掌中の珠のように Honey Days

花影

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真夏の夜は甘美に酔いしれて2

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「う……ん……」
 沙耶は自室のベッドで寝返りをうち、ゆっくりと目を開けた。昼間に目を覚ました時には義総が一緒に横になっていたが、今は誰もおらず、部屋はシーンと静まり返って物音一つしない。起きる事もできないほどひどい頭痛は既に納まっているが、どうにも体がだるくて起きる気にもなれない。
 閉じられた天蓋布の隙間から漏れてくる光は夕刻のもので、結局一日寝て過ごしてしまった自分に嫌気がさしてしまう。それだけではない。発作の所為とはいえ、昨夜から明け方にかけて自ら2人に強請った痴態が蘇って自己嫌悪に拍車がかかる。今までにも幾度となくあった事だが、今更ながらに恥ずかしい。
「沙耶様、お目覚めでございますか?」
 そっと天蓋布が開けられて綾乃が中を覗き込んでくる。
「綾乃さん……」
 声はまだ少し掠れていて、思わず咳き込んでしまう。綾乃はすぐ側によると、咳が治まるまで彼女の背中をそっとさする。
「こちらを……」
 落ち着いたところで綾乃は沙耶に蜂蜜入りのレモネードを飲ませてくれる。いつもよりも蜂蜜の量を増やしてあるらしく、今の沙耶にはその甘さが嬉しかった。
「お体はまだ辛うございますか?」
「ちょっとだけ……」
「申し訳ございませんが、お時間がございませんので、少々我慢なさってくださいませ」
 綾乃はそれだけ言うと天蓋布を全て開け放ち、沙耶の体を優しく起こしてベッドの脇に立たせる。今更なのだが、シルクのベビードール1枚と言う姿で人前に出るのが未だに恥ずかしい。しかし綾乃はてきぱきと動いて彼女をバスルームへ連れて行く。
「お着替えをご用意いたしますので、湯に浸かっていて下さいませ」
「はい……」
 沙耶の心情を察してか、彼女が動ける時は1人でお風呂に入らせてくれる。綾乃がバスルームを出ていくと、沙耶はベビードールを脱いでジャスミンのバスエッセンスが香るバスタブに浸かる。
「ふう……」
 沙耶は大きく息を吐くとゆったりと手足を伸ばし、バスエッセンスのほのかな香りをしばらくの間楽しんだ。

