群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

99 砂上の楼閣5

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「惑わされるな。その者は殿下をかたる曲者である。竜騎士達が仕立て上げた偽物を本物に見せかけるために、病の陛下を連れ出されるとは非道極まりない行いではないか」
 おもむろにグスタフは立ち上がると、エドワルドを指して糾弾し始める。下座には両手を束縛されたゲオルグが厳重な監視の下に隔離されており、それで余計に腹が立ったのかもしれない。
「なっ」
「無礼な!」
 これにはサントリナ公もブランドル公もアスター等竜騎士達も思わず声を荒げる。だが、当のエドワルドは平然として父親の寝椅子の置かれた隣の席につき、特にいきり立つ竜騎士達を片手で制した。
「私が偽物だと?」
「エドワルド殿下は亡くなられたのだ。奥方に毒を盛られてな。そう言いふらされておられたのはソフィア様ではありませんでしたかな?」
「それは……」
 グスタフが指摘すると、夫の隣に座っていたソフィアはわなわなと震える。確かに彼女は急な婚姻が気に入らず、財産狙いではないかとフロリエを疑った。そこに付け込まれ、リューグナーに投与された薬の所為でエドワルドは騙されていると信じ込まされてしまったのだ。
 だが、リューグナーが目の前から姿を消し、時間が経つにつれて使われた薬の効果も薄れ、そしてワールウェイドが本宮を牛耳っていく様を目の当たりにしてようやく自分が利用されていたことに気付いたのだ。そして先日、ロベリアからリューグナーを捕縛してその自供内容を伝えられ、彼女は卒倒しそうになるほどの衝撃を受けた。今日エドワルドが本宮に帰って来ることを聞き、まだ体調が思わしくないにもかかわらず、夫にせがんでついて来たのだ。
「その件だが先日、リューグナーを捕えた。姉上に思考を鈍らせる薬を用い、そう思い込ませたと供述している。更にその薬を始め、様々な禁止薬物の原料となる薬草をワールウェイド領で栽培しているとも聞いているが?」
 エドワルドの追及にほんの一瞬だけグスタフの眉がピクリと動いたが、それでも不遜な態度のままエドワルドを睨みつけた。
「エドワルド殿下は亡くなられたのだ。偽物が何を言った所でワシを裁くことは出来ぬ」
「ラグラスは正神殿からお館にお戻りになるご一家を私兵に命じて襲撃させました。その結果、奥方様と姫様は行方不明に、お2人を逃がそうとしたエドワルド殿下はラグラスによって捕えられました。その私兵を手配したのがワールウェイド公であることが判明しております」
 全く動じる気配も見せないグスタフに、ヒースが怒りを堪えて淡々と報告すると、列席している貴族たちが大きくどよめく。
「知らぬな。ワシを貶めようとそなた達がねつ造したのであろう。早くこの殿下を騙る曲者と、厚かましくもゲオルグ殿下を罪人扱いした竜騎士共を捕えよ」
 上座に座るエドワルドを指し、控える兵士に命じる。だが、寝椅子に横たわるアロンがそれを制した。
「控……えよ」
 弱弱しいが、その声は合議の間に集まる全員の耳に届いた。
「彼は……我が息子……に相違ない」
「陛下、騙されてはいけませんぞ。そもそも……」
「控えよ」
 グスタフが更に言い募ろうとすると、断固とした口調でアロンがそれを制した。
「陛下?」
 いつもなら大人しく自分の言う事を聞くアロンが、今日に限って発言すら許してくれずにグスタフは面食らう。国主を味方に付ければまた事態はひっくり返せる。そしてアロン相手ならば絶対に言いくるめられると自信を持っていたのだが、計算外の事態だった。
「全ては……そなたの野望を、見ぬふり……して、いた我の……所為じゃ」
 起きるのもままならないはずのアロンが体を起こし、グスタフを見据える。エドワルドは慌てて父親の体を支えた。
「父上、あまりご無理をなされては……」
「構わぬ。せめて……後始末は、自身の手で……」
 父親の意を汲みとったエドワルドは、背後に控えていたヘイルと、後から本宮に入ってここで待機していたバセットを振り返る。医者2人の表情は険しいが、今は当人の思う様にさせるべきと判断する。
「分かりました」
「お祖父様のお体は私達が支えます」
 アルメリアとセシーリアが申し出たので、アロンを一同に向くように座らせると、エドワルドは席に戻った。
「グスタフよ……此度の混乱を……招いた責により、大公位を含む、全ての……権限を剥奪する」
「お、お待ちください」
 グスタフは上座に詰め寄ろうとするが、アスターとヒースに阻まれる。
「そこをどけ」
「陛下のお言葉は終わってはおりません」
 アスターの言葉通り、アロンはグスタフに対して不快そうな視線を向けている。彼が黙ると、一度大きく息を吐いた国主はさらに続ける。
「ゲオルグを……皇家から除籍、する」
「お祖父様! 何故ですか?」
 とたんにゲオルグが暴れはじめるが、竜騎士が2人掛かりで抑え込む。そんな様子をため息交じりで一瞥した後、視線を側に控えるマリーリアに向けて呼び寄せる。
「マリーリア・ジョアン、を我が養女とし、皇家に、迎える」
 思いもよらない発表に大きくどよめく。当のマリーリアも何よりも彼女の処遇を気にかけていたアスターも目を見開いてアロンとエドワルドの顔を窺う。そんな彼等にエドワルドは少しだけ口元をほころばせた。
「何故だ、何故、その罪人の血を引く女が皇家に迎えられて俺様が除籍されるんだ!」
「ゲオルグ殿下の仰せの通りでございます。陛下、何故でございますか?」
 グスタフもゲオルグもこの発表には黙っていられない。上座の国主に詰め寄ろうとするが、当の国主は残る力を使い切ったらしく、ぐったりとしている。慌ててバセットとヘイルが国主を診察し、これ以上は無理だと首を振る。
「エド……ワルド、我の代理として、権限の行使を……認める」
 再び寝椅子に横になった国主は、心配そうに覗き込む息子の手を握ると改めて国主代行に任じる。国主直々の命令である。グスタフとゲオルグ以外の貴族は皆、国主とエドワルドに頭を下げて承認の意思表示を示す。
「かしこまりました、父上。国民の為に力を尽くします」
「た……のむ」
 疲れたのか、アロンはそのまま目を閉じた。グスタフとゲオルグが国主の決定にまだ不服を唱えており、このままここに居てはゆっくりと休むことも出来ないだろう。
 エドワルドは控えている竜騎士や兵士に命じて寝椅子を父親の部屋へ運ぶように命じる。荒らされていた部屋も古参の女官の指示で既に片付いているはずだ。バセットとヘイルが付き従い、念のためにトーマスとケビンを護衛として同行させ、寝椅子が静かに運ばれる。
 追い縋ろうとするグスタフはアスターとヒースに抑えられ、竜騎士に抑えられたままのゲオルグは聞くに堪えない暴言を吐く。集まった貴族はそれらの行為に顔をしかめながらも一様に起立してそれを見送ったのだった。
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