青ざめさせながら「不敬罪に問われますぞ」と小声で忠告している。
「私の事をどう言われようと気にはしませんが、陛下や殿下の事を悪く仰るのは止めて下さい。ここにいらっしゃるのは紛れもなくエドワルド殿下です。真実が明らかになった今、嘘に嘘を重ねられたあなた様の主張はもう誰も信じては下さいません」
「……」
 マリーリアの言葉にグスタフは虚を突かれたように押し黙る。
「無位無官の身でありますが、発言をお許しください」
 そこへ突然、発言を求めて前に進み出たのは今まで部屋の隅で成り行きを見守っていたウォルフだった。彼はエドワルドの前に進み出てその場に跪いた。
「許す」
「この方は紛れもなくエドワルド・クラウス殿下に間違いございません。フォルビア城の牢にて、ラグラスによって囚われておられたのでございます」
「貴様、何を!」
「ラグラスはゲオルグ殿下や我々を牢に案内し、囚われておられたエドワルド殿下を得意気に披露しました。恨みを晴らす好機とばかりにゲオルグ殿下は押さえつけたエドワルド殿下に暴行を加え、更には酒席の余興として首を刎ねようと企てたのです。エドワルド殿下がご無事なのは、ひとえに竜騎士方の働きによるものでございます」
 ウォルフの発言にグスタフは声を荒げるが、彼は一気にフォルビアでの出来事を告発する。その内容に場内は大きくどよめいた。
「酒席の余興に!」
「何て事を……」
 その場に集まった貴族達はザワザワと私語を交わす。
「黙れ!」
 己の所業をさらされてゲオルグはいきどおるが、側に控える竜騎士達に抑えられる。
「この、恩知らずが!」
 思わぬところから内情を曝されたグスタフは怒りで我を忘れてウォルフの顔を蹴りつける。更に蹴りつけようとしたところでルークやユリウスが彼を止める。
「……わ、私だって御恩のある貴方に刃向う真似はしたくなかった! ですが、ですが、事実を捻じ曲げ、更には陛下や皇家の方々を冒涜ぼうとくするのは、ゆ、許される事ではありません」
 蹴られた頬は腫れあがっているが、それでも己の心に恥じるところが無くなったウォルフは続ける。
「もう、足掻くのを止めて下さい。これ以上足掻いても何かを得るどころか失っていく一方です。潔く、身を引いてください」
「……そなた、何を約束されて奴らに加担しておる? 金か? 領地か? ワシよりも良い条件を提示されて寝返ったのであろう?」
「な……何を……」
 金に目がくらんだと思われ、ウォルフは悔しさで言葉が詰まる。
「言い返せないところを見ると、そうであろう? あさましい奴よの。ワシの下におれば出世させてやったものを……」
 更に侮蔑の言葉を吐こうとするグスタフにユリウスとルークは気色ばむが、それをエドワルドが制する。
「あさましいのはそなただ、グスタフ。人の心を動かすのに金は必要ない。ウォルフはユリウスやルークの心に触れて私に味方してくれたのだ。一歩間違えば命を落とす危険があったのにもかかわらずに、だ。私がここに居られるのも彼が味方してくれたおかげだ」
「お前、俺様を裏切ったのか? 許さねぇ、許さねぇぞ!」
 頭の悪いゲオルグにもようやくウォルフがエドワルドの味方をした事を理解できたらしく、聞くに堪えない暴言を吐きながら暴れようとする。どこからこんな力が出るのか、竜騎士が2人掛かりでも抑えるのがやっとの状態だった。
 このままでは話が進まない。エドワルドは一旦ゲオルグを合議の間から連れ出すように命じようとしたところで、外が騒がしくなる。
「何事だ?」
「申し訳ありません、女官がどうしても訴えたい事があるから入れろと……」
 合議の間の外で警護していたリーガスが入室してきて報告するが、全てを伝えきらないうちに、顔に痛々しい傷を負った年配の女官が合議の間に入り込んでくる。
「お前は……」
「ドロテーア?」
 グスタフはその姿に狼狽し、アルメリアは変わり果てたその姿に絶句する。いつもきっちりと髪を結いあげ、きちんと糊付けされた女官服に一部の隙無く身を包んでいたというのに、今の彼女は髪もぼさぼさで女官服は血で汚れ、皺だらけになっている。
「大殿……ひどいじゃありませんか……」
「な……何がだ」
 フラフラと歩み寄るドロテーアの目には狂気が宿っており、グスタフはそんな彼女に気圧されるように後ずさる。
「今まで、大殿の為に尽くしてきたのに……」
「ワシに仕えるのが栄誉だと言っておったではないか。手駒の分際で見返りを期待しておったのか? 生意気な奴め」
「利用するだけ利用していらなくなったら捨てるなんてあんまりじゃないですか……」
「お前が小娘を逃がしたからこんな事になったのだ。お前のような出来の悪い手駒は切り捨てられて当然。今までワシに使ってもらっただけでもありがたく思え」
 グスタフの言葉にエドワルドは言いようのない怒りが込み上げてくる。それは傍らに控えるアスターやヒース、そしてブランドル公やサントリナ公などの主だった貴族達も同様のようで、一様に顔を顰めていた。

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