「浴衣……どうしたの?」
 綾乃に呼ばれてバスルームを出ると、そこには紺地に百合の花が描かれた浴衣とそれに合わせた小物が用意されていた。
「本日の趣向に合わせたお召し物でございます」
 どうやらあの兄弟が何やら画策しているらしい。沙耶の気を晴らそうといろいろしてくれるのは嬉しいのだが、余計な散財なのではないかと逆に気を使ってしまう。
「お気に召しませんか?」
「そうではないのだけど……」
「深くお考えにならないでくださいませ。お2人のご趣味に費やすよりは余程有意義な使い方でございますよ」
 沙耶が何を考えているかお見通しの綾乃が笑いかける。確かに何百万もするアンティークの腕時計をオークションで幾つも競り落としてきたり、気に入ったからと高級マンションと同じくらいする車をポンと買ってきたり、ちょっと遊んで来ると言ってラスベガスやブロードウェイへ行ったりするのに比べれば微々たるものなのかもしれない。
「さ、お2人がお待ちですから着替えましょう」
 綾乃は慣れた手つきで浴衣を着付けて行く。紺地の浴衣に黄色い帯が良く映え、襟には今流行のレースも使われていてなかなかかわいい。現金なもので少しふさぎ込みそうだった沙耶もそれだけで気分が晴れてくる。
「苦しくはございませんか?」
「大丈夫」
 結い上げた髪に花飾りをつけ、トンボをあしらった下駄をはき、かわいい巾着に涼やかな柄の団扇を持てば準備は全て整った。
「さ、こちらでございます」
 綾乃に案内された先は義総の部屋だった。普段は閉じたままになっている2階のバルコニーへの窓が開け放たれて、比較的静かな曲を好む義総には珍しく軽快な音楽が流れている。真夏の太陽は既に傾きかけ、心地いい風が吹いている。
 促されてバルコニーに出てみると、そこは縁日さながらの光景が広がっていた。普段このバルコニーにはおしゃれなベンチとテーブルが置いてあるだけなのだが、それはどこかに片付けられ、綿あめやかき氷を作る機械に水風船が浮かぶビニールプールが並んでいる。そして料理長が特設の鉄板で腕を振るい、塚原は飲み物の準備を整えている。
「沙耶」
「お、良く似合うよ」
 沙耶が呆然としていると義総と幸嗣に声をかけられる。見ると2人も沙耶に合わせて浴衣を着ていた。
 義総はろうけつ染めのグレーの浴衣に黒の角帯、幸嗣は白のしじら織の浴衣に紺の角帯をしている。2人とも素肌へ直に浴衣を着ていて、少し肌蹴させたその合わせから見える肌が妙に艶めかしく感じる。普段目にしない2人の恰好に目を奪われた沙耶はその場に立ち尽くす。
「体調はどうだ? 気分は悪くないか?」
「は、はい……ちょっと驚いちゃって……」
 義総はすかさず沙耶を出迎えると、エスコートしてクッションをきかせた椅子に座らせる。ここだけ妙に浮いた感じがするのは、座り心地を優先して屋内で使っている椅子を持って来ているからかもしれない。それだけ沙耶の体を気遣っているという証なのだろう。
「お嬢様、お飲み物は何に致しましょう?」
 幸嗣がおどけた口調で数種類のソフトドリンクをのせたお盆を持って沙耶の前に差し出す。沙耶は躊躇したが、お気に入りのマンゴーのジュースを見つけてそのグラスを手に取った。
「じゃ、かんぱーい」
 男2人は既にビールを空けていたが、もう一度ビールで満たしたグラスを沙耶と合わせた。
 伊勢海老や鮑といった豪華な鉄板焼きの他に炭火で焼いたステーキ等々、色んな料理を塚原がテーブルまで運んできてくれる。2人に勧められるままにそれをちょこちょこ食べていると次第にお腹が膨れてくる。座っているのも飽きてきた沙耶は折角揃えてくれている縁日のセットを楽しもうと足を運ぶ。
「綿あめ作ってみたい」
「いいよ」
 こういった事に付き合うのは決まって幸嗣で、沙耶の要望にすぐに応じて機械を動かししてくれる。沙耶はコツを聞きながら挑戦してみたが、不恰好にまとまった綿あめは今すぐにでも棒から落ちそうだ。笑いながら2人でそれをつまみ、料理長特製のリンゴ飴やクレープを手渡されて沙耶は顔を綻ばせる。更には風船釣りに2人で挑戦している姿はカップルがデートを楽しんでいる風景さながらだった。
「沙耶、ここへおいで」
 今日の為にわざわざ取り寄せた天然氷でかき氷を作る頃になると、さすがに義総も痺れを切らして自分の元へ沙耶を呼びよせた。義総が嫉妬しているのに気付いた沙耶は、イチゴミルクを手に慌てて義総の元へ戻ってきた。
「楽しいか?」
「はい……ありがとうございます」
 沙耶は義総の前に立つと、座っている彼の頬に口付けた。
「おいで」
 それで気を良くした義総はそのまま彼女を引き寄せると膝の上に座らせて軽く抱きしめる。そして自分のものだと周囲に見せつけるように唇を重ねた。
「そろそろだな……」
 いつの間にか辺りは暗くなっており、義総と幸嗣が目を合わせて何やら頷きあう。義総が軽く手を上げて合図を送ると、バルコニーを照らしていた照明がすべて落とされる。そしてその場にいた料理長も塚原もスッと頭を下げて屋内へと下がっていく。
「な……何?」
 沙耶が狼狽えていると、正面に見える街の方から花火が3発上がり、少し遅れてドン、ドン、ドンと音が轟く。おそらく街中を流れる川の河川敷の辺り。少し距離があるので花火は小さく見えるが、高台にある大倉家の2階からは遮るものが無く、花火の鑑賞には特等席と言えるだろう。
「今日は花火大会があるそうだ。見てのとおり、ここからは良く見える。気分が悪くならなければ最後までゆっくり見よう」
「本当に?」
「ああ」
 腕の中にいる愛しい少女に義総は蕩けそうな笑みを向けて唇を重ねるが、すぐ隣に陣取った幸嗣が無粋な咳払いをして邪魔をする。
「あのー、情報提供をしたのは俺なんですけど?」
 街の名士として毎回多額の協力金を寄付してはいたが仕事で忙しく、留守がちな義総は自分の家から花火が良く見える事など全く知らなかった。逆に幸嗣は義総の手伝いを始めるまではいつも夏休みを謳歌している時期だったので、毎年友達を招いてバーベキューをしながら花火を鑑賞していたのだ。
 沙耶の為に何か気晴らしを考えていたところ、花火大会の予定を知って彼が義総に提案し、沙耶には内緒で準備を進めてきたのだ。
「ありがとうございます」
 沙耶は微笑むと、幸嗣の頬に口づける。もちろんそれで満足するはずも無く、幸嗣は彼女を引き寄せると唇に濃厚な口付けをする。
「ほら、次が上がる」
 いつまでも離そうとしない弟に業を煮やし、義総は半ば強引に2人を引きはがして沙耶を抱きしめる。同時に色とりどりの花火が続けて上がり、沙耶は目を輝かせてその光景に見惚れる。
「きれい……」
 花火を見入る沙耶の姿に義総も幸嗣も安堵する。そして2人も休日の夜を大いに楽しんだのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


余談……沙耶を膝に乗せていた義総が襟足から覗く彼女の項に我慢できなくなり、そこへ唇を寄せたり不埒な手が太腿を彷徨った為、後半、沙耶は花火どころではなくなってしまったらしい。もちろん、それに幸嗣も加わっていたのは言うまでも無く、その夜も沙耶は2人に失神するまで愛された。
ちなみに本編2の確執1の話でちらっと出てきた花火鑑賞の詳細がこのお話。
